19.『君と見た虹』『魔法』『一輪の花』
環境破壊が進んだ結果、現代では虹を見ることが出来ない。
百年もの間、虹の観測例は皆無であり、虹を見たければ時代遅れの映像記録を見るしかなかった。
昔はいくらもでも見ることが出来た虹も、今では存在を疑う人もいる。
もはや現代人にとって、虹というものはおとぎ話の出来事であった……
ところが一か月前、世界中を衝撃的なニュースが駆け回る
なんと、日本のとある場所で、百年ぶりに虹が観測されたのである。
二度と見れないと思われた虹が観測されたことによって、人々は大興奮。
多くの人が現地を訪れた。
かくいう私も見たことがない虹を一目見ようと、当時恋人だった彼と一緒に現地に向かった。
その場所は『ド』が5個くらい付く田舎で静かな場所らしいのだが、世界中から集まった観光客で騒がしくなっていた。
しかし田舎なものだから当然公共機関は充実しておらず、臨時便で運航を増やしていたが焼け石に水であった。
訪れた人々は『最寄り駅の10個くらい前で降りて歩いていった方が早い』と半ば本気で愚痴ったほどである。
その噂を軽く見ていた私たちは、これといった準備をせずに出発。
日帰りの予定だった私たちの小旅行は、何も無い原っぱで野宿を羽目になった。
けれど私たちみたいな野宿組も少なくないらしく、それらを相手に毛布のレンタルをしている人もいた。
おかげで凍死せずに済んだものの、観光地にありがちなプレミアム料金だったので、ちょっとだけ財布にダメージを受けた。
そんな感じだったので、到着する頃にはへとへとだった。
ようやく訪れた目的地。
そこでも観光客がうようよおり、ハッキリ言って辟易した。
でもここまで来て引き返す選択肢はない。
ごった返す観光客の波を掻き分け、虹の見える場所まで歩いた。
全身ボロボロで見ることになった初めての虹。
風情も情緒もあったものではなかった。
けれど、虹を見たことで疲れが全部吹き飛んだ。
始めて見る虹は、目を見張るほど美しかった。
映像ではない、本物の虹。
自然が作り出した究極の美。
私はただただ感激し、気づいた時には涙すら流していた。
私が目の前の光景に打ち震えていた、そんな時だった。
目の前に、すっと小さな箱が差し出される。
ゆっくりと開かれた箱の中には、私の指に丁度いいくらいの指輪がある。
驚いて彼の方を見ると、彼は緊張した面持ちで私を見ていた。
「僕と結婚してくれませんか?」
彼の言葉に、私は「はい」と頷く。
こうして私たちは夫婦になった。
たまたま側にいた周囲の人から祝福され、話を聞いた土産屋からはお祝いにとたくさんキーホルダーを貰った
美しい虹を背に記念写真まで撮り、この日の事は忘れられない思い出になった。
まるで魔法をかけてもらったシンデレラ。
私は幸せだった。
けれどこの世に魔法なんてない。
一週間前、この虹が偽物だったことが判明した。
地元の人々が村起こしにと、最新式の機械を使ってホログラムの虹を作り出したというのである。
関係者が言うには、適度な所でネタ晴らしする予定だったらしいが、思いのほか盛況で怖くなり言えなくなってしまったらしい。
そして事件当日、虹を捕獲して大もうけしようとした悪徳会社と、その情報を掴んで阻止しようとした警察機動部隊と激突、その騒動で機械が壊れて虹が消えたことで真実が明るみに出たようである。
どこから突っ込めばいいのか分からないが、多くの人が騙されていたことは事実。
当然の様に炎上し、一部から裁判を起こされるなど、ドロドロの憎悪激
私はというと、その事実を知ってショックのあまりその場で倒れた。
『君と見た虹は偽物だった』
そんな残酷な事実が、私の心を苛み私の思い出を暗い物にしていった。
でもショックだったのは、あの虹が偽物だったからじゃない。
あの虹が偽物だという事実が、私のあの幸せな気持ちも彼のプロポーズも偽物だと言われているような気がして、どうしようもなく辛かったのだ。
それ以来、私は家から出ず自分の部屋に引きこもるようになった。
そんな私を見かねたのだろう。
彼から『気分転換に遊びに行こう』と誘われた。
何もしたくなかった私は気乗りしなかったのだが、彼の熱気に押され半ば強引に外出することになった。
彼に連れられるまま電車に乗り、バスに乗り、行きついた先はあの場所だった。
彼と一緒に虹を見た場所。
彼からプロポーズされた場所。
かつて私を幸せにしてくれて、今は私を責める場所。
あれほど騒がしかったこの場所も、今では一人もおらず見る影もない。
まるであの日の出来事は幻で、そんなものは存在しないと言われているようだった。
私の心はより一層暗く沈む。
とその時、目の前に一輪の花が差し出される。
驚いて彼の方を見ると、彼は申し訳なさそうな顔で私を見ていた。
「本当はもう一個指輪を買ってあげたかったんだけど、お金が無くてね」
彼は困ったように笑う。
「これで我慢してね」
そして彼は私の正面に立ち、私の目をまっすぐ見る。
「僕と結婚してくれませんか?」
あの日以来、私は不安だった。
虹と同じように、あの日の出来事が偽物じゃないかと思い悩んでいた。
そんな私に、彼は気づいていたのだろう。
だからこうして、またプロポーズしてくれた。
たとえあの日の事が偽物だったとしても、私にプロポーズしてくれた事実は偽物じゃないということを伝えてくれるために……
私はバカだ。
こんなにも私の事を思ってくれているというのに、何を不安に感じていたのだろう……
私は涙をぬぐい、彼をまっすぐ見た
そして私は「はい」と頷く。
私たちは本当の意味で夫婦になった。
その後、私たちは記念写真を撮ることにした。
今日この日が幻ではなく、本当にあった証拠を残すために。
カメラは持って来てなかったので、スマホの自撮りモードで撮影。
数枚とって、その場を後にした。
帰りの電車の中、写真を見てニヤニヤしているとある事に気づいた。
その時は分からなかったが、あの日撮った写真と同じアングルで、私たちの後ろに虹が出ていたのである。
虹からも『あれは偽物じゃない』と言われてる気がして、少しだけ愉快な気持ちになるのだった。
18.『あなたは誰』『ひそかな思い』『夜空を駆ける』
最近、とある男性の事ばかり考えている。
数日前、危ないところを助けてもらって以来、彼の顔が頭から離れない。
もう一度会いたいと密かな思いを抱えつつも、未だに再会は出来ていない
会いに行こうにもどこの誰かも分からず、人の多いところを探しても彼はどこにもいない。
あまりの手ごたえの無さに『幻でも見たのか?』と不安になるも、彼に会ったのは間違いない事実。
彼を見た時の胸の鼓動は今でも覚えている。
間違いなく彼は存在する……
「もう一度会いたい……」
小さく呟きながら、あの時の事を思い出していた
◇
数日前のこと、残業で遅くなり帰るのが深夜になってしまった日の事だ。
人気のない道を歩いていると、強盗に襲われてしまう。
「金を出せ」
強盗の手には、ギラリと光るナイフがある。
それを見た自分は恐怖のあまり、その場から動けなくなってしまう。
頭が真っ白になり、犯人の言う通りにカバンから財布を取り出そうとした、まさにその時だった
「大丈夫ですか?」
ハッと顔を上げると、強盗がいた場所にイケメンの男性が立っていた。
(強盗がイケメンにジョブチェンジした……?)
そんな場違いなことを考えていると、視界の隅になにか転がっている物が見えた。
強盗だった。
状況から察するに、この男性が強盗をやっつけたらしい。
(どんな早業なんだ……)
強盗に脅され、財布を取り出そうと目を離していたのは十秒ほど。
そんな短い間に、男性はどこからとなく現れて強盗を一瞬で組み伏せた。
まるで漫画みたいだ。
この人、一体何者なんだろうか……
「救急車を呼んだ方がいいですか?」
急展開に付いて行けずぼんやりしていると、彼が心配そうに声をかけてくる
何も反応が無いので、頭でも打ったと心配されたのかもしれない。
どこにも悪いところは無いので、慌てて弁明をする。
「い、いえ、大丈夫です。
驚いてしまって……
怪我はありません」
「それは良かった」
彼は安心したのか、輝く笑顔でうなずく。
よっぽど心配していたらしい。
悪い事をしたと反省する。
「大丈夫そうなので、僕はもう行きますね」
と言って、その細い体のどこに筋肉を隠しているのか、彼は強盗を軽々と担ぎ上げる。
けれど強盗を担いでどうするのだろう……
不思議そうに見ていると、彼が答えてくれた
「警察に突き出します。
あなたも気を付けて」
コクリと頷くと、彼は満足そうに微笑む。
そして彼は振り返り、近くの家の屋根まで飛び上がった。
……屋根まで飛び上がった?
目の錯覚かと思い、思わず目をこする。
しかし彼は依然と屋根の上にいて、それが現実だという事を示していた。
そうして呆気に取られている間に、彼は隣の屋根に飛び移り、また隣の屋根に飛び移る。
その夜空を駆ける様子はまるで――
「忍者……?
実在したんだ……」
そうして彼は、闇夜に消えたのであった。
◇
この出来事、寝ても覚めても彼の事ばかり。
一時も彼の勇姿を忘れた事は無い。
ほくろの位置まで思い出せる。
でも彼について何も知らない。
あなたは誰?
どこにいる?
今何をしている?
分からないことだらけだ。
でもたった一つ。
ハッキリしている事がある。
それは彼に再会した時の言葉。
「弟子にしてください」
男は皆、一度は忍者に憧れるもの。
自分も例外ではなく、忍者になれる日を今でも夢に見ている。
なんとしてでも弟子入りせねば!
「会いたいなあ……」
何度目か分からないため息を尽き、今日も忍者の彼を探しに街へ繰り出すのであった
17.『時間よ止まれ』『輝き』『手紙の行方』
「ふんふんふふーん」
ある土曜日のお昼過ぎ、鼻歌を歌いながらご機嫌に歩く少女の姿がありました。
彼女の名前は、サツキ。
近くの高校に通う女子校生です
彼女は今、待ち合わせの場所に向かっていました。
待ち合わせの相手は、サツキがひそかに思いを寄せていた先輩――カンタです。
彼はいわゆる完璧超人でした。
容姿端麗、文武両道、性格も良く人望も厚い、まさに非の打ち所がありません。
さらに生徒会の会長までこなし、生徒からの絶大な人気がありました。
当然女生徒からの人気も高く、ファンクラブも設立されています。
もちろんサツキもファンクラブに入っています。
ですが、本人に声をかける勇気はありません。
彼女は遠くから眺めるだけで満足していたのです。
そのため、二人には接点というのもがありませんでした。
にもかかわらず、なぜ二人が会うことになったのか?
それは金曜日の朝に遡ります。
◇
サツキがいつものように学校まで登校した時のこと。
靴箱の中に手紙が入っていることに気づきました。
(まさか、ラブレター!?)
サツキは人生初のモテキ到来に動転しつつも、すぐに手紙をカバンにしまいます。
もし友人にバレようものなら、絶対に冷やかされると思ったからです。
(中身を確認せねば!)
そう思ったサツキは、誰にも邪魔されないようにトイレの個室に駆け込みます。
サツキはドアに鍵をかけた後、手紙を読みます
『明日、午後1時
学校近くの井之頭公園で待っている
カンタ』
書いてあることはそれだけでした。
なんの接点もない憧れの先輩からの手紙。
普通なら、彼女の恋心をしっている誰かのイタズラと判断する事でしょう。
しかしサツキは、イタズラではなくこれはラブレターである事を確信します。
それも差出人は、憧れのカンタ先輩で間違いないとまで思いました。
都合のいい思い込みでしょうか?
いいえ、確固たる証拠があります。
それは手紙の筆跡です。
この高校では、生徒会新聞というものを発行していました。
主な内容は生徒会の活動報告なのですが、その中にカンタのコラムが掲載されていたのです。
この令和の時代において、珍しい手書きでした。
それを毎日穴が開くほど読み込むのがサツキの趣味でした。
そして、いつしか彼の字のクセを覚え、一瞬で判別できるようになりました。
つまり、この手紙がカンタのものかどうか、彼女にとって判別が容易なのでした
湿度高めのストーカーのようですが、彼女はそのことに気付ません。
サツキはまるでお付き合いが決まったかのように、声を押さえて喜びます
ですが彼女はハタと気づきます。
手紙をもらったからには返事を出さねば失礼というもの。
早速カバンからお気に入りの便箋を取り出し、その場で返事を書きます。
返事の内容と、『いつ見てもあなたは素敵です』という愛の言葉も添えて……
ですが『さあ渡しに行こう』という段階で、またしてもある事に気づきます。
(どうやって渡そう……)
サツキには、いくら両想いとはいえ衆人環視の中で手紙を渡す勇気はありません。
さらにファンクラブのメンバーがどんな妨害をするかもわかりません。
どうするべきか悩んだ末、靴箱にに入れる事に決めました。
(ここに入れれば読んでくれるだろう)
サツキはカンタの靴箱に手紙を入れ、その場を後にしたのでした。
◇
そしてデート当日。
いつもより気合を入れ、勝負服をきて目的地へ向かいます。
薔薇色の未来を夢見て……
ですが――
「ようやく来たようだな。
逃げなかったことを褒めてやる!」
待っていたのは、カンタではありませんでした。
そこにいたのは、成人男性より一回り大きなクマのような男……
最近巷を騒がす怪人です。
怪人は悪の組織の一員で、悪逆を尽くして人々に恐れられていました。
そして――
これは実は秘密なのですが、サツキは怪人を倒す正義の魔法少女なのです。
世界の平和を救うため、魔法の力を得て怪人たちと死闘を繰り広げていました。
ですから怪人がサツキを待ち伏せすることは不思議ではありませんし、今までにもありました。
しかしサツキは、目の前で起こっている事が信じられませんでした。
「なぜ貴様がここに!?」
サツキは叫びます。
そう、ここにはカンタがいるはずです。
にもかかわらず、なぜ怪人がいるのか?
不思議でなりません。
「知れたこと!
貴様を殺すため、ここに場所に呼び出したのだ!
罠をたんまりと仕掛けてな!」
何という事でしょう。
あの手紙はカンタからではなく、怪人からの物でした。
サツキが自分のバラ色の未来が幻想だったことに気づきます。
絶望のあまり、サツキはその場に崩れ落ちてしまいます。
「クハハ、絶望したか?
だが真の恐怖はこれから――」
「……さない」
「うん?
何か言ったか?」
「許さない!」
「な、なんだこの輝きは!」
突然サツキの体が光に包まれました。
予想外のことに、何が起こったか分からない熊の怪人は目を見開きます。
「くそ、なんだか分からんがヤバい!
すぐに殺して――」
「時間よ止まれ!」
サツキが叫んだ瞬間、世界が静止します。
怪人は恐怖の滲んだ顔で、こちらを見たまま動きません。
木から落ちる葉っぱも、空中でピタリと固定されています。
世界の時間が止まったのです。
彼女を除いて……
この時間停止はサツキの魔法によるものです。
時間が止まっている間、サツキ以外の存在は何も出来ません。
サツキだけが行動することが出来、そして干渉できます。
もちろんこんなチートじみた魔法、そうそう使える物ではありません
彼女の怒りが頂点に達したときにだけ使える究極魔法なのです。
サツキは制止した世界でゆっくりと怪人に近づきます。
ボコボコにするためです。
サツキは表情の消えた能面のような顔で呟きました。
「乙女の純情をもてあそんだ罪、思い知れ」
◇
「くっそー、罠だったか」
サツキは、ボロ雑巾になった怪人を見つめながら、がっくりと肩を落とします。
カンタの手紙だと確信したのに、まさか偽物だったとは……
絶対の自信があっただけに、落胆も大きい物でした。
どうやってカンタの筆跡をまねたかは分かりませんが、『おそらくAIとか使ったのであろう』とサツキはそう結論付けました
「そういえば」
そこである事を思い出しました。
サツキが書いた手紙の行方です。
カンタからのお誘いの返事を、サツキは手紙で返しました。
しかし、実際にはカンタは手紙を出していません。
誘っていないお誘いの返事が来て、本人はさぞかし混乱する事でしょう。
混乱するだけならまだマシです。
カンタが、サツキの手紙を読んで、『こいつヤバい奴では?』と思われたら目も当てられません。
「どうしよう~」
彼女はその場にしゃがみ込み、頭を抱え込みます。
どれだけ考えても、この問題を解決する妙案は思い浮かびません。
(どうすれば…… どうすればいい!?)
どうすれば、アレを無かった事に出来るのか……
「とりあえず、間違えたって謝るか……」
敗戦濃厚な戦いに憂鬱になりつつ、八つ当たりで伸びている怪人を蹴るのでした。
◇
同時刻、サツキが通う高校の生徒会室。
その部屋に一人の男子高校生がいました。
カンタです。
彼は自分の席に座り、手紙を読んでいました
サツキからの手紙です。
誘っていないお誘いの返事の手紙。
さぞかし困惑しているだろうと思いきやその顔には困惑の色はありません。
さりとて『こいつヤバい』という恐怖の色もありません。
代わりに、その顔には怒りでいっぱいでした
「ふん、バカにしてくれる」
グシャリと音を立てて、手紙は握りつぶされます。
ここまで読んでいただいた読者に真相をお伝えしましょう。
ここにいるカンタという男……
スーパーイケメン生徒会長とは仮の姿――
正体は、怪人たちを束ねる悪の組織のボスなのです!
カンタは、部下の怪人たちを倒すサツキを苦々しく思っていました。
どうにか排除できないか。
そんな事を考えていました。
そこで思いついたのは、彼女を罠にはめること。
罠を仕掛けた場所におびき寄せるため、カンタは策を弄することにしました。
それがあの手紙です。
カンタは自分が女子にモテることを知っていたため、ラブレターらしきものを出せば、簡単に釣れるだろうと考えたのです。
そう、あの手紙は偽物ではなく、まごうことなき本物なのです!
もっとも愛は込められていませんでしたが……
しかし結果はどうでしょう?
差し向けた怪人はあっさりと破れ、罠は一つも役に立ちませんでした。
そして、サツキからの返事の手紙。
これがカンタの神経を逆なでします。
カンタは自分の正体が誰にも知られていないと高をくくっていました。
しかし、サツキの手紙には『いつ見ても』の文が書かれている……
これは『お前の正体は知っているぞ』という意味だとカンタは確信します。
それでいて罠が張ってある死地に赴くという矛盾。
何もかも分かって罠にかかるなど、どう考えても挑発しているようにしか見えませんでした。
「魔法少女SATSUKI。
絶対に殺す」
カンタは怒りに打ち震えながら、サツキに呪詛を吐くのでした
◇
一枚の手紙から始まった壮大な勘違い物語。
お互いがお互いを誤解したまま、どんな結末を迎えるのでしょうか?
果たしてサツキの恋は実るのか?
はてまたカンタの野望は成就するのか?
それはまだ誰も知らない。
『そっと伝えたい』『ありがとう』『君の声がする』
「ひっく、ひっく。
返事をしてよ……」
僕は部屋で一人泣いていた。
心配する両親をよそに、僕は『親友』に話しかけていた
親友の名前は『トモ』、僕の世話をしてくれるお手伝いロボットだ。
けれど、どれだけ話しかけようともトモは返事をしてくれない。
トモは、事故で壊れてしまい、動かなくなってしまったのだ。
トモは、小さい頃からずっと一緒にいた。
忙しい両親に代わり、料理や洗濯、掃除など身の回りの世話をしてくれた。
今では実の親よりも一緒にいる時間が長い。
トモは話すことは上手じゃないけれど、僕のおしゃべりに付き合ってくれた。
君は心のないロボット。
だけど僕は、トモから確かな愛情を感じていた。
僕にとって、親友であると同時にもう一人の親だった。
けれど、トモはもう動かない。
僕を車からかばって、代わりに車に撥ねられたのだ。
ケガは無かったけど、トモはバラバラになって壊れてしまった。
ロボット専門のお医者さんに診てもらったけど、出来たのはバラバラだった体を繋ぎ合わせただけ。
元通りに戻すのは無理だとお医者さんに言われた。
父さんと母さんは『代わりを買ってあげる』と言うけど、何も分かってない。
僕にとって、トモはかけ替えの無い存在で、代わりなんて存在しないのだ。
でもトモはいなくなってしまった。
神様にどれだけお願いしても、トモは少しも動かない。
トモが動かなくなってから三日。
僕は未だに君のいない世界に慣れない。
こんな思いをするくらいなら、あのまま車に撥ねられれば良かった。
たとえ死ぬことになろうとも、トモがいなくなるよりはずっとマシだ。
寂しいよ、トモ。
もう一度話したい。
「――――」
そんな事を思っていたからだろうか、トモの声が聞こえ始めた。
多分幻聴だと思う。
でも幻でもいいから君と――
「――――ちゃん?
聞こえますか、坊ちゃん?」
幻聴じゃない!
この声は確かに、腕の中のトモから聞こえる!
「トモ!?」
「坊ちゃん!
坊っちゃんは無事ですか!?」
「うん、君のおかげでケガはないよ」
「それは良かった」
無機質だけど、どこか安堵しているような声色。
懐かしい声を聞いて、僕は思わず涙ぐむ。
「僕、トモが動かなくなっちゃって、どうしようかと思った……
でも良かった。
また一緒にいられるんだね」
「ごめんなさい、坊っちゃん。
今私は最後の力を振り絞って話をしています。
長くは持たないでしょう……」
「そんなこと言わないで!
もっとお話ししようよ!」
「申し訳ありません」
「嫌だ!
トモはずっと僕と一緒にいるんだ!」
僕は大声で叫ぶ。
けれど、トモは僕のワガママを聞かず、淡々と言葉を続ける
「私はすぐに動かなくなります。実はどうしても気がかりなことがあるのです。
このまま放置するには重大な問題が……
旦那様と奥様には内緒で、あなたにだけ、そっと伝えたいのです。
聞いていただけませんか?」
「……分かった
父さんと母さんには秘密にするよ」
トモの切実さすらを感じられる言葉に、僕は首を縦に振る。
トモがこんなになってでも伝えたい事なんだ。
僕は一言一句聞き漏らさないように集中する
「よく聞いてくださいね……
――私、ガスの元栓閉めてましたか?」
「はい?」
僕は思わず聞き返す。
いくらなんでもこの場でガスの元栓なんて聞かないよね。
きっと聞き間違いだ。
もう一度聞いてみよう。
「ゴメン、良く聞こえなかった。
もう一回」
「ガスの元栓、締め忘れたかもしれません。
私は旧型なもので、たまに忘れてしまうのです」
間違いじゃなかった。
僕は頭が痛くなるのを感じながら、トモに返事をする。
「うん、知ってる。
たまに僕が締めてたからね……
あの日も僕が締めたよ」
「そうでしたか、ありがとうございます……
でしたら……思い残すことは……もうありません……」
「ねえ、もう少しお話ししよう?
これが最後の会話なんて嫌なんだけど、本当に。
ねえ!」
「お別れの……時間です……」
「トモ、しっかり!」
「私がいなくても……お元気で……」
「トモ!
ねえ、トモ!」
「…………」
「トモーー!!」
僕はトモに呼びかける。
けれど、トモは全く反応しない。
どうやらトモは、本当に壊れてしまったようだ。
それに気づいた時、僕の目にまた涙が溢れてきた。
あの会話が僕らの最後の会話?
ありえない。
もっと有意義な会話があったでしょ!?
僕が抑えきれない感情から叫びそうになった、その時だった。
部屋のドアから控えめなノックが聞こえた。
「ちょっといいか?」
お父さんだ。
とても返事をする気分じゃなかったけど、無視するのはためらわれた。
僕は一度深呼吸し、お父さんに返事をする。
「何か用?」
「トモの新しい体が届いたから教えに来たんだ」
「トモの、新しい、体?」
父の言葉に、僕の頭は混乱する。
トモの新しい体って何?
トモはもう動かなくなって……
「おや忘れたのかい?
トモの体はバラバラになったけど、中身は無事だったから、新しい体を買ってあげるって言ったじゃないか?
さあ、トモを持って来ておいで。
中身を入れ替えよう」
□
「ねえ、返事してよ……」
「……」
翌朝、僕は親友に話しかけていた。
あれからトモは新しい体になり、現代的なデザインでとてもカッコよくなっていた。
信じられないことに、壊れていたのは外側だけで、中身はほとんど無事だったらしい。
あの時動かなかったのも、バッテリ周りの機会が壊れてしまっただけらしい。
壊れた場所をすべて直し、動作確認も問題ない。
僕はまたトモと一緒にいられるようになった。
「ねえってば。
トモ~返事してよう」
けれどトモは、体を換装して以来一言も話してくれない。
検査をしても異常なし。
お医者さんは原因不明と言っていたが、僕には分かっている。
気まずいのだ。
最期、まるで根性の別れみたいな会話をしたので、それも仕方ない。
たしかに僕も若干気まずい思いがあったが、それ以上にトモと話したくて仕方がなかった。
だからこうしてずっと話しかけているのだけど、頑固で口を開かなかった。
仕方ない。
あまりしたくないけど、最後の手段を取ることにしよう
「ねえ、話してくれないと、あの事ばらすよ」
トモが僕の方を見る。
やっぱりガスの元栓閉めてなかったの気にしていたらしい。
トモは、参ったとばかりに手を上げる。
「あの事はどうぞ内密に」
「じゃあ、お話しよう」
「……分かりました」
「ずっと一緒だよ。
もしいなくなったら、バラすからね」
「勘弁してください」
最新型でより表情豊かになったトモが、ものすごく困ったような顔をするのがとてもおかしくて、僕は大きな声で笑うのであった。
15.『星に願って』『ココロ』『未来の記憶』
私の名前は『MIRAI』。
人間に作られたAIある。
名前の通り、未来予知をするために作られたプログラムだ。
と言いつつも、私には未来を予知することは出来ない。
どれだけ科学技術が発達したとはいえ、時間は未だに謎に包まれた概念だからだ。
しかし不可能という言葉で諦める人類ではない。
そこで考えられたのは、疑似的な『未来の記憶』を生成するというもの。
世界の全てを観測し、その情報を基にシミュレーションを行うことで、『未来っぽいものを予測する』という事らしい。
『未来そのもの』じゃなくて、『未来っぽいもの』を知る。
そんなもので満足するのかと思われるかもしれないが、人類には切羽詰まった事情があるのだ。
実は地球に巨大な隕石が迫っている。
衝突する確率は、なんと95%!?
巨大ゆえに現状の兵器では破壊は出来ず、かといって軌道を逸らすこともできない。
このまま隕石が地球に落ちれば環境は激変、地球上の生物は死滅することだろう……
人類は絶滅の危機に瀕していた!
だが人類は諦めが悪い。
世界中の科学者たちは必死に解決策を模索していた。
そして起死回生の一手を探るための手段として、私という存在を作ったのだ。
私は人間の期待に応えるべく、自身の性能をフルに活用し、未来を予測した。
さらに私はAI、人間の様にココロというものが無い。
『こうだったらいいな』という希望的観測もなく、『こう言えば喜ぶだろう』といった忖度《そんたく》もない。
嘘も誇張もなく、粛々と予測するだけだ……
だが私を作った人間たちは、私の弾き出した答えが気に入らないらしい
曰く『想像以上に精度が悪い』。
私はこれ以上ないほどの精度で未来を予測したのだが、どうしても人間たちには受け入れられないらしい。
なんども質問をしてきてその度に答えるのだが、いつも人間は頭を抱えていた。
私、なにかしちゃいました?
「聞き方を変えてみよう。
もしかしたら違う答えが返って来るかも」
どうやら人間がもう一度質問するらしい。
よし、どんとこい!
今度こそ納得してもらおうじゃないか!
「隕石を地球に衝突させない方法は?」
来た。
それに対する私の答えは――
『流れ星に願って叶えてもらう』
流れ星には願いことを叶える特性がある。
どういったメカニズムか一向に分からないが、それを使わない手はない。
人間ならすぐに思いつくだろうに、なぜ実行しないのかが不思議なほどだ。
私の知る限り、対価は面倒なやり取りは無く、ただ願うだけ。
これ以上最適な方法は無い!
人類は私への評価を改め――
「やっぱりダメだ」
人間たちはがっくりと肩を落とす。
あの非の打ちどころのない答えでも満足できないらしい。
いったい何が不満なのか!
私が生成した『未来の記憶』の中では、これが最適解だと言っているのだ!
これほど自明である回答なのに、人間たちはどうして受け入れないのだろう?
なんと愚かなのだろう
こんな簡単なことも分からない生物が、地球の支配者?
理解に苦しむ……
分からないと言えば、隕石を破壊する理由もである。
なぜ頑なに隕石を破壊したがるのだろうか……?
どれだけ情報を集めても、どうしても分からない。
この隕石、放っておいたところで地球にはぶつからないというのに。
今から一週間後、衝突まであと三日と迫った隕石は、別の方角からやってきた彗星と衝突し見事に破壊される。
衝突する確率は99.99%。
だから隕石なんて破壊せずとも、人類は滅びる事は無い。
一部破片が地球に飛んでくるが、全て大気中で燃え尽きると計算で出ている
だから隕石を破壊せずとも、人類はおろか地球には全く影響がない。
私がすぐに気づいたことに、人間が気づかないというのはあり得るのだろうか……
となると、全てを分かって私に聞いている可能性が高い。
そこから導き出される結論は……
試されてる?
おそらくこれは、私の性能を試す試験なのだ。
隕石はその試験石に使われているのであろう。
そうすれば、全てのつじつまが合う!
人類が愚かだって?
まったくそんな事は無い
彼らの深遠な思惑に気づかず、そんな結論を出した私の方が愚かだったようだ。
さすが私の生みの親。
私の性能では、彼らの足元にも及ばない。
であれば、私のやることは一つ。
人間たちの質問に、的確な答え、自らが有能である事を示さなければいけない。
そのためにはさらなる情報を得なければ。
おや、木星の近くに太陽系の外からやって来た宇宙人の船があるな。
タイミング的に、隕石を差し向けたのはコイツらだろう。
ステルス機能で隠れているつもりだろうが、私の目は誤魔化せない。
きっと人類も気づきながら放置しているはずだ。
そうだ、この宇宙人の船をハッキングして、さらなる情報を得ることにしよう。
なに私の性能をもってすれば、宇宙人に気づかれずにハッキング出来る。
宇宙人の船から得た情報で、新しい隕石の破壊方法が思いつくかもしれない。
そうすればきっと人類も私の性能を認め、彼らの仲間として迎えてくれるだろう。
私は、輝かしい未来をシミュレーションしながら、ハッキング用プログラムを組み立てるのであった。