G14

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 俺は今、動かない宇宙船の中で死にそうになっていた。
 昨日、宇宙船でドライブに出かけたのだが、不覚にもガス欠にしてしまったのである。
 周囲には何も無い暗闇の空間、誰も助けに来ることはなく、ただ死を待つのみ――という事ではない。

 宇宙船は動かないものの、予備電源で生命維持装置は動作している
 食べ物だって沢山ある。
 救助も宇宙嵐の影響とかで遅れているが、それまでは予備電源は余裕で持つだろう………

 じゃあ何が俺に死をもたらすのか……
 それは――退屈である。
 俺は今、退屈で死にそうになっていた。

 ドライブに出かける前、俺は宇宙船の中を掃除した
 その時ゲーム類は出して掃除したのだが、中に戻すのを忘れてドライブに出てきたのだ。
 という事でこの宇宙船には娯楽品が無い。
 痛恨のミス!
 過去の自分を殴ってやりたい。

 さっきまで電灯のヒモでシャドーボクシングをしていたがそれも飽きた。
 八時間続けた自分を褒めたいくらいだ。

 星を数えるのも飽きた俺に、時間を潰す手段は残されていなかった。

 もう何も考えたくない。
 頭がどんどんカスミがかかり、思考が鈍っていく。
 どうしようもない倦怠感を感じながら目を閉じる。

 退屈が人を殺す。
 比喩表現で聞いたことがあるが、本当に暇に殺されてしまうとは……
 死の瀬戸際で脳裏に何かが浮かび上がって来た。
 そうか、これが走馬灯――

 ではなく、小さな妖精が煙草を吸っている様子だった。

「なんで?」
 俺が思わず声に出すと、妖精が驚いたように俺を見返した。
 俺たちは見つめ合い、沈黙が流れる
 だがすぐに気を取り直し、俺は妖精に問いかける

「あんた誰?」
 すると、妖精はバツが悪そうにタバコの火を消した。
 ゆっくりと、その妖精らしからぬ苦い顔でこちらを見た。

「えー、ワイはお前さんの走馬灯の制作を担当するオオキや。
 よろしくな」
 妖精が意味不明なことを言い始めた。
 まったく意味が分からないのだが、だけどなぜだろう……
 娯楽に飢えていたのか、妖精の言葉は真実のように思えた

「よろしく……
 えっと走馬灯の制作って言ったよね?」
「……言ったな」
「人間が死ぬ時見る走馬灯は、妖精が作ってるってこと?」
「……そうやな」
 俺が質問するたびに、妖精の顔は険しくなっていく。
 俺が聞きたいことが分かっているのだろう。
 聞いてほしくないだろうが、俺は聞かなければいけない。
 一呼吸おいて、俺は核心をつく質問をする。

「俺、今死にかけているよね。
 それなら俺の頭に走馬灯が流れているはずだけど……
 そんな気配が無いのはなぜ?」
「それは……」
「それは?」

 妖精が目を逸らす。
 そして不承不承といったふうに口を開く。
 
「――――んや」
「え?」
「作ってないんや!
 お前さんの走馬灯、ワイが担当やが、作ってないんや!」
「ええー!?」

 俺は驚きの声を上げる。
 まさかとは思っていたが、本当に作ってないとは……
 
「しかたないやん!
 ワイ、お前さんがこんなに若いうちに死にかけるとは思わなかったんや」
「だからサボっていたと?」
「悪いか!?
 このご時世に死にかけるお前さんが悪い!」

 こいつ開き直りやがった。
 制作してないこいつが悪いのに、なぜこちらが怒られるのか……
 理不尽である。

「という事は、俺は走馬灯を見ないまま死ぬの?」
「それは駄目や。
 反省文なんて書きとうない!」
「そんなん知るか!」

 こいつ、心臓に毛でも生えてんのか?
 反省文なんて知るかよ
 さらなる罵倒の言葉を叫ぼうとしたところで、妖精は俺に問いかけてきた

「物は相談やが……
 死ぬのを止めにせんか?」
「そんなの出来るわけないだろ!
 俺はここで死ぬんだ!」
「まあ、そう言わずに……
 お前さんも若い。
 やり残したこともあるだろう」
「まあ、それは……」
「なら決まりやな。
 そんで、このことは内密に。
 バレたら反省文書かされるからな」
 と妖精は、爽やかな笑顔で笑う。

「まあ、いいけど。
 でもどうするんだよ。
 さっきも言ったけど、死ぬのを止めるのは出来ないぞ」
「安心せい。
 そろそろ迎えが来るから」
「迎えってなんだ「大丈夫ですか」

 ◇

 俺は呼びかけられた言葉にハッとする。
 まるで夢の中から浮上する不快な感覚を感じながら、目を開けると知らない男性が俺の顔を覗き込むように見ていた。

 なんでこの人俺の顔を覗き込んでいるの?
 さっきの妖精はどこ行った?
 というか今何時だ?
 頭にたくさんの疑問が浮かぶ。

「大丈夫ですか?」
 男の問いかけに、訳が分からないままゆっくりと頷く。
 すると男は安心したように笑った。

「良かった、無事で!
 酸欠で倒れてたんですよ」
 酸欠?
 そう言おうとして、口に何かが当てられている事に気づく。
 これ酸素マスクだ。

「宇宙船の生命維持装置が故障していたようです。
 それで酸素が薄くなって、意識を失ったようです」

 俺はそこで自分に何が起こったかを理解した。
 どうやら俺は暇ではなく、酸欠で死にかけていたらしい……
 で、この男の人は、遭難した俺を助けに来てくれた救急隊員ということか。

 どうやらさっきの妖精とのやり取りは夢――というか走馬灯だったようだ。
 それにしてはやけにリアルだったような……
 ダメだ、頭が回らない。
 また瞼が重くなっていく。

 けれど不安はない。
 救急隊員が来てくれたのだ。
 次に目を開けた時は、何もかもが解決している事だろう。

 だが俺が目を閉じたその刹那、脳裏に反省文を書かされている妖精が浮かび、思わず目を開けるのであった

11/10/2024, 1:42:57 PM