コツン、コツン。
トンネルの中で、自分の足音がこだまする。
通る車も少ない、古くて寂れたトンネル。
俺はそこを歩いていた。
正直言えば、このトンネルは使いたくなかった。
古くて『いかにも』な雰囲気で幽霊が出そうなのだ。
ホラーが苦手な自分にとって、このトンネルは恐怖でしかない。
なお悪い事にこのトンネル、幽霊が出るとのうわさがある。
それは誰もいないのに、どこからともなく声が聞こえてくるらしい。
そして声に振り返ってはいけないと言われている。
もし振り返ったら……
ああ、恐ろしい!
そんなホラー恐怖症の自分だが、このトンネルを使わないといけない理由がある。
実は、知り合いとの待ち合わせに遅れそうになのだ。
知人は遅刻にうるさく、なんとしても間に合わせる必要がある。
大幅なショートカットが出来るこのトンネルを通っているのだが――
「フフフ」
来た!
どこからともなく女性の声が聞こえる。
そして足音は自分の物だけ。
間違いない、幽霊だ。
「そこのお方、聞こえていますよね?」
今度は耳元で『誰か』がささやく。
驚いて体が飛び跳ねなかったことを褒めてやりたい
まさかすぐ後ろにいるとは……
だが反応してはいけない。
こういった手合いは、反応すればどこまでも追いかけてくるからだ。
平常心、平常心。
バクバク言ってる心臓の音が聞こえないことを祈りつつ、僕はトンネルを進む。
「はあ今日もダメか」
さっきの芯まで冷えるような声はどこへ行ったのか?
急に間の抜けた声が聞こえる。
「起きて急いで支度したって言うのに、空振りかあ」
寝てたのかよ!
というツッコミが出そうになるが、我慢する。
なんだこれ。
自分の中の幽霊の概念が崩れていくぞ。
「あーあ、せっかく好みの子なのになあ」
その好みって、憑りつきやすいって意味?
それとも顔が好みって事?
恐怖が消し飛び、
「暇だなー♪
暇だなー♪
トンネルの中、誰も来ないトンネルは暇だな♪」
自作の歌まで歌い始めた。
これ、こっちを油断させて振り向かせる作戦か?
違う、これはただの天然だ(確信)
だけど無視。
どっちにしろ、関わったら面倒そうだ。
何でもないフリをしながら、道を進む。
その間も、幽霊はご機嫌に歌っていた。
そして、出口までもう少しと言うところで――
「Zzzzz」
アイツ寝やがった。
そういえば、さっき急いで起きたって言ってたな。
なら仕方ない。
待てよ。
僕の頭がひらめきを得る。
寝てるって言うなら今がチャンスではないか?
果たして噂の幽霊が、どんな姿をしているのか確認する絶好の機会だ。
自分はホラーが大の苦手だが、それ以上に好奇心でいっぱいだった。
一応罠の可能性もあるけど、もう出口は近い。
ヤバかったら走って逃げれる距離だ。
念のため、ゆっくりと振り返る。
だが僕は見たことを後悔した。
振り返った先にいる幽霊は、立って寝ていた。
それはいい。
寝ているのは想定内。
だがこの幽霊、寝癖がぼさぼさで、着ている服もダボダボ。
ズボンに至っては、膝までしか入っていない。
まさに『THE だらしない人間』である。
どういうことだよ。
マジで見るんじゃなかった
その一方で、見てはいけない理由が分かってしまった。
こんなだらしない格好、誰かに見られたら生きていけない。
幽霊にとっては分からないが、多分駄目な奴である。
静かに進行方向を向いて、出口へ歩き出す。
『僕は見てない』。
そう言い聞かせて、僕は出口に向かう。
『武士の情け』と言った言葉を思い浮かべながら、トンネルを出るのであった。
9/23/2024, 1:05:56 PM