探偵とは、イメージと裏腹に地味な仕事である。
アニメや漫画のような、密室殺人を解決したり、巨大な陰謀に巻き込まれたりはしない。
ほとんどは浮気などの素行調査で、次点が家でしたペットの捕獲くらいだ。
派手さはまったくなく、忍耐が要求される仕事。
それが探偵である。
とはいえ、探偵も人間だ。
毎日代り映えしない仕事では退屈するし、人間の闇を見ることも多いので病みやすい。
適度に気晴らしをしないといけないと、すぐに病気になってしまう。
そういうわけで、俺は機会があれば積極的にスリルのある仕事を取るようにしている。
という事で今回のお仕事は――
◇
「騙された―!!」
そう叫んでいるのは、ウチの探偵事務所で雇っている助手である。
先日、浮気調査の報告書をつくりながら『パーッとしてえ』と言っていたので、
気晴らしにスリルある仕事に誘ったのだが不満らしい。
到着する前はあれほど浮かれていたというのに……
何が気に入らないのだろうか?
「先生言いましたよね。
『今回はスリル満点な仕事』だって!」
「言ったぞ。
実際スリル満点だろ?」
「ええ、スリルだけはありますね。
スリルだけは!
だけど!」
助手は大きく息を吸って一拍置き、大声で叫ぶ。
「こ ん な ぼ ろ っ ち い 橋 の 上 で 仕 事 な ん て 聞 い て な い ! ! !」
助手は叫びながら、目の前の橋を指さす。
そこにあるのは、何時作られたのか分からないくらいボロボロの吊橋だ。
たまに使う人がいるとかで壊したりはせず、一応補強や修理が入っているらしい
けれどそれを知ってても渡るのをためらう位には、ぼろい橋である。
「なんだよ、不満なのか?
もしかしてお前、高所恐怖症か?」
「そうです。
高い所ダメなんです!」
「なら断れば良かったのに」
「こんなの聞いてないからです」
「お前が聞いてなかっただけだ。
報酬に目が眩んだだけだろ?」
「それは……」
「『今回は危険な場所だから、日当は倍』を聞いて、勝手に舞い上がったお前が悪い」
「でもでも……」
助手は往生際悪く、駄々をこねる。
とはいえ怖いものは仕方がない。
恐怖というものは、制御不能ななもの。
気合だけでどうにかなる場合は少ない。
とはいえ、このまま言い争いをしても仕方がない。
どうしたものかと考えあぐねていると、助手が突然真顔で俺を見る。
「ねえ、先生?」
「なんだ」
「吊橋効果って知ってます?」
「男女で吊橋を渡ると、仲が深まるってやつか?」
「はい。
でも知ってました?
一緒に吊橋を落とすと、さらに仲が深まるんですよ」
「待て!
それ犯罪で結びついただけじゃんか!
しっかりしろ!」
あのクールな助手がおかしくなってる!
『適度なスリルはクスリになるが、度を過ぎれば毒』というのを、体現したかのようなパニックぶり。
これ以上はいけない。
助手は下がらせよう。
「分かったよ。
作業は俺一人でやるから、そこで座ってろ。
倍は無しだが、今日の分の給料は払ってやる」
「い、いえ!
働きます。
お金がいるんです!」
「お前いつもそうだよな……
投げ銭だったか、ほどほどにしとけよな……
はあ、座ってていいから日当を倍に払って――」
「いえ、四倍にしてください。
そしたら働きます」
「……お前いい性格してんな。
もう面倒だから払ってやるよ」
「よっしゃあああ!」
助手は奇声を上げたかと思うと、「怖くない、怖くない!」と言いながら吊橋を渡っていった。
すげえ!
金の力で恐怖を克服したぞ、あいつ。
ちょっと様子おかしいけど、吊橋を見事渡り切って見せる助手。
あれなら仕事は出来るはずだ、多分。
ホッと一安心していると、助手が不思議そうな顔をしながらこっちに戻って来た。
「先生、この吊橋で何をすればいいんですか?」
「……この吊橋をイルミネーションで飾り付けるんだよ。
ほら端っこを持て。
一緒につけるぞ」
◇
後日談。
どうにかこうにかして、無事に吊橋をイルミネーションで飾り付けた俺たち。
張り切る助手が若干怖かったが、綺麗に飾り付けることが出来た。
依頼人からも満足してもらえたのだが――
「あれ?
依頼料が振り込まれてない!?」
依頼側のミスで振り込まれていないお金。
先方に連絡すると、謝罪と共にすぐに振り込まれたものの、記帳されるまで刺激的でドキドキの時間を過ごしたのであった
お金にまでスリルを求めてないんだよ!
11/13/2024, 1:48:24 PM