G14

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「くそ、油断した……」
 私は、憎々しげに吐き捨てる。
 視線の先にあるのは、真っ赤に染まった私の足。
 自由を夢見て忍びの里を抜けようとした矢先、刺客にやられてしまった。
 刺客は無力化したが、これでは逃げられない。

「足を怪我してるじゃないか!」
 一緒に逃げてきたケンジが、私の足を見て叫ぶ。
 彼は、里を一緒に抜けた仲間であり、私の恋人である。
 ケンジは、血相を変えて私に歩み寄る

「ああ、血がたくさん出てる!
 すぐに応急措置を――」
「ダメよ」
 私は、ケンジを制止する。
 私の大声に驚いたのか、ケンジは固まってしまった。

「ダメよ。
 私を置いて早く逃げなさい」
「でも……」
「里の奴らは甘くない。
 足手まといがいたら逃げられないわ」
「置いてなんか行けないよ。
 約束しただろ?」
「ええ、覚えてるわ」

 私はケンジと誓い合った事を思い出す。
 『普通に生きて普通に死ぬ』
 たったそれだけのささやかな願い。
 だがその願いは叶う事は無い。

「分かって、ケンジ……
 あなただけでも逃げるのよ」
「でも、ミズキさんが――」
「それにね、私も簡単に死ぬつもりはないわ。
 私の腕は知っているでしょう?
 生き延びてみせるとも」

 だが健司は、それでも迷ったように立ち尽くしたまま。
 私は意を決してケンジを抱き寄せる。

「ずっとこうしたかった。
 他の人の目があるから出来なかったもの……」
「ミズキさん……」

 『やっちまった』と思わなくもない。
 こんな別れ際に、自分でも大胆なことをしたと思う。
 けれど後悔はない。
 きっとこれが最後だから。

 十分にケンジの体温を感じた後、私はケンジの体から離れる。
 彼を見れば、顔が真っ赤だった。
 あら、かわいい。

「次は、また会ったときに、ね?」
 私が笑顔で言うと、彼は黙ってうなずく。
 だが、彼も分かっている。
 『次』は無い事を……

「また会おう」
 ケンジはそういうと、立ち上がった。
 決意を鈍らせないためか、そのまま走り去る

「止まるんじゃないわよ」
 振り返らずに遠ざかる彼。
 それを見ながら、その場に私は力尽きるのだった――

 ――
 ――――
 ――――――


「カーーーット」


 🎬 🎬 🎬

「瑞樹ちゃん、ちょっといいかしら?」
 監督がスタッフに撤収の指示を出して、私の元にやって来た。
 顔は笑っているが、まったく目が笑っていない。
 かなりご立腹のようだ。

「瑞稀ちゃん、困るのよねえ。
 台本にないことをされるとね……」
「アドリブですよ、アドリブ。
 監督も私のアドリブ好きだって言ってくれたじゃないですか?」
 『何もやましいことはしてない』と主張する。
 実際にやましいことだらけだが、否認は大事だ

「瑞樹ちゃん」
「ですが、さすがにやりすぎたと思っております。
 すいません」

 だが監督の怒りが爆発しそうだったので、私は即座に反省の言葉を口にする
 この人、怒ると怖いんだよね

「じゃあ、なんで怒ってるか分かる?」
「有名なアニメのセリフをパックたからですよね」
「違ーう。
 それもあるけど違ーう」

 違ったらしい。
 昨日見たアニメのシーンと被って、思わずつぶやいた『止まるんじゃねえぞ』のセリフ。
 さすがに怒られると思ったのだが、これではないらしい。

「そのセリフもヤバいから、編集でカットするけどね。
 私が言ってるのは、ケンジに抱き着いたことよ」
「ケンジとミズキは恋人同士。
 ハグなんて、挨拶みたいなものでしょう?」
「そういう事じゃない。
 大本にないことやって、セクハラで訴えられたらどうするの!?
 パクリは炎上するだけだけど、いえそれも致命的だけど、スキャンダルになったらドラマ自体が放送されないのよ」
「そこまで考えてませんでした」

 スキャンダル恐いよね。
 さすがに思い付きだだけで動くもんじゃないな。
 反省、反省。

「全く……
 ケンジ役の子、瑞稀ちゃんの好みだって知ってたけど、あそこまでするとはねえ」
 ははは、私の好みバレてら。

「瑞樹ちゃん、もう少しで撤収終わるから待っていなさいね。
 今日は一緒に帰りましょう」
「え?
 私、すぐ帰りますけど」
「あらそう?
 でもね――」
 監督は、子供のイタズラを見つけたような顔で、私を見る。

「彼を待ち伏せしてはダメよ?」
 私の心臓が跳ねる。
 まさに、そのつもりだったからだ。

「ダメだからね。
 スキャンダルになるから」
「……はい」
 そう言って監督はスタッフに近づいて指示を出し始めた。

 監督が別れ際に放った一言が、私の心にに大きくのしかかる
 監督には、なんやかんや世話になってるので、逆らうことが出来ない。
 断腸の思いだが、待ち伏せを諦めるしかないようだ。

 あーあ、せっかくのお近づきのチャンスが……
 好みの子だったのになあ。

 いつになったら恋人ができるのやら……
 またしても逃したチャンスに、私はがっくりと肩を落とすのだった。

9/29/2024, 1:48:24 PM