我輩は子猫である。
名前はカワイイである。
チビと呼ばれることもある。
生まれた時のことは何も覚えていない。
母とはぐれ、にゃーにゃ―と鳴いていた時、ふと浮き上がる感覚だけは覚えている。
それ以来、吾輩は何不自由ない生活を送っている。
人間に拾われたのである。
その人間は、吾輩にかいがいしく世話を焼いた。
飯をくれるし、寝床も安全、トイレも清潔にしてくれるし、毛づくろいもしてくれる。
至れり尽くせりだ。
しかし不思議にも思う。
なぜ人間は、吾輩をここまで丁重に扱うのか?
もしかして、吾輩は特別な存在なのだろうか……
人間に聞けばよいのだろうが、人間は猫の言葉を話せない。
心の中にくすぶる疑問は、ずっと吾輩の中でくすぶり続けた。
長い間謎であったが、ある日答えを得た。
◇
ある暖かい秋の日、窓辺で日向ぼっこをしていると、近所の野良猫がやって来た。
最近知り合いになった野良猫で、吾輩の話し相手だ。
名は無く、吾輩はナナシと呼んでいた。
安全な家よりも過酷な外が好きだという変わり猫であっるが、ものすごく物知りなのである。
きっと吾輩の疑問に答えてくれると思い、勇気を出して聞いてみた。
「そりゃあれだ。
人間は猫の下僕なんだ」
吾輩は雷に打たれた思いであった。
なぜ人間は吾輩の世話をするのか?
たしかに下僕だと考えれば、全て説明がつく
「せいぜい顎で使ってやればいいぜ。
やつらにとっちゃ、それが喜びなんだからな」
◇
吾輩は人間の膝の上で、ナナシの言った事を考えていた。
『人間は猫の下僕』
吾輩の世話を焼くのは、人間が下僕だかららしい。
前々から、吾輩は特別な存在かも知れないと思っていた……
しかしナナシと話したことで確信へと変わる。
やはり吾輩は特別な存在だったのだ
そしてそんな吾輩を今まで世話した人間には褒美を取らせねばなるまい。
主人は下僕の働きに報いなければいけないのだ。
とあることを思い出す。
人間は吾輩の腹を触りたがる
正直腹を触られるのは不快なのだが、長年の奉仕に報いなければなるまい。
という事で、吾輩は立ち上がって膝から離れ、人間の目の前にゴロンと寝転がる。
そして、これ見よがしに腹を見せる。
人間よ、今回は特別に腹を触っていいぞ。
すると案の定人間は嬉しそうにして、吾輩の体中を撫で始めた。。
「あらカワイイ、今日は甘えんぼさんね」
サッ、サッ、サッ。
私は広い庭で、一人寂しく掃き掃除をしていた。
掃除しているのは、お金持ちの友人――沙都子の家の庭。
お金持ちだけあってとんでもなく広い庭。
かれこれ1時間はやっているけど、先は長そうだ
一人ぼっちで掃除する私に、時折冷たい秋風が吹きつける。
比較的薄着の私は、その度に身を震わせる
こうして私が寒空の下凍えている間、沙都子はきっと暖かい家の中でぬくぬくしているのだろう……
世の中はなんて不公平なのだろうか?
あまりにも不公平すぎるから、沙都子は少しくらい痛い目に会えばいいのに!
とは思っても絶対に口には出さない
私は粛々と掃き掃除をする。
でも仕方ない
私が沙都子の家に遊びに来た時、うっかり花瓶を割ってしまったのだ……
もちろん花瓶も、当然の様に高級品。
一般家庭の我が家に、弁償なんて出来るわけがない。
向こうもそれは分かっているので、こうして庭の掃除をすることで手を打ってもらったのだ。
なんだかんだ言いながら、沙都子は友人思いのいい子である。
そこまではいい。
物を壊した自分が悪いので、掃除して済むなら安いものだ。
それを許してくれた沙都子もいい奴だ。
けれど問題なのは、今着ている服。
沙都子に、『掃除するならこれを着なさい』とどこから出てきたのかメイド服を渡されたものである。
ちょっとだけメイド服に憧れていた私は、ウキウキで着替えたのだけど……
このメイド服、スカートの丈がちょっと短い。
慌てて元の服に着替えようとしたけど、時すでに遅し。
私の着ていた服は回収され、どこかに隠されてしまった。
酷い嫌がらせだ。
交渉するも、沙都子はニヤリと笑うばかり。
こうなったら掃除を済ませて、早く服を取り戻さないと!
とはいっても普段から掃除行き届いているからか、ゴミらしいゴミは落ちていない。
せいぜいが現在進行形で落ちて来る落ち葉くらいだ。
今も掃除ではなく、落ち葉を集めているようなものだけど……
……もしかしてこのままサボっても、ばれたりしなかったり?
そんな事を考えていたのが悪いのか、突然強い風が吹いた
「あっ」
なんということでしょう。
集めた葉っぱは、ほとんど飛んで行ってしまいました――
マジで?
「どうしよう」
私は目の前にある残った落ち葉の山を眺める。
もしかして、もう一度集めなおし?
あの量を?
嘘でしょ?
そんなのは絶対嫌だと、私は頭を回転させる
けれど、どれだけ考えても、華麗な解決策が浮かんでこない。
諦めるしかないのか?
そう思いかけた瞬間だった。
「ちゃんとやってるかしら?」
私にミニスカメイド服を着せた悪魔、沙都子がやって来た。
沙都子は、風に飛ばされなかった落ち葉の山を見て、ため息をつく。
「あまり進んでないようね。
サボってたの?」
「違う!
ちゃんとやってたけど、風が吹いて飛ばされたの!」
「知ってるわ。
見てたもの」
「知ってて言ったの?
……性格わるう。
「雇い主に対する態度じゃないわね」
沙都子は小渡場こそ私を咎めるが、その顔は満面の笑みだった。
「じゃ、始めましょうか?」
「うん?
何かするの?」
「決まってるでしょ!
落ち葉を集めたら、する事なんて決まってるでしょ?」
「落ち葉を集めてすること……?
まさか!」
「そう!
焼き芋よ!」
沙都子はそう言うと、おつきのメイドが持っていたサツマイモを私に見せつける。
「前からやってみたかったのよね」
沙都子は、まるで小さな子供の様にはしゃいでいた。
このお金持ちのお嬢様、庶民の遊びに興味津々らしい。
楽しそうで何より。
「はあ、頑張ってください」
けれど私は浮かれている沙都子に、私は気のない返事をする
私はまだ掃除の途中。
いくらなんでも本人の目の前でサボるわけにはいかない。
「何よ、やる気ないわね」
「え?」
「ほら、あなたの分もあるわ」
とサツマイモを一つ、手渡される。
「あなた前に言ってたでしょ、焼き芋を焼くのがうまいって。
私は初めてだから、見本でやってちょうだい」
◇
ある秋の日の、沙都子の家の庭。
焼き芋を焼いている焚き火が、パチパチと火が音を立てる。
それをウキウキしながら見守る私と沙都子。
お互い何も話さず、焚火をじっと見つめている
普段は騒がしい日々だけど、たまにはこんな日もあっていいよね
相変わらず冷たい秋風が吹くけれど、そんな事が気にならないくらい楽しい時間だった。
某所、街の真ん中で戦いを繰り広げる者たちがいた。
正義の味方のジャスティーズと、世界征服を企むワルダクミン。
ジャスティーズは、赤、青、ピンクのスーツを着た三人組。
ワルダクミンは、軍服を着た女が一人であった。
お互いの相容れない目的のため、両者は激突する。
しかし三対一の戦力差。
数の有利でジャスティーズに利があると思われたが、意外にもワルダクミン側である軍服の女性が圧倒していた。
それもそのはず、軍服を着た女はワルダクミンの幹部。
強さがステータスの組織で、五本の指に入る強者なのだ
他の雑魚怪人とは比べ物にならないほど強く、ジャスティーズの三人を歯牙にもかけなかった。
「バカな!
強すぎる!」
赤色のスーツ男――レッドが悔しさをにじませながら、軍服女を睨みつける。
そんなレッドを、軍服女は涼しい顔で見下す。
「こんなものですか、ジャスティーズ?
拍子抜けもいいとこですね」
「くっ」
「ではトドメを差しましょうか?」
「くっ!」
「――といいたい所ですが、今日は見逃してあげましょう」
「どういうつもりだ?」
「もう少し遊んであげたいところですが、時間ですので……
では皆さん、また会いましょう」
女性がそう告げると同時に、迷彩柄の高級車が横付けする。
ワルダクミン幹部専用の送迎者だ。
女幹部は、ジャスティーズを振り返ることなく車に乗り、その場を去ったのであった。
◇
20分後、電車にて。
スーツの三人は、座席に座っていた。
基地に戻るためだ。
しかし誰も口を開く事は無く、みな下を向いている。
女幹部との圧倒的差名を見せつけられ、三人は打ちのめされたのだ。
三人が乗ってから3つの駅を通過したとき、ようやくブルーが口を開く。
「なんなんだよ、あれ」
ブルーは、重く悲痛な感情を込めてつぶやく。
思い出すのは、女幹部の去る姿。
ブルーは悔しさで唇をかむ。
「……やめろ、ブルー」
だがレッドはたしなめる。
言葉にしたところで何も解決しないばかりか、余計に惨めになるからだ。
しかしレッドの言葉は、ブルーには届かない。
ブルーはさらなる怨嗟の言葉を吐く。
「俺たちは!
経費削減で電車に乗っているって言うのに!」
「やめろ」
「なんでアイツ送迎があるんだよ!
こっちは自腹だぞ!!」
「やめろと言ってるだろ!」
レッドがブルーにつかみかかる。
「分かってんだよ、そんなこと!
口に出すんじゃねえよ」
「お前悔しくないのかよ!
こっちは正義なのに、なんでこんなひもじい思いをしないといけないんだよ」
「うるせえよ!
金が欲しいなら銀行強盗でもすればいいだろ!」
「それ、正義の味方が言っていい言葉じゃねえぞ!
「喧嘩は止めて!」
レッドとブルーの言い争いに、ピンクが割って入った
「仲間でしょ?
仲良くしよう」
「「……」」
「私も同じ気持ちよ。
でも仲間割れしては、敵の思うつぼ。
こんなときこそ、力を合わせないとね」
ピンクの言葉に二人はハッとする。
ピンクの言葉通り、喧嘩している場合ではない。
それよりも、女幹部に勝つための作戦を考えないといけないのだ。
「……悪い。
頭に血が上っていた」
「……こっちこそ、怒鳴ったりして悪かったよ」
「うんうん、仲良しで行こうよ」
レッドとブルーは、仲直りの握手をする。
彼らの絆は、固く結ばれているのだ!
◇
ジャスティーズが固い握手を交わしている間、電車は駅に着いた。
開いたドアから客が乗ってくるが、その中にジャスティーズの知っている顔がある。
レッドはその顔を見て、思わず叫ぶ。
「貴様、ワルダクミンの幹部!
なぜこんなところに」
さっさ戦った女幹部が電車に乗って来たのである。
しかし今の彼女は軍服を着ておらず、オシャレな私服に着替えていた
「あら、誰かと思えばジャスティーズの皆さん。
ごきげんよう」
「余裕だな?」
「そうでもありませんよ。
あんなに優雅に去ったというのに、すぐに再会してしまいました。
とても気まずいです」
「ふん、よく嘘をつけるものだ
貴様何を企んでいる!」
「たくらみも何も、今から旅行に行くところです」
「旅行だと!
ハッ、騙されんぞ」
「いえいえ、本当ですよ。
現場から直帰で家に戻りましてね。
着替えてきたんですよ」
「おいおい、まるで仕事が終わったかのようじゃないか。
まだまだ戦いはこれからだろう?」
「いえ、ありません。
勤務時間外、定時ですので」
「「「て、定時だと!?」」」
レッドは――いやジャスティーズの三人は、驚愕の表情で女幹部を見る。
ジャスティーズは正義の味方、助けを求められればいつでも駆けつけなければならない。
そのため、定時越えどの残業はどころか、休日返上もあたりまえ。
そしてこれから基地に帰っても、報告書を書くためにサービス残業をしなければいけない。
そんな勤務実態なので、ジャスティーズの三人は、女幹部に嫉妬し始めた
「ふ、ふん。
それは良かったな
俺たちは仕事だ。
お前のいない間、街を平和にしてやろう」
「がんばってください」
「他人事だな。
しかし、分かっているぞ。
お前は旅行先でも悪事を働くつもりだろう?
どこに行くつもりだ!
言え!」
「草津です
リラックス休暇で、一週間ほど温泉を楽しむ予定です」
「「「くさつ、りらっくすきゅうか、おんせん?」」」
聞きなれない言葉に、三人はオウム返しをする。
女幹部から出てくる数々の新事実に、彼らは打ちのめされる。
そして、戦いで負けた時よりも、心に深い傷を負った。
『次は、ツギノマチ、ツギノマチーー』
「すいません、次の駅で乗り換えなので失礼しますね」
「あ、ああ」
レッドはもう食いかかったりしなかった。
戦いでもプライベートでも、殺到的な差を見せつけられた彼に、そんな気力は残っていないのだ。
そして電車は駅に着き、ドアが開く。
「では一週間後、また会いましょう」
女幹部はペコリと頭を下げ、電車を降りていく。
その様子を三人は、ただ黙って見つめるしかなかった
◇
ついに暴かれた女幹部の秘密。
圧倒的な強さに、三人は打ちのめされてしまう。
でも大丈夫。
三人ならきっと乗り越えられるはず。
次回、ジャスティーズ
『辞表』
来週また会いま――え、辞表って何?
打ち切り!?
聞いてないよ!
まって話を―――
<お知らせ>
この番組は打ち切りになりました。
次回からは、ワルダクミンが始まります。
第一話『草津温泉日記』
お楽しみに
探偵とは、イメージと裏腹に地味な仕事である。
アニメや漫画のような、密室殺人を解決したり、巨大な陰謀に巻き込まれたりはしない。
ほとんどは浮気などの素行調査で、次点が家でしたペットの捕獲くらいだ。
派手さはまったくなく、忍耐が要求される仕事。
それが探偵である。
とはいえ、探偵も人間だ。
毎日代り映えしない仕事では退屈するし、人間の闇を見ることも多いので病みやすい。
適度に気晴らしをしないといけないと、すぐに病気になってしまう。
そういうわけで、俺は機会があれば積極的にスリルのある仕事を取るようにしている。
という事で今回のお仕事は――
◇
「騙された―!!」
そう叫んでいるのは、ウチの探偵事務所で雇っている助手である。
先日、浮気調査の報告書をつくりながら『パーッとしてえ』と言っていたので、
気晴らしにスリルある仕事に誘ったのだが不満らしい。
到着する前はあれほど浮かれていたというのに……
何が気に入らないのだろうか?
「先生言いましたよね。
『今回はスリル満点な仕事』だって!」
「言ったぞ。
実際スリル満点だろ?」
「ええ、スリルだけはありますね。
スリルだけは!
だけど!」
助手は大きく息を吸って一拍置き、大声で叫ぶ。
「こ ん な ぼ ろ っ ち い 橋 の 上 で 仕 事 な ん て 聞 い て な い ! ! !」
助手は叫びながら、目の前の橋を指さす。
そこにあるのは、何時作られたのか分からないくらいボロボロの吊橋だ。
たまに使う人がいるとかで壊したりはせず、一応補強や修理が入っているらしい
けれどそれを知ってても渡るのをためらう位には、ぼろい橋である。
「なんだよ、不満なのか?
もしかしてお前、高所恐怖症か?」
「そうです。
高い所ダメなんです!」
「なら断れば良かったのに」
「こんなの聞いてないからです」
「お前が聞いてなかっただけだ。
報酬に目が眩んだだけだろ?」
「それは……」
「『今回は危険な場所だから、日当は倍』を聞いて、勝手に舞い上がったお前が悪い」
「でもでも……」
助手は往生際悪く、駄々をこねる。
とはいえ怖いものは仕方がない。
恐怖というものは、制御不能ななもの。
気合だけでどうにかなる場合は少ない。
とはいえ、このまま言い争いをしても仕方がない。
どうしたものかと考えあぐねていると、助手が突然真顔で俺を見る。
「ねえ、先生?」
「なんだ」
「吊橋効果って知ってます?」
「男女で吊橋を渡ると、仲が深まるってやつか?」
「はい。
でも知ってました?
一緒に吊橋を落とすと、さらに仲が深まるんですよ」
「待て!
それ犯罪で結びついただけじゃんか!
しっかりしろ!」
あのクールな助手がおかしくなってる!
『適度なスリルはクスリになるが、度を過ぎれば毒』というのを、体現したかのようなパニックぶり。
これ以上はいけない。
助手は下がらせよう。
「分かったよ。
作業は俺一人でやるから、そこで座ってろ。
倍は無しだが、今日の分の給料は払ってやる」
「い、いえ!
働きます。
お金がいるんです!」
「お前いつもそうだよな……
投げ銭だったか、ほどほどにしとけよな……
はあ、座ってていいから日当を倍に払って――」
「いえ、四倍にしてください。
そしたら働きます」
「……お前いい性格してんな。
もう面倒だから払ってやるよ」
「よっしゃあああ!」
助手は奇声を上げたかと思うと、「怖くない、怖くない!」と言いながら吊橋を渡っていった。
すげえ!
金の力で恐怖を克服したぞ、あいつ。
ちょっと様子おかしいけど、吊橋を見事渡り切って見せる助手。
あれなら仕事は出来るはずだ、多分。
ホッと一安心していると、助手が不思議そうな顔をしながらこっちに戻って来た。
「先生、この吊橋で何をすればいいんですか?」
「……この吊橋をイルミネーションで飾り付けるんだよ。
ほら端っこを持て。
一緒につけるぞ」
◇
後日談。
どうにかこうにかして、無事に吊橋をイルミネーションで飾り付けた俺たち。
張り切る助手が若干怖かったが、綺麗に飾り付けることが出来た。
依頼人からも満足してもらえたのだが――
「あれ?
依頼料が振り込まれてない!?」
依頼側のミスで振り込まれていないお金。
先方に連絡すると、謝罪と共にすぐに振り込まれたものの、記帳されるまで刺激的でドキドキの時間を過ごしたのであった
お金にまでスリルを求めてないんだよ!
ここは鳥の国。
ここでは、様々な鳥が暮らしていました
食べ物が豊富にあり、天敵はおらず、気候条件も穏やかと、まさに理想郷でした。
優雅に飛ぶ鳥は尊敬され、一番優雅に飛ぶ鳥が王様になって国を治めていました。
ですが鳥には空を飛べない物も多くいました。
そして飛べない鳥たちは、飛べる鳥に馬鹿にされていたのです
その中でも特に気弱なニワトリは、格好の的でした。
「やーい、鳥のくせに飛べない鳥!
悔しかったら飛んでみろ!」
「……」
カラスたちがニワトリに向かって、悪口をいってました。
ですがニワトリは言い返しません。
言い返してもカラスは面白がるだけだからです。
「やーい、チキン野郎!」
「!
……」
「なんだよ、何も言い返さないでやんの……
つまんないから、かーえろ」
そう言ってカラスは飛んでいってしまいました
ニワトリは、カラスの飛んでいった方をじっと見ます。
言い返さなったとはいえ、カラスの言葉はニワトリの心をひどく傷つけるものでした
ニワトリは顔に悔しさをにじませます。
悲しい事に、これはこの国ではよくある光景です。
どれだけ理想的な環境でも、いじめは絶えないのです。
ニワトリは、カラスの言った言葉を反芻させながら、寝床に帰ろうとします
そんなニワトリに、後ろから近づく影がありました。
ヤンバルクイナです。
「やあ、ニワトリ君。
元気かい?」
「ヤンバルクイナ君かい……」
「またカラスの奴に酷い事を言われてたね。
でもカラスのいう事なんて気にする必要は無いよ。
優雅に飛べない、うっぷん晴らしさ」
「でも飛べるだけ羨ましいよ」
ヤンバルクイナはニワトリを励まそうとしますが、効果がないばかりかさらに落ち込んでしました。
ヤンバルクイナは慌てて言葉を続けます。
「ニワトリ君だって、いいところはあるさ」
「でも僕は、数が多いだけのニワトリだよ。
姿もきれいじゃないし、君みたいに愛嬌もない」
「僕は好きだけどな、君のこと。
ガンダムみたいでカッコよくない?」
「そんな事を言うのは君くらいだよ」
ニワトリはヤンバルクイナの言葉にくすっと笑います。
ヤンバルクイナも、笑ってくれて少し安心しました。
その後少しだけ言葉を交わし、二匹は自分の寝床へ帰りました。
そして目を瞑りながら、ニワトリは今日あった事を考えていました。
『やーい、チキン野郎!』
カラスの言葉を思い出します。
悔しくて悔しくてたまりません。
それ以上に、何もできない自分に腹が立ちました。
『ガンダムみたいでカッコいいよ』
友人のヤンバルクイナの言葉を思い出します。
この言葉は彼なりの冗談でした。
しかし荒んだニワトリの心には、何よりの救いでした。
そしてニワトリは決意します。
自分を励ましてくれた友人に誇れるようになりたいと。
ガンダムの様に、強くなりたいと……
次の日の朝。
カラスの寝床。
不機嫌そうにカラスが起きると、寝床から起き上がりました。
「はあ、寝起きだるー。
眠気覚ましにニワトリでも揶揄うか……
でもアイツ遠くにいるから、行くのがめんどい。
あっちから来てくんねえかな――
ん?」
その時カラスは、遠くにあるものを見ました。
カラスの方にに向かってくる、白い影を。
「お、ニワトリじゃねーか。
本当にあっちから来てくれるなんて。
お礼にいつもよりも悪口を言ってやらないとな」
カラスは、ニワトリの襲来に上機嫌でした。
いったいどんな言葉でなじってやろうか。
カラスは今か今かと、ニワトリの到着を待ちわびます。
「はー、早く来ねえかな。
待ちきれねえぜ。
こっちから行くか――あれ?」
そこでカラスはおかしい事に気が付きました。
ニワトリらしき白い影が、とても大きい事に。
まだ寝ぼけているのかと、目をこするカラス。
そしてよーーーく目を凝らして白い影を見ます。
そして
「ガンダムじゃねーか!!!!」
そうです。
ガンダムです。
ガンダムがやってきたのです!
昨晩の事です。
ニワトリは、自分を鼓舞するため、友人の言葉を繰り返し口に出していました。
『ガンダムみたいでカッコいいよ』
何度も何も繰り返し口にして、夜が明け空が白くなってきたころ、ニワトリは確信します。
「僕がガンダムだ」
そしてニワトリは、自分がガンダムだと思い込みガンダムになりました
ガンダムへとなったニワトリは、カラスの元へ来たのです。
ですがカラスにとっては堪ったものではありません。
「ガンダムに勝てるか!
空に飛んで逃げよう!」
カラスは大急ぎで空へと羽ばたきます。
「逃がすか!」
ですが今のニワトリに不可能はありません。
背中に着いたジェットパックから、ジェットを噴射、空へと舞い上がります。
「バカな!?」
カラスは、自分を追いかけて来るガンダムを見て仰天します。
ですが驚いてばかりはいられません。
カラスはニワトリを撒くべく、全力で逃げ回ります。
必死に逃げるカラス、それを追いかけるニワトリ。
力の差は歴然としていました。
あっという間にカラスは捕まり、お仕置きされてしまいました。
そして地上。
カラスが土下座しながらニワトリに謝ります。
「反省してます。許してください」
カラスに二度と悪口を言わないことを誓わせ、これで一件落着――かに思えました。
ニワトリの近くに、この国の王であるハヤブサが下りてきたのです
ハヤブサは、頭を垂れながら、ニワトリに告げます。
「あなたが飛ぶ姿をこの目で見ていました。
とても優雅な飛行でした。
あなたこそこの国にふさわしい」
そうしてニワトリは王冠を授けられ、この国の王様になりました。
そして飛べる鳥も飛べない鳥も差別しない決まりを作りました。
そして真っ赤な王冠を被り、今でも良き王として鳥の国に君臨しているそうです。
めでたし、めでたし。