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「いえーい、美紀っち。
 恋してるぅ」

 フードコートでうどんを食べていると、後ろから抱き着かれた。
 誰が抱き着いてきたか、確認するまでもない。
 こんなことをするのは、友人の慶子くらいしかいない。

 慶子は彼氏が出来ると異常にテンションがあがり、ウザい絡みをしてくるようになる。
 基本的に気のいい奴なのだが非常にウザいので、彼氏がいる間は距離を置く友人も多い。
 それほどまでにウザい。

「今食事中だから後でね」
「やだー、今話したいの!」
「分かったわよ。
 話していいから、隣に座りなさい。
 私は食べるのに忙しいから返事しないけど、それでいいなら」
「美紀っち、話が分かるぅ」

 慶子は、隣の席に座ると同時に、惚気話をし始める。
 恋人がいない人間にとって、惚気話は猛毒だ。
 だから皆距離を取るのだけど、私はこの時間が嫌いではない。

 誤解の無いように言うが、別に慶子の惚気話が聞きたいわけじゃない。
 今だって、慶子の話を右から左に流している。
 私が興味があるのは、慶子のファッションだ。

 慶子は、付きあっている相手に合わせてファッションを変える。
 いわゆる『相手の色に染まる』タイプだ。
 しかも、どんなに相手がニッチな好みでも完全に対応する。
 見ている分には非常に面白い。

 慶子のファッションを見て、彼氏の人物像を推理する。
 趣味が良いとは言えないけれど、聞きたくもない惚気話を聞くのだ。
 これくらい許されるだろう。

 さて、今回のファッションはなんであろうか?
 前回はロリータファッションという、なかなか痛い服装であった。
 慶子にあまりにも似合わなさ過ぎて、笑い転げてしまった。

 さすがに本人も似合わないと思っていたらしいが、いわく『本気の恋ですので』とのこと。
 本気の恋なら、羞恥心すら克服できるらしい。
 私はそのことに関して、慶子の事を物凄く尊敬している。

 そこからロリータファッションに合うメイクやキャラクターに調節してきたのだから、大したものである。
 一週間後に会ったときには、違和感なくロリータファッションを着こなしていた。
 どこに出しても恥ずかしくない、なり切りっぷりである。
 あれには、慶子をウザがっている友人たちも感心したほどだ。

 まあ、フラれたけど。
 現実は無常である

 さて前座はここまででいいだろう。
 私はうどんの残り汁を一気飲みする。
 これで私が笑い転げても周囲を汚すことは無い。
 私は一息ついて、慶子の方を見る。

 しかし、私は笑い転げるどころか、言葉を失ってしまった。
 慶子のファッションが、あまりにも奇抜だったからだ。

「どう?
 彼氏のために、気合入れてコーデしてきたの」
 一瞬遅れて感想を聞かれているのだと気づく。
 私は頭をフル回転させ、なんとか感想を絞り出す。
 
「……慶子は本気で恋してるんだね」
 それしか言えなかった。
 それ以外に言いようが無かった。

 だが正解だったらしい。
 「分かるぅ」と慶子は上機嫌だ。
 
 慶子のファッション。
 それはニンジャコーデである。
 慶子は全身真っ黒で、顔も頭巾で隠していて、肌の見える部分が極端に少なかった。
 相手の色に染まるタイプといっても、ここまでやるか。
 というか、彼氏の好みがニンジャってどんなだ?
 理解できない。

 まだ見ぬ彼氏にドン引きしつつも、私は慶子の事が少し羨ましくもあった。
 私は生まれてこの方恋をしたことが無い。
 せいぜいが少女漫画に出てくる王子様くらいだ。

 だから慶子がそこまでする気持ちが全く分からない。
 けれ慶子は楽しそうな様子を見て、いいなあと思う自分もいる。

 私も恋をしたら、慶子みたいに尽くすのだろうか?
 ちょっと怖いけど、慶子を見ているとそれも悪くない。
 一度だけ、本気の恋してみたいな。



 一週間語

「男って、男って……」
「ほら、元気出して」

 慶子はフラれた。
 元カレ曰く、『普通の女がいい』とのこと。
 なんて奴だ。
 慶子をニンジャ色に染めた奴のセリフじゃねえ!

 まったく世の男どもは見る目が無さすぎる。
 こんなに尽くしてくれて、そしてこんなに面白い女のどこが不満だって言うのか?

 やっぱり男は駄目だ
 恋はいいや。

「あんたの良さが分からない男なんて、。
 きっと慶子の良さを分かってくれる人が現れるさ」
「グス、美紀っち、優しい。
 男みたいにバカにしない。
 ――決めた。
 私、美紀っちと付き合う」
「はあ?」

 慰めていたら、告白された。
 なんぞこれ?

「ノーサンキュー。
 私、男が好きなの」
「美紀っちの好みは……」
「聞いてる?」
「美紀っち――いや、美紀」

 急に慶子が私の顔を見つめる。
 その目はどこまでもまっすぐで澄んでいた。
 声もいつもの高めではなく、低く抑えた、いわゆるイケメンボイスだ。
 まるで――

「美紀、今までありがとう。
 いろんな男と出逢ったけど、美紀が一番だ」

 慶子が急に顔を近づけて、イケボで私に耳元に囁いてくる。
 なんとか反論しようとするも、なにも言い返せない。
 その様子はまるで、少女漫画に出てくる王子様のよう……
 それほどまでに、慶子は『なり切って』いた。

「美紀、『俺』と付き合ってくれ!」

 ひいい。
 私は身の危険を感じ、その場を離脱しようとする。
 しかし回り込まれた。
 私を逃がすまいと、慶子は私を押し倒す。

「逃がさないよ、美紀。
 本気の恋、しようよ」
「いやだあああああ」

 こうして、私と慶子は(強制的に)付き合うことになった。
 だが、この恋を実らせはしない。
 絶対に別れていい男見つけてやる。

 私の恋の行方はどっちだ!

9/13/2024, 4:43:56 PM