G14

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 コツン、コツン。
 トンネルの中で、自分の足音がこだまする。
 通る車も少ない、古くて寂れたトンネル。
 俺はそこを歩いていた。

 正直言えば、このトンネルは使いたくなかった。
 古くて『いかにも』な雰囲気で幽霊が出そうなのだ。
 ホラーが苦手な自分にとって、このトンネルは恐怖でしかない。

 なお悪い事にこのトンネル、幽霊が出るとのうわさがある。
 それは誰もいないのに、どこからともなく声が聞こえてくるらしい。
 そして声に振り返ってはいけないと言われている。
 もし振り返ったら……
 ああ、恐ろしい!

 そんなホラー恐怖症の自分だが、このトンネルを使わないといけない理由がある。
 実は、知り合いとの待ち合わせに遅れそうになのだ。
 知人は遅刻にうるさく、なんとしても間に合わせる必要がある。

 大幅なショートカットが出来るこのトンネルを通っているのだが――

「フフフ」
 来た!
 どこからともなく女性の声が聞こえる。
 そして足音は自分の物だけ。
 間違いない、幽霊だ。

「そこのお方、聞こえていますよね?」
 今度は耳元で『誰か』がささやく。
 驚いて体が飛び跳ねなかったことを褒めてやりたい
 まさかすぐ後ろにいるとは……

 だが反応してはいけない。
 こういった手合いは、反応すればどこまでも追いかけてくるからだ。
 平常心、平常心。
 バクバク言ってる心臓の音が聞こえないことを祈りつつ、僕はトンネルを進む。

「はあ今日もダメか」
 さっきの芯まで冷えるような声はどこへ行ったのか?
 急に間の抜けた声が聞こえる。

「起きて急いで支度したって言うのに、空振りかあ」
 寝てたのかよ!
 というツッコミが出そうになるが、我慢する。
 なんだこれ。
 自分の中の幽霊の概念が崩れていくぞ。

「あーあ、せっかく好みの子なのになあ」
 その好みって、憑りつきやすいって意味?
 それとも顔が好みって事?
 恐怖が消し飛び、

「暇だなー♪
 暇だなー♪
 トンネルの中、誰も来ないトンネルは暇だな♪」
 自作の歌まで歌い始めた。
 これ、こっちを油断させて振り向かせる作戦か?
 違う、これはただの天然だ(確信)

 だけど無視。
 どっちにしろ、関わったら面倒そうだ。

 何でもないフリをしながら、道を進む。
 その間も、幽霊はご機嫌に歌っていた。
 そして、出口までもう少しと言うところで――

「Zzzzz」
 アイツ寝やがった。
 そういえば、さっき急いで起きたって言ってたな。
 なら仕方ない。

 待てよ。
 僕の頭がひらめきを得る。
 寝てるって言うなら今がチャンスではないか?
 果たして噂の幽霊が、どんな姿をしているのか確認する絶好の機会だ。
 自分はホラーが大の苦手だが、それ以上に好奇心でいっぱいだった。

 一応罠の可能性もあるけど、もう出口は近い。
 ヤバかったら走って逃げれる距離だ。
 念のため、ゆっくりと振り返る。

 だが僕は見たことを後悔した。

 振り返った先にいる幽霊は、立って寝ていた。
 それはいい。
 寝ているのは想定内。

 だがこの幽霊、寝癖がぼさぼさで、着ている服もダボダボ。
 ズボンに至っては、膝までしか入っていない。
 まさに『THE だらしない人間』である。

 どういうことだよ。
 マジで見るんじゃなかった

 その一方で、見てはいけない理由が分かってしまった。
 こんなだらしない格好、誰かに見られたら生きていけない。
 幽霊にとっては分からないが、多分駄目な奴である。

 静かに進行方向を向いて、出口へ歩き出す。
 『僕は見てない』。
 そう言い聞かせて、僕は出口に向かう。

 『武士の情け』と言った言葉を思い浮かべながら、トンネルを出るのであった。

9/23/2024, 1:05:56 PM