地獄、賽の河原。
親より先に死んだ子どもたちが来るという場所。
子どもだちは、ここで石を積み上げ塔を作り父母の供養をするという。
だが鬼がやって来ては石を崩し、永遠に塔は永遠に完成しないという……
子供の頃、なにかの番組で見て、しばらく夜満足に眠れなかった。
『一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため』
そんな悲しげな声が耳を付いて離れない。
子供の俺は、親に駄々をこねて一緒に眠った。
だが子供は飽きっぽい物。
いつしか怖い事を忘れ去り、再び一人で眠れるようになった。
そして大人になってからも、二度と思い出すことは無かった。
地獄に落ち、鬼に『今日は賽の河原に行く』と言われるまでは……
とは言っても俺は、親の供養をしに来たわけではない。
親より長生きした孝行息子だからだ。
まあ、別口で地獄に落とされたけどな。
俺の罪は『詐欺』。
一応悪い奴だけ狙っていたのだが、閻魔にとっては義賊行為もNGらしい。
地獄行は覚悟していたが、問答無用な裁判は今も根に持っている
それはともかく、地獄に落ちて俺は思った。
『このままじゃいかん』と……
地獄には何も無い。
つまらないのだ。
それに地獄の拷問も趣味じゃない。
痛みを快楽に変える特技なんて持って無いのでなおさらだ。
だから閻魔や鬼など地獄のやつらに取り入って、地獄の運営に関わっている。
報酬は無いが、暇しているよりかはだいぶ充実していた。
閻魔は別の思惑があるみたいだが、どうでもいい。
今日も、仕事として賽の河原に行く事になったのだが……
◆
「おい、鬼!
ここはなんだ!?」
俺は相棒兼監視役の鬼に叫ぶように尋ねる。
あまりにも目の前の光景が不可解だったからだ。
だが鬼はバツが悪そうに目をそらす。
「……賽の河原だが?」
「どこがだよ!
俺の知っている賽の河原と全然違うぞ」
「人間界と地獄は遠いからな。
間違って伝わることもある」
「そんなレベルじゃねえだろ!」
俺はもう一度、鬼の主張する『賽の河原』とやらに目を向ける。
本来石しかないはずの場所。
だが俺の目の前に広がる景色は、一面花畑だった。
しかも子供が楽しそうに遊んでいる。
賽の河原どころか、地獄かどうかすら怪しい光景である。
「ここは地獄だろ?
罰を与えるんじゃないのか?」
「あー、そのことなんだが……」
鬼は言い辛そうに口ごもる。
よっぽど話にくいことなのか?
だがこれを聞かない限り、話は進まない。
もう一度問い詰めようとしたところで、鬼が重い口を開く。
「コンプライアンスだ」
「コンプライアンス?」
この場に似つかわしくない言葉を聞いて、思わずおうむ返しする。
あったのか……
地獄にコンプライアンスという概念が……
「人間界で色々厳しくなっただろう?
その波がこの地獄に押し寄せてな」
「押し寄せて?」
「簡単に言うと、天国の善人たちからクレームが来た
『児童虐待』『ひとでなし』『子供は宝』とかな」
「なるほど?」
『ここは地獄だぞ』と思わなくもないが、言っていること自体は理解できなくない。
かく言う俺も子供は可愛いと思っている、こどもは大切にすべきだ。
でも、もう一度言う。
ここは地獄だぞ
「最初は無視していたんだが、地獄に乗り込もうとするやつも出てきてな。
事態を重く見た天国と地獄の重役が集まって、話し合いが持たれたんだ」
「それでここを花畑に?」
「そうだ。
他にも不用意に恐怖を与えないような配慮がされている」
地獄は罰を与えるだけの場所だと思っていたが、いろんな苦労があるらしい。
これも時代の流れか……
「もちろん罪は償わせるぞ。
ここは地獄だからな」
「そこは譲らないのか。
誰も何も言わなかったのか?
場所が綺麗になっただけで、虐待は続いているぞ。
……いるよな?」
「そこは問題ない。
罰の内容も変えた」
「つまり?」
「罰は花冠を作る事だ」
俺は鬼の言葉に、大きなため息をつく。
そんな気もしていたけど、信じたくなかった。
ここまで来たら、地獄じゃなくて天国で引き取れよ
本当に。
「なお、制作の邪魔はしない
コンプライアンスだ」
「コンプライアンスの使い方あってんのか?
しかし、罰の意味ねえな」
「そうでもない。
アレを見ろ」
俺は鬼の指の先を見る。
遊んでいる子供たちの手には、それぞれ花冠があった。
遠目から見ても、完成しているようにしか見えない。
にもかかわらず、罰は終わっていない……
どういうことだ?
「花冠は作ったら終わりじゃない。
誰かに被せて完成なんだ」
「なるほどね」
花冠は誰かのために作るもの。
たしかに作って終わりとはならない。
けれど一つ疑問が残る。
「だが誰に被せるんだ。
話の流れ的に親だろうが、地獄に都合よく親が来るわけないしな。
まさか鬼に被せるわけでもあるまい」
「たまにやって来る地蔵菩薩に花冠をかぶせるんだ。
ある意味では親代わりだからな」
そう言えば、そんな話も聞いたことあるな。
石積みを邪魔する鬼を、邪魔するヒーロー的な存在がいると……
都合よすぎる存在だと思ったが、実在したのか。
「今日は来ていないみたいで良かったよ。
あいつ嫌いなんだ。
石積み時代から、やって来ては俺たちの仕事を邪魔しやがるくそ野郎だ」
誰かの正義は、誰かの悪。
そんな言葉を思い出す。
「話は分かった。
理解できたとは言わんが、後でじっくり考える。
だが、なぜ俺はここに連れてこられたんだ?
子供たちの邪魔はしないんだろう?」
「それなんだが……
おお、来たな」
鬼の言葉の目に促され、横を見る。
そこには数人の子供が、花冠を持って整列していた。
「人間、その花冠を受け取れ。
それがお前の仕事だ」
「意味が分から――
うわっ」
鬼に無理矢理上から押さえつけられて、膝をつく格好になる。
突然の暴力に抗議しようと顔を上げようとしたとき、ふと頭に何かが乗せられる感触があった。
呆然としていると、次々に乗せられていく。
だが乗せそこなったのか、ひとつだけ目の前に落ちてくる。
それは子供たちの花冠だった。
「お前にだそうだ」
「なんで?
俺に子供なんていないぞ」
「そうだな、お前の子供じゃない。
だからガキどもの罰も終わらない」
「だが」と鬼は言葉を続ける。
「こいつらはな。
悪人どもに騙され絶望して自殺、あるいは暴力の果てに死んでしまったヤツらだ」
「それが俺に何の関係が?」
「そしてお前は、その犯人をターゲットにして詐欺を行った。
徹底的に、欠の毛までむしり取った。
そうだな?」
「被害者のためじゃない。
自分のためにやった」
「それでもだ。
このガキどもはお前に礼を言いたかったそうだ。
地蔵菩薩の救いを蹴ってまでな」
鬼の言葉に視界が滲む。
たしかに感謝されなくてもいいと始めた悪人限定の詐欺。
自分勝手な義賊行為。
だが直接礼を言われると、こうも嬉しい物なのか……
「なんでここまでしてくれる?
俺は地獄に落ちた罪人だぞ」
「コンプライアンスだ」
なんて?
再びこの場に似つかわしくない言葉が出てくる。
この流れでコンプライアンス関係ある?
俺は疑問を胸に抱いて、鬼の言葉を聞く。
「労働に対して報酬を支払わなければならない。
お前はこれから地獄のために働く。
これは、その労働に対しての前払いの報酬だ。
しっかり受け取ってもらわないとこちらが困る」
義理堅いのか、それとも悪魔の契約か?
どちらにせよ、自分の行いが間違ってなかったことに、心から安堵する。
だが俺のそんな感傷を吹き飛ばすように、鬼は冷酷な事実を告げた
「だが貴様には罰もしっかり受けてもらう。
今日一日ガキどもの相手だ。
大変だぞ、遊び盛りのガキの相手はな」
滲んだ視界の中で、鬼が笑った気がした。
9/18/2024, 1:42:59 PM