G14

Open App

「いたっ」
 朝、朝食をとろうとリビングに行こうとした時、ドアの鴨居に頭をぶつけてしまう。
 ここは出張先の寮。
 不慣れとはいえ、毎朝頭をぶつけている。
 衝突するたびに、『次は気を付けよう』と思うのだが、未だに改善しない。
 次こそはぶつけないようにしようと心に誓う。

 頭をさすりながら顔を上げると、窓際に座っている飼い猫のオリオンが見える。
 体の模様が星空みたいだったから、『オリオン』と名付けた私の愛猫。
 だけど私に対しかなり薄情で、自分の飼い主が頭をぶつけて悶絶しているというのに、『またか』と言った顔で睨んだ後、すぐに視線を外の景色に戻す。
 この猫は飼い主の危機より、外の監視が重要らしい。
 本当につれない子。

 だけど、怒るつもりはない。
 というのも、私が出張するとき、寂しかったので無理矢理付いてきてもらったのだ。
 彼女の都合を完全に無視した、嫌われても仕方がない所業……
 だけど、とくに不満を言うことなく、こうして見下されるだけなので安いもんである。

 そんな彼女は、今日もお気に入りの場所で外の景色を眺めていた。
 だけど、窓から見える景色は、これといって面白いわけではない。
 外に広がるのは、暗闇に満たされた世界。
 かろうじて、ぽつぽつ光の点が見えるのみ。
 人間では数分で飽きてしまう風景を、オリオンは飽きずに毎日眺めている。

 何が楽しいのか分からないが、彼女が楽しいのならば文句は無い。
 私は、オリオンが側にいてくれるだけで幸せなのだ。

 まてよ。
 そういえば『猫は、人間に見えないものが見える』と聞いたことがある。
 じゃあ、今オリオンが見てるのは……
 よし、この話は止めよう。
 私はお化けが苦手なのだ。

 こんな怖い思いをしたときは、オリオンと遊ぶに限る。
 猫はどんな症状にも効く万能薬なのだ。
 私はおもちゃ箱から、オリオンの好きな猫じゃらしを取り出す。
 
「オリオン、遊ぼう」
 私は猫じゃらしをフリフリして、オリオンを遊びに誘う。
 だがオリオンは、尻尾を少し動かしただけで、私の方を見ない。
 えー、私って何も無い景色に負けたの……
 ちょっとショック……

「オリオン~」
 もう一度、私はオリオンに呼びかける。
 すると思いが通じたのか、オリオンは『やれやれ』と私に体を向けた。
 遊んでくれる気になったらしい。
 オリオンてば焦らし上手なんだから。

 オリオンは、私に向かって跳躍する。
 距離はかなり離れているが問題ない。
 彼女は地面を落下することなく、『空』を泳いでやってくる。
 そして私の胸に着地したオリオンは、『褒めろ』とばかりにニャーと鳴く。

「オリオンも、無重力に慣れたねー。
 偉い偉い。
 オリオンも、立派な猫の宇宙飛行士だね」

 『私よりも上手な』と言外に付け加える。
 私は未だに慣れず頭をぶつけるというのに、オリオンは優雅にこの宇宙ステーションで暮らす。
 宇宙遊泳に関しては、オリオンのほうが上手なのだ。
 さすがうちの子、天才である。

 と、オリオンをほめちぎっていると、急に周囲が明るくなる。
 窓に視線を向ければ、地球から太陽が姿を現していた。

「見て、オリオン。
 太陽だよ」

 太陽の光を反射して、オリオンの瞳はキラキラと輝くのだった。

9/26/2024, 1:45:13 PM