裏日本
この国では、古来より怪獣がやって来て街を破壊しに来ていた。
無論人々は対抗したが、巨大な怪獣の前に手も足も出ず、多くの犠牲を出した。
そのため、自然災害と同じように限られており、もはやあきらめの境地に達していた。
そして現代。
科学技術は発展し、人類が過去で最も繫栄した時代になった。
そこで今ならできるのではないかと、怪獣の被害を減らすべく対策会議が行われた。
この会議には、裏日本のみならず、世界中の優秀な頭脳を集め話し合われた。
だが会議は難航した……
沢山のアイディアは出るのだが、怪獣が強大すぎるために、どの対策も決定打に欠けた。
有効なアイディアが出ないまま、会議は数日にも及び、出席者たちに疲れが出始めた……
そんな時、若き天才から斬新なアイディアがもたらされた。
『ススキはどうだろうか?
ススキは古来より『魔除け』として信じられてきた。
ならば、もはや悪魔の化身である怪獣にも効果があるのではないか』
彼にとってヤケクソの提案だったが、思いのほか参加者たちには受け入れられた。
もちろん参加者たちは、怪獣に魔除けが聞くとは思ってなかった。
怪獣は怪獣なのだ。
だが彼らは疲れていた……
『早く会議から解放されたい』
その思いから、このアイディアは採用されることになる。
その後、ススキの研究に予算が割り当てられた。
政府も無駄だと思いながら、なにも言わなかった。
このアイディアを却下したところで、他にはこれといった対策もないからだ。
こうして、ダメ元でススキの研究が行われることになった。
遺伝子操作、呪術的な祈祷、あるいは呪い……
あらゆる実験を経て、ついに魔除けに特化したススキが生み出された。
それを見計らったかのように、怪獣襲来の一報が入る。
そこで、効果を試すため実証試験を行うことにした。
誰もが『無駄だろ』と思いつつもなにも言わない。
もはやヤケクソであった
上陸してくる怪獣を、ススキ畑に誘導。
怪獣がススキ畑に近ずく様子を、関係者は固唾をのんで見守っていた。
そして運命の瞬間、怪獣は何か見えない壁に阻まれるように、その足を止める
関係者が経過を見守る中、怪獣はなにも無かったかのように、ススキ畑に足を踏み入れた――
さて突然だが、ススキがなぜススキが『魔除け』と信じられたかを説明しよう。
ススキの葉っぱの縁は、のこぎり状になっていていて良く切れるようになっている。
人間も皮膚くらいなら簡単に切り裂くのだが、この切れ味によって悪いものが近づかないと信じられていた。
これが魔除けの由来だ。
話を戻そう。
この改良されたススキ。
魔除け効果もさることながら、人間の知らないうちに葉っぱのキレ味もかなりパワーアップしていた。
そこに足を踏み入れた怪獣は、いったいどうなるのか。
怪獣の厚い皮を簡単に切り裂かれ、怪獣は痛みで悶絶したのである。
激痛で怪獣は体制を崩し、体ごとススキ畑に突っ込っこみ……
お判りであろう。
怪獣の体はススキの葉で切り裂かれ、多くの血を流して死んでしまったのだ。
これには関係者もびっくり。
あまりにスプラッタな結末でひく者も多かったが、撃退は撃退。
改良型ススキの大量生産が決まり、そして配備することで怪獣撃退に大きな貢献をした。
こうして怪獣との長きにわたる戦いは終わり、ススキは名実ともに魔除けの草として語り継がれるのであった
俺は今、動かない宇宙船の中で死にそうになっていた。
昨日、宇宙船でドライブに出かけたのだが、不覚にもガス欠にしてしまったのである。
周囲には何も無い暗闇の空間、誰も助けに来ることはなく、ただ死を待つのみ――という事ではない。
宇宙船は動かないものの、予備電源で生命維持装置は動作している
食べ物だって沢山ある。
救助も宇宙嵐の影響とかで遅れているが、それまでは予備電源は余裕で持つだろう………
じゃあ何が俺に死をもたらすのか……
それは――退屈である。
俺は今、退屈で死にそうになっていた。
ドライブに出かける前、俺は宇宙船の中を掃除した
その時ゲーム類は出して掃除したのだが、中に戻すのを忘れてドライブに出てきたのだ。
という事でこの宇宙船には娯楽品が無い。
痛恨のミス!
過去の自分を殴ってやりたい。
さっきまで電灯のヒモでシャドーボクシングをしていたがそれも飽きた。
八時間続けた自分を褒めたいくらいだ。
星を数えるのも飽きた俺に、時間を潰す手段は残されていなかった。
もう何も考えたくない。
頭がどんどんカスミがかかり、思考が鈍っていく。
どうしようもない倦怠感を感じながら目を閉じる。
退屈が人を殺す。
比喩表現で聞いたことがあるが、本当に暇に殺されてしまうとは……
死の瀬戸際で脳裏に何かが浮かび上がって来た。
そうか、これが走馬灯――
ではなく、小さな妖精が煙草を吸っている様子だった。
「なんで?」
俺が思わず声に出すと、妖精が驚いたように俺を見返した。
俺たちは見つめ合い、沈黙が流れる
だがすぐに気を取り直し、俺は妖精に問いかける
「あんた誰?」
すると、妖精はバツが悪そうにタバコの火を消した。
ゆっくりと、その妖精らしからぬ苦い顔でこちらを見た。
「えー、ワイはお前さんの走馬灯の制作を担当するオオキや。
よろしくな」
妖精が意味不明なことを言い始めた。
まったく意味が分からないのだが、だけどなぜだろう……
娯楽に飢えていたのか、妖精の言葉は真実のように思えた
「よろしく……
えっと走馬灯の制作って言ったよね?」
「……言ったな」
「人間が死ぬ時見る走馬灯は、妖精が作ってるってこと?」
「……そうやな」
俺が質問するたびに、妖精の顔は険しくなっていく。
俺が聞きたいことが分かっているのだろう。
聞いてほしくないだろうが、俺は聞かなければいけない。
一呼吸おいて、俺は核心をつく質問をする。
「俺、今死にかけているよね。
それなら俺の頭に走馬灯が流れているはずだけど……
そんな気配が無いのはなぜ?」
「それは……」
「それは?」
妖精が目を逸らす。
そして不承不承といったふうに口を開く。
「――――んや」
「え?」
「作ってないんや!
お前さんの走馬灯、ワイが担当やが、作ってないんや!」
「ええー!?」
俺は驚きの声を上げる。
まさかとは思っていたが、本当に作ってないとは……
「しかたないやん!
ワイ、お前さんがこんなに若いうちに死にかけるとは思わなかったんや」
「だからサボっていたと?」
「悪いか!?
このご時世に死にかけるお前さんが悪い!」
こいつ開き直りやがった。
制作してないこいつが悪いのに、なぜこちらが怒られるのか……
理不尽である。
「という事は、俺は走馬灯を見ないまま死ぬの?」
「それは駄目や。
反省文なんて書きとうない!」
「そんなん知るか!」
こいつ、心臓に毛でも生えてんのか?
反省文なんて知るかよ
さらなる罵倒の言葉を叫ぼうとしたところで、妖精は俺に問いかけてきた
「物は相談やが……
死ぬのを止めにせんか?」
「そんなの出来るわけないだろ!
俺はここで死ぬんだ!」
「まあ、そう言わずに……
お前さんも若い。
やり残したこともあるだろう」
「まあ、それは……」
「なら決まりやな。
そんで、このことは内密に。
バレたら反省文書かされるからな」
と妖精は、爽やかな笑顔で笑う。
「まあ、いいけど。
でもどうするんだよ。
さっきも言ったけど、死ぬのを止めるのは出来ないぞ」
「安心せい。
そろそろ迎えが来るから」
「迎えってなんだ「大丈夫ですか」
◇
俺は呼びかけられた言葉にハッとする。
まるで夢の中から浮上する不快な感覚を感じながら、目を開けると知らない男性が俺の顔を覗き込むように見ていた。
なんでこの人俺の顔を覗き込んでいるの?
さっきの妖精はどこ行った?
というか今何時だ?
頭にたくさんの疑問が浮かぶ。
「大丈夫ですか?」
男の問いかけに、訳が分からないままゆっくりと頷く。
すると男は安心したように笑った。
「良かった、無事で!
酸欠で倒れてたんですよ」
酸欠?
そう言おうとして、口に何かが当てられている事に気づく。
これ酸素マスクだ。
「宇宙船の生命維持装置が故障していたようです。
それで酸素が薄くなって、意識を失ったようです」
俺はそこで自分に何が起こったかを理解した。
どうやら俺は暇ではなく、酸欠で死にかけていたらしい……
で、この男の人は、遭難した俺を助けに来てくれた救急隊員ということか。
どうやらさっきの妖精とのやり取りは夢――というか走馬灯だったようだ。
それにしてはやけにリアルだったような……
ダメだ、頭が回らない。
また瞼が重くなっていく。
けれど不安はない。
救急隊員が来てくれたのだ。
次に目を開けた時は、何もかもが解決している事だろう。
だが俺が目を閉じたその刹那、脳裏に反省文を書かされている妖精が浮かび、思わず目を開けるのであった
シュッ、シュッ
宇宙船の中、俺は電灯のヒモにシャドーボクシングをしていた。
他人がいれば『なんでそんな意味がない事をしているんだ』と言われるだろう。
けど許して欲しい。
遭難して以来、他にやることがないのだ
昨日、ドライブに出掛けたところ、エンストしてしまったのである。
原因は燃料の入れ忘れ……
ウキウキで運転していたのに、一気にどん底だ
設計段階で俺みたいなのが出ると想定されたのか、生命維持装置は非常電源で動く。
食べ物もたくさんあるので、餓死の心配はない。
だからそのまま助けを待てばいい。
そう、問題はない。
あるとすれば、ただひとつ。
時間を持て余している。
普段は何かしらの娯楽物を置いてある。
だが間の悪いことに、昨日掃除をするため、全部外に出してしまったのだ
なのでマジですることがなく、こうしてシャドーボクシングに興じている。
「はあ、はあ……
ふう、いい汗かいたな」
いい感じに体が暖まったので一息つく。
ただに暇潰しでやったシャドーボクシング、なかなか楽しいじゃないか。
このまま世界チャンピオンを目指すのも悪くない。
備え付けの冷蔵庫から飲み物を取って飲む。
熱くなった体に、キンキンに冷えた水が心地よい。
運動のあとの水分は格別だな
時計をみれば、シャドーボクシングを初めて三時間くらい経っていた。
もうそろそろ助けが来るんじゃないかな?
だが通信機を見ても、近くに救助が来ている気配はない。
それだけじゃなく、救助隊からの通信もはいていない。
これはどう言うことだ?
俺は腕を組んで少し考えて、あることに気がついた。
「あ、救難信号を出すの忘れてた」
救難信号出してないのに、助けに来るわけがない!
ということは、頑張って暇潰ししていたのは全く意味がないってこと!?
そんな事って……
「違う暇潰しを考えないと」
俺は弱々しく救難信号のボタンを押すのだった。
「残ったのは、私たちだけのようね」
「当然の結果だ。
他の有象無象など、取るに足らん」
観衆が見守る中、二人の男女が熱い視線を交わしている
観衆たちは囃し立て、場を盛り上げる
だが二人の間に浮ついた空気はない。
それもそのはず、彼らはとある景品を巡って争っているのだ。
それは、だれもが欲しがる一級品。
もちろん他の人間も欲しがったが、難なくそれらを蹴散らた。
二人と他の人間たちの間には、埋める事の出来ない力の差があったのだ。
そして勝者は一人……
相容れぬとばかりに男は女を睨みつける。
それに対して、女はクスリと笑った。
「何がおかしい?」
「そりゃおかしいわよ。
いつも残るのは、あなたと私の二人……
もしかしたら、運命の糸で結ばれているのかも」
「抜かせ、お前とは因縁しかない」
「あら、つれないこと……」
女は残念そうにため息をつく。
だがすぐ気を取り直し、男の方を見る。
「小さい頃、遊んだ仲じゃない。
もう少し仲良くしましょうよ」
「バカなことを言うな。
俺とお前は敵同士。
そして勝つのは俺だ」
「ふふ、大きく出たものね。
小さい頃、泣きながら私の後ろをついてきたのに」
「……言いたいことはそれだけか」
男の言葉は怒気をはらんでいた。
女の言葉は、男のプライドを傷つけたのだ。
しかし、女の方はそのつもりはなかったらしく、慌てて謝罪する。
「待って!
怒らせるつもりはなかったの。
あなたと取引がしたいと思って」
「取引?」
「ええ、取引よ。
こんな争いは無意味だわ。
この景品、二人で分けない?」
「ふん、考えるまでもない。
そんな恥ずかしい事は出来ん」
「残念ね」
断られると思っていたのだろう。
言葉こそ残念というが、ショックを受けたような様子は無かった。
緊迫した空気が流れる中、女は悲し気な笑みを浮かべる。
「……どうして、こうなったのでしょうね?」
「あ?」
「私たち、小さい頃ずっと一緒だったわよね?」
「……昔の話だ」
「いつも一緒に遊んた。
結婚の約束もしたわね。
けれど段々一緒に遊ばなくなり、お互い疎遠になった……」
「縁が無かっただけだろう?」
「ねえどうしてこんなことに。
私たちあの頃には戻れないの?
やり直しましょう!」
「ふん、そうやって油断させる気か?
その手には乗らん!」
「あらダメ?
行けると思ったんだけど」
「お前の笑顔は嘘くさいんだよ」
「じゃあ、次までに笑顔の練習をしておくわ」
その言葉を合図に、二人の顔は引き締まる。
もはや語り合う時間は終わったのだ。
あとは拳で語り合うのみ。
二人につられ、観衆も静かになる。
だれかがそう指示したわけではない。
ただそうすべきだと、観衆たちは確信していた。
二人は拳を強く握りしめ、腰を低くする。
一発で勝負を決めるつもりだった。
観衆が固唾をのんで見守る中、ついに二人が動く。
「「最初はグー! じゃんけんぽん!」」
給食のプリンを賭けた戦いが、今始まる。
会社から家に帰る途中、急に雨の匂いがした。
驚いて顔を上げると、雨粒が顔に当たる。
大変、雨だ!
しかし私は傘を持っていない。
これはいかんと周囲を見回し、雨宿りが出来る場所を探す。
私が手間取っている間も、雨はどんどん強くなっていく。
今は雨足も弱く、柔らかい雨と言ったところ。
遠くの空を見れば暗く、すぐに土砂降りになるだろう。
けれど雨宿りできるところが見当たらない
このまま私はビショ濡れになってしまう運命なのだろうか?
諦めかけたまさにその時、視界の端にコンビニの光が見えた。
まさに地獄に仏ならぬ、雨中にコンビニ。
助かった。
私は車が来てないことを確認しながら、コンビニへと走り出す。
これで安心だ。
そしてコンビニにたどり着き、ぜえぜえと息を吐く。
久しぶりに走ったな。
私は運動不足の体を恨みながら、筋トレの重要性について考える。
だがそんなのは後。
とりあえず中に入り、体を休めよう。
そう思って顔を上げると、そこには見知った顔があった。
「何してんすか?」
そう言うのは、私の後輩だ。
社会人になって初めてできた後輩……
だが私はコイツの事が嫌いである。
私の方が年上だって言うのに、敬意というものが感じられず馴れ馴れしくてチャラい。
なのに他の同僚に対しては、それなりの態度なのが気に入らない。
誰だよ、初めての後輩はメチャクチャかわいいって言った奴
私の後輩は可愛くないぞ!
「見て分からない?
雨が降って来たから、雨宿りに来たのよ」
「えー、ホントすか?
雨降ってなかったすよ?」
まるで私が嘘をついているように言う後輩。
本当にこいつだけは……
「疑うなら自分で見ろやい」
「どれどれ……」
後輩はめんどくさそうに、私の肩越しから外を見る
そしてしばらくした後、私に視線を戻す。
「降ってないっすよ」
不思議そうに首を傾げる後輩……
え、もしかして止んだ?
私は訝しみつつも、振り返る
だが雨足こそ弱いものの、絶賛降雨中であった。
「おい!」
「こんなの降った内に入らないすよ」
「私はデリケートなの。
アンタみたいにガサツじゃないの!」
「ひどい言い草っすね」
「アンナにだけは言われたくない」
まったく、コイツの相手をしたら疲れるだけだ。
話を切り上げよう。
「もういいわ。
そこをどいてちょうだい。
私は傘を買わないといけないの」
「傘欲しいんすか?」
「そうだけど……
何、貸してくれるって言うの?」
「どうぞ」
後輩が押し付けるように、私に傘を渡す。
私は一瞬呆ける。
確かに口には出したものの、本当に貸してくれるとは思わなかったからだ。
「ちょ、あんたの傘は?」
「大丈夫っすよ。
こんなの降った内に入らないっす」
そう言って、私が止める間もなく後輩は雨の中を駆けだしていく。
すぐに雨足が強くなり土砂降りになるが、後輩は戻ってこなかった。
私はしばし呆然とした後、あることに気づく。
「もしかして気を使われた?」
何という事であろう。
後輩が傘の無い私を慮って、濡れることをいとわず傘を貸してくれたのである。
どうやら私はアイツの事を誤解していたようだ。
「ふーん、意外とかわいいとこあるじゃん」
なんだかんだ言って、アイツは私の事を心配してくれてたんだな。
私は後輩の優しさにニヤニヤして――
「あ!
この傘ボロボロじゃん!」
あちこち穴が開いた、ゴミのような傘だった。
だからくれたのか?
本当に可愛くないやつ!