「じゃあね、バイバイ!」
手を振りながら、彼女は去っていく。
さっきまで彼女と一緒に遊んでいたのだが、家の用事があると言って帰っていった。
スキップしながら帰る彼女。
一緒に遊んだのが、よっぽど楽しかったらしい。
だが僕はあまり楽しくなかった。
ずっとあることを考えていたからだ。
『この子、誰だ?』と……
ここはドが付くほどの田舎。
この辺りの人間とは全員顔見知りだ。
だというのに、あの子の事を見たことがない。
あの子はいったい誰なんだろう。
彼女の姿が見えなくなった事を確認し、僕は後ろに振り向く。
そこには、友達のダンとシバがいた。
二人の目をまっすぐ見て尋ねる
「今の誰?」
『もしかしたら二人なら知っているのでは?』という淡い希望を抱き、友人に尋ねてみる。
だが友人たちの反応は思わしくないものだった。
「お前はバカなのか、サブ。
お前が知らないのに、俺が知っているとでも?」
ダンは呆れたように、僕を見つめる。
聞いてみただけなのに、酷い言いようである……
「おいらも知らない。
でもあの子、甘い匂いがしたから、お菓子を持っているはずさ」
シバはよだれを垂らしながら、どうでもいい事を口走る。
まあ、シバには最初から期待してない。
「聞いた僕がバカだったよ。
それよりも、今の内に対策を練ろう。
明日もきっと来るぞ」
そう、彼女が何者かはどうでもいい。
彼女がまた来るのが問題なのだ。
僕は危機感から、作戦会議を促す。
だがダンとシバは、困惑するように目を合わせた。
「別にいいんじゃないか。
悪い奴じゃなさそうだしな」
「おいらも別に。
お菓子くれるならだれでも」
僕のやる気とは裏腹に、二人の言葉は冷めたものだった。
緊張感のない友人たちに、僕は危機感をさらに募らせる
「もっと真剣に考えてよ。
幽霊だったらどうするんだ」
「幽霊って、お前いくつだよ……」
「もしかしてお菓子をくれる幽霊?」
「違う!」
だめだ。
二人に頼ろうとしたのがバカだった。
僕だけで何とかしよう。
「もういい!
俺が何とかする!」
「「どうやって?」」
「それは……
分かんないけど、とりあえず尾行する。
きっとボロを出すはずだ」
「ふーん、面白そうだし、付いて行ってやるよ」
「お菓子くれるといいな」
「全く緊張感のない……」
僕は真相を確かめるため、女の子を尾行することにした。
まだ別れてから時間は経ってない。
走ればすぐに追いつけるはず。
尾行ミッションの開始だ!
だが女の子はすぐに見つかった。
走ってすぐの所に、たくさんの人間が出入りする家があった。
何事かと見ていると、すぐそばに女の子がいたのである。
そして彼女の向かう先には、母親と思わしき女性がいた。
「ママー、ただいま」
「おかえりなさい、あら服が汚れてる。
遊んできたの?」
「うん」
どこにでもある普通の親子の会話。
普通なら騙せるが僕は騙されない
「みんな油断するなよ。
これは罠だ!」
「何の罠だよ……」
「そうだね。
お菓子貰えるかも」
「いいから!
監視を続けるぞ」
僕は親子二人の様子を、見逃さないように神経を集中する。
一見普通の人間のようだが、きっとボロを出すはずだ。
なにかしらのボロを……
「私ね、友達出来たのよ」
「友達?
えっと、この辺りには『子供』はいないはずよ。
誰と友だちになったの?」
「それはね……
あっ、あそこ」
突然女の子に指を差され、体が跳ねる
とっさに隠れようとするが、周囲には何もない。
くそ、やっぱり罠か!
「ほら見てタヌキさん!」
「へー、お友達ってたぬきのことだったのね」
だが女の子と母親は、僕たちの方を見て笑うだけで何もしてこなかった。
「頭が良くて遊んでくれたの」
「良かったわね。
でもタヌキさんたち、何しに来たのかな?」
「うーん……」
女の子はなにやら考え始めた。
僕たちを罠に嵌めといて何を考えることがあるのか?
それとも罠じゃないのか?
人間の考えることは分からん。
「あ、分かった。
私、言ってないことがあったんだ」
だが、分からないことだらけの人間でも、一つだけわかることがある――
「明日もきっと、遊ぼうね」
彼女は、明日もきっと、遊びに来るのだろう。
202X年、世界は静寂に包まれた…。
原因が分からず、突然音の消えた世界……
それでも人類は生き延びようとしていた。
色々な不便を強いられるようになったが、それでも様々な対策を編み出す人類。
だが人類の活気は徐々に低下していくのだった。
そんな中、人類とは対照的に、逆に激しく盛り上がっている存在があった。
パリピである。
「ウェーーーーーーイ」
パリピは騒いでいた。
今の世界は彼らにとって、実に理想的であった。
どれだけ騒いでも、うるさいと文句を言われない。
アパートで夜通し騒いでも、誰にも迷惑がかからないのだ
人類も『忙しいし、迷惑じゃないから放置』と止めることは無かった。
まさにパリピ黄金時代。
彼らはノリにノッていた。
パーリーピーポーの文字通り、毎日パーティを開いて騒いでいた。
だが突然世界に音が戻る。
消えた時と同様に、戻ったのも突然だった。
原因は分からないが、分かる事は一つだけ。
『パリピはうるさい』ということ。
今まで被害が無いからと放置されていたパリピたち。
だが音が戻ったことで、彼らのお祭り騒ぎが問題になってしまったのだ。
それを受け、多くのパリピたちはパーリーを自粛、あるいはTPOを弁えてパーリーをするようになった。
だが何事もマナーの悪い存在はいる。
音が無くなった時と同じように騒ぐ悪いパリピ――迷惑系パリピが社会問題となったのだ。
警察は事態を重く見て、迷惑系パリピを捕まえると宣言。
多くの迷惑系パリピを逮捕した。
だが問題は解決しなかった。
捕まえた迷惑系パリピが牢屋でもパーリーし始めたのだ。
他の受刑者からも『何とかしてくれ』と懇願され、新しく対応を迫られることになる。
困った警察は、迷惑系パリピを一か所に集めることにした。
毒を持って毒を制す。
うるさいのをまとめることで、相殺できないかと目論んだのだ。
結果は成功だった。
パーリーは人が多いほど騒げるが、それにも限度がある。
狭い場所に多くの迷惑系パリピが集められたことで、彼らはパーリーをする気力を失くし、パーリーをしなくなったのだ。
まるで、かつての『音のない世界』のように静かな世界。
この結果は、人類に喜びを持って受け入れられた。
それからは、逮捕された迷惑系パリピはここに集められることになる。
いつからか、この部屋は『静寂に包まれた部屋』と呼ばれるようになり、彼らの恐怖の対象になったのだった。
民明書房 『いかにして迷惑系パリピは滅んだか?』より一部抜粋
「くそ、油断した……」
私は、憎々しげに吐き捨てる。
視線の先にあるのは、真っ赤に染まった私の足。
自由を夢見て忍びの里を抜けようとした矢先、刺客にやられてしまった。
刺客は無力化したが、これでは逃げられない。
「足を怪我してるじゃないか!」
一緒に逃げてきたケンジが、私の足を見て叫ぶ。
彼は、里を一緒に抜けた仲間であり、私の恋人である。
ケンジは、血相を変えて私に歩み寄る
「ああ、血がたくさん出てる!
すぐに応急措置を――」
「ダメよ」
私は、ケンジを制止する。
私の大声に驚いたのか、ケンジは固まってしまった。
「ダメよ。
私を置いて早く逃げなさい」
「でも……」
「里の奴らは甘くない。
足手まといがいたら逃げられないわ」
「置いてなんか行けないよ。
約束しただろ?」
「ええ、覚えてるわ」
私はケンジと誓い合った事を思い出す。
『普通に生きて普通に死ぬ』
たったそれだけのささやかな願い。
だがその願いは叶う事は無い。
「分かって、ケンジ……
あなただけでも逃げるのよ」
「でも、ミズキさんが――」
「それにね、私も簡単に死ぬつもりはないわ。
私の腕は知っているでしょう?
生き延びてみせるとも」
だが健司は、それでも迷ったように立ち尽くしたまま。
私は意を決してケンジを抱き寄せる。
「ずっとこうしたかった。
他の人の目があるから出来なかったもの……」
「ミズキさん……」
『やっちまった』と思わなくもない。
こんな別れ際に、自分でも大胆なことをしたと思う。
けれど後悔はない。
きっとこれが最後だから。
十分にケンジの体温を感じた後、私はケンジの体から離れる。
彼を見れば、顔が真っ赤だった。
あら、かわいい。
「次は、また会ったときに、ね?」
私が笑顔で言うと、彼は黙ってうなずく。
だが、彼も分かっている。
『次』は無い事を……
「また会おう」
ケンジはそういうと、立ち上がった。
決意を鈍らせないためか、そのまま走り去る
「止まるんじゃないわよ」
振り返らずに遠ざかる彼。
それを見ながら、その場に私は力尽きるのだった――
――
――――
――――――
「カーーーット」
🎬 🎬 🎬
「瑞樹ちゃん、ちょっといいかしら?」
監督がスタッフに撤収の指示を出して、私の元にやって来た。
顔は笑っているが、まったく目が笑っていない。
かなりご立腹のようだ。
「瑞稀ちゃん、困るのよねえ。
台本にないことをされるとね……」
「アドリブですよ、アドリブ。
監督も私のアドリブ好きだって言ってくれたじゃないですか?」
『何もやましいことはしてない』と主張する。
実際にやましいことだらけだが、否認は大事だ
「瑞樹ちゃん」
「ですが、さすがにやりすぎたと思っております。
すいません」
だが監督の怒りが爆発しそうだったので、私は即座に反省の言葉を口にする
この人、怒ると怖いんだよね
「じゃあ、なんで怒ってるか分かる?」
「有名なアニメのセリフをパックたからですよね」
「違ーう。
それもあるけど違ーう」
違ったらしい。
昨日見たアニメのシーンと被って、思わずつぶやいた『止まるんじゃねえぞ』のセリフ。
さすがに怒られると思ったのだが、これではないらしい。
「そのセリフもヤバいから、編集でカットするけどね。
私が言ってるのは、ケンジに抱き着いたことよ」
「ケンジとミズキは恋人同士。
ハグなんて、挨拶みたいなものでしょう?」
「そういう事じゃない。
大本にないことやって、セクハラで訴えられたらどうするの!?
パクリは炎上するだけだけど、いえそれも致命的だけど、スキャンダルになったらドラマ自体が放送されないのよ」
「そこまで考えてませんでした」
スキャンダル恐いよね。
さすがに思い付きだだけで動くもんじゃないな。
反省、反省。
「全く……
ケンジ役の子、瑞稀ちゃんの好みだって知ってたけど、あそこまでするとはねえ」
ははは、私の好みバレてら。
「瑞樹ちゃん、もう少しで撤収終わるから待っていなさいね。
今日は一緒に帰りましょう」
「え?
私、すぐ帰りますけど」
「あらそう?
でもね――」
監督は、子供のイタズラを見つけたような顔で、私を見る。
「彼を待ち伏せしてはダメよ?」
私の心臓が跳ねる。
まさに、そのつもりだったからだ。
「ダメだからね。
スキャンダルになるから」
「……はい」
そう言って監督はスタッフに近づいて指示を出し始めた。
監督が別れ際に放った一言が、私の心にに大きくのしかかる
監督には、なんやかんや世話になってるので、逆らうことが出来ない。
断腸の思いだが、待ち伏せを諦めるしかないようだ。
あーあ、せっかくのお近づきのチャンスが……
好みの子だったのになあ。
いつになったら恋人ができるのやら……
またしても逃したチャンスに、私はがっくりと肩を落とすのだった。
私の名前は、岡田 研子!
長い黒髪が似合う、こう高校二年生。
最近の悩みは、母親から髪を切れと言われていること。
そんな私は、オカルト研究会に所属しているわ。
毎週心霊スポットを調べて、調査結果を校内新聞に載せているの。
反応も上々で、『ここを調べて欲しい』と私たちの元にいろんな情報が寄せらるわ。
そんな情報の中で、とても興味深いものがあったの
それはバス停に現れる長い髪の女性の幽霊。
雨で視界が悪い日に、車に撥ねられて死んでしまった女性らしいわ。
この幽霊に興味を持ったのは、この幽霊が『走って来る』という点。
『いつの間にかいた』系の幽霊は良くいるが、『こちらに向かって走って来る』系の幽霊は珍しい。
想像するだけで、寒気がするわ。
けれど、気になったことが一つ。
このバス停、私の家の近くにあるの。
バス通学なので毎日使っているけど、どういうわけか一度も見たことがない……
この幽霊、本当にいるのかしら?
けれど噂と判断するにも、目撃情報が多すぎるのも事実……
私たちは話し合った結果、この心霊スポットを土曜日に調査することを決定。
私以外のメンバーは遠方住まいなので、バスで来ることになった。
いろいろ気になるけれど、土曜日が待ち遠しい。
遅刻しないようにしないとね。
◆
調査当日、私は寝坊した。
起きた時には、待ち合わせの時間まであと少し。
私は急いで支度を済ませ、家を出る。
だけど、不幸は重なるもの。
バス停に向かう途中、雨が降り始めた。
家に戻って傘を取りに帰るべきかを迷う。
けれど遠くの空は明るく、これはすぐ止む通り雨だろうと判断。
濡れることも気にせず、そのまま走ってバス停に向かう。
バス停の手前にあるコンビニまで来た時、バスから仲間たちが下りてくるのが見えた。
どうやらギリギリ間に合ったようだ。
「みんなー!」
私は走り寄りながら、声をかける。
だが――
「「「「きゃあああああ」」」
私を見るなり、みんなが悲鳴を上げる。
中には腰を抜かしてしりもちをつく子もいた。
「お化け!」
「来ないで」
「許してー」
まさに阿鼻叫喚。
みんな私を幽霊だと思っているようだ。
なんで――
そこでハタと気づく。
長い髪、女性、走って来る……
まさか!
私は、近くにあるコンビニに走り寄る。
そしてガラスを鏡にして、自分の姿を見ると……
なんと、そこにはずぶ濡れの女性の幽霊が。
幽霊の 正体見たり 私だよ。
どうりで幽霊を見たことないはずだ。
だって私だもん。
心当たりはある。
遅刻しそうな時、雨の日でも傘を差さずに走る。
それを見た人間が、幽霊と間違えたのだろう。
そして脳裏に浮かぶのは、『髪を切れ』という母の言葉。
母は正しかった。
私が落ち込むのとは対照的に、空はからっと晴れ渡るのだった
『悪魔は秋に現れる』
そんな言い伝えが、この村には残っている。
悪魔は誰にも気づかれず村に忍び込み、村人たちに呪いをかける。
呪われた人々は、常に飢えるようになり、どれだけ食べても満たされなくなってしまうのだ。
そして食べまくった村人は醜く太り、周囲から嘲笑《ちょうしょう》される。
その様子を、悪魔は影から見て大笑いするという。
子供の頃、よく親から聞かされたものだ。
言わなくても分かるとは思うけれど、『食べすぎに注意しろ』という教訓を昔話の形にしているものだ。
食べ物がおいしいいこの季節。
食べすぎて苦しまないように、この昔話は忠告している
もっとも効果のほどは疑問だ。
村の人間なら全員知っている話のなのだが、毎年食べすぎる村人が後を絶たない。
中には食べすぎて、昔話のように太ってしまう者もいる。
俺の妻であるクレアも例外ではなかった
「おのれ、悪魔……
許すまじ!」
クレアが慟哭《どうこく》する。
言葉にこそ出さないが、どうやら太ったらしい。
モチロン俺からは『太った?』なんて聞かない
わざわざ虎の尾を踏みに行くほど無謀ではない
俺も命が惜しいのだ
「バン様も、悪魔は残虐非道だと思いますよね」
「……そうだな」
妻が同意を求めてきたので、俺はクレアに同調する。
スマンな、悪魔。
お前は悪くないと思ってるけど、お前のせいにさせてもらう。
ここで否定しても、誰も幸せにならないからだ……
「しかし、この焼き芋美味しいですね。
悪魔の呪いが無くても、手がとまりそうにありません」
「……そうだな」
クレアはさらに新しい焼き芋に手を伸ばす。
どう考えても食べ過ぎであり、太るのは目に見えていた。
だが俺はなにも言わない。
焼き芋以外にも、秋の味覚を食べまくっている。
焼き芋を一つ減らしたくらいでは、何も変わらない
もはや手遅れだ。
だが救いはある。
実はこの昔話には続きがあるからだ。
村人たちが太ってしまうと、その事を憂いた女神様が村にやって来る。
そう!
この女神は太った人々を救う、救いの女神なのだ。
だがそんなにうまい話はない。
女神は、太った人たちを集め走らせる。
しかも、とんでもなく長い距離を……
人呼んで『運動の女神』。
方法はどうあれ、救いの女神ではある
もう少し日が経てば、女神に導かれた人たちが、村のあちこちで運動会を開催することだろう。
色々言いたいことはあるが、誰もなにも言わない。
毎年恒例の行事なのだ。
『もうそういう時期か』としみじみ感傷に浸るだけである。
おそらくクレアも、女神に救いを求めるのだろう。
それが悪いとは言わない。
だが――
「一緒に走らされるんだろうなあ……」
「何か言いましたか?」
「独り言だよ」
俺は『巻き込まれませんように』と、信じてもいない女神に救いを求めるのだった。