G14

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 俺の名前は九条 誠。
 昨日彼女が出来たばかりの幸せ真っ最中の男さ。
 お相手は、二人しかいない文芸部で一つ上の小鳥遊《たかなし》 琴乃先輩。
 本を読んでいる横顔が、とてもきれいな文学少女さ。

 昨日色々あって勢いで告白した。
 我ながら酷い告白だったが、それでもOKを貰った。
 結果がすべて。
 告白の出来なんて些事さ。

 ということで、いざ行かん文芸部の部室へ。
 この扉を開ければ、先輩が甘い言葉で出迎えて――

「どういうことかね?」
 先輩が激おこだった。
 どゆこと?
 昨日別れた時、あんなにニコニコだったのに……
 俺、何かやらかした?
 でも心当たりが無い。

「えっと…… 何のことでしょう?」
「『何のこと』だと?
 とぼけるな!」
「ひい」
「いいだろう。
 そこに座り給え、正座で」
「はい」

 俺は混乱しつつも、先輩の言葉に従って正座する。
 正座させるなんて、かなり怒っているようだ。
 よほど腹に据えかねているらしい
 でも本当に何も心当たりが無い
 本当になんで?

「スイマセン、先輩。
 俺、何かしましたっけ?」
「ハア!?
 よくもそんな口が聞けたものだな!」
「スイマセン、本当に分かりません」
「分からないなら教えてやる! 
 君、なぜLINEを送ってこない」
「へ、LINE?」

 俺はLINEと言われ、昨日の事を思い出す。
 そうだ、昨日告白のOKを貰った後、LINEのIDを交換したんだ。
 それで交換した後……

 あ。
 
「その顔、思い出したようだな。
 昨日、LINEのIDを交換したとき、君はこう言った。
 『帰ったらすぐメッセージを送りますね』と……」
「はい……」
「だが、いつまで経っても来ない。
 一晩どころか、丸一日だ。
 言い訳はあるかね?」
「ありません」
「ふん!」

 先輩は腰に手を当てて俺を睨みつける。
 送ると言っといて送らないのは重罪だ。
 しかも付き合い始めならなおさらの事。
 これは俺が完全に悪い。
 俺、フラれるかもしれん。

「一応聞いておこうか。
 なぜ送らなかった」
「それは……」
「当ててやろう。
 君は私に帰ってすぐLINEを送ろうとした。
 文章を打ち込んだはいいが、送信ボタンを押すことなく時間が過ぎていく。
 そして寝る前になっても決断できず、そのまま寝落ちした。
 そして今までLINEの事を完全に忘れていた……
 そうだな?」
「はい、全くその通りです」

 すげえ、寸分だたがわず先輩の言う通りだ。
 まるで見てきたかのようだ。
 もしかして迷探偵の孫だったり?

「先輩、よく分かりましたね」
「ふん、ここを何だと思っている。
 文芸部だぞ。
 ラノベでよくある展開は、お手の物だ」

 ラノベかよ。
 感心した俺を返してくれ。
 俺が無言の抗議していると、先輩が急にしゃがむ。
 そうして正座している俺と目線を合わせた後、先輩はニヤリと笑った。

「それで?」
「『それで?』とは?」
「おいおい、君は彼女を失望させたんだぜ。
 どう責任を取るつもりなんだい?」
「それは許してもらうまで謝罪を……」
「君の謝罪なんて興味ないね!
 LINEの不始末はLINEで償う。
 違うかね?」

 先輩の言葉を頭の中で繰り返す。
 『LINEの不始末はLINEで償う』
 つまりLINEを送るだけでいいのか?
 それなら早速――

「だがLINEの内容は、私への愛を語ってくれ」
「はあ!?」
「ちなみに中途半端なことを送ったら別れるから」
「はあ!!??」
 愛を語れだって?
 付き合いたての彼氏になんて無茶言うんだ。

「先輩、それは無茶ぶりです!
 恥ずかしいです!」
「はあ?
 君は私の事が好きじゃないのかね?
 じゃあ別れる?」
「それは……」
「それに君の『先輩』呼びも気に食わん。
 敬語は無し、そして琴乃と呼んでくれ」

 口答えしたら、さらに難易度が上がった。
 こうなったら、条件を増やされる前に、LINEを送るしかない。
 俺はスマホを取り出して、LINEを起動する。
 
「あ、制限時間は一分な」
「人でなし!」
「はいスタート」

 一分と言うことは長文は書けない。
 ならば余計な美辞麗句はなく、直球で書けとういうことだろう。
 昨日の二の舞を防ぐ意味もあるかもしれない。

 ならシンプルに。
 深く考えず。
 勢いで書く!

『琴乃、愛してる』
 俺は体が燃えそうなほど熱くなるのを感じながら、送信ボタンを押す。
 勇気を振り絞ってスマホから顔を上げると、琴乃がニヤニヤしながらスマホを見ていた。

「ふふふ、催促したとはいえ照れてしまうねえ。
 君からのLINEはウチの家宝にしよう」
 反応を見る限り合格のようだ。
 俺はホッと一息をつく。

「お気に召して何より。
 次は、こ、琴乃の番、だぞ」
「私の番?
 ああ、確かに愛の告白を受けて返さないのも無作法だしな。
 どれ、私も愛の言葉を――」
「あと琴乃も俺を名前で呼んでね」
 琴乃が『言っていることが分からない』という目で俺を見る。

「気づいていないとでも?
 琴乃、俺の名前を呼ばないでずっと『君』って呼んでるよね?」
「そ、それは……」
「いい機会だから、名前で――誠って呼んでくれ」
 先ほどまで勝ち誇っていた琴乃の顔が、見る見るうちに赤くなる。
 俺はそれをみて、心の中で勝利を確信する。

「ほら琴乃、俺に愛の言葉を送ってくれるんだよね。
 早く送ってよ」
「でも……」
「一分以内で――」
「ごきげんよう!」
「あ、逃げた」

 琴乃はカバンを持って、風のように部室から出ていく。
 追いかけようと立ち上がろうとするが、正座をしていたせいで足がしびれて動けない。
 こうして、俺は一人部室に取り残された。

 どうしたものかと考えていると、自分のスマホが震えてLINEの着信を知らせる
『誠、愛してます』
 送られてきたLINEを見て思わずニヤニヤする。
 なるほど、これはいいものだ。
 俺は、琴乃からのLINEを家宝にすることを誓うのだった。

9/16/2024, 1:39:28 PM