行きたくない会社への出勤の準備を整えて、俺は家を出る。
家を出て出迎えてくれるのは、暗闇の中できらめく人々の生活の光。
俺は見慣れた夜景を横目に駅へと向かう。
俺はいわゆる夜勤組というヤツだ。
24時間フル稼働の工場勤め。
その真夜中のシフトに入っている。
みんな嫌がるのだが、俺は自分から希望した。
夜型だし、深夜手当が出るからだ。
知人からは『大変じゃないか?』とよく言われるが、意外とそうでもない。
何事も慣れである。
それに友人も出来た
「こんばんは、夜野さん」
向かいから俺を呼ぶのは、古泉さん。
スーツが似合う、キャリアウーマンだ。
違う会社の同じ夜勤組で、何度も顔を合わせるうちに仲良くなった。
珍しい夜勤組同士だったからかもしれない。
彼女はいつも生気に溢れ、俺とは対照的な活動的なタイプ。
正直嫌いなタイプなのだが、古泉さんには不思議と嫌悪感を抱かなかった。
「こんばんは。
今日も元気そうですね」
「ははは、私はそれだけが取り柄なので」
「最近どうですか?」
「もう大変ですよ。
昨日なんて――」
なんて取り留めのない会話をする。
特に意味あるわけでもなく、必要性もない雑談……
駅に着くまでの短い会話だが、俺はいつも楽しみにしていた。
「ところで――」
一通り近況を話したところで、小泉さんの声のトーンが落ちる。
聞き耳を立てているヤツがいないかどうか、辺りを見渡す小泉さん。
これからが本題というわけだ。
「『デート』のほう、考えてくれました?」
真剣な顔で尋ねてくる小泉さん。
最近古泉さんは、俺を『デート』に誘う。
よっぽど俺と『デート』をしたいらしい。
だけど俺の答えは決まっている。
「残念ながら……」
「そうですか……」
小泉さんはがっくりと肩を落とす。
でもこのお誘いは受けるわけにはいかないのだ。
なぜなら――
「血を吸いたいのになあ……」
この小泉さん、吸血鬼だのだ。
なんで分かったかと言うと、普通に吸血鬼トークをしてくるから。
そして『デート』と言うのは、『一緒に人間の血を吸いに行こう』という意味である。
しかし……
「重ね重ね申し訳ない」
だが残念(?)なことに、俺はただの人間。
吸血なんて出来ない。
ではなぜ彼女は、俺を『デート』に誘うのか?
どういう訳か、小泉さんは俺の事を吸血鬼だと思っている。
もう一度言うが、俺は吸血鬼ではない。
ただの人間だ。
「理由を聞かせてもらえませんか?」
ここまで頑なに断ると疑いそうなものだが、小泉さんは少しも疑念を抱かないらしい。
どうしても納得できないと食い下がる。
「お気持ちは嬉しいのです。
ただ、そのお誘いを受け入れると私たちの関係が壊れそうな気がするのです」
俺は本心を吐露する。
「俺たちは、こうして短い間だけ会話をする仲……
俺は今のこの時間が好きです。
ですが『デート』に行くような深い仲になれば、今までのように会話できなくなる気がするのです」
なぜ小泉さんが、俺を吸血鬼だと思っているかは知らない。
だが、『デート』に行こうものなら、確実に俺が人間であることがバレる。
そうなれば、小泉さんの俺に対する態度は変わらざるを得ず、こうして話すことは出来なくなるだろう。
俺はそのことがたまらなく嫌だった。
「ですから、『デート』には一緒に行けません」
俺の心が罪悪感でいっぱいになる。
まるで告白を断っているみたいだ。
だけど、これからも小泉さんとの関係を続けるためにも、受け入れるわけにはいかないのだ。
『また落ち込まてしまうな』と俺は小泉さんの顔をみるが、意外なことに何やら思案顔だ。
彼女は顎に手を当てて何かを考えているようだった。
まさかただの人間であることがバレたか?
罪悪感から一転、焦燥感が俺の心を満たす。
「あ、そういうことか!」
小泉さんは顔の前で手を叩く。
裏切り者と糾弾されることを覚悟していたのだが、予想外なことに彼女は満面の笑みで俺を見た。
「夜野さん、もしかして自分が吸血鬼じゃないから断っているんですか?」
……
…………へ?
「やだなあ、いくら何でも吸血鬼と人間の区別はつきますよ」
小泉さんの言葉に、俺は放心する。
俺が人間だって知っていたの!?
い、今までの葛藤は何だったんだ。
「じゃあ『デート』っていうのは?」
「『デート』は『デート』ですよ。
一緒に夜の街を歩き、お互いの仲を深めます。
そして『デート』の最後、高い場所で綺麗な夜景を眺めながらお互いの血を吸うんです。
ふふ、ロマンチックな吸血に憧れていたんです」
デートだった。
普通のデートだった。
最期はキスじゃなくて吸血だけれど。
「誤解、解けましたかね?」
俺は頷く。
頷くしかなかった。
だって何もかも俺の勘違いだもの。
「それは良かった……
じゃあ、改めて答えを――
あっ」
小泉さんが驚きの声を上げる。
俺もつられて小泉さんの視線の方に目を向けると、そこには駅があった。
古泉さんには悪いが、ちょうど駅まで来れたことにホッとする。
今までの情報を処理できていないので、時間が欲しかったからだ。
「時間切れですか……
しかたありません、答えは次会ったときに聞かせてもらいます」
小泉さんそう言って、小泉さんが俺から離れようとして――
何かを思いついたのか、俺の顔に至近距離まで近づく。
「期待してますからね」
彼女は俺の耳元でささやいて小泉さんは暗闇に消える。
俺は呆気にとられ、小泉さんが消えた道を眺めるのだった。
地獄、賽の河原。
親より先に死んだ子どもたちが来るという場所。
子どもだちは、ここで石を積み上げ塔を作り父母の供養をするという。
だが鬼がやって来ては石を崩し、永遠に塔は永遠に完成しないという……
子供の頃、なにかの番組で見て、しばらく夜満足に眠れなかった。
『一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため』
そんな悲しげな声が耳を付いて離れない。
子供の俺は、親に駄々をこねて一緒に眠った。
だが子供は飽きっぽい物。
いつしか怖い事を忘れ去り、再び一人で眠れるようになった。
そして大人になってからも、二度と思い出すことは無かった。
地獄に落ち、鬼に『今日は賽の河原に行く』と言われるまでは……
とは言っても俺は、親の供養をしに来たわけではない。
親より長生きした孝行息子だからだ。
まあ、別口で地獄に落とされたけどな。
俺の罪は『詐欺』。
一応悪い奴だけ狙っていたのだが、閻魔にとっては義賊行為もNGらしい。
地獄行は覚悟していたが、問答無用な裁判は今も根に持っている
それはともかく、地獄に落ちて俺は思った。
『このままじゃいかん』と……
地獄には何も無い。
つまらないのだ。
それに地獄の拷問も趣味じゃない。
痛みを快楽に変える特技なんて持って無いのでなおさらだ。
だから閻魔や鬼など地獄のやつらに取り入って、地獄の運営に関わっている。
報酬は無いが、暇しているよりかはだいぶ充実していた。
閻魔は別の思惑があるみたいだが、どうでもいい。
今日も、仕事として賽の河原に行く事になったのだが……
◆
「おい、鬼!
ここはなんだ!?」
俺は相棒兼監視役の鬼に叫ぶように尋ねる。
あまりにも目の前の光景が不可解だったからだ。
だが鬼はバツが悪そうに目をそらす。
「……賽の河原だが?」
「どこがだよ!
俺の知っている賽の河原と全然違うぞ」
「人間界と地獄は遠いからな。
間違って伝わることもある」
「そんなレベルじゃねえだろ!」
俺はもう一度、鬼の主張する『賽の河原』とやらに目を向ける。
本来石しかないはずの場所。
だが俺の目の前に広がる景色は、一面花畑だった。
しかも子供が楽しそうに遊んでいる。
賽の河原どころか、地獄かどうかすら怪しい光景である。
「ここは地獄だろ?
罰を与えるんじゃないのか?」
「あー、そのことなんだが……」
鬼は言い辛そうに口ごもる。
よっぽど話にくいことなのか?
だがこれを聞かない限り、話は進まない。
もう一度問い詰めようとしたところで、鬼が重い口を開く。
「コンプライアンスだ」
「コンプライアンス?」
この場に似つかわしくない言葉を聞いて、思わずおうむ返しする。
あったのか……
地獄にコンプライアンスという概念が……
「人間界で色々厳しくなっただろう?
その波がこの地獄に押し寄せてな」
「押し寄せて?」
「簡単に言うと、天国の善人たちからクレームが来た
『児童虐待』『ひとでなし』『子供は宝』とかな」
「なるほど?」
『ここは地獄だぞ』と思わなくもないが、言っていること自体は理解できなくない。
かく言う俺も子供は可愛いと思っている、こどもは大切にすべきだ。
でも、もう一度言う。
ここは地獄だぞ
「最初は無視していたんだが、地獄に乗り込もうとするやつも出てきてな。
事態を重く見た天国と地獄の重役が集まって、話し合いが持たれたんだ」
「それでここを花畑に?」
「そうだ。
他にも不用意に恐怖を与えないような配慮がされている」
地獄は罰を与えるだけの場所だと思っていたが、いろんな苦労があるらしい。
これも時代の流れか……
「もちろん罪は償わせるぞ。
ここは地獄だからな」
「そこは譲らないのか。
誰も何も言わなかったのか?
場所が綺麗になっただけで、虐待は続いているぞ。
……いるよな?」
「そこは問題ない。
罰の内容も変えた」
「つまり?」
「罰は花冠を作る事だ」
俺は鬼の言葉に、大きなため息をつく。
そんな気もしていたけど、信じたくなかった。
ここまで来たら、地獄じゃなくて天国で引き取れよ
本当に。
「なお、制作の邪魔はしない
コンプライアンスだ」
「コンプライアンスの使い方あってんのか?
しかし、罰の意味ねえな」
「そうでもない。
アレを見ろ」
俺は鬼の指の先を見る。
遊んでいる子供たちの手には、それぞれ花冠があった。
遠目から見ても、完成しているようにしか見えない。
にもかかわらず、罰は終わっていない……
どういうことだ?
「花冠は作ったら終わりじゃない。
誰かに被せて完成なんだ」
「なるほどね」
花冠は誰かのために作るもの。
たしかに作って終わりとはならない。
けれど一つ疑問が残る。
「だが誰に被せるんだ。
話の流れ的に親だろうが、地獄に都合よく親が来るわけないしな。
まさか鬼に被せるわけでもあるまい」
「たまにやって来る地蔵菩薩に花冠をかぶせるんだ。
ある意味では親代わりだからな」
そう言えば、そんな話も聞いたことあるな。
石積みを邪魔する鬼を、邪魔するヒーロー的な存在がいると……
都合よすぎる存在だと思ったが、実在したのか。
「今日は来ていないみたいで良かったよ。
あいつ嫌いなんだ。
石積み時代から、やって来ては俺たちの仕事を邪魔しやがるくそ野郎だ」
誰かの正義は、誰かの悪。
そんな言葉を思い出す。
「話は分かった。
理解できたとは言わんが、後でじっくり考える。
だが、なぜ俺はここに連れてこられたんだ?
子供たちの邪魔はしないんだろう?」
「それなんだが……
おお、来たな」
鬼の言葉の目に促され、横を見る。
そこには数人の子供が、花冠を持って整列していた。
「人間、その花冠を受け取れ。
それがお前の仕事だ」
「意味が分から――
うわっ」
鬼に無理矢理上から押さえつけられて、膝をつく格好になる。
突然の暴力に抗議しようと顔を上げようとしたとき、ふと頭に何かが乗せられる感触があった。
呆然としていると、次々に乗せられていく。
だが乗せそこなったのか、ひとつだけ目の前に落ちてくる。
それは子供たちの花冠だった。
「お前にだそうだ」
「なんで?
俺に子供なんていないぞ」
「そうだな、お前の子供じゃない。
だからガキどもの罰も終わらない」
「だが」と鬼は言葉を続ける。
「こいつらはな。
悪人どもに騙され絶望して自殺、あるいは暴力の果てに死んでしまったヤツらだ」
「それが俺に何の関係が?」
「そしてお前は、その犯人をターゲットにして詐欺を行った。
徹底的に、欠の毛までむしり取った。
そうだな?」
「被害者のためじゃない。
自分のためにやった」
「それでもだ。
このガキどもはお前に礼を言いたかったそうだ。
地蔵菩薩の救いを蹴ってまでな」
鬼の言葉に視界が滲む。
たしかに感謝されなくてもいいと始めた悪人限定の詐欺。
自分勝手な義賊行為。
だが直接礼を言われると、こうも嬉しい物なのか……
「なんでここまでしてくれる?
俺は地獄に落ちた罪人だぞ」
「コンプライアンスだ」
なんて?
再びこの場に似つかわしくない言葉が出てくる。
この流れでコンプライアンス関係ある?
俺は疑問を胸に抱いて、鬼の言葉を聞く。
「労働に対して報酬を支払わなければならない。
お前はこれから地獄のために働く。
これは、その労働に対しての前払いの報酬だ。
しっかり受け取ってもらわないとこちらが困る」
義理堅いのか、それとも悪魔の契約か?
どちらにせよ、自分の行いが間違ってなかったことに、心から安堵する。
だが俺のそんな感傷を吹き飛ばすように、鬼は冷酷な事実を告げた
「だが貴様には罰もしっかり受けてもらう。
今日一日ガキどもの相手だ。
大変だぞ、遊び盛りのガキの相手はな」
滲んだ視界の中で、鬼が笑った気がした。
空が泣いていた。
風は吹き荒れ、川は氾濫する。
雷も間断なく轟き、まるで世界の終末の様相を呈していた。
一時間前までは、雲一つない青空だった。
しかし急に雲行きが怪しくなり、雨が降り出し始めたかと思えば、
テレビでも、突如起こった災害で画面が埋め尽くされていた。
世界中の誰もが『なぜ?』と首を傾げる。
僕を除いて……
「僕のせいだ……」
僕は呆然と立ち尽くす。
この状況を引き起こしたのは、他ではない自分なのだ。
僕は、自らが犯した罪に後悔してもしきれなかった。
でも言い訳はさせてもらいたい。
信じてもらえないかもしれないが、始めはただの出来心だった。
9月半ばに入り、未だ残暑が厳しい今、ひとつ雨を降らせて涼を取ってやろうと思ったのだ。
つまり雨ごいをして、雨を降らせようと思いつく。
だが基本的に雨ごいなんて迷信だ。
もっと確実に降らせたい。
そう思った僕は、今日公開されたばかりの最新AIに聞いたのだ。
『今すぐ確実に雨を降らせる方法』を……
そして最新AIはすぐに答えをはじき出す。
必要なものは、『般若の面』『心霊写真』『使用済みの藁人形』などなど……
まったくもって意図が不明だったが、なんか怖い系の物を用意させられる。
そして指示された手順で、雨ごいの儀式をしたところ――
空が泣いた。
◆
そして今に至る。
さすがにここまでは、予想だにしてなかった。
明らかにやりすぎだ。
ボケっとしている場合じゃない。
早く止めないと!
僕はパソコンで最新AIを起動しようとする。
だが――
「雷でPCがダメになってる……」
もはや打つ手なし。
人類は――いや、地球は僕の不始末で滅亡する……
「それでも私の息子?
情けない面ね」
「母さん!?」
打ちひしがれている僕の後ろから、母さんが大股でやって来る
「事情は把握しているわ
あなたの独り言でね」
「それは……」
「後で特大の説教をしてあげるわ。
息子の後始末をした後でね」
母さんは外に向かって歩き出す。
「母さん、危険だよ!
一緒に逃げよう!」
「何を言っているの?
私は育児のプロよ。
泣いている子の寝かしつけで右に出る者はいないわ」
そういうと母さんは手に持っていた物を天高く掲げた。
それはガラガラだった。
「ほらほーら、いい子いい子。
ねんねしましょうねー」
何ということだろう。
あっという間に雨はやみ、風は凪ぎ、雷も聞こえなくなった。
「あら、いい子。
小さい時の息子よりもいい子だわ」
あっという間に世界は静けさを取り戻したのだった。
「母さん、凄い……」
「ふふ、子育ての経験が生きたわね。
それよりも――」
母さんは僕を睨む。
僕はその目線の意図を察する。
そういえば、あとで説教をするって言ってたね。
「覚悟しなさい!
二度と悪さを出来ないように説教してあげるわ!」
「ごめんなさいいぃぃ!」
僕がいい歳でマジ泣きしている間、空は泣くことなく静かに晴れ渡っていた。
俺の名前は九条 誠。
昨日彼女が出来たばかりの幸せ真っ最中の男さ。
お相手は、二人しかいない文芸部で一つ上の小鳥遊《たかなし》 琴乃先輩。
本を読んでいる横顔が、とてもきれいな文学少女さ。
昨日色々あって勢いで告白した。
我ながら酷い告白だったが、それでもOKを貰った。
結果がすべて。
告白の出来なんて些事さ。
ということで、いざ行かん文芸部の部室へ。
この扉を開ければ、先輩が甘い言葉で出迎えて――
「どういうことかね?」
先輩が激おこだった。
どゆこと?
昨日別れた時、あんなにニコニコだったのに……
俺、何かやらかした?
でも心当たりが無い。
「えっと…… 何のことでしょう?」
「『何のこと』だと?
とぼけるな!」
「ひい」
「いいだろう。
そこに座り給え、正座で」
「はい」
俺は混乱しつつも、先輩の言葉に従って正座する。
正座させるなんて、かなり怒っているようだ。
よほど腹に据えかねているらしい
でも本当に何も心当たりが無い
本当になんで?
「スイマセン、先輩。
俺、何かしましたっけ?」
「ハア!?
よくもそんな口が聞けたものだな!」
「スイマセン、本当に分かりません」
「分からないなら教えてやる!
君、なぜLINEを送ってこない」
「へ、LINE?」
俺はLINEと言われ、昨日の事を思い出す。
そうだ、昨日告白のOKを貰った後、LINEのIDを交換したんだ。
それで交換した後……
あ。
「その顔、思い出したようだな。
昨日、LINEのIDを交換したとき、君はこう言った。
『帰ったらすぐメッセージを送りますね』と……」
「はい……」
「だが、いつまで経っても来ない。
一晩どころか、丸一日だ。
言い訳はあるかね?」
「ありません」
「ふん!」
先輩は腰に手を当てて俺を睨みつける。
送ると言っといて送らないのは重罪だ。
しかも付き合い始めならなおさらの事。
これは俺が完全に悪い。
俺、フラれるかもしれん。
「一応聞いておこうか。
なぜ送らなかった」
「それは……」
「当ててやろう。
君は私に帰ってすぐLINEを送ろうとした。
文章を打ち込んだはいいが、送信ボタンを押すことなく時間が過ぎていく。
そして寝る前になっても決断できず、そのまま寝落ちした。
そして今までLINEの事を完全に忘れていた……
そうだな?」
「はい、全くその通りです」
すげえ、寸分だたがわず先輩の言う通りだ。
まるで見てきたかのようだ。
もしかして迷探偵の孫だったり?
「先輩、よく分かりましたね」
「ふん、ここを何だと思っている。
文芸部だぞ。
ラノベでよくある展開は、お手の物だ」
ラノベかよ。
感心した俺を返してくれ。
俺が無言の抗議していると、先輩が急にしゃがむ。
そうして正座している俺と目線を合わせた後、先輩はニヤリと笑った。
「それで?」
「『それで?』とは?」
「おいおい、君は彼女を失望させたんだぜ。
どう責任を取るつもりなんだい?」
「それは許してもらうまで謝罪を……」
「君の謝罪なんて興味ないね!
LINEの不始末はLINEで償う。
違うかね?」
先輩の言葉を頭の中で繰り返す。
『LINEの不始末はLINEで償う』
つまりLINEを送るだけでいいのか?
それなら早速――
「だがLINEの内容は、私への愛を語ってくれ」
「はあ!?」
「ちなみに中途半端なことを送ったら別れるから」
「はあ!!??」
愛を語れだって?
付き合いたての彼氏になんて無茶言うんだ。
「先輩、それは無茶ぶりです!
恥ずかしいです!」
「はあ?
君は私の事が好きじゃないのかね?
じゃあ別れる?」
「それは……」
「それに君の『先輩』呼びも気に食わん。
敬語は無し、そして琴乃と呼んでくれ」
口答えしたら、さらに難易度が上がった。
こうなったら、条件を増やされる前に、LINEを送るしかない。
俺はスマホを取り出して、LINEを起動する。
「あ、制限時間は一分な」
「人でなし!」
「はいスタート」
一分と言うことは長文は書けない。
ならば余計な美辞麗句はなく、直球で書けとういうことだろう。
昨日の二の舞を防ぐ意味もあるかもしれない。
ならシンプルに。
深く考えず。
勢いで書く!
『琴乃、愛してる』
俺は体が燃えそうなほど熱くなるのを感じながら、送信ボタンを押す。
勇気を振り絞ってスマホから顔を上げると、琴乃がニヤニヤしながらスマホを見ていた。
「ふふふ、催促したとはいえ照れてしまうねえ。
君からのLINEはウチの家宝にしよう」
反応を見る限り合格のようだ。
俺はホッと一息をつく。
「お気に召して何より。
次は、こ、琴乃の番、だぞ」
「私の番?
ああ、確かに愛の告白を受けて返さないのも無作法だしな。
どれ、私も愛の言葉を――」
「あと琴乃も俺を名前で呼んでね」
琴乃が『言っていることが分からない』という目で俺を見る。
「気づいていないとでも?
琴乃、俺の名前を呼ばないでずっと『君』って呼んでるよね?」
「そ、それは……」
「いい機会だから、名前で――誠って呼んでくれ」
先ほどまで勝ち誇っていた琴乃の顔が、見る見るうちに赤くなる。
俺はそれをみて、心の中で勝利を確信する。
「ほら琴乃、俺に愛の言葉を送ってくれるんだよね。
早く送ってよ」
「でも……」
「一分以内で――」
「ごきげんよう!」
「あ、逃げた」
琴乃はカバンを持って、風のように部室から出ていく。
追いかけようと立ち上がろうとするが、正座をしていたせいで足がしびれて動けない。
こうして、俺は一人部室に取り残された。
どうしたものかと考えていると、自分のスマホが震えてLINEの着信を知らせる
『誠、愛してます』
送られてきたLINEを見て思わずニヤニヤする。
なるほど、これはいいものだ。
俺は、琴乃からのLINEを家宝にすることを誓うのだった。
「お前らの任務は、命が燃え尽きるまで地底人共を殺す事!
全員分かったな?
では死んでこい」
上官は、頭の痛くなるような訓示を俺たちに浴びせてくる。
文字通り前時代的な発言であり、とても現代に生きる者の発言とは思えない。
しかし上官の無慈悲な命令に、異を唱える者はここにはいない。
別に諦めの境地に至っているわけではない
そのくらいの気概が無ければ、人類に未来は無いと思っているからだ。
一年前の事だ。
突如、地底人が現れて人類に猛攻撃を仕掛けてきた。
人類は抵抗したものの、地底人の持つ圧倒的な科学力に為す術なく敗北した。
豊かな土地から追い出され、人類は住むには適さない土地でほそぼそ暮らしていた。
だがそこで諦める人類ではない。
地底人に対抗するため、人類は新兵器を開発。
地底人たちに攻撃を仕掛けることになったのだ。
だが地底人との技術差は歴然。
新兵器をもってしても、命の保証はなかった。
誰だって死ぬのは怖い。
ほとんどの人間が、戦場に行く事にしり込みした。
死ぬことが分かっていても決死隊に志願した愚か者たちがいた
それが俺たちである。
俺たちは地底人たちを殺すため、新兵器の訓練を行うことになった
厳しい訓練にもかかわらず、脱落するものはいなかった。
そして運命の日。
地底人たちがたむろする都市部に突入することになったのだが……
「司令部、こちらアルファ。
地底人共が見当たらない」
「こちら司令部。
他の突入組も遭遇してない
何か妙だぞ」
地底人がいると思わしき建物に入った俺たち。
慎重に建物を探索するものの、一匹も地底人に遭遇することは無かった。
拍子抜けするほど何も無いがは、油断しないよう気を引き締める
「ここまでなにも無いとは……
罠か?」
「その可能性はあるな。
でなければ逃げ帰ったかだ」
「あれは!」
「どうしたアルファ?」
「少し待て」
俺は、遠くの方に倒れている地底人を発見した。
ここから見る限り微動だにしない。
「地底人がいた。
いまから近づく」
「なんだと。
罠かもしれん。
無茶をするなよ」
「了解」
なぜ倒れているかは分からないが、罠の可能性も考慮して慎重に近づく。
だが不気味なほどに何も起こらなかった。
死角からの不意打ちも警戒しつつ、動かない地底人を観察する。
「こちらアルファ、見つけた地底人だが、すでに死んでいる」
「なんだと!?
仲間割れか?」
「おそらく餓死だ。
前見た時より、かなりやせ細っている」
「地上の食いものが合わなかったか?」
「それも考えれれるが……
近くに部屋がある。
覗いてみよう」
「気をつけろよ」
俺はゆっくりと、部屋の扉を開ける。
気づかれないように慎重に、気づかれても即反撃できるように……
だが、その心配は杞憂だった。
部屋の中は、さっき見つけた地底人と同じように全員死んでいたからだ。
「こちらアルファ。
部屋の中のやつらは全て死んでいる」
「なんだと!?
アルファ、周辺を調べてくれ」
「了解……
これは!?」
死んでいる地底人が手に持っている物……
それはゲーム機のコントローラーだった。
他の地底人にの手には、漫画や小説、果てはスマホが握られている。
どれも、人類の生み出した娯楽の品ばかり
状況から導き出される答えに、俺は唖然とする。
認めたくないが、こいつらは……
「こいつら、寝食を忘れて遊んでいたと言うのか……
餓死するまで……」
確かに俺も、飲まず食わずでゲームをしたことがある。
子供の頃、ではなく大人になってから。
子供時代に禁止されていた反動で、大人になってのめり込んでしまったのだ。
俺は途中で気づけたが、地底人たちは死ぬまで気づけなかったらしい。
目の前の面白い事に夢中で、食べるのも忘れ、そして死んだ
もしかしたら死んだことにも気づいていないのかもしれない
これは有り得たかもしれない、俺の姿だ。
命燃え尽きるまで、快楽を貪った地底人たち。
彼らはきっと、今まで本当に面白いものに出逢えたなかったのだろう。
他の仲間たちも地底人に遭遇しないと言うから、他も同じような状況かも知れない
それを思えば地底人も同情すべき存在なのかもしれない。
もし地底人たちが武力ではなく、言葉を持って人類に接すれば……
あるいは、途中で和解の申し出をすれば……
きっと違う結末があっただろう
「バカなことをしたもんだ」
最初から最後まで道を違えてしまった地底人に、俺は冥福を祈るのだった