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 『悪魔は秋に現れる』
 そんな言い伝えが、この村には残っている。

 悪魔は誰にも気づかれず村に忍び込み、村人たちに呪いをかける。
 呪われた人々は、常に飢えるようになり、どれだけ食べても満たされなくなってしまうのだ。
 そして食べまくった村人は醜く太り、周囲から嘲笑《ちょうしょう》される。
 その様子を、悪魔は影から見て大笑いするという。
 子供の頃、よく親から聞かされたものだ。

 言わなくても分かるとは思うけれど、『食べすぎに注意しろ』という教訓を昔話の形にしているものだ。
 食べ物がおいしいいこの季節。
 食べすぎて苦しまないように、この昔話は忠告している

 もっとも効果のほどは疑問だ。
 村の人間なら全員知っている話のなのだが、毎年食べすぎる村人が後を絶たない。
 中には食べすぎて、昔話のように太ってしまう者もいる。
 
 俺の妻であるクレアも例外ではなかった
「おのれ、悪魔……
 許すまじ!」
 クレアが慟哭《どうこく》する。
 言葉にこそ出さないが、どうやら太ったらしい。

 モチロン俺からは『太った?』なんて聞かない
 わざわざ虎の尾を踏みに行くほど無謀ではない
 俺も命が惜しいのだ

「バン様も、悪魔は残虐非道だと思いますよね」
「……そうだな」
 妻が同意を求めてきたので、俺はクレアに同調する。
 
 スマンな、悪魔。
 お前は悪くないと思ってるけど、お前のせいにさせてもらう。
 ここで否定しても、誰も幸せにならないからだ……

「しかし、この焼き芋美味しいですね。
 悪魔の呪いが無くても、手がとまりそうにありません」
「……そうだな」

 クレアはさらに新しい焼き芋に手を伸ばす。
 どう考えても食べ過ぎであり、太るのは目に見えていた。
 だが俺はなにも言わない。

 焼き芋以外にも、秋の味覚を食べまくっている。
 焼き芋を一つ減らしたくらいでは、何も変わらない
 もはや手遅れだ。

 だが救いはある。
 実はこの昔話には続きがあるからだ。

 村人たちが太ってしまうと、その事を憂いた女神様が村にやって来る。
 そう!
 この女神は太った人々を救う、救いの女神なのだ。

 だがそんなにうまい話はない。
 女神は、太った人たちを集め走らせる。
 しかも、とんでもなく長い距離を……
 人呼んで『運動の女神』。
 方法はどうあれ、救いの女神ではある

 もう少し日が経てば、女神に導かれた人たちが、村のあちこちで運動会を開催することだろう。
 色々言いたいことはあるが、誰もなにも言わない。
 毎年恒例の行事なのだ。
 『もうそういう時期か』としみじみ感傷に浸るだけである。

 おそらくクレアも、女神に救いを求めるのだろう。
 それが悪いとは言わない。
 だが――

「一緒に走らされるんだろうなあ……」
「何か言いましたか?」
「独り言だよ」

 俺は『巻き込まれませんように』と、信じてもいない女神に救いを求めるのだった。

9/27/2024, 4:54:34 PM