とある公園のベンチに、沈んでいる男の子がいました。
彼はまるでこの世の終わりかのような顔で落ち込んでいました。
彼の名前は鈴木太郎。
どこにでもいそうな平凡な小学生。
年に似つかわしくない悲壮感を漂わせていました。
それもそのはず、彼は神様の生まれ変わりで、見た目より歳を取っているのです
彼は、人間について知るため(と云う事にして)人間界に降りてきました。
ですが逃げるように人間界にやってきたので、これいといって何かに熱心に取り組むことはありませんでした。
人間についての勉強はおろか、小学校の勉強もまじめにやっていませんでした。
そして人づきあいも苦手と言うことが災いし、寂しい学校生活を送っていました。
そんな彼ですが、熱心なこともあります。
それは創作です。
彼は孤独を癒すようににラノベを読みまくり、沼の柄利用は頭の先までどっぷりでした。
そんな彼が創作に手を出すのは自明の理。
売れっ子の小説家を夢に見つつ、彼は小説を書きつづけました
ですが最近彼には悩みがありました。
自作の創作ノートの一冊が行方不明なのです。
さすがにまだ誰かに見せる決意は無いので、だれかに見られたら大変です
もしかしたら落としたのかと思い、通学路を行って帰ってきたのですが、やはりありませんでした。
絶望した彼は、近くにあったベンチに腰掛けて今に至ります。
「おーい、タロちゃん!」
太郎がボーっとしていると、自分を呼ぶ声が聞こえます。
声の主は、佐々木 雫という女の子。
彼女は太郎のクラスメイトで、見た目はギャルですが、優等生で勉強がとてもできます。
そして太郎の事が(友達として)大好きな元気いっぱいの女の子です。
雫は今日も当たり前のように隣に座ります。
太郎に座っていいかなんて聞きません。
親友ですから。
「タロちゃん、どうしたの~。
なんか悩み事?」
彼女は太郎の顔を見て、すぐに不調に気づきました。
雫は、太郎のことが好きなあまり、どんな些細なことにも気づくのです。
「なんでもない」
ですが太郎はそっけなく返します。
太郎は、雫は(友達として)そこそこ好きなのですが、それ以上に雫の事が苦手でした。
雫の過剰なスキンシップにいつまでも慣れないのです
太郎はウブな男の子なのでした。
「いいじゃん、話しなよ~。
私とタロちゃんの仲じゃん?
あ、タロちゃんシャンプー変えた?」
「なんで気づくの?
きも」
「ひどい~」
太郎は、余裕のなさから雑にあしらいます。
しかし雫は特に気にした様子もなく、スキンシップを続けます。
雫は、太郎のぶっきらぼうな態度も含めて気に入っているのです。
「悩んでるなら、気分転換で駄菓子屋に行こ?
君の小説のヒロイン、駄菓子好きでしょ」
「なんでそのことを……」
太郎は恐怖を感じました。
太郎が小説を書いていることは雫も知ってします。
ですが小説を見せたことはありません。
にもかかわらず、なぜ小説の事を知っているのか……
太郎の頭に最悪の可能性が浮上してきました。
「昨日、ノート貸したじゃん。
その時タロちゃんてば、間違えて小説を書いたノートを私に渡してきたのよ。
気づいてなかったの?」
「やっぱり……」
太郎は愕然とします。
今まで思い悩んでいたノートの在処が分かったこともありますが、よりにもよって自分の手で雫に渡してしまったということです。
太郎の全身に妙なむず痒さが襲い掛かります。
「でさ、悪いと思ったんだけど読ませてもらったよ。
タロちゃん、小説読ませてくれないんだもんね」
「なんで読むんだよ!?」
「そこに小説があったから?」
「そこは読まないのが優しさだよ」
「で、感想なんだけど――」
「待って」
太郎は雫の口を押えます。
自分の作品の感想を聞きたくなかったからです。
人に読ませるために書いたものではないので、覚悟が無かったのです。
しかし太郎はこうも思いました。
これはチャンスでもあると。
売れっ子小説家になるため、いつかは通らなければいけない道……
それが今だっただけのこと。
それに読んだのが雫と言うことで、酷評もされないだろうという信頼もありました。
太郎は覚悟を決め、雫の口を押えていた手を動かします
「感想言っていいよ」
「ちょーおもろかったよ」
「……それだけ?」
「それだけって?
面白かったから面白いって言っただけだよ。
でもね、不満が無いわけじゃないの」
太郎はドキリとします。
やっぱり駄目だったんだ。
太郎はこの場から逃げたくなる衝動に駆られます。
「誤字脱字が酷い。
タロちゃん、国語が苦手なのは知ってるけど、アレは酷いよ」
「へ?」
想像とは違った意見に、太郎は呆気にとられます。
「誤字はね、やっぱり気になるの。
勉強嫌いなのは知ってるけど、国語は頑張ろう」
「……はい」
「あ、もしかしたら会えるかもって、ノート持ってるの。
今渡すね」
持っていたカバンから雫はノートを取り出します。
太郎は嬉しいやら悲しいやら、複雑な気持ちでノートを受け取ります。
「間違えているところ、付箋付けといたから。
余計なお世話だろうけど、その数はさすがに見逃せなかったの」
受け取った太郎は、恐る恐るノートを開きます。
優等生の雫は、どんな些細な間違いも見逃しません。
開いたページには、びっしりと付箋が貼ってありました。
ざっと見ただけでも、一ページに10個以上あります。
「タロちゃん、小説書いたらまた見せてね。
誤字脱字見てあげる。
タロちゃんのことなら、どんな些細なことも見逃さないわ」
こうして小説家の卵太郎と、ギャル編集者雫の、ながーいお付き合いが始まるのでした
四百年ほど前、ある所に田井尊という男がいた。
彼は子孫代々武勇に優れたサムライの家系であり、彼もまた先祖と同じように勇敢なサムライであった。
剣、弓も天下一品ばかりでなく、兵法や政治、さらに芸術や茶の作法にも精通しており、まさに非の打ちどころのない武人であった。
その腕を見込まれ、彼はとあるお殿様に仕えていた。
彼はその才能をいかんなく発揮し、そしてお殿様からも破格の待遇を受けていた。
彼のおかげで、戦国の世にか関わらず、国は平和であった。
そして平和な徳川の世になってから数年後、彼は出家することを決意する。
彼は武を持って名を知らしめた男、平和の世になってからは自信の武勇がすでに求められていないことに気づいていた。
そこで彼は国を出て、戦国の世で儚く散っていった魂を鎮めるため、日本各地を行脚することにしたのだ。
◆
鎮魂の旅に出て一か月後、彼は何日も山を彷徨っていた。
彼は数日前まで平らな道を歩いていたはずなのだが、いつのまにか山に入っていたらしい。
見渡す限り巨大な木々ばかり。
始めは楽観的に考えていた彼だが、少しも抜け出すことが出来ぬ山に焦りを感じ始めていた。
まるでタヌキに化かされたみたいだと訝しむも、彼は道なき道を進む。
そしてついに食料もそこをつき、彼は空腹に悩まされていた。
「腹減ったなあ……」
耐尊の心の声が思わずこぼれ、『しまった』と口を抑える。
世俗を捨てた僧が『腹減った』など言えば、恰好が付かない。
彼は背中に冷たい物を感じつつ周囲を見回すも、誰もいないことにホッとする。
そして耐尊は前方に視線を戻す。
だが、どういう事であろう。
先ほどまで何もなかった場所に、豪華な食事が姿を現した。
牛肉、豚肉、鶏肉、鹿肉、肉、肉、肉……
耐尊は、目の前の降ってわいたご馳走に目が釘付けになる。
「なんということだ。
これは仏様のご加護か?」
耐尊は目の前の奇跡に唾を飲み込み、しかし首を振る。
「しかし拙僧は仏の道を選んだ身。
残念ながら肉は口に出来ぬ」
耐尊は後ろ髪を引かれながらも、その場を立ち去る。
「ふうむ、不思議なこともあるものだ……
おや?」
彼が先ほどの不思議な出来事について考えながら歩いていると、なにかの気配を感じ横に視線を向ける。
だが、どうということであろう
今度は目の前に魚が山の様に積み上げられていた。
サンマ、タイ、マグロ、サケ、アユ、魚、魚、魚。
耐尊は、目の前に降ってわいたご馳走に目が釘付けになる。
「なんということだ。
再びこのような事に出くわすとは……
やはり仏様のご加護か?」
耐尊は目の前の奇跡に唾を飲み込み、しかし首を振る。
「しかし、拙僧は魚の生臭いのがダメでな。
ありがたいが食う事は出来ぬ」
耐尊は後ろ髪を引かれながらも、その場を立ち去る。
「ふうむ、もったいない事をした……
魚でさえなければ食べることが出来たのに……
やや!」
彼が先ほどの不思議な出来事について考えながら歩いていると、なにかの気配を感じ横に視線を向ける。
だが、どうということであろう。
今度は目の前に果物が山の様に積み上げられていた。
ミカン、リンゴ、ナシ、ブドウ、果物、果物、果物。
耐尊は、目の前に降ってわいたご馳走に目が釘付けになる
「なんということだ。
三度、このような事に出くわすとは……
やはりお仏様のご加護か?」
耐尊は目の前の奇跡に唾を飲み込み、しかし首を振る。
「このような奇跡、拙僧だけで独り占めするのは心苦しい……
これは山の動物たちに上げることにしよう」
耐尊は後ろ髪を引かれながらも、その場を立ち去る。
「待て待て待て」
耐尊が立ち去ろうとしたとき、どこからともなく声がする。
声の方向に振り返れば、先ほどの果物の山が人間の言葉を話していた。
「おい、そこの人間!
さっきから何かにつけてご馳走に触りもしないとは何事だ」
そう叫ぶと、一瞬のうちにご馳走の山は狸になってしまった。
それを見た耐尊は、眉をしかめる。
「先ほどのご馳走の山、やはりタヌキであったか」
「おい、答えろ、人間。
俺の変化は完璧だったはずだ。
なぜ手を付けねえ」
タヌキは耐尊を睨みつける。
なが耐尊はそれを意に介さず、質問に答える。
「なぜもなにも、こんな山奥で唐突に食べ物の山があるはずがあるまい。
警戒するのが普通だろうよ」
耐尊の言葉に、タヌキは衝撃で体が固まる。
そこまで考えが及ばなかったからだ。
「話は終わりか?
拙僧は急いでいる。
もう行ってもよいかな」
「そんなわけないだろう!」
タヌキは一歩前に出る。
「俺たちはタヌタヌ盗賊団。
ご馳走に目が眩んで騙されている内に、身ぐるみはがそうと思ったが……
それはやめだ。
このまま力づくでやらせてもらう」
「ほう、化けタヌキ一匹で拙僧に勝てるとでも?」
「誰が俺だけだと言った?
俺たちは『タヌタヌ盗賊団』だぜ」
すると周囲にあった木々が次々と身をくゆらせる。
そして大地が揺れ動く。
耐尊は驚いてその場に立ち尽くす。。
気づいた時には、山も木もすべてなくなっており、その代わりにたくさんのタヌキが耐尊を取り囲んでいた。
驚くべきことに、山も木も全てタヌキが変化したものだったのだ。
「これは!?」
「驚いたか人間。
お前は山で迷ったと思っていただろう?
だが真実は、俺たちがお前を迷わせていたのだ」
「通りで山から下りれないはずだ……」
「自分の置かれた立場がわかったか、人間?
おとなしく金目のものを出しな。
さもなければ痛い目にあうぜ」
「ご免こうむる」
そう言うと、耐尊は履いていた下駄を脱ぐ。
下駄は鈍い音を立てながら大地に転がる
とても普通の下駄には思えない代物であった
「なんだその下駄は!?」
「これは旅に出る前、特注で作らせた鍛練用の下駄だ。
足腰を鍛えるために履いている。
タヌキ一匹だけなら邪魔ではないが、こうも数が多くてはな……
少々疲れるので脱がせてもらった」
「下駄を脱いだくらいで、この数に勝てるとでも!
おめえら、この人間の尻の毛まで一本残らず抜いて――」
しかし、タヌキは最後まで言うことが出来なかった。
耐尊が目にもとまらぬ速さで近づき、タヌキに当て身をくらわせたからだ。
「なんだ、あの人間」
「見えなかったぞ」
「び、びびんじゃねえ。
一匹やられただけだ。
みんなでかかれば勝てる!」
タヌキたちの精いっぱいの虚勢を聞いた耐尊はほくそ笑んだ。
「拙僧、修行中の身でな。
自身の怒りの制御が未熟なのだ。
これまで拙僧を迷わせてくれた鬱憤、晴らしてくれよう」
◆
「申し訳ありませんでした」
タヌキたちは、耐尊の前に全員正座させられていた。
あのあとタヌキたちは耐尊に襲い掛かったものの、全員返り討ちに会ってしまったのである。
「何でもしますのでお許しください」
タヌキたちの情けない嘆願を聞いて、耐尊はため息をつく。
「タヌキどもよ。
拙僧を何だと思っているのだ。
仏の道に進んだゆえ、殺生は可能な限りせぬことにしておる。
安心されよ」
「ありがとうございます。
ですが、それでは我々の気持ちが収まりません。
何でもお申し付けください」
タヌキの言葉に、耐尊は腕を組んで悩む。
「そうは言ってもな。
待てよ、そう言えば腹が減っておる。
少しでいいから食べ物を分けてくれ。
少しでいいからな」
「分かりました。
ご馳走を用意させていただきます」
「少しでいい」
耐尊はため息を尽きながら、タヌキたちに厳命する。
しかし耐尊は、タヌキたちの張り切りようを見て、たくさん持ってくるのだろうなと、確信した。
「まあいいさ。
そうだ、食事の前にお前たちに伝えたいことがある」
「なんでしょうか?」
耐尊は全てのタヌキを見渡しながら、ゆっくりと言い放つ。
「お前たちの変化、実に見事であった。
たしかに状況は不自然だったものの、それ以外はまったく悪いところが無い。
お前たち、その変化の術を良い事に使え。
さすれば仏がお前たちを祝福し、加護を与える事であろう」
それを聞いたタヌキたちは、こぞって目を輝かせた。
今までタヌキたちは、奪うことばかりを考えて、与えることなど少しも思わなかったからだ。
それまで野盗のような澱んだ気配のタヌキたちが、清浄な気が満ちてく。
心に灯火が宿ったのだ。
耐尊は、もう心配いらないと、頷く
「せいぜい清く生きよ」
耐尊は少しばかりの木の実を受け取り、再び旅に出たのであった
◆
この後タヌキたちは、耐尊の言いつけを守り、人のために生きるようになった。
変化の術を色々な人たちのために使ったのだ。
だがタヌキにも、人間にも色々なものがいる。
時に来は騙したり騙されたり……
それでいて楽しそうに生きた。
この辺りの地域に、こうしたタヌキのお話が多く残っているのは、こういうわけである
おしまい
『私、メリーさん。
今、○〇駅にいるの』
スマホのLINE通知に、不穏なメッセージが表示される。
どうせ友人のイタズラだろう。
いつもなら乗ってやるのだが、いかんせん今は忙しい。
私は昨日、探し求めていた黒魔術大全をついに手に入れたのだ。
これからこれを読んで、悪魔召喚の儀の方法を調べなければいけない。
だからLINEなんて見ている暇なんて無いのだ!
というわけで無視。
私はスマホを放り出し、続きを読もうとして――
ブーブー
すぐにスマホが震える。
目線を向ければLINEの通知。
『私メリーさん。
今、××スーパーの前にいるの』
近所には××スーパーは確かにある。
おそらくそのことを言っているのだろう。
リアリティを出すために出したのだろうが、今の私にはどうでもいいこと。
それくらいじゃ私の気持ちは変えられない。
友人よりも黒魔術。
これ常識。
私はすぐに本の続きを読んで――
ブーブー
またスマホが震える。
『私メリーさん。
今、△△公園にいるの』
ここまで来るとさすがにイラっと来る。
確かに△△公園はある。
だから何だと言うのだ?
しょうもないイタズラに私の時間を使わせようと言うのか?
既読が付かないのだから気づいてないと考えるのが普通だろうに、相手は何を考えているのか……
こんなくそムカつくLINEは初めてだ。
私は決めた。
絶対にLINEは開けな――
ブーブー。
『私メリーさん。
□□アパートの前にいるの』
□□アパートだって!?
私は戦慄した。
確かに□□アパートに住んでいる。
だけど、ここに引っ越したのは昨日なので、仲のいい友人もここにいることは知らない……
というか、前のアパートは黒魔術の儀式をしようとして一昨日追い出されたばかりで、友人は引っ越したことすら知らない。
なのに、私がここにいることを知っている……?
ということは、このメリーさんは友人のイタズラじゃなくて……
ストーカー!?
怖さよりも、怒りが湧き上がる。
ストーカーのような社会のゴミは、私が悪魔様の生贄にしてやる!
私は放り投げたスマホを拾い、LINEを開く。
『おい、ストーカー野郎。
お前に言いたいことがある』
『私、メリーさん。
123号室の前にいるの』
あくまでも私の呼びかけには応じないらしい。
だがそれでもいい。
既読は付いているのだから読んだはずだ。
『返事しないのならそれでもいいさ。
その扉を開けてみろ。
後悔するぞ』
『私メリーさん。
あなたの部屋の前にいるの』
鍵とチェーンをかけていたのだけど、どうやったのか入ってきたらしい。
扉を開ける音はしなかったが、部屋の前に誰かがいる気配はする。
あれ、もしかして本物のメリーさん……
まいっか、どっちでも。
やることは変わらないしね。
『そっか入ってきちゃったんだ。
そのまま部屋に入りなよ』
私はメリーさんにメッセージを送る。
すると先ほどまで鬼の様に来ていたメッセージがピタリと止む。
おやおや、どうしたのかな?(すっとぼけ)
『どうかしたの?
メリーさん?
あたしの後ろに立つのがゴールでしょ?
さあ、早く入ってきておいで』
既読が付く。
だが状況に変化はなし。
『もしかして怖気づいた?
そ・れ・と・も……』
既読。
そして部屋の前に誰かが息を飲むのが分かった。
『気づいちゃったのかな?
あなたを生贄にしようとしていることに』
部屋の前で、ガタっという大きな音がする。
メリーさんも驚くことってあるんだね。
私はメリーさんがどう出るのか、ワクワクしながら待つ。
そしてすぐ、LINEの通知が来た。
『私、メリーさん。
123号室の前にいるの』
逃げやがった!!
あいつ、私にさんざん迷惑をかけておいて逃げるだと。
『逃がさない』
メッセージを送ると同時に、私は玄関に向かい外に出る。
どこだ。
スマホが震える。
『私メリーさん。
今、△△公園にいるの』
公園!
逃げ足の速い事だが、まだ追いつける距離。
私は生贄のメリーさんを確保すべく、公園に全力疾走する。
「生贄の子羊ちゃん、逃さないからねー」
◆
『メリーさん。
ごめんね』
あの後私は反省した。
いくら部屋に勝手に入って来たかと言え、少々事を性急に進めすぎた。
『私、あのメリーさんに会えると思ったら興奮しちゃってね』
そう、私は興奮しすぎた。
目の前にやってきた哀れな子羊に……
『今度、メリーさんが来たらちゃんと怯えて見せるから』
もし、もう少し怯えているフリが出来れば……
そうすれば悪魔召喚の儀を執り行える……
『私待ってるから、いつでも遊びに来てね』
私のメッセージに、既読は今も付かない
俺の名前はアレク・セイ。
誇り高き空軍学校の、戦闘機パイロット候補生。
空軍学校創設以来の、伝説的な成績で戦闘機乗りになった男だ。
と言いたいところだけど、万年補習の落ちこぼれ。
赤点回避した日には、カンニングが疑われる始末。
俺はバカなのだ。
あ、伝説的ていうのは嘘じゃない。
伝説的に悪いという意味だ
自分で言うのもなんだが、身体能力はかなり高いので、それで学科をどうにかカバーした。
教官からも『身体能力が化け物じゃなきゃ、とっくの昔に追い出している』と言われたくらいだ。
学科は勝てないけれど、体を動かす系の科目は俺が一番だからな。
そんな俺だが、この度ついに戦闘機に乗るための試験に合格し、今日初めて戦闘機に乗る。
教官たちも苦い顔をしていたが、合格は合格。
だれにも文句は言わせない。
ということで、俺の専用戦闘機に乗り込こむ。
「うっひゃー。
計器がいっぱい。
えっと、どれを触ればいいんだっけ?」
「何かお困りですか」
「うわっ」
俺は驚きいて変な声が出た。
ここには俺しかいないはずなのに、なんで声が……
「誰だ!?」
「僕はこの戦闘機の補助AI。
識別名、YAMER- 10型βタイプです
よろしくお願いします」
ホジョエーアイ……?
あ、補助AIか!
「思い出した。
俺たちの代から、戦闘機にはAIが乗ってるって言ってたな。
それがこれか」
「その通りです。
ではあなたのお名前をどうぞ」
「俺の名前はアレク・セイ。
よろしくな」
「こちらこそ」
俺とAIはお互いに自己紹介をする。
少し話しただけだが、とてもAIとは思えないほど受け答えがスムーズだ。
『実は人間が入ってます』と言われても信じてしまいそうなくらい。
子供の頃、そんなアニメがあったけど、俺の生きてるうちに見ることが出来るなんて……
科学の進歩ってスゲーな。
そうだ感傷に浸っている場合じゃない。
俺はこのAIに対して言わないといけないことがある。
「あのさ、言いたいことがあるんだけどいい?」
「なんでしょうか?」
「名前の事なんだけど、えっとYAMY……なんだっけ?」
「YAMER- 10型βタイプですか?」
「そうそれ!
それ、言い辛いからヤマトって呼んでいい?」
「……はい?」
「いや、悪いね。
俺、活舌悪くてさ。
あんまり長いとかんじゃうのよ」
考えているのだろうか、ヤマト(暫定)がしばらく沈黙する。
呼び方を変えるだけなのに、何をそんなに悩むのだろうか?
それとも、俺のカミングアウトに呆れているのか……
『呆れる』っていよいよ人間じゃねえか
「……わかりました。
僕の名前は、今より『ヤマト』です」
「助かるよ」
「噛んでパニックになられても困りますからね」
「気をつけます」
ヤマトが言外に『妥協してやったんだから噛むなよ』って言ってる気がする。
もし噛んだら説教されんのかな?
おお、怖え。
「アレク、僕からも一言良いでしょうか?」
「なんだ?」
「僕はアレクに謝らないといけないことがあります」
「え、何?
怖いんだけど」
まさか欠陥品とか言うんじゃないだろうな。
とうか変なとこあった?
全く分からないんだけど。
俺は大和の次の句を待つ。
「僕は、補助AIとしては不完全なのです」
「どういうこと?」
「もともと我々補助AIは、操縦者の手助けをするように設計されています。
刻一刻と変化する環境や敵の動きに対応するために、常に計算し続け、柔軟に適応し、パイロットの見えない部分をフォローする。
それが補助AIの役目。
ですが僕の場合、それが柔軟に対応できないと言うか。
少しの誤差も許せないと言うか……」
「つまり……
頭が固いってこと?」
「ありていに言えばそうですね」
「なるほどね」
ヤマトは、申し訳なさそうに謝って来る。
この歯切れの悪さ、本当に人間じゃないの?
それはともかく、AIにも個性があるって聞いたことあるけど、このヤマトは特別マジメな性格のようだ。
だけどマジメくんっていうのは俺にとってありがたい。
「じゃあ、ちょうどいいな」
「はあ!?」
「お。AIでも驚くことあんの?」
「人間を模しているので驚く『フリ』は出来ます」
「『フリ』ねえ」
こいつと話していると、本当に人間と話している錯覚に陥る。
科学の進歩ってすごい(二回目)
……人類に反旗を翻さないよね?
「話を戻します。
『ちょうどいい』とはどういった意味でしょうか?」
おお、ヤマトが追及してくる。
どことなく、怒っているような気がする。
馬鹿にされたと思ったのだろうか?
俺、かなりマジメに言ったんだけどなあ。
本当に反旗を翻されても困るので、ちゃんと説明しておこう
「俺さ、不完全っていうか、なんでも物事がテキトーなんだよ。
やることなす事中途半端で、勉強も集中できないからテスト悪くってな」
「よくここまで来れましたね」
「俺もそう思う。
でもさ、ちゃらんぽらんの俺と、あたまでっかちのヤマト。
足して割ったら『ちょうどいい』だろ?」
「適当過ぎませんか?」
「そうかもな。
でも俺の適当さを、ヤマトの固さで正してくれるんなら、俺としては助かる。
俺、人に言われないとなんも出来ないんだよ」
ヤマトが息をのむのが分かる。
それもそうだろう。
だって、自分の欠点だと思っていたことを長所だと言われたら、そりゃ困惑するわな。
「俺、相棒がお前でよかったよ」
「……そうですか」
「あれ、照れてる?」
「照れてません」
「ま、そういう事だよ。
半人前の俺と、完全じゃないお前、二人で一人前さ」
決まったな。
そう思ったのだけど、ヤマトが沈黙する。
セリフ、臭すぎたかな。
「アレクは……
本当に僕でいいのですか?
僕、不完全なAIですよ」
「俺バカだから、完全なAIと不完全なAIの違いが分からん。
だから問題ない。
文句あっか?」
「……アレクが良いなら、それでいいです」
ヤマトの答えにニヤリと笑う。
これでヤマトは俺の事を認めてくれただろう。
お互い命を預けるんだ。
ちゃんと納得しないとね
「よし、挨拶終わり。
そういう訳で補助AIとして仕事してくれ。
早速教えて欲しい事がある」
「なんでしょう?」
「この計器、なんの計器なの?」
「……」
「黙らないで」
「それ速度計ですよ。
基礎の基礎ですよ。
大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって。
これから覚えるから」
「早まったかもしれないなあ」
これが俺とヤマトとの出会いだった。
正反対の俺たちだけど、不思議と上手くいく確信が俺にはあった。
だからどんな試練が待ち受けようとも、俺たちは超えることが出来るだろう
こうして、不完全な俺たちの物語が始まったのだった。
とある町の路地裏、そこを一人の男が歩いていた。
男は先ほど意中の相手にアタックしたもののまったく相手にされず、非常に落ち込んでいた。
以前からアタックをかけていたのだが、一向に事態が好転しない
アプローチの方法を変えるべきか……
男が悩みながら路地裏の曲がり角を曲がった、その時だった。
「そこのお兄さん。
何か買っていかない?」
突然後ろから男を呼ぶ声がした。
男は足を止め、声のしたほうを振り向く。
視線の先には、ローブを被った胡散臭い女が露店が広げていた。
どう考えてもまともじゃない状況に、彼の本能は危険を告げる。
だが小心者の彼に、そのまま通り過ぎるような図太い神経は無かった。
「俺を呼んだか?」
「はい。
見ればお困りのご様子。
なにか力になれないかと思い、お声を掛けさせていただきました」
「ふーん」
男は気のない返事を返す。
こんな人通りの少ない路地裏で店を開くなど、まともな人間のすることではない。
関わりたくないので、適当に話をして帰ろう。
そう思って売っている商品を見るが、あるものが目に留まった。
「『意中の相手をメロメロにする香水:男性用』?」
「フフフ、お目が高い。
読んで字のごとし、意中の相手を自分に夢中にさせる魔法の香水です」
『意中の相手を自分に夢中にさせる』。
なんと甘美な響きであろう
男は買いたくなる衝動が沸き起こるが、なんとか押し留める。
こういったものは、効果の怪しいパチモンと相場が決まっているからだ。
男はこういったものに手を出し、お金だけを取られたことがあるので、なおさら警戒していた。
「信じられないな。
パチモンじゃないの?」
「お客様の不安も分かります。
巷には偽物が溢れていますからね……
そこで当店では、お試し期間を設けています。
もし効果があればお代金を、無ければ返品ということで、是非お試しを!」
「……それだったら俺に損はないな
だけど持ち逃げされることあるんじゃないの?」
「ご安心ください。
信用できそうなお客様にしか、この事は提案しておりません」
「別に心配してないけどな。
まあいいや、一つ貰うよ」
「ありがとうございます」
男は香水を受け取り、ウキウキしながら来た道を戻るのだった。
■
10分後。
「おい、全然効果ないぞ。
返品だ」
「えっ」
香水が女の前に乱暴に投げ出される。
女は震える手で香水を拾い上げる。
「そんな……
私の自信作なのに……」
「とにかく返品だ。
えらい目に会ったぜ」
彼は頬にあるひっかき傷を、女に見せる。
その傷は真新しいもので、意中の相手につけられたのは明白であった。
「……ご迷惑をおかけしました。
では『意中の相手をメロメロにする香水:男性用』は引き取らせて――」
「『男性用』?」
「そうですが、なにか……
まさか!」
女は真実に気づく。
男の意中の相手は女性ではなかったのだ。
このご時世、男と男がくっつくのは珍しいことではない。
女は自分の思い込みを反省しつつ、男に頭を下げる。
「申し訳ありません。
てっきりお相手が女性とばかり……
でしたらこちらをお使いください」
「『意中の相手をメロメロにする香水:女性用』?
何が違うんだ?」
「意中の相手が男か女かによって配分を変えております。
性別によって惹かれる香りというのが違うのですよ。
紛らわしいのですが、先ほどの男性用は、意中の相手が女性であることを想定していました……
しかし、この女性用の想定は男性……
こちらをお使いください」
「まったく紛らわしい……」
「申し訳ありません。
これをお使いになって、もう一度意中の相手にお会いください。
効果は保証します」
「気が進まねえけど……
まあいいや、もう一度やってやるよ」
「ありがとうございます」
そう言って男は香水を受け取り、来た道を戻るのであった。
■
10分後。
「おい、やっぱり効果なかったぞ。
どうしてくれる!」
「そんなはずは……」
男は憤りながら、先ほどと反対の頬を見せる。
そこには新しく出来たひっかき傷が出来ていた。
「くそ、効果が無いだけならまだしも、また引っ掛かれるた
最悪だよ」
「申し訳ありません」
女は今にも泣きそうな顔で頭を下げる。
この香水は彼女の自信作だった。
絶対に効果があると、信じて疑わなかった。
しかし男に効果が無いと言われたことで、女のプライドはズタズタだった。
これほどの屈辱を味会うのは初めてであった。
そのまま泣きわめきたくなる衝動を抑え、彼女は男の顔をまっすぐ見る。
聞くべきことがあったからだ。
「お客様、差し支えなければ、お相手のことを聞いてもよろしいですか?
今後の参考にしたいと思っています」
「参考ね……」
男は少し考える。
このまま香水を返して帰ろうと思っていた。
しかし、女が泣きそうな顔をしたので心に罪悪感が芽生えた。
仕方なく、男は意中の相手のことを話す。
「そうだな……
アイツの目は綺麗な黄色でな。
耳の形もシャープでキリっとしてて、姿勢も上品でカッコいいんだ
俺が甘い言葉を言っても少しもなびかないし、贈り物も受け取らない。
すごく冷たい奴だが、いつかメロメロにして、そして美しい毛並みを触りたいもんだ」
「美しい毛並み?
もしかして人間ではないのですか?」
「当たり前だろ!」
「何が当たり前なのですか!
人間と動物では、根本から違います!」
「す、すまん」
女の叫びに、男は一歩後ずさる。
あまりの気迫に、男は思わず謝罪の言葉が出た。
「全く……
なんの動物ですか?」
「猫だ」
「猫ですか……
今無いですね。
作るので少し待ってください」
女はわきに置いてあったカバンからいくつかの小瓶を取り出し、混ぜ始める。
新しく香水を作ろうするが、男はそれを止めに入る。
これ以上、関わりたくなかったからだ。
「作らなくてもいい。
また引っ掛かれるのも嫌だしな」
「これは私のプライドの問題です。
成功してもお代金は頂かないので使ってください」
「いや、俺は――」
「使ってください」
「お、おおう。
分かった、分かったよ……」
男は女の気迫に押され、頷く。
それに満足したのか、女は作業を再開した。
「参考までに聞きたいのですが、その猫はどこにいるのですか?」
「あんたも猫好きか?」
「ええ」
「いいぜ教えてやるよ
そこの角を曲がったところに中華料理屋があるだろ。
そこにいる看板猫だよ」
それを聞いた女の手が止まる。
「まさかタオちゃんですか?」
「なんだ知ってんのか。
まあ、そうだよな。
あそこの店は近所じゃ有名で――」
「この話無かったことにしてください」
男は、女の言葉に耳を疑う。
彼は女の急な心変わりが全く理解できなかった
「ちょっと待て。
作るだの作らないんだの、勝手すぎるぞ」
「タオちゃんはなびかないのが良いのです。
そのタオちゃんが誰かにメロメロ……
解釈違いです。
帰って下さい」
「はあ!?
なんだそれ。
やたら引っ搔いてくる猫が良いってか?
おかしいぞ、お前」
「おかしいのはあなたです。
自分になびかないからって、メロメロにする香水を使おうとしないでください」
「その香水を売っているお前だけに言われたくねえ!」
「うるさい。
私もお金が必要なんですよ!」
男と女がにらみ合う。
今にもつかみ合いに発展しそうな険悪なムード。
そして罵詈雑言の応酬に発展していく……
それを冷めた目で見つめる影があった。
猫のタオである。
彼の元に、人間の男が何度も訪れたことに疑問を感じ、こっそりとついてきたのである。
彼は賢く、ある程度人間の言葉も理解できた。
それゆえに、あの諍いが自分が原因であることは分かってしまった。
そして彼は悲しみに沈む
自分の美しさは罪なのだと……
タオは、自分に人間が近づかないよう、普段から引っ掻いたり威嚇するのだが、少しも効果が出ない。
さらに、それが言い始める人間も出る始末……
なんとか自分い夢中にさせないように出来ないものか?
匂いがどうとか言っていたので、自分が臭くなれば人間も諦めるのだろうか……?
彼は悩みながら、騒がしい場を後にするのだった。