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9/26/2024, 1:45:13 PM

「いたっ」
 朝、朝食をとろうとリビングに行こうとした時、ドアの鴨居に頭をぶつけてしまう。
 ここは出張先の寮。
 不慣れとはいえ、毎朝頭をぶつけている。
 衝突するたびに、『次は気を付けよう』と思うのだが、未だに改善しない。
 次こそはぶつけないようにしようと心に誓う。

 頭をさすりながら顔を上げると、窓際に座っている飼い猫のオリオンが見える。
 体の模様が星空みたいだったから、『オリオン』と名付けた私の愛猫。
 だけど私に対しかなり薄情で、自分の飼い主が頭をぶつけて悶絶しているというのに、『またか』と言った顔で睨んだ後、すぐに視線を外の景色に戻す。
 この猫は飼い主の危機より、外の監視が重要らしい。
 本当につれない子。

 だけど、怒るつもりはない。
 というのも、私が出張するとき、寂しかったので無理矢理付いてきてもらったのだ。
 彼女の都合を完全に無視した、嫌われても仕方がない所業……
 だけど、とくに不満を言うことなく、こうして見下されるだけなので安いもんである。

 そんな彼女は、今日もお気に入りの場所で外の景色を眺めていた。
 だけど、窓から見える景色は、これといって面白いわけではない。
 外に広がるのは、暗闇に満たされた世界。
 かろうじて、ぽつぽつ光の点が見えるのみ。
 人間では数分で飽きてしまう風景を、オリオンは飽きずに毎日眺めている。

 何が楽しいのか分からないが、彼女が楽しいのならば文句は無い。
 私は、オリオンが側にいてくれるだけで幸せなのだ。

 まてよ。
 そういえば『猫は、人間に見えないものが見える』と聞いたことがある。
 じゃあ、今オリオンが見てるのは……
 よし、この話は止めよう。
 私はお化けが苦手なのだ。

 こんな怖い思いをしたときは、オリオンと遊ぶに限る。
 猫はどんな症状にも効く万能薬なのだ。
 私はおもちゃ箱から、オリオンの好きな猫じゃらしを取り出す。
 
「オリオン、遊ぼう」
 私は猫じゃらしをフリフリして、オリオンを遊びに誘う。
 だがオリオンは、尻尾を少し動かしただけで、私の方を見ない。
 えー、私って何も無い景色に負けたの……
 ちょっとショック……

「オリオン~」
 もう一度、私はオリオンに呼びかける。
 すると思いが通じたのか、オリオンは『やれやれ』と私に体を向けた。
 遊んでくれる気になったらしい。
 オリオンてば焦らし上手なんだから。

 オリオンは、私に向かって跳躍する。
 距離はかなり離れているが問題ない。
 彼女は地面を落下することなく、『空』を泳いでやってくる。
 そして私の胸に着地したオリオンは、『褒めろ』とばかりにニャーと鳴く。

「オリオンも、無重力に慣れたねー。
 偉い偉い。
 オリオンも、立派な猫の宇宙飛行士だね」

 『私よりも上手な』と言外に付け加える。
 私は未だに慣れず頭をぶつけるというのに、オリオンは優雅にこの宇宙ステーションで暮らす。
 宇宙遊泳に関しては、オリオンのほうが上手なのだ。
 さすがうちの子、天才である。

 と、オリオンをほめちぎっていると、急に周囲が明るくなる。
 窓に視線を向ければ、地球から太陽が姿を現していた。

「見て、オリオン。
 太陽だよ」

 太陽の光を反射して、オリオンの瞳はキラキラと輝くのだった。

9/25/2024, 1:03:33 PM

 俺の名前は、井伊・カカリ=ツケル。
 プロのクレーマーだ。
 企業にイチャモンをつけては、商品、金品をせびり、それで生計を立てている。

 俺の事を悪く言うやつがいるが、それは誤解だ。
 どんな手段であっても、お金を稼ぐ事が悪いわけがない。

 それにこの仕事は効率がいい。
 なにせ短い間だけ大声で怒鳴り散らせば、簡単にお金が手に入る。
 さらに『可哀そうな被害者』を演じていれば、向こうも強気には出ることなはい。

 楽して金を稼ぐが俺のモットー。
 真面目に働くなんて、バカのすることだね。

 そして今日もとある家電量販店に赴き、言いがかりをつける。
 さあ、楽しい時間の始まりだ。

「だーかーらー、謝って済む問題じゃないって言ってるでしょ?」
「井伊様、もうしわけありません」
「そんな謝罪じゃ、全然足らないね!。
 俺、ここで買った商品で怪我したんだよ?
 誠意見せろよ、誠意を!」

 ダンと机を叩くと、机の向こうの店員が体を震わせる。
 今回は当たりのようだ。
 下手に気概があるやつが相手だと、話が長引くから嫌いだ。
 だが今回は気弱な店員だし、他の仲間も助けに入ろうとはいない。
 このままいけば何事もなく慰謝料が手にはいるだろう。
 まったく楽なもんだぜ

「さっきから言ってるだろ。
 誠意を見せてくれよ、せ・い・い。
 分かる?」
「この度は申し訳ありませんでした」
「分かんねーな、あんたも……
 謝罪なんて、形の無いものじゃ、俺の気が済まないって言ってんだよ」

 だが店員は、未だに金を出す気配はない。
 ビビりすぎて頭が回らないのか、そもそも『誠意』をしらないのか……
 どっちにせよ、簡単にいきそうという目論見は外れたようだ。

「申し訳ありません!」
「……ハア」

 このままじゃ埒が明かない。
 しかたないから、少しヒントを出すことにしよう。

「俺が欲しいのはこれだよ」
 俺は店員に見えるように、人差し指と親指を付けて『円』を作る。
 つまり、お金のジェスチャー。

 これで、俺の意図が分からないやつはいない。
 案の定、店員はハッとした表情で俺を見る。

「俺の欲しいものが分かったか?」
「はい井伊様。
 私の理解が及ばなかったようで、申し訳ありません」
「いいさ、分かってくれたんならな。
 じゃあ、早速――」
「では、井伊様。
 ご案内しますので、こちらへ」

 俺の返事を待たないまま、定員は立ち上がって歩き出す。
 店員の態度の豹変ぶりに、俺は一瞬呆けるが、慌てて店員の後を付いて行く。

「井伊様が、そのような物をご所望とは気づきませんでした。
 気付くことが出来ず、誠に申し訳ありません」
「そ、そうか……
 まあ、分かってくれればいい」

 感情の無い声で、話しかけてくる店員。
 どことなく不穏な空気を感じつつも、俺は平静を装って店員に付いて行く。
 こういう時、弱みを見せてはいけない。
 舐められるからだ。

 しばらく歩くと、店員が立ち止まった。
 そこには『従業員用』と書かれたエレベーターの扉があり、店員は端末を操作して扉を開ける。

「こちらにお乗りください。
 この先に、井伊様の望むものがあります」
 背中に冷たい汗を感じつつも、店員と一緒に乗る。
 嫌な予感がするが、お金をくれるというんだ。
 ここで引き返す理由はない。

 それにだ。
 何かあったらあったで、それを理由に莫大な慰謝料を請求すればいい。
 何も問題ない。
 何も……

 店員がボタンを押すと、エレベーターは地下へと動き出す。
 『地下があったのか』と驚きながら、待つことしばし。
 体の浮遊感が無くなって、目的に着いたことを感じる。

 そして扉が開いた瞬間、俺はとんでもない光景を目にした。
 扉が開いた先にあったもの。
 それは漫画でしか見たことがないような闘技場だった。

「お、おい!
 なんだよ、これ!!」
「何って……
 井伊様は、この地下闘技場で、決闘をなさりたいのですよね」
「なんでそうなる!」
「井伊様は、こう指でジェスチャーなされたでしょう?」

 店員は人差し指と親指をくっつけて『円』を作る。
 お金のジェスチャーだ。
 だが――

「このジェスチャーは、この円形の闘技場を表します。
 すなわち、この闘技場に参加するという意思表示です。
 ご存じではなかったので?」
「ば、ばか!
 俺が欲しいのは闘争でなくて、金だ!」
「なら良いではありませんか?
 勝てばお金が手に入りますよ。
 負けても病院代は出ます」
「帰らせてもらう!」
「一度参加を表明した以上、一度でも試合に参加しない限り帰れませんよ。
 ……ああ、それと――」

 店員は血走ってた目で、俺を見る。
 逃げよう。
 そう思うのに、体が少しも動かない。
 なんでこんなところに来てしまったんだ!

「対戦相手は私です。
 誠意を尽くしたオモテナシ、存分に味合わせてあげますよ」

9/24/2024, 1:38:44 PM

 数か月前、考古学者である私の元に、ある情報がもたらされた。
 それはジャングルの奥地に、誰も踏み入れたことがない遺跡があるということ。
 聞いた時は半信半疑であったが、もし本当なら人類史をひっくり返す大発見である。
 私は数日悩んだ末、まだ見ぬ遺跡へと旅立つことにした。

 だがジャングルは危険だ。
 そこで私は、不測の事態に備えるため、あらゆるジャンルのエキスパートを集めた。
 何があっても対応できると太鼓判を押せるドリームチーム。
 これだけの天才が集まれば、ジャングルの踏破は簡単だと思われた。

 だが認めよう。
 ジャングルをなめていたと。

 獰猛な猛獣、未知の疫病、毒性をもつ植物、危険な地形……
 ありとあらゆる困難に、我々のチームは一人、また一人数を減らしていく。
 だが弱音は吐くものはいない。
 我々は使命を帯びているからだ。

 そして遺跡にたどり着いた時、たくさんいたチームは私一人しかいなかった。
 急に心細くなるが、自らを振るい立たせ、移籍へと歩を進める。
 途中で脱落した者たちのためにも、この遺跡を調査する義務があるのだ。

 だが私は遺跡を見て、奇妙な点に気づいた。
 その遺跡は、他の遺跡では見たことがない構造だった。
 金属の棒だけで構成され、まるで立方体を積み上げているかと錯覚するような意匠。

 なんらかの目的で作られたことは明白。
 しかし考古学のエキスパートである私であっても、その目的までは見当がつかない。
 実に奇妙で、不思議な遺跡。
 しかし答えは意外なところからやって来た。

 どこからともなくサルたちがやって来て、この遺跡に登り始めたのである。
 生物学者ではないので断言できないが、まるで遊んでいるように見えた。
 その様子を眺めていた私は、雷に打たれたように閃いた。

 これは古代におけるジムのような、運動を運動をする施設なのだ。
 なんてことだ。
 古代にこんなものがあったなんて……

 世紀の発見である。
 私は世に知らしめなければいけない。
 そのために、私はこの遺跡に名前を付けることにした
 これに名前をつけるとすれば――

「そうだな、ジャングルにあるジムだから、『ジャングルジム』と名付けよう」


 ◆

「これがジャングルジムの由来です。
 また一つ偉くなったね」
「今日は四月一日じゃねーぞ」

『とある姉弟の会話』

9/23/2024, 1:05:56 PM

 コツン、コツン。
 トンネルの中で、自分の足音がこだまする。
 通る車も少ない、古くて寂れたトンネル。
 俺はそこを歩いていた。

 正直言えば、このトンネルは使いたくなかった。
 古くて『いかにも』な雰囲気で幽霊が出そうなのだ。
 ホラーが苦手な自分にとって、このトンネルは恐怖でしかない。

 なお悪い事にこのトンネル、幽霊が出るとのうわさがある。
 それは誰もいないのに、どこからともなく声が聞こえてくるらしい。
 そして声に振り返ってはいけないと言われている。
 もし振り返ったら……
 ああ、恐ろしい!

 そんなホラー恐怖症の自分だが、このトンネルを使わないといけない理由がある。
 実は、知り合いとの待ち合わせに遅れそうになのだ。
 知人は遅刻にうるさく、なんとしても間に合わせる必要がある。

 大幅なショートカットが出来るこのトンネルを通っているのだが――

「フフフ」
 来た!
 どこからともなく女性の声が聞こえる。
 そして足音は自分の物だけ。
 間違いない、幽霊だ。

「そこのお方、聞こえていますよね?」
 今度は耳元で『誰か』がささやく。
 驚いて体が飛び跳ねなかったことを褒めてやりたい
 まさかすぐ後ろにいるとは……

 だが反応してはいけない。
 こういった手合いは、反応すればどこまでも追いかけてくるからだ。
 平常心、平常心。
 バクバク言ってる心臓の音が聞こえないことを祈りつつ、僕はトンネルを進む。

「はあ今日もダメか」
 さっきの芯まで冷えるような声はどこへ行ったのか?
 急に間の抜けた声が聞こえる。

「起きて急いで支度したって言うのに、空振りかあ」
 寝てたのかよ!
 というツッコミが出そうになるが、我慢する。
 なんだこれ。
 自分の中の幽霊の概念が崩れていくぞ。

「あーあ、せっかく好みの子なのになあ」
 その好みって、憑りつきやすいって意味?
 それとも顔が好みって事?
 恐怖が消し飛び、

「暇だなー♪
 暇だなー♪
 トンネルの中、誰も来ないトンネルは暇だな♪」
 自作の歌まで歌い始めた。
 これ、こっちを油断させて振り向かせる作戦か?
 違う、これはただの天然だ(確信)

 だけど無視。
 どっちにしろ、関わったら面倒そうだ。

 何でもないフリをしながら、道を進む。
 その間も、幽霊はご機嫌に歌っていた。
 そして、出口までもう少しと言うところで――

「Zzzzz」
 アイツ寝やがった。
 そういえば、さっき急いで起きたって言ってたな。
 なら仕方ない。

 待てよ。
 僕の頭がひらめきを得る。
 寝てるって言うなら今がチャンスではないか?
 果たして噂の幽霊が、どんな姿をしているのか確認する絶好の機会だ。
 自分はホラーが大の苦手だが、それ以上に好奇心でいっぱいだった。

 一応罠の可能性もあるけど、もう出口は近い。
 ヤバかったら走って逃げれる距離だ。
 念のため、ゆっくりと振り返る。

 だが僕は見たことを後悔した。

 振り返った先にいる幽霊は、立って寝ていた。
 それはいい。
 寝ているのは想定内。

 だがこの幽霊、寝癖がぼさぼさで、着ている服もダボダボ。
 ズボンに至っては、膝までしか入っていない。
 まさに『THE だらしない人間』である。

 どういうことだよ。
 マジで見るんじゃなかった

 その一方で、見てはいけない理由が分かってしまった。
 こんなだらしない格好、誰かに見られたら生きていけない。
 幽霊にとっては分からないが、多分駄目な奴である。

 静かに進行方向を向いて、出口へ歩き出す。
 『僕は見てない』。
 そう言い聞かせて、僕は出口に向かう。

 『武士の情け』と言った言葉を思い浮かべながら、トンネルを出るのであった。

9/22/2024, 3:47:29 PM

 とある秋の日の事である。 
 収穫の秋と言うことで、額に汗しながら農作業に勤しんでいた。

「これが嫌いで村を出たんだけどなあ」
 誰にも聞こえないように愚痴る。

 この村には何も無い
 あるのは無駄に広い畑ばかり……
 俺はそれが嫌になって、数年前この村を出て冒険者になった。
 
 大きな街に出て、順調にランクを上げ名も知られ始めた時、
 だがそんな時、信じた仲間にパーティを追放された。
 当時恋人だったクレアの勧めもあって、故郷に戻ることにした。
 そこで冒険者の経験を活かし、村の警備をしていたのだが……

 まさか、再び嫌いな農作業をする羽目になるとは……
 なんとかして逃げようとしたが、『収穫の時期で人手が足りない』と断れずやってきた。
 新婚だから見逃してもらえると思ったのだが、村の奴らは甘くはなかった。
 人生上手くいかないものである。

「バン様ー!」
 離れたところで俺を呼ぶ声がする。
 手を止めて顔を上げると、視線の先には満面の笑みを浮かべている妻のクレアがいた。

「見てください、バン様!
 大物ですよ」

 戦利品を掲げて俺に見せつけるクレア。
 大物と言うだけあって、俺が収穫したどのサツマイモよりも大きかった。

「すげえな、おい。
 俺も負けてられないな」
「では勝負しましょう!」

 こうした収穫は初めてなのか、クレアはずっと楽しそうだ。
 気持ちはわかる。
 何事も、初めては楽しいものだ。
 鬱々としていた俺も、クレアに引っ張られて少しだけ楽しくなる。

 なんだかんだ嫌いな農作業をしているのは、きっとクレアがいるからだろう。
 もしいなければ、『村の外の様子が変だから見てくる』と、この場から逃げ出したに違いない。
 クレアがいれば、大抵の事は楽しいのだ。

「そろそろやるか」
 俺は止まっていた手を再び動かし、再び収穫の作業に戻る。
 勝負を持ちかけられたのだ。
 罰ゲームは決めていないが、負けるわけにはいかない。

 俺はクレアに勝つべく、どんどんサツマイモを掘り出していく。
 日が暮れるころには、畑んぽサツマイモすべてを掘り出された

「ふふふ、私の勝ちですね」
 勝負の結果はクレアの勝ち。
 クレアは大きなサツマイモをを持って勝ち誇る。

「罰ゲームは?」
「焼き芋を焼いてください」
「いいぜ、焼き芋マスターの俺の腕を披露してやろう」

 俺は適当なサツマイモを数個より分ける。
 もともと分け前をくれるという話だったのだ。
 今貰っても問題あるまい。

 俺は起こした火の中に、サツマイモを入れる。
 これであとは待つだけ。

 『待っている間、雑談でもしようか』
 そう思ってクレアの方を見ると、彼女は真剣な眼差しで焚き火を見つめていた。
 その眼差しは、まるで恋する乙女のよう。

 俺はその顔を見て、『食欲の秋』という言葉が頭に浮かぶ。
 そのことを指摘しようとして――
『楽しそうにしているところを、邪魔する理由はない、か……』
 俺はクレアの隣に座り、並んで一緒に焚き火を見つめることにしたのであった。

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