「ここが年貢の納め時だ、魔王よ!」
勇者は魔王軍の幹部を蹴散らし、玉座の間までやって来た。
魔王を守るもの誰もおらず、まさに絶体絶命である。
だが魔王は追い詰められているというのに、不敵な態度を崩さない。
それが勇者には不気味だった。
「魔王よ、ずいぶんと余裕だな。
確かにこちらも少なくない犠牲を払ったが、お前もそれは同様だろう。
それとも何か秘策でもあるのか?」
「そんなものは無い。
ただずいぶんと大事になったと思ってな」
「フン意味の分からないことを……
まあいい、お前を殺す前に一つ聞きたいことがある。
なぜこんな事をした?」
「どういう意味だ?」
魔王は、勇者の問いかけに意味が分からないと首を傾げる
「お前はもともと一般人だと聞いている。
そして平凡で、大きな不幸の無い一般的な過程で育ったそうだな。
そんなお前がなぜ世界を恐怖に陥れるような真似を?」
「ククク、では語ってやろう。
我を壮絶な過去をな――」
◆
あれは、3年前のこと。
我が勤めていた会社の同僚に、気立てのいい女性がいた。
誰からも好かれ、気が利いて、我とは対照的だった人物だった……
そんな彼女に、いつの間にか我は恋に落ちてしまった。
だが日陰者の我と、人気者の彼女。
眩しい彼女に近づくこともなく、遠くから眺めるだけで満足していた
だが日に日に思いは募るばかり。
我はある日、決心をし告白することにした。
仕事上の都合で交換したLINEを使って……
だが断られた。
当然だな。
業務連絡以外に、何も話したことは無かったからな。
だから我も、玉砕覚悟で告白した。
断られてもすぐ引き下がるつもりだった。
だが自思っていたよりも、自分は往生際が悪かったらしい。
断られた後聞いたのだ
『どんな男が好み?』かとね
そして彼女は答えた。
『大事にしてくれる人』と……
◆
「と言うことだ勇者よ……
我は彼女にふさわしい男になるため、魔王として君臨して――
聞いているか?」
「あ?
ああ、聞いているけど、聞いたけど」
「なんだ歯切れの悪い……
ハッキリしろ!」
「少し待ってくれ。
頭の中で整理してる」
そういうと勇者は腕を組んで考え始めた。
誰にも聞こえないような小さな声で、勇者はぶつぶつ何かを呟く。
そして唸ることしばし、ようやく勇者は顔を上げる。
「やはり、さっきの話がどうにも繋がらない……
なんで『大事《だいじ》にしてくれる人』て言われて、魔王になるんだ?」
「何を言っている?
彼女のタイプは『大事《おおごと》にしてくれる人』だぞ」
「『おおごと』!?」
勇者は叫ぶ。
真実があまりにも予想外の事だったからだ。
「絶対にない!
好みのタイプがトラブルメーカーなんて、そんな奴いるわけないだろ!」
「ふん、彼女を愚弄するか?
おそらくだが、彼女は平凡な人生に飽きたのだ。
だから――」
「仮にそうだったとして、お前には言わんだろ。
仕事上の付き合いしかない、親しくないお前には……」
「そんなわけ……」
「親しくないから、当たり障りのない『自分を大切にしてくれる人』って』言ったんだろ」
それを聞いた魔王が椅子から滑り落ちる
ようやく気付いたのだ
自分が愚かな勘違いをしていたことに。
「で、では、我がこれまでしてきたことは……」
「全くの無意味」
勇者の言葉が魔王の心を砕く。
それは、彼女の言葉を支えにして生きてきた魔王にとって残酷な事実であった。
「フフ、フハハハハ」
「どうした?
あまりのショックでおかしくなったか?」
「殺せ。
もう生きていけない……」
「殺すつもりだったんだけどなあ……
あんまり憐れすぎてやる気なくなったわ」
こうして世界を巻き込んだ大騒動は、魔王が恥をかくことで終結した。
騒動の規模の割にはあっけない終わりであったが、世界が平和になったことに人々は安心した。
そして世界中の人々は、平和のありがたみを感じ、家族を大事にしようと心に誓うのであった。
「困るんだよね、止まってもらわないと」
「すいません……」
僕は今、お巡りさんに怒られていた。
理由は、一時停止をしなかったから。
普段人通りのない交差点を愛車で突っ切ろうとしたのが運の尽き、見事お巡りさんに止められてしまった。
でも、僕にだって言い分はある。
止まれない理由があるのだ。
「僕『時間』なんですよ。
止まれないんです。
もし、止まったら他の人に迷惑がかかっちゃう」
そう、僕は『時間』。
みんなのために動く続けなければいけない。
もし止まろうものなら、立ちどころに人間社会がパニックになってしまう。
だから僕は止まれない、止まるわけにはいかないのだ。
「分かるよ。
私も、いや私たちは君に感謝している。
でもね、一時停止は止まってもらわないと困るんだ。
ほら、事故の元だし」
けれど、お巡りさんは見逃してくれそうになかった。
なんて融通が利かない人なんだ。
法律よりも大事なものだってあるだろうに。
「あーそういえば……
きみについて、ある目撃情報を寄せられていてね」
「なんでしょう?」
「君、速度オーバーしたでしょ?
時間の流れが速いって、通報があったんだ」
「ギクウ」
胃がきゅーっと締め付けられるのを感じる
まさか見られていたとは……
誰もいないからと思って油断していた。
「も、もしかして免許取り消し……?」
「うーん。
取り締まるには、目撃情報だけじゃ弱いからね。
今回は厳重注意」
「ありがとうございます」
「感謝しないで。
許したわけじゃない。
『確実な証拠がない』だけだからね」
「はーい」
「緊張感がないなあ……
言っとくけど、証拠があったら捕まえているからね。
すぐに」
「はい……」
そうしてお巡りさんは、言うことを言って去っていく。
それを僕は見送って――
「よっしゃあ、これで自由だぜ」
よし!
これで僕を止める人間はいない。
愛車に乗り込み、アクセルを踏む
いざ行かん、光の先へ――
だがその瞬間、車の前に白い影が飛び出す。
「猫!?」
その時、時間は止まった。
だが時間が止まったことも知らず、猫はそのまま道を渡る。
猫は時間になど興味は無いのだ。
一方僕の頭に浮かぶのは、さっき止まってしまった事。
急に止まってしまったので、つまり時間が止まったことで人間社会ではいろんなトラブルが起こったに違いない。
電車の運行、陸上競技の記録、カップルの待ち合わせ、その他とんでもない事になっただろう。
僕は人類に起こった惨状を思い浮かべて……
「知ーらないっと」
僕は気づかない振りをして、安全運転で道を進むのであった。
行きたくない会社への出勤の準備を整えて、俺は家を出る。
家を出て出迎えてくれるのは、暗闇の中できらめく人々の生活の光。
俺は見慣れた夜景を横目に駅へと向かう。
俺はいわゆる夜勤組というヤツだ。
24時間フル稼働の工場勤め。
その真夜中のシフトに入っている。
みんな嫌がるのだが、俺は自分から希望した。
夜型だし、深夜手当が出るからだ。
知人からは『大変じゃないか?』とよく言われるが、意外とそうでもない。
何事も慣れである。
それに友人も出来た
「こんばんは、夜野さん」
向かいから俺を呼ぶのは、古泉さん。
スーツが似合う、キャリアウーマンだ。
違う会社の同じ夜勤組で、何度も顔を合わせるうちに仲良くなった。
珍しい夜勤組同士だったからかもしれない。
彼女はいつも生気に溢れ、俺とは対照的な活動的なタイプ。
正直嫌いなタイプなのだが、古泉さんには不思議と嫌悪感を抱かなかった。
「こんばんは。
今日も元気そうですね」
「ははは、私はそれだけが取り柄なので」
「最近どうですか?」
「もう大変ですよ。
昨日なんて――」
なんて取り留めのない会話をする。
特に意味あるわけでもなく、必要性もない雑談……
駅に着くまでの短い会話だが、俺はいつも楽しみにしていた。
「ところで――」
一通り近況を話したところで、小泉さんの声のトーンが落ちる。
聞き耳を立てているヤツがいないかどうか、辺りを見渡す小泉さん。
これからが本題というわけだ。
「『デート』のほう、考えてくれました?」
真剣な顔で尋ねてくる小泉さん。
最近古泉さんは、俺を『デート』に誘う。
よっぽど俺と『デート』をしたいらしい。
だけど俺の答えは決まっている。
「残念ながら……」
「そうですか……」
小泉さんはがっくりと肩を落とす。
でもこのお誘いは受けるわけにはいかないのだ。
なぜなら――
「血を吸いたいのになあ……」
この小泉さん、吸血鬼だのだ。
なんで分かったかと言うと、普通に吸血鬼トークをしてくるから。
そして『デート』と言うのは、『一緒に人間の血を吸いに行こう』という意味である。
しかし……
「重ね重ね申し訳ない」
だが残念(?)なことに、俺はただの人間。
吸血なんて出来ない。
ではなぜ彼女は、俺を『デート』に誘うのか?
どういう訳か、小泉さんは俺の事を吸血鬼だと思っている。
もう一度言うが、俺は吸血鬼ではない。
ただの人間だ。
「理由を聞かせてもらえませんか?」
ここまで頑なに断ると疑いそうなものだが、小泉さんは少しも疑念を抱かないらしい。
どうしても納得できないと食い下がる。
「お気持ちは嬉しいのです。
ただ、そのお誘いを受け入れると私たちの関係が壊れそうな気がするのです」
俺は本心を吐露する。
「俺たちは、こうして短い間だけ会話をする仲……
俺は今のこの時間が好きです。
ですが『デート』に行くような深い仲になれば、今までのように会話できなくなる気がするのです」
なぜ小泉さんが、俺を吸血鬼だと思っているかは知らない。
だが、『デート』に行こうものなら、確実に俺が人間であることがバレる。
そうなれば、小泉さんの俺に対する態度は変わらざるを得ず、こうして話すことは出来なくなるだろう。
俺はそのことがたまらなく嫌だった。
「ですから、『デート』には一緒に行けません」
俺の心が罪悪感でいっぱいになる。
まるで告白を断っているみたいだ。
だけど、これからも小泉さんとの関係を続けるためにも、受け入れるわけにはいかないのだ。
『また落ち込まてしまうな』と俺は小泉さんの顔をみるが、意外なことに何やら思案顔だ。
彼女は顎に手を当てて何かを考えているようだった。
まさかただの人間であることがバレたか?
罪悪感から一転、焦燥感が俺の心を満たす。
「あ、そういうことか!」
小泉さんは顔の前で手を叩く。
裏切り者と糾弾されることを覚悟していたのだが、予想外なことに彼女は満面の笑みで俺を見た。
「夜野さん、もしかして自分が吸血鬼じゃないから断っているんですか?」
……
…………へ?
「やだなあ、いくら何でも吸血鬼と人間の区別はつきますよ」
小泉さんの言葉に、俺は放心する。
俺が人間だって知っていたの!?
い、今までの葛藤は何だったんだ。
「じゃあ『デート』っていうのは?」
「『デート』は『デート』ですよ。
一緒に夜の街を歩き、お互いの仲を深めます。
そして『デート』の最後、高い場所で綺麗な夜景を眺めながらお互いの血を吸うんです。
ふふ、ロマンチックな吸血に憧れていたんです」
デートだった。
普通のデートだった。
最期はキスじゃなくて吸血だけれど。
「誤解、解けましたかね?」
俺は頷く。
頷くしかなかった。
だって何もかも俺の勘違いだもの。
「それは良かった……
じゃあ、改めて答えを――
あっ」
小泉さんが驚きの声を上げる。
俺もつられて小泉さんの視線の方に目を向けると、そこには駅があった。
古泉さんには悪いが、ちょうど駅まで来れたことにホッとする。
今までの情報を処理できていないので、時間が欲しかったからだ。
「時間切れですか……
しかたありません、答えは次会ったときに聞かせてもらいます」
小泉さんそう言って、小泉さんが俺から離れようとして――
何かを思いついたのか、俺の顔に至近距離まで近づく。
「期待してますからね」
彼女は俺の耳元でささやいて小泉さんは暗闇に消える。
俺は呆気にとられ、小泉さんが消えた道を眺めるのだった。
地獄、賽の河原。
親より先に死んだ子どもたちが来るという場所。
子どもだちは、ここで石を積み上げ塔を作り父母の供養をするという。
だが鬼がやって来ては石を崩し、永遠に塔は永遠に完成しないという……
子供の頃、なにかの番組で見て、しばらく夜満足に眠れなかった。
『一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため』
そんな悲しげな声が耳を付いて離れない。
子供の俺は、親に駄々をこねて一緒に眠った。
だが子供は飽きっぽい物。
いつしか怖い事を忘れ去り、再び一人で眠れるようになった。
そして大人になってからも、二度と思い出すことは無かった。
地獄に落ち、鬼に『今日は賽の河原に行く』と言われるまでは……
とは言っても俺は、親の供養をしに来たわけではない。
親より長生きした孝行息子だからだ。
まあ、別口で地獄に落とされたけどな。
俺の罪は『詐欺』。
一応悪い奴だけ狙っていたのだが、閻魔にとっては義賊行為もNGらしい。
地獄行は覚悟していたが、問答無用な裁判は今も根に持っている
それはともかく、地獄に落ちて俺は思った。
『このままじゃいかん』と……
地獄には何も無い。
つまらないのだ。
それに地獄の拷問も趣味じゃない。
痛みを快楽に変える特技なんて持って無いのでなおさらだ。
だから閻魔や鬼など地獄のやつらに取り入って、地獄の運営に関わっている。
報酬は無いが、暇しているよりかはだいぶ充実していた。
閻魔は別の思惑があるみたいだが、どうでもいい。
今日も、仕事として賽の河原に行く事になったのだが……
◆
「おい、鬼!
ここはなんだ!?」
俺は相棒兼監視役の鬼に叫ぶように尋ねる。
あまりにも目の前の光景が不可解だったからだ。
だが鬼はバツが悪そうに目をそらす。
「……賽の河原だが?」
「どこがだよ!
俺の知っている賽の河原と全然違うぞ」
「人間界と地獄は遠いからな。
間違って伝わることもある」
「そんなレベルじゃねえだろ!」
俺はもう一度、鬼の主張する『賽の河原』とやらに目を向ける。
本来石しかないはずの場所。
だが俺の目の前に広がる景色は、一面花畑だった。
しかも子供が楽しそうに遊んでいる。
賽の河原どころか、地獄かどうかすら怪しい光景である。
「ここは地獄だろ?
罰を与えるんじゃないのか?」
「あー、そのことなんだが……」
鬼は言い辛そうに口ごもる。
よっぽど話にくいことなのか?
だがこれを聞かない限り、話は進まない。
もう一度問い詰めようとしたところで、鬼が重い口を開く。
「コンプライアンスだ」
「コンプライアンス?」
この場に似つかわしくない言葉を聞いて、思わずおうむ返しする。
あったのか……
地獄にコンプライアンスという概念が……
「人間界で色々厳しくなっただろう?
その波がこの地獄に押し寄せてな」
「押し寄せて?」
「簡単に言うと、天国の善人たちからクレームが来た
『児童虐待』『ひとでなし』『子供は宝』とかな」
「なるほど?」
『ここは地獄だぞ』と思わなくもないが、言っていること自体は理解できなくない。
かく言う俺も子供は可愛いと思っている、こどもは大切にすべきだ。
でも、もう一度言う。
ここは地獄だぞ
「最初は無視していたんだが、地獄に乗り込もうとするやつも出てきてな。
事態を重く見た天国と地獄の重役が集まって、話し合いが持たれたんだ」
「それでここを花畑に?」
「そうだ。
他にも不用意に恐怖を与えないような配慮がされている」
地獄は罰を与えるだけの場所だと思っていたが、いろんな苦労があるらしい。
これも時代の流れか……
「もちろん罪は償わせるぞ。
ここは地獄だからな」
「そこは譲らないのか。
誰も何も言わなかったのか?
場所が綺麗になっただけで、虐待は続いているぞ。
……いるよな?」
「そこは問題ない。
罰の内容も変えた」
「つまり?」
「罰は花冠を作る事だ」
俺は鬼の言葉に、大きなため息をつく。
そんな気もしていたけど、信じたくなかった。
ここまで来たら、地獄じゃなくて天国で引き取れよ
本当に。
「なお、制作の邪魔はしない
コンプライアンスだ」
「コンプライアンスの使い方あってんのか?
しかし、罰の意味ねえな」
「そうでもない。
アレを見ろ」
俺は鬼の指の先を見る。
遊んでいる子供たちの手には、それぞれ花冠があった。
遠目から見ても、完成しているようにしか見えない。
にもかかわらず、罰は終わっていない……
どういうことだ?
「花冠は作ったら終わりじゃない。
誰かに被せて完成なんだ」
「なるほどね」
花冠は誰かのために作るもの。
たしかに作って終わりとはならない。
けれど一つ疑問が残る。
「だが誰に被せるんだ。
話の流れ的に親だろうが、地獄に都合よく親が来るわけないしな。
まさか鬼に被せるわけでもあるまい」
「たまにやって来る地蔵菩薩に花冠をかぶせるんだ。
ある意味では親代わりだからな」
そう言えば、そんな話も聞いたことあるな。
石積みを邪魔する鬼を、邪魔するヒーロー的な存在がいると……
都合よすぎる存在だと思ったが、実在したのか。
「今日は来ていないみたいで良かったよ。
あいつ嫌いなんだ。
石積み時代から、やって来ては俺たちの仕事を邪魔しやがるくそ野郎だ」
誰かの正義は、誰かの悪。
そんな言葉を思い出す。
「話は分かった。
理解できたとは言わんが、後でじっくり考える。
だが、なぜ俺はここに連れてこられたんだ?
子供たちの邪魔はしないんだろう?」
「それなんだが……
おお、来たな」
鬼の言葉の目に促され、横を見る。
そこには数人の子供が、花冠を持って整列していた。
「人間、その花冠を受け取れ。
それがお前の仕事だ」
「意味が分から――
うわっ」
鬼に無理矢理上から押さえつけられて、膝をつく格好になる。
突然の暴力に抗議しようと顔を上げようとしたとき、ふと頭に何かが乗せられる感触があった。
呆然としていると、次々に乗せられていく。
だが乗せそこなったのか、ひとつだけ目の前に落ちてくる。
それは子供たちの花冠だった。
「お前にだそうだ」
「なんで?
俺に子供なんていないぞ」
「そうだな、お前の子供じゃない。
だからガキどもの罰も終わらない」
「だが」と鬼は言葉を続ける。
「こいつらはな。
悪人どもに騙され絶望して自殺、あるいは暴力の果てに死んでしまったヤツらだ」
「それが俺に何の関係が?」
「そしてお前は、その犯人をターゲットにして詐欺を行った。
徹底的に、欠の毛までむしり取った。
そうだな?」
「被害者のためじゃない。
自分のためにやった」
「それでもだ。
このガキどもはお前に礼を言いたかったそうだ。
地蔵菩薩の救いを蹴ってまでな」
鬼の言葉に視界が滲む。
たしかに感謝されなくてもいいと始めた悪人限定の詐欺。
自分勝手な義賊行為。
だが直接礼を言われると、こうも嬉しい物なのか……
「なんでここまでしてくれる?
俺は地獄に落ちた罪人だぞ」
「コンプライアンスだ」
なんて?
再びこの場に似つかわしくない言葉が出てくる。
この流れでコンプライアンス関係ある?
俺は疑問を胸に抱いて、鬼の言葉を聞く。
「労働に対して報酬を支払わなければならない。
お前はこれから地獄のために働く。
これは、その労働に対しての前払いの報酬だ。
しっかり受け取ってもらわないとこちらが困る」
義理堅いのか、それとも悪魔の契約か?
どちらにせよ、自分の行いが間違ってなかったことに、心から安堵する。
だが俺のそんな感傷を吹き飛ばすように、鬼は冷酷な事実を告げた
「だが貴様には罰もしっかり受けてもらう。
今日一日ガキどもの相手だ。
大変だぞ、遊び盛りのガキの相手はな」
滲んだ視界の中で、鬼が笑った気がした。
空が泣いていた。
風は吹き荒れ、川は氾濫する。
雷も間断なく轟き、まるで世界の終末の様相を呈していた。
一時間前までは、雲一つない青空だった。
しかし急に雲行きが怪しくなり、雨が降り出し始めたかと思えば、
テレビでも、突如起こった災害で画面が埋め尽くされていた。
世界中の誰もが『なぜ?』と首を傾げる。
僕を除いて……
「僕のせいだ……」
僕は呆然と立ち尽くす。
この状況を引き起こしたのは、他ではない自分なのだ。
僕は、自らが犯した罪に後悔してもしきれなかった。
でも言い訳はさせてもらいたい。
信じてもらえないかもしれないが、始めはただの出来心だった。
9月半ばに入り、未だ残暑が厳しい今、ひとつ雨を降らせて涼を取ってやろうと思ったのだ。
つまり雨ごいをして、雨を降らせようと思いつく。
だが基本的に雨ごいなんて迷信だ。
もっと確実に降らせたい。
そう思った僕は、今日公開されたばかりの最新AIに聞いたのだ。
『今すぐ確実に雨を降らせる方法』を……
そして最新AIはすぐに答えをはじき出す。
必要なものは、『般若の面』『心霊写真』『使用済みの藁人形』などなど……
まったくもって意図が不明だったが、なんか怖い系の物を用意させられる。
そして指示された手順で、雨ごいの儀式をしたところ――
空が泣いた。
◆
そして今に至る。
さすがにここまでは、予想だにしてなかった。
明らかにやりすぎだ。
ボケっとしている場合じゃない。
早く止めないと!
僕はパソコンで最新AIを起動しようとする。
だが――
「雷でPCがダメになってる……」
もはや打つ手なし。
人類は――いや、地球は僕の不始末で滅亡する……
「それでも私の息子?
情けない面ね」
「母さん!?」
打ちひしがれている僕の後ろから、母さんが大股でやって来る
「事情は把握しているわ
あなたの独り言でね」
「それは……」
「後で特大の説教をしてあげるわ。
息子の後始末をした後でね」
母さんは外に向かって歩き出す。
「母さん、危険だよ!
一緒に逃げよう!」
「何を言っているの?
私は育児のプロよ。
泣いている子の寝かしつけで右に出る者はいないわ」
そういうと母さんは手に持っていた物を天高く掲げた。
それはガラガラだった。
「ほらほーら、いい子いい子。
ねんねしましょうねー」
何ということだろう。
あっという間に雨はやみ、風は凪ぎ、雷も聞こえなくなった。
「あら、いい子。
小さい時の息子よりもいい子だわ」
あっという間に世界は静けさを取り戻したのだった。
「母さん、凄い……」
「ふふ、子育ての経験が生きたわね。
それよりも――」
母さんは僕を睨む。
僕はその目線の意図を察する。
そういえば、あとで説教をするって言ってたね。
「覚悟しなさい!
二度と悪さを出来ないように説教してあげるわ!」
「ごめんなさいいぃぃ!」
僕がいい歳でマジ泣きしている間、空は泣くことなく静かに晴れ渡っていた。