21.『あの日の温もり』『芽吹きのとき』『誰かしら?』
「コタツが無い」
学校から帰ってきて我が家のリビング。
今朝までこの場所に鎮座していたコタツは、なんとコタツ布団を剥ぎ取られていた。
もはやただのテーブルである。
これでは冷えた体を暖められない。
その事実に私は愕然とした。
私はとびっきりの冷え性だ。
エアコンの暖房で部屋を暖かくなっても、なぜか寒さで震え上がってしまう。
だいたいは厚着をするのだけど、どうしようもない時もある。
そんな時、私はコタツに避難する。
コタツだけが、私を暖めてくれる暖房なのだ。
寒さで凍える私を、嫌な顔一つせずに優しく迎えてくれるコタツ……
でもコタツはもうない。
確かに最近は気温も上がり、暖かくなってきた。
けれど『一番寒い時期に比べて』というだけで、まだまだ極寒の季節。
草木の芽吹きの時にはまだ早い。
我々にはまだが必要なのである。
じゃあ私とコタツの蜜月の関係を邪魔したのは誰?
聞くまでもない。
お母さんだ。
「なんでコタツを片付けるの!」
私はキッチンで晩ご飯の用意をしていたお母さんを睨みつける。
「私が冷え性なの知ってるでしょ!」
人生で、一番大きな声を出したと思う。
私の怒り、伝わっただろうか?
けれどもお母さんはどこ吹く風。
そのまま野菜を切り刻んでいる
私はお母さんの様子に腹が立って、もう一度叫ぶ。
「4月までは出してくれるって約束ったじゃん!」
『電気代の無駄』と毎年早めに片づけるお母さんに、私が何度も抗議して取り付けた約束だ。
『約束を破る人間になるな』とお母さんはいつも言っているので、なんとしても守ってもらわないといけない。
すると無視しきれなくなったのか、お母さんの手がピタリと止まる。
(やったか?)
私は勝利を確信する。
が、すぐにその認識を改める。
まな板から顔を上げたお母さんの顔は、怒りの表情だったからだ。
雲行きが怪しくなったことに、背中を嫌な汗が伝う。
「あら、先に約束を破ったのは誰かしら?」
お母さんの冷たい声に、ドキリと心臓が跳ねる。
(ヤバい……)
お母さんがキレている。
私は怒りで熱くなっていた頭が急激に冷めていく。
約束――
コタツを長く出してもらう代わりに、お母さんが出してきた条件……
それは家事を手伝う事。
お母さんの辛い家事を少しでも負担する代わりに、電気代の事は少しだけ目を瞑ってくれると言ってくれたのだ。
けれど……
「あなたにお手伝いをお願いしても、『あと五分』って言ってずっとコタツにこもったままじゃないの。
一回でも手伝ってくれたかしら?」
「それは…… その……」
「お母さんのお願いを聞いてくれないなら、あなたのお願いも聞きません。
いいですね」
お母さんはそう言うと、再びまな板に目線を戻して野菜を切り始める。
これはマズイ。
お母さんをたいへん怒ってらっしゃる。
これを鎮めない限り、再びコタツが設置されることはない。
それどころか、この怒りようでは次の冬もコタツを出してもらえないかもしれない。
なんてこった。
コタツの魔力にとらわれ、家事をおざなりにしてしまったばっかりに、
こうなったら出来ることはただ一つ。
私は出来る限りおしとやかに歩き、お母さんの横に立つ。
「お母さま、なにかお手伝いする事はありませんか?」
「なによ、急に……
今更媚びを売っても無駄よ」
「いえいえ、下心なんてありません。
ただ純粋にお手伝いをしたくなったんです」
「本当かしら?
どうせ今日だけでしょ?」
「いえいえ、これからも毎日お手伝いいたします。
ささ、なんなりとお申し付けください」
私がそう言うと、お母さんは考え込むような仕草をした。
「じゃあ、洗濯物を入れといて」
「イエス、マム」
私はすぐに、洗濯物の干してあるベランダに向かう。
「寒っ」
ベランダの扉を開けると、冷たい空気が流れ込んできた。
すでに日が沈んで外は暗闇の世界。
当然暖かいはずがなく、身震いするほど寒かった。
死ぬほど嫌いな寒い外……
踏み出そうとした足が止まってしまう……
でもここで怖気づいては意味がない。
ここで諦めたらコタツとは二度と会えなくなるからだ
私は大きく深呼吸し、ベランダに出る。
「すべては温もりのため。
絶対に負けるもんか!」
あの日の温もりを取り戻すため、私は洗濯物を取り込みに掛かるのであった
3/6/2025, 1:28:03 PM