俺の名前は、井伊・カカリ=ツケル。
プロのクレーマーだ。
企業にイチャモンをつけては、商品、金品をせびり、それで生計を立てている。
俺の事を悪く言うやつがいるが、それは誤解だ。
どんな手段であっても、お金を稼ぐ事が悪いわけがない。
それにこの仕事は効率がいい。
なにせ短い間だけ大声で怒鳴り散らせば、簡単にお金が手に入る。
さらに『可哀そうな被害者』を演じていれば、向こうも強気には出ることなはい。
楽して金を稼ぐが俺のモットー。
真面目に働くなんて、バカのすることだね。
そして今日もとある家電量販店に赴き、言いがかりをつける。
さあ、楽しい時間の始まりだ。
「だーかーらー、謝って済む問題じゃないって言ってるでしょ?」
「井伊様、もうしわけありません」
「そんな謝罪じゃ、全然足らないね!。
俺、ここで買った商品で怪我したんだよ?
誠意見せろよ、誠意を!」
ダンと机を叩くと、机の向こうの店員が体を震わせる。
今回は当たりのようだ。
下手に気概があるやつが相手だと、話が長引くから嫌いだ。
だが今回は気弱な店員だし、他の仲間も助けに入ろうとはいない。
このままいけば何事もなく慰謝料が手にはいるだろう。
まったく楽なもんだぜ
「さっきから言ってるだろ。
誠意を見せてくれよ、せ・い・い。
分かる?」
「この度は申し訳ありませんでした」
「分かんねーな、あんたも……
謝罪なんて、形の無いものじゃ、俺の気が済まないって言ってんだよ」
だが店員は、未だに金を出す気配はない。
ビビりすぎて頭が回らないのか、そもそも『誠意』をしらないのか……
どっちにせよ、簡単にいきそうという目論見は外れたようだ。
「申し訳ありません!」
「……ハア」
このままじゃ埒が明かない。
しかたないから、少しヒントを出すことにしよう。
「俺が欲しいのはこれだよ」
俺は店員に見えるように、人差し指と親指を付けて『円』を作る。
つまり、お金のジェスチャー。
これで、俺の意図が分からないやつはいない。
案の定、店員はハッとした表情で俺を見る。
「俺の欲しいものが分かったか?」
「はい井伊様。
私の理解が及ばなかったようで、申し訳ありません」
「いいさ、分かってくれたんならな。
じゃあ、早速――」
「では、井伊様。
ご案内しますので、こちらへ」
俺の返事を待たないまま、定員は立ち上がって歩き出す。
店員の態度の豹変ぶりに、俺は一瞬呆けるが、慌てて店員の後を付いて行く。
「井伊様が、そのような物をご所望とは気づきませんでした。
気付くことが出来ず、誠に申し訳ありません」
「そ、そうか……
まあ、分かってくれればいい」
感情の無い声で、話しかけてくる店員。
どことなく不穏な空気を感じつつも、俺は平静を装って店員に付いて行く。
こういう時、弱みを見せてはいけない。
舐められるからだ。
しばらく歩くと、店員が立ち止まった。
そこには『従業員用』と書かれたエレベーターの扉があり、店員は端末を操作して扉を開ける。
「こちらにお乗りください。
この先に、井伊様の望むものがあります」
背中に冷たい汗を感じつつも、店員と一緒に乗る。
嫌な予感がするが、お金をくれるというんだ。
ここで引き返す理由はない。
それにだ。
何かあったらあったで、それを理由に莫大な慰謝料を請求すればいい。
何も問題ない。
何も……
店員がボタンを押すと、エレベーターは地下へと動き出す。
『地下があったのか』と驚きながら、待つことしばし。
体の浮遊感が無くなって、目的に着いたことを感じる。
そして扉が開いた瞬間、俺はとんでもない光景を目にした。
扉が開いた先にあったもの。
それは漫画でしか見たことがないような闘技場だった。
「お、おい!
なんだよ、これ!!」
「何って……
井伊様は、この地下闘技場で、決闘をなさりたいのですよね」
「なんでそうなる!」
「井伊様は、こう指でジェスチャーなされたでしょう?」
店員は人差し指と親指をくっつけて『円』を作る。
お金のジェスチャーだ。
だが――
「このジェスチャーは、この円形の闘技場を表します。
すなわち、この闘技場に参加するという意思表示です。
ご存じではなかったので?」
「ば、ばか!
俺が欲しいのは闘争でなくて、金だ!」
「なら良いではありませんか?
勝てばお金が手に入りますよ。
負けても病院代は出ます」
「帰らせてもらう!」
「一度参加を表明した以上、一度でも試合に参加しない限り帰れませんよ。
……ああ、それと――」
店員は血走ってた目で、俺を見る。
逃げよう。
そう思うのに、体が少しも動かない。
なんでこんなところに来てしまったんだ!
「対戦相手は私です。
誠意を尽くしたオモテナシ、存分に味合わせてあげますよ」
9/25/2024, 1:03:33 PM