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20.『さあ冒険だ』『記録』『cute!』

 Real Time Attack
 通称RTA。
 一部のゲームプレイヤーの中で流行っている、常軌を逸したプレイスタイルのことである。
 それはゲームクリアまでの時間を競うスポーツ。
 一秒以下の、コンマ秒で戦う狂気で溢れた世界だ。

 これだけ聞けば何も知らない人は『普通では?』では思うかもしれない。
 しかしこのRTAが異質なのは、ゲーム内時間ではなく現実の時間を計ってのタイムアタックだという事。

 トイレや食事の時間までも含めてカウントし、クリアまでのタイムを競い合う。
 プレイの無駄を削るだけではなく、生理的な現象すらコントロールする。
 それを数時間、あるいは数日単位で行うのだ。
 これを聞いただけでもいかに狂っているかが分かるだろう。

 さらに恐ろしい事実として、タイムを縮めるために、普通の人が想像すらしない事もする
 例を挙げるのならば(レギュレーションにもよるのだが)、バグを使うのは当然として、他のゲームソフトを使用したり、ゲーム機本体をホットプレートで暖めてみたり、 『ゲームと関係なくない?』というテクニックを使う。
 そんなゲーム外の現象を使ってでもタイムを縮めるのが彼らなのだ。

 そして普通にプレイするだけでは物足りないのか、目隠しプレイを行うこともある。
 もちろんクリアする。

 人間の可能性は無限大である。

 そして記録の方も、常軌を逸している。
 『ゲームクリアまの時間を競う』というルール上、古いゲームでもしばしば話題になる。
 とくに人気なのはスーパーマリオ64(1996)。
 古いゲームのため少し説明すると、マリオを操作してクッパを倒す3Dアクションゲームである。
 そこそこ自由度が高く、ボリュームもあり、今でも名作と名高い。

 このゲーム、全く寄り道をせずまっすぐクッパの元に向かうプレイならば、だいたい4時間かかると言われ、完全クリアならば12~15時間くらいかかる。

 にもかかわらず、このゲームの最速記録は、達成率無視のクリアで6分16秒、完全クリアに至っては1時間35分28秒である。
 もちろんAIでなく人力で。

 意味が分からない?
 その通り。
 我々とは別の次元で生きているとしか思えない存在だ。
 普通のゲーマーからも畏怖の対象である。

 ゲームは普通にプレイしても面白い娯楽だ。
 だというのには、なぜ狂人たちはより早くクリアしようとするのか……
 それに答えるのは難しい。

 人によって、『自己満足』『名誉』『自己顕示欲』など様々だからだ。
 各々の目的のため、彼らは『世界最速』目指す。

 もしかしたら、これを読んでいる君は、自分には遠い世界の出来事と思っているかもしれない。
 だがRTAは君のすぐ近くにある。

 別に最速を目指すゲームはマリオじゃなくてもいい。
 ゲームなら何でもいいのだ。

 例えば君の手にあるスマホのゲームでも、目の前に乱雑に放り投げているスイッチのゲームでもいい。
 スタートとゴールを決め、タイムを叩き出せば君も仲間入りだ。

 怖がることはない。
 確かに知らない世界は恐ろしいだろう。
 だが君はゲームから勇気を出す素晴らしさを教えてもらったはずだ。勇気を出して踏み出そう。
 大丈夫、一人じゃない。
 みんなも一緒にいる。

 さぁ冒険だ。
 狂気の世界が君を待っている。

 ◇

「というわけで、マリオを持っ――」
「嫌よ」

 友人の沙都子へのプレゼンを終え、ゲームを取り出そうとしたところ、食い気味で拒否の声をあげられる。
 その顔は恐怖の色に染まっていて、まるでパニックだった。

 いつもと違う志向でゲームしようというお誘いなのに、なぜこんなに拒まれるのか?
 こうも取り付く島がないと、説得しようがない……
 そんなに怖がらせるようなことなんて言ってないんだけどなあ……

「私は人間を辞めるつもりは無いわ」
 沙都子はヒステリックに叫ぶ。
「辞めるなら、百合子一人で辞めてちょうだい」

 ああそっちね。
 私は納得する
 確かに世界記録を破るためには、人間を辞めなければいけないだろう……
 もちろん比喩だが、それほどまでに高いステージである。
 だが私はそこまでするつもりはない。

「安心して、沙都子。
 人間辞めるまで極めるつもりはないよ」
「どういうこと?」
「私の目的は世界最速じゃない。
 目的は別にある!」

 私がそう言うと、沙都子は落ち着いたのか顔から恐怖が消えていく。
 この調子で説得しよう。

「私はね、ソコソコの記録を出して、ネットにあげようと思ってる」
「ネットに……?
 なんで?」
「私の超絶テクで視聴者を魅了して、世界中から『cute!』って言われたいんだ」
「そこは『cool!』ではないのね……」
「私はゲーマーの前に美少女だからね」
「……」

 私の渾身のボケに、沙都子は白けた顔で私を見る。
 何その顔。
 ツッコまないのはともかく、なぜかわいそうなものを見る目で私を見るのか?
 全くもって解せない。
 皆からは『黙っていれば美少女』と言われるくらいには美少女だぞ!?

「というか、そんな下心アリアリの投稿、普通に炎上するんじゃない?
 意外とバレるものよ」
「大丈夫だって!
 投稿者なんて、みんな感じだから」
「まずは他の人たちに謝りなさい」


 ◇

 そんなこんなで沙都子の説教の後、私たちは動画を撮るために、ゲームをプレイし始めた。
 だが私が思っていた以上にRTAの道は険しかったらしい

 タイムアタックどころか、普通にプレイするだけで精一杯。
 見てて面白そうな魅せプレイも出来ず、何時間やっても成果が出そうな気配がないので、今回は諦めることにした。

 RTAの世界の住人たち。
 想像以上に凄い人達だったらしい。
 改めて、尊敬の念を抱く次第である

 けどここで終わりじゃない。
 挑戦はまだ続くのだ
 美少女最速ゲーマーの夢は、簡単に潰えることは無いのだ。

 だってそうでしょ?
 私たちはようやく登りはじめたばかり……
 このはてしなく遠いRTA坂をね…

「『私たち』?
 百合子一人でやってちょうだい」
「えー!?
 一緒に美少女ゲーマーコンビで売り出そうよ〜」
「恥ずかしいから却下」

終わり

3/3/2025, 12:57:31 AM