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 とある公園のベンチに、沈んでいる男の子がいました。
 彼はまるでこの世の終わりかのような顔で落ち込んでいました。

 彼の名前は鈴木太郎。
 どこにでもいそうな平凡な小学生。
 年に似つかわしくない悲壮感を漂わせていました。
 それもそのはず、彼は神様の生まれ変わりで、見た目より歳を取っているのです

 彼は、人間について知るため(と云う事にして)人間界に降りてきました。
 ですが逃げるように人間界にやってきたので、これいといって何かに熱心に取り組むことはありませんでした。
 人間についての勉強はおろか、小学校の勉強もまじめにやっていませんでした。
 そして人づきあいも苦手と言うことが災いし、寂しい学校生活を送っていました。

 そんな彼ですが、熱心なこともあります。
 それは創作です。
 彼は孤独を癒すようににラノベを読みまくり、沼の柄利用は頭の先までどっぷりでした。
 そんな彼が創作に手を出すのは自明の理。
 売れっ子の小説家を夢に見つつ、彼は小説を書きつづけました

 ですが最近彼には悩みがありました。
 自作の創作ノートの一冊が行方不明なのです。
 さすがにまだ誰かに見せる決意は無いので、だれかに見られたら大変です
 もしかしたら落としたのかと思い、通学路を行って帰ってきたのですが、やはりありませんでした。
 絶望した彼は、近くにあったベンチに腰掛けて今に至ります。

「おーい、タロちゃん!」
 太郎がボーっとしていると、自分を呼ぶ声が聞こえます。
 声の主は、佐々木 雫という女の子。
 彼女は太郎のクラスメイトで、見た目はギャルですが、優等生で勉強がとてもできます。
 そして太郎の事が(友達として)大好きな元気いっぱいの女の子です。

 雫は今日も当たり前のように隣に座ります。
 太郎に座っていいかなんて聞きません。
 親友ですから。

「タロちゃん、どうしたの~。
 なんか悩み事?」
 彼女は太郎の顔を見て、すぐに不調に気づきました。
 雫は、太郎のことが好きなあまり、どんな些細なことにも気づくのです。

「なんでもない」
 ですが太郎はそっけなく返します。
 太郎は、雫は(友達として)そこそこ好きなのですが、それ以上に雫の事が苦手でした。
 雫の過剰なスキンシップにいつまでも慣れないのです
 太郎はウブな男の子なのでした。

「いいじゃん、話しなよ~。
 私とタロちゃんの仲じゃん?
 あ、タロちゃんシャンプー変えた?」
「なんで気づくの?
 きも」
「ひどい~」

 太郎は、余裕のなさから雑にあしらいます。
 しかし雫は特に気にした様子もなく、スキンシップを続けます。
 雫は、太郎のぶっきらぼうな態度も含めて気に入っているのです。

「悩んでるなら、気分転換で駄菓子屋に行こ?
 君の小説のヒロイン、駄菓子好きでしょ」
「なんでそのことを……」

 太郎は恐怖を感じました。
 太郎が小説を書いていることは雫も知ってします。 
 ですが小説を見せたことはありません。
 にもかかわらず、なぜ小説の事を知っているのか……
 太郎の頭に最悪の可能性が浮上してきました。

「昨日、ノート貸したじゃん。
 その時タロちゃんてば、間違えて小説を書いたノートを私に渡してきたのよ。
 気づいてなかったの?」
「やっぱり……」

 太郎は愕然とします。
 今まで思い悩んでいたノートの在処が分かったこともありますが、よりにもよって自分の手で雫に渡してしまったということです。
 太郎の全身に妙なむず痒さが襲い掛かります。

「でさ、悪いと思ったんだけど読ませてもらったよ。
 タロちゃん、小説読ませてくれないんだもんね」
「なんで読むんだよ!?」
「そこに小説があったから?」
「そこは読まないのが優しさだよ」
「で、感想なんだけど――」
「待って」

 太郎は雫の口を押えます。
 自分の作品の感想を聞きたくなかったからです。
 人に読ませるために書いたものではないので、覚悟が無かったのです。

 しかし太郎はこうも思いました。
 これはチャンスでもあると。
 売れっ子小説家になるため、いつかは通らなければいけない道……
 それが今だっただけのこと。

 それに読んだのが雫と言うことで、酷評もされないだろうという信頼もありました。
 太郎は覚悟を決め、雫の口を押えていた手を動かします

「感想言っていいよ」
「ちょーおもろかったよ」
「……それだけ?」
「それだけって?
 面白かったから面白いって言っただけだよ。
 でもね、不満が無いわけじゃないの」

 太郎はドキリとします。
 やっぱり駄目だったんだ。
 太郎はこの場から逃げたくなる衝動に駆られます。

「誤字脱字が酷い。
 タロちゃん、国語が苦手なのは知ってるけど、アレは酷いよ」
「へ?」
 想像とは違った意見に、太郎は呆気にとられます。

「誤字はね、やっぱり気になるの。
 勉強嫌いなのは知ってるけど、国語は頑張ろう」
「……はい」
「あ、もしかしたら会えるかもって、ノート持ってるの。
 今渡すね」

 持っていたカバンから雫はノートを取り出します。
 太郎は嬉しいやら悲しいやら、複雑な気持ちでノートを受け取ります。

「間違えているところ、付箋付けといたから。
 余計なお世話だろうけど、その数はさすがに見逃せなかったの」

 受け取った太郎は、恐る恐るノートを開きます。
 優等生の雫は、どんな些細な間違いも見逃しません。
 開いたページには、びっしりと付箋が貼ってありました。
 ざっと見ただけでも、一ページに10個以上あります。

「タロちゃん、小説書いたらまた見せてね。
 誤字脱字見てあげる。
 タロちゃんのことなら、どんな些細なことも見逃さないわ」

 こうして小説家の卵太郎と、ギャル編集者雫の、ながーいお付き合いが始まるのでした

9/4/2024, 1:46:56 PM