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9/14/2024, 3:59:06 PM

 人の気配がしない道を、一人歩く。
 普段は人通りの多い道だが、誰もいない光景に恐怖を感じてしまう。
 まるで黄泉の国に来たかのようだ。
 悪夢でも見ている気分だが、草履から伝わる感触がこれが夢でないと教えてくれる。

 人がいない理由は単純明快。
 まだ夜明け前だから。
 朝早くから外に出る人間なんて私くらいだろう。
 まあ、目が冴えて眠れないから散歩しているだけなのだが……

 そんな自虐をしながらブルリと体を震わせる。
 暦上は春なのだが、まだまだ寒いのだ。
 もう少し厚着をすれば良かったかもしれない。

 空はまだ暗闇で覆われているが、ほんのり明るい。
 きっともう少しで日が昇り、大地を暖めてくれる
 その頃にはこの道にも人通りが増え、活気に満ちるはず。
 そして元気いっぱいに子供たちが走り回るのだろう。
 
 元気と言えば、私の使える主人は最近元気がない
 あの方は笑顔が似合う。
 だからどうにかして元気付けたいのだが、何も方法が思いつかない。

 一応、足掛かりになりそうなものはあるのだ。
 以前、主人から高価な紙の束をもらった。
 これに何かを書いたら面白そうなのだが、書くことがなにも思いつかない。
 自分の発想の貧困さに、自分が嫌になる。

 そしてあの方は博識だ。
 中途半端な物を書いても喜ばれないだろうという確信が、私の手をさらに重くさせる。
 もしかしたら、何を書いても喜ばれるかもしれないが、

 私はなにも良い案が思いつかないまま、家へと戻る。
 空を見上げれば、出かけた時よりもさらに明るくなっていた。
 もう少しで日の出だろう。

 せっかくなのでと、来光を見ることにした。
 特に興味があるわけでもないのだけど、なんとなくそんな気分だった。
 私は近くにあった手ごろな石に座り、東の山をぼんやり眺める。

 東の山は暗闇に溶け込んでおり、空との境界がぼやけていた。
 だが時間が経つにつれ、段々と山と空の境目がだんだんと白く。
 まるで生命を吹き込まれるように、次第に輪郭がはっきりしていく。
 山にかかる雲も、太陽の光を受けて紫がかり、横になびいていた。
 その光景がなんとも美しい。

 あの方も、この景色を見ればきっと元気を出されるだろう。
 どうにかしこの事を伝えることは出来ないのだろうか……

 あ!

 私の頭に天啓が下りる。
 そうか!
 『これ』を書けばいいんだ!

 私はまっすぐ自室に戻って、主人から頂いた紙を引っ張り出す。
 少し埃を被っていたが問題ない。
 早速執筆にとりかかる。

 このまま書いても無残な文章が残るだけかもしれない。
 それでも今、心の中でたぎるこの想いを、紙にぶつける。
 その文が主人の心を動かすと信じて……!

 先ほど見た美しい日の出を思い出しながら、私は最初の一文を書く。

「春はあけぼの」

9/13/2024, 4:43:56 PM

「いえーい、美紀っち。
 恋してるぅ」

 フードコートでうどんを食べていると、後ろから抱き着かれた。
 誰が抱き着いてきたか、確認するまでもない。
 こんなことをするのは、友人の慶子くらいしかいない。

 慶子は彼氏が出来ると異常にテンションがあがり、ウザい絡みをしてくるようになる。
 基本的に気のいい奴なのだが非常にウザいので、彼氏がいる間は距離を置く友人も多い。
 それほどまでにウザい。

「今食事中だから後でね」
「やだー、今話したいの!」
「分かったわよ。
 話していいから、隣に座りなさい。
 私は食べるのに忙しいから返事しないけど、それでいいなら」
「美紀っち、話が分かるぅ」

 慶子は、隣の席に座ると同時に、惚気話をし始める。
 恋人がいない人間にとって、惚気話は猛毒だ。
 だから皆距離を取るのだけど、私はこの時間が嫌いではない。

 誤解の無いように言うが、別に慶子の惚気話が聞きたいわけじゃない。
 今だって、慶子の話を右から左に流している。
 私が興味があるのは、慶子のファッションだ。

 慶子は、付きあっている相手に合わせてファッションを変える。
 いわゆる『相手の色に染まる』タイプだ。
 しかも、どんなに相手がニッチな好みでも完全に対応する。
 見ている分には非常に面白い。

 慶子のファッションを見て、彼氏の人物像を推理する。
 趣味が良いとは言えないけれど、聞きたくもない惚気話を聞くのだ。
 これくらい許されるだろう。

 さて、今回のファッションはなんであろうか?
 前回はロリータファッションという、なかなか痛い服装であった。
 慶子にあまりにも似合わなさ過ぎて、笑い転げてしまった。

 さすがに本人も似合わないと思っていたらしいが、いわく『本気の恋ですので』とのこと。
 本気の恋なら、羞恥心すら克服できるらしい。
 私はそのことに関して、慶子の事を物凄く尊敬している。

 そこからロリータファッションに合うメイクやキャラクターに調節してきたのだから、大したものである。
 一週間後に会ったときには、違和感なくロリータファッションを着こなしていた。
 どこに出しても恥ずかしくない、なり切りっぷりである。
 あれには、慶子をウザがっている友人たちも感心したほどだ。

 まあ、フラれたけど。
 現実は無常である

 さて前座はここまででいいだろう。
 私はうどんの残り汁を一気飲みする。
 これで私が笑い転げても周囲を汚すことは無い。
 私は一息ついて、慶子の方を見る。

 しかし、私は笑い転げるどころか、言葉を失ってしまった。
 慶子のファッションが、あまりにも奇抜だったからだ。

「どう?
 彼氏のために、気合入れてコーデしてきたの」
 一瞬遅れて感想を聞かれているのだと気づく。
 私は頭をフル回転させ、なんとか感想を絞り出す。
 
「……慶子は本気で恋してるんだね」
 それしか言えなかった。
 それ以外に言いようが無かった。

 だが正解だったらしい。
 「分かるぅ」と慶子は上機嫌だ。
 
 慶子のファッション。
 それはニンジャコーデである。
 慶子は全身真っ黒で、顔も頭巾で隠していて、肌の見える部分が極端に少なかった。
 相手の色に染まるタイプといっても、ここまでやるか。
 というか、彼氏の好みがニンジャってどんなだ?
 理解できない。

 まだ見ぬ彼氏にドン引きしつつも、私は慶子の事が少し羨ましくもあった。
 私は生まれてこの方恋をしたことが無い。
 せいぜいが少女漫画に出てくる王子様くらいだ。

 だから慶子がそこまでする気持ちが全く分からない。
 けれ慶子は楽しそうな様子を見て、いいなあと思う自分もいる。

 私も恋をしたら、慶子みたいに尽くすのだろうか?
 ちょっと怖いけど、慶子を見ているとそれも悪くない。
 一度だけ、本気の恋してみたいな。



 一週間語

「男って、男って……」
「ほら、元気出して」

 慶子はフラれた。
 元カレ曰く、『普通の女がいい』とのこと。
 なんて奴だ。
 慶子をニンジャ色に染めた奴のセリフじゃねえ!

 まったく世の男どもは見る目が無さすぎる。
 こんなに尽くしてくれて、そしてこんなに面白い女のどこが不満だって言うのか?

 やっぱり男は駄目だ
 恋はいいや。

「あんたの良さが分からない男なんて、。
 きっと慶子の良さを分かってくれる人が現れるさ」
「グス、美紀っち、優しい。
 男みたいにバカにしない。
 ――決めた。
 私、美紀っちと付き合う」
「はあ?」

 慰めていたら、告白された。
 なんぞこれ?

「ノーサンキュー。
 私、男が好きなの」
「美紀っちの好みは……」
「聞いてる?」
「美紀っち――いや、美紀」

 急に慶子が私の顔を見つめる。
 その目はどこまでもまっすぐで澄んでいた。
 声もいつもの高めではなく、低く抑えた、いわゆるイケメンボイスだ。
 まるで――

「美紀、今までありがとう。
 いろんな男と出逢ったけど、美紀が一番だ」

 慶子が急に顔を近づけて、イケボで私に耳元に囁いてくる。
 なんとか反論しようとするも、なにも言い返せない。
 その様子はまるで、少女漫画に出てくる王子様のよう……
 それほどまでに、慶子は『なり切って』いた。

「美紀、『俺』と付き合ってくれ!」

 ひいい。
 私は身の危険を感じ、その場を離脱しようとする。
 しかし回り込まれた。
 私を逃がすまいと、慶子は私を押し倒す。

「逃がさないよ、美紀。
 本気の恋、しようよ」
「いやだあああああ」

 こうして、私と慶子は(強制的に)付き合うことになった。
 だが、この恋を実らせはしない。
 絶対に別れていい男見つけてやる。

 私の恋の行方はどっちだ!

9/12/2024, 1:24:15 PM

 俺は壁に貼ってある目の前のカレンダーを、火が点きそうなほど見つめいた。
 日めくりカレンダーの日付が九月を示していることが、どうしても信じられなかったからだ。
 だが、どれだけ見つめようとも『九』の文字は変わらない。
 ショックのあまり倒れそうだ。

 なぜこんなことになってしまったのか?
 自然の摂理だとのたまう輩もいるだろう。
 だが、俺は政府の陰謀を疑っている。
 そうでもなければ、一年の三分の二が過ぎているはずがない!

 だってそうだろう?
 俺は今年、超大作の小説をかき上げ、今頃は小説家デビューをしているはずなのだ。
 なのに!

「なのに超大作の一行目すら書けてないのは、一体全体どういうことだ?」
「あら、気づいてないのかしら。
 それとも気付かないふり?」
「誰だ」

 私しかいないはずの部屋に他人の声が響く。
 しかし振り向けど誰もいない。
 幻聴か?

「下よ」
 声に促され目線を下に向けると、そこには愛機のswitchがあった。
「はい、こんにちは」
 声はそこから聞こえている。
 何が起こっているか分からず、一瞬頭が真っ白になる。

「ゲーム機がしゃべってる!?」
「そんなに驚くことないじゃない」
 switchが、俺をなだめるように優しい声で話す。
「一緒に遊んだ仲じゃでしょ?
 一年中、ずっとね」

 これは夢だ。
 夢から覚めようと、自分の頬をつねる。
 だが、頬から伝わる痛みが、コレが夢じゃないことを教えてくれる。
 ……マジで?

「なんで、しゃべって……」
「付喪神ってやつね。
 あなたが魂を削ってまで遊んでくれるものだから、私が生まれたの」
「いつ?」
「少し前からだけど、なかなか話しかける機会が無くてね。
 驚かせてしまったみたいね」
 世間話をするように、話しかけてくるswitch。
 なんでコイツ、冷静なんだ。
 俺は動揺しまくっていると言うのに。

「それより!
 さっきの言葉はどういう意味だ?
 知らないフリって何だよ!!」
「小説を書いていない理由よ。
 もしかして本当に気づいてない?」
「政府の陰謀だ」
「違うわ。
 毎日私で遊んでいたからよ」

 痛いところを突いてくるswitch。
 まさか、ゲーム機に指摘されるとは……
 必要以上に凹みそう。

「笑うといいさ!
 小説家になりたいくせに、小説を少しも書かない俺を!!」
「あら、笑うなんてとんでもない。
 むしろ毎日遊んでくれて嬉しかったわ」
 あくまでも

「私はね、あなたの力になりたいの。
 私はあなたがいなければ生まれなかったからね」
「力に?
 何が出来る?」
「そうね。
 カレンダーの日付を見ていたじゃない。
 妬けるくらいに。
 その数字が気に入らないみたいだったから、戻してあげる」
「そんなこと出来るのか?」
「出来るわ」

 俺は予想外の提案に心が躍る。
 しかし、努めて頭を冷やす。
 こんなうまい話、ただでやってくれるはずがない。

「何が望みだ」
「別に大したことじゃないわ。
 小説もいいけど、今までの様に遊んで頂戴。
 私はゲーム機だから、遊んでもらえないと存在意義が無いの」
「そのくらいなら」
「契約成立ね。
 それ!」
「おお!」

 目の前の日めくりカレンダーが光に包まれる。
 しばらくすると光は弱くなっていき、やがて消えた。

「コレでどうかしら?」
「おお!
 日付が三月に戻ってる!!
 助かるよ」
「どういたしまして。
 でも力を使いすぎて疲れちゃったわ。
 少し休むことにするわ」
「大丈夫なのか?」
「少し休むだけよ」

 そういうと、スイッチはなにも言わなくなった。
 まるで夢みたいな出来事だったが、目の前の日めくりカレンダーが夢ではないことを教えてくれる。
 だが油断はできない。
 せっかく時間を戻してくれたのに、ボーっとしていては意味がない。
 さっそく小説を――

「あ、ソシャゲのログインボーナスだけは貰っとかないとな」
 作業は数分もかかるまい。
 そう思ってスマホを手に取ると、ソシャゲを起動しようとして……

「ん?」
 スマホの待機画面に表示される時計の日付が今日のままだった。
 おかしいな。
 時間は巻き戻ったはず。
 どういうことだ?

 そう思って日めくりカレンダーを見る。
 だが、カレンダーの数字は三月を示していた。
 もう一度スマホを見れば今日の日付……

「まさか……」
 日めくりカレンダーを一枚めくる。
 そこに書かれていたのは明日の日付だった。

「書いてる数字を変えただけかあ……」
 どうやらswitchは、『カレンダーに書かれた日付』に不満があると思ったらしい。
 うん、そんなうまい話なんて転がっているはず無いよね。
 いくらなんでもswitchが時間を巻き戻したら、それはそれで問題である。
 だってゲーム機だぜ。
 俺はため息をつき、これからどうするか悩む。

「小説書こう」
 そもそも小説を書く書かない話だったのだ。
 書く以外に選択肢はない。
 何も得るものが無かったやり取りだけど、『時間の大切さ』を学んだと思うことにしよう。
 ああ、教訓以外にもう一つ得た物があったな。

「『俺のゲーム機が突然しゃべり始めた件について』」
 愛機のswitchは、俺が本当に欲しかった『ネタ』をくれたのだった。

9/11/2024, 1:32:07 PM

 雨に打たれながら、一人砂浜を歩く.
 大地を蹴るその足は重い。
 いつもの歩く道なのに、今日ばかりは足を取られる。

 今日僕は背中に背負っていた大切な物を失った。
 失うということは、こんなにも辛いものか。
 この世に生を受けて初めて知った喪失感は、酷く僕の心を蝕む。

 敗者は失い、勝者は得る。
 それはこの世の習い。
 常に奪う側だった僕は、これからもそうだと信じて疑わなかった。
 さっき、奪われるまでは……

 かつて自分は大きなものを背負っていた。
 仲間たちからは羨望の目で見られ、とてもいい気分だった。
 だが今はどうだ。
 僕を心配してくれる奴すらいない。

 結局のところ、僕が背負っていたものしか見えていなかったのだろう。
 価値があるのは僕ではなく、僕が背負っていたものだったのだ。
 みんな僕の事を見ていなかったのだ。

 自分はこれからどうなるのだろう?
 先行きが見えないことに、恐怖を感じる。
 早く背負うものを探さないと。
 でも、そんな都合よくあるわけが……

 おや、僕の高性能な目が、遠くの方でキラリ光るものを捉える
 遠くにあるもの。
 それはいい感じの貝殻。

 全身の血が沸き上がる。
 他のやつに取られる前に、アレを僕の物にしなくては!
 僕は大急ぎで貝殻の元に駆け寄る。

 近くで見ると想像以上にいい貝殻だ。
 これほどの貝殻、他のやつらに取られてはたまらない。
 早く用を済ませよう。

 まずは中を点検。
 うん、変な虫はいない。
 大きさは『前の』よりも少し大きいくらい。
 形も文句なし。

 この貝殻の評価は星五つ、最高だ。
 早速背負ってみよう。
 ここをこうして……
 完成。

 数刻ぶりに感じる背中の重みに、僕は安心感を覚える。
 さっきのまでの不安が嘘のように、僕の心は晴れ渡っている。

 やっぱり貝殻を背負ってなければ様にならない
 だって僕はヤドカリだからね

9/10/2024, 1:28:26 PM

 僕のお嫁さんは超能力者だ。
 と言ってもサイコキネシスとかテレパシーとか、そういった有名なものは使えない。
 マイナーというか、多分世界に一人だけの超能力だ。

 嫁の超能力、それは『世界に一つだけ』の複製を作ること。
 凄い、と思われるかもしれないが、意外と使い勝手は悪い。
 
 その名の通り、そもそも存在しないものは作れない。
 二個あったりするとこれも複製不可。

 複製できるのは、失敗含めて一日一回。
『世界に一つだけと思ったら、なんか二つあったらしく失敗』なんてこともあり得る(と言うかあった)。 
 だから手あたり次第は出来ず、案外使いどころが難しい

 それにだ。
 考えてもみてほしい。
 世界に一つだけのものが分かったとして、欲しいだろうか?

 仮にテレビで『世界に一つだけ特集』をしていたとしよう。
 そこで紹介されたもの、本当に欲しいだろうか?
 凄いとは思っても、欲しいとまでは思わないのでは?

 『世界に一つだけ』でも欲しくない。
 あるいは欲しくても『世界に一つだけ』じゃない。
 現実は厳しい。

 ちなみに、お札は複製できる。
 『あれこそ数えきれ程あるだろ?』と思うだろうが、そこは発想の転換。
 お札には固有の番号が振ってあるので、番号さえ指定すれば複製できる。
 試しにやったら出来たので間違いない。
 妻と二人で大喜びである。

 だけど、寝て起きたら急に怖くなった。
 だってこれ、通貨偽造だよね。
 通貨偽造は重罪。
 真っ当な人生を生きてきた僕たちは、やったことに怖気づいてしまった。
 なので、こっそり燃やして捨てた。
 それ以来、お札は複製してない。

 まあこんな感じでうまくいかなかった。
 ということで最近は、一日ごとに『世界に一つだけの物』を当てる遊びみたいに使っている。

 結局俺たちは、このくらいのほうがちょうどいいのだ。
 

 そんなある日の事。
 その日は僕の番だったのだけど、どうしても思いつかなかった。
 99回連続で外した身としては、どうしても正解したい。
 妻から笑われないためにも、ここは負けられない。

 僕は一日中悩んだ末、天啓を得た。
 『僕を複製できるか』
 僕はこの世界で一人だけ。
 間違いなく当たりだ。

 とはいえ、本気で言ったわけじゃない。
 はっきり言って冗談だ。
 思いつかなかったので、やけくそで言っただけ。
 本当に複製を作られても困る。
 妻もきっと、僕の冗談に笑うか、あるいは『趣味が悪い』と怒るだろう。
 そう思っていた。

 だけど、妻は予想外の反応をした。
 僕から気まずそうに目をそらす。
 何その反応?

 待って、『ゴメン』ってなに?
 土下座しないで。
 ちゃんと説明を、いや説明しないでくれ、知りたくない。

 もう一人僕がいるなんて、そんなのありえない
 だって僕は、世界に一人だけの――

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