G14(3日に一度更新)

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「ねえ知ってる?」
「……」
「知らない君にいいお知らせだ」
「……」
「ほら、聞きたいでしょ?」
「……」

 8月中旬、汗が滝の様に出てくる真夏日。
 強い日差しを避けるように日陰で休んでいると、ちゃらい男が声をかけてきた。
 ナンパのつもりなのか、手を変え品を変えこちらの気を引こうとさっきから話しかけてくる。

 率直に言ってタイプでないので全く相手にしていないのだが、そんなことお構いなしに話しかけて来る。
 取り付く島もない事が分かりそうなのに、何が彼をここまで駆り立てるのか?
 もう長い事無視をしているのに、少しも諦める気配がない。

 『もういっそ相手にしたほうが楽なのでは?』という考えが頭を過るが、相手をしてしまってはコイツの思うつぼ。
 私は心を無にして、無視をする。
 
「人生は旅に例えられることがある」
 突然男が何やら哲学的なことを言い出してきた。
 無視を決意したばかりなのに、少しだけ興味が湧いてきた
 何を言うつもりなのだろう?
 私は少しだけ悩み、興味ないフリをしつつ彼の言葉に耳を傾けることにした。
 
「それは長い長い旅で、辛くて苦しくて、目的地は分からない。
 そんな旅だ」
 詩的でなんの中身のない言葉。
 いい風に言って含蓄のあるように見せかけて人をけむに巻く、そんな言葉だ。
 薄っぺらく中身のない言葉に、いつもの私は悪態交じりに反論するのだが今回ばかりはそんな気が起きなかった。
 それは、男が至極真面目に話しているからだろう……
 私の体に、男の言葉の一つ一つが沁み込んでいく

「君が苦しんでいたことは知っている」
 『なんで知っている?』
 問いただそうとして、思わず振り返るもそこにあるのは虚空だけ。
 男がいたはずなのに、どこに行ったのだろうか?

「こんなところにいてはいけないよ。
 君はまだ旅の途中だろう?」
 どこからともなく声が聞こえてくる。
 声はとても近くから聞こえるが、男の姿はどこにもない

「さあ、足を踏み出すんだ」
 なんて無責任な言葉……
 足を踏み出すのが、どんなに勇気のいる事か知らないのだろうか……

 でも男の言う通り。
 男の言葉に従うのは癪だが、ここにいても何も始まらない。
 私は勇気を出し、一歩足を踏み出して――


 □

「痛っ!」
 足に激痛が走る。
 唐突な出来事に、涙をながしながら悶える。
 自分の身に何が起こった!?

 私は何が何だか分からないまま、目を開ける。
 すると見覚えのない天井が視界に入った。

 ……どこだ、ここ?
 自分の部屋じゃない……

「気が付かれましたか?」
 私が動揺していると、横から声をかけられる。
 声の方を向くと、そのには白い服を着た女性がいた。
 看護師だった。

「私の言葉が分かりますか?」
 看護師の言葉にうなずくと、彼女は嬉しそうにほほ笑む。

「気が付いてよかった。
 あなたは事故に遭って一か月意識不明だったんです」
「え!?」

 そう言われても何も思い出せない。
 ドラマで見た記憶の混濁だろか?
 へえー、本当にあるんだ……
 それにしても、自分のことながらまったく緊張感が無いのが少し笑える。

「先生を読んできますから、少し待ってくださいね」
 看護師は私の返事を待たないまま、遠くへと走っていく。
 忙しい事だ。
 まあ私のせいか……

 とりあえず、医者が来るまでの間に状況の整理をしよう。
 記憶に無いのだが、看護師が言うには私は車に撥ねられたらしい。
 おそらくだが、理由は私の注意不足。

 一番新しい記憶は、大学に落ちた時の事。
 合否確認の帰り、絶望の淵にいた事だけは覚えている。
 そんな状態だったから、多分安全確認なんてしてなかったのだろう。
 本当に車の運転手にには悪い事をした。
 後で謝っておこう。

 それにしても不思議な夢だ。
 もしあの時足を動かそうと思わなければ、一生目覚めなかったかもしれない。
 今だ解明されてない人体の神秘が、夢を通じてSOSを受け取ったのだろうか?
 と、非現実的な事を考えて、不合格の事実から現実逃避する

 とその時、『学業成就』と書かれた赤いお守りが視界に入る。
 そこに置いてあるだけのお守りが、なんだか『私が助けました』と言っているような気がする。

 もしかして神様が助けてくれた?
 あのチャラ男は神様で、頑張っても報われなかった私を助けてくれたのだろうか?

「なーんてね」
 私はオカルト系は信じないのだ。
 たしかにお守りは持っていたが、ただの気休め、本当に効果があるとは思ってない
 だいたいそんな力があったら、私を合格させろっちゅうねん!

 とその時、お守りの下に何か紙が置いてあることに気づく。
 手を伸ばすと、なんとか紙を取り書いてある内容を読み思わず顔がにやける。

 『繰り上げ合格』
 合格者に辞退者が出て、私まで枠が待って来たことがと書かれている。
 これで晴れて私も大学生の仲間入りという事だ。

「いい知らせってこれかあ」
 そりゃあのチャラ男がなんとしても伝えたがるはずだ。
 私は少しだけ笑って、小さな声で『ありがとう』と呟くのだった。

2/2/2025, 10:47:09 PM