「いたっ」
朝、朝食をとろうとリビングに行こうとした時、ドアの鴨居に頭をぶつけてしまう。
ここは出張先の寮。
不慣れとはいえ、毎朝頭をぶつけている。
衝突するたびに、『次は気を付けよう』と思うのだが、未だに改善しない。
次こそはぶつけないようにしようと心に誓う。
頭をさすりながら顔を上げると、窓際に座っている飼い猫のオリオンが見える。
体の模様が星空みたいだったから、『オリオン』と名付けた私の愛猫。
だけど私に対しかなり薄情で、自分の飼い主が頭をぶつけて悶絶しているというのに、『またか』と言った顔で睨んだ後、すぐに視線を外の景色に戻す。
この猫は飼い主の危機より、外の監視が重要らしい。
本当につれない子。
だけど、怒るつもりはない。
というのも、私が出張するとき、寂しかったので無理矢理付いてきてもらったのだ。
彼女の都合を完全に無視した、嫌われても仕方がない所業……
だけど、とくに不満を言うことなく、こうして見下されるだけなので安いもんである。
そんな彼女は、今日もお気に入りの場所で外の景色を眺めていた。
だけど、窓から見える景色は、これといって面白いわけではない。
外に広がるのは、暗闇に満たされた世界。
かろうじて、ぽつぽつ光の点が見えるのみ。
人間では数分で飽きてしまう風景を、オリオンは飽きずに毎日眺めている。
何が楽しいのか分からないが、彼女が楽しいのならば文句は無い。
私は、オリオンが側にいてくれるだけで幸せなのだ。
まてよ。
そういえば『猫は、人間に見えないものが見える』と聞いたことがある。
じゃあ、今オリオンが見てるのは……
よし、この話は止めよう。
私はお化けが苦手なのだ。
こんな怖い思いをしたときは、オリオンと遊ぶに限る。
猫はどんな症状にも効く万能薬なのだ。
私はおもちゃ箱から、オリオンの好きな猫じゃらしを取り出す。
「オリオン、遊ぼう」
私は猫じゃらしをフリフリして、オリオンを遊びに誘う。
だがオリオンは、尻尾を少し動かしただけで、私の方を見ない。
えー、私って何も無い景色に負けたの……
ちょっとショック……
「オリオン~」
もう一度、私はオリオンに呼びかける。
すると思いが通じたのか、オリオンは『やれやれ』と私に体を向けた。
遊んでくれる気になったらしい。
オリオンてば焦らし上手なんだから。
オリオンは、私に向かって跳躍する。
距離はかなり離れているが問題ない。
彼女は地面を落下することなく、『空』を泳いでやってくる。
そして私の胸に着地したオリオンは、『褒めろ』とばかりにニャーと鳴く。
「オリオンも、無重力に慣れたねー。
偉い偉い。
オリオンも、立派な猫の宇宙飛行士だね」
『私よりも上手な』と言外に付け加える。
私は未だに慣れず頭をぶつけるというのに、オリオンは優雅にこの宇宙ステーションで暮らす。
宇宙遊泳に関しては、オリオンのほうが上手なのだ。
さすがうちの子、天才である。
と、オリオンをほめちぎっていると、急に周囲が明るくなる。
窓に視線を向ければ、地球から太陽が姿を現していた。
「見て、オリオン。
太陽だよ」
太陽の光を反射して、オリオンの瞳はキラキラと輝くのだった。
9/26/2024, 1:45:13 PM