四百年ほど前、ある所に田井尊という男がいた。
彼は子孫代々武勇に優れたサムライの家系であり、彼もまた先祖と同じように勇敢なサムライであった。
剣、弓も天下一品ばかりでなく、兵法や政治、さらに芸術や茶の作法にも精通しており、まさに非の打ちどころのない武人であった。
そんな人物を世間が放っておくはずもなく、とあるお殿様が三顧の礼を持って彼を迎え入れた。
その甲斐あってか、彼の武勇に恐れをなした近隣国は戦を挑もうとせず、国はながく平穏そのものであった
そして日本全体が平和になるまで、大きな戦に巻き込まれることは無かった。
徳川の世になってから数年後、田井尊はお殿様に暇乞いに行った。
お殿様は驚いた。
彼には何不自由ない生活を送らせていたし、不満そうな様子も無かったからだ
どういうつもりなのか、お殿様は理由を尋ねた。
「この日本が戦乱で満ちていたのは今は昔、現在の日本は平穏そのものであり、戦いの気配はどこにもない。
このわたくしめの武勇を活かすことはありません」
「しかし、ここを去ってどうするつもりだ。
その言い方では、他の大名に仕えるわけでもあるまい」
「僧になりたいと思っています。
日本各地を廻り、この戦乱の世で散っていったたくさんの魂を沈めとうございます」
「なるほど。
普通であれば不可能と一蹴するが、他でならぬ田井尊の言葉。
他の者は不可能でも、お主は成し遂げられるだろう」
そう言ってお殿様は、今までの奉公に対して褒美を出し、彼を快く送り出したのだった
そして彼は剃髪して僧となり、名を田井尊から耐尊とした。
褒美でもらったお金は僧になるための準備に使った以外は、返納して旅に出たのであった
■
旅を始めて一か月たったところ、耐尊は一日中飲まず食わずで歩きとある村にやって来た。
耐えようのない空腹で、この村で食べ物を分けてもらうと思った耐尊だが、その目論見はもろくも崩れ去る。
その村は酷く荒らされており、辺り一面に死体が転がるなど、悲惨な状況であったからだ。
この平和な時代にありながら、まるで戦のようだと耐尊は思った。
耐尊は村の長を訪れ、魂を鎮めるためお経を読みたいと願い出る。
だがそこで聞かされたのは驚きの事実であった。
この村の状況は戦によってではなく、化け物の仕業によるものだと言う
それを聞いた耐尊は、自分が化け物を退治することを申し出る。
しかし村の長は耐尊の申し出を拒否した。
この化け物を退治しようと、何人もの力自慢や高名な僧が挑んだが、誰も帰ってこなかったからだ。
だが村の長は、耐尊の熱意に押され化け物退治を依頼することにした。
村の長から場所を聞き、耐尊は化け物がいるという森にやって来た。
「いるか、ばけもの。
退治しに来てやったぞ」
「だれだ、世迷いごとを言うのは!
二度とそんな口が利けないよう食ってやる」
「やってみるといい」
耐尊が叫ぶと同時に、暗がりから何かが飛び出してくる。
村を襲った化け物だ。
耐尊は化け物の不意打ちを難なくかわす。
「お釈迦様のありがたいお経を聞くと言い」
耐尊は数珠を手に持ち、お経を唱え始めた。
多くの化け物は、お経を聞けばのたうち回り、いずれ浄化される。
耐尊は持てる霊気を数珠に込めてお経と唱えた。
だが、目の前の化け物には全く効いている様子はなく、耐尊は動揺する。
「馬鹿め、俺をそこら辺の三下と同じにするな。
お経など俺には効かん。
ただの言葉など何を恐れる必要がある?」
「なんだと!?」
「万事休すだな、人間!
絶望に包まれたまま死ぬと言い」
化け物の激しい攻撃。
耐尊は身をねじってかわそうとするが、目にもとまらぬ猛攻によけきることが出来ず、耐尊の体に傷が増えていく。
だが耐尊は追い詰められているにも関わらず、毅然《きぜん》とした態度をとっていた。
「ふん、すばしっこい野郎だ。
逃げなければ一思いに殺してやるものを!」
「思いあがるでないぞ、化け物。
お前ごときが俺に勝てるとでも?」
「何だと?」
耐尊は持っていた数珠を放り投げる。
化け物にお経が効かない以上、無用の長物だからだ。
投げられた数珠は、ズシンと鈍い音を立てて地面にのめり込む。
「な、なんだ、その数珠は!?
鈍い音がしたぞ」
「これか?
これは特別に作らせた、鍛練用の数珠だ。
重さは確か、十匁(約38キkg)だ」
「十匁だと!
なんでそんなものを!?」
「鍛練用と言っただろう。
そして……」
耐尊は来ていた着物を脱ぎ棄て、ふんどし一丁になる。
その服も見かけから想像できないような鈍い音を立てて、地面にめり込んだ。
「さて、これで楽になった。
存分に殺し合おうではないか」
「待て、待ってくれ。
話し合おう」
「もはや話し合うことなどない」
「待ってくれ、改心したから、人間を襲わないから」
「言葉はいらない、ただ……
殺し合うだけだ」
■
「物の怪は退治しました。
もうこの村を襲うことはありません」
「ありがとうございます。
これで安心して暮らせます」
村の長は、耐尊に何度も何度もお辞儀をする。
彼は嬉しさのあまり、泣きながらお辞儀していた。
「もはや村を捨てるしかないと覚悟していたところです。
感謝の言葉もありません」
「感謝の言葉だと?」
「あの…… 耐尊様?」
村の長は、急に態度の変わった耐尊に体を震わせる。
なにか変な事でも言っただろうか?
村の長が不安で震えていると、耐尊は人を安心させるような笑顔で言った。
「感謝の言葉はいらない、ただ……」
「ただ?」
「ただ、食えるものを持って来てくれ。
昨日から何も食ってないんだ」
新学期まであと数日、私は夏休みの宿題の処理に追われていた。
親や友人から散々言われ、計画を建てて臨んだ今年の夏休み。
けれど、事は計画通りに進むことは無く、夏休み終盤にも関わらず宿題の半分も終わってなかった。
原因は分かっている。
宿題の進捗が思わしくないのに、友人の沙都子の家に毎日遊びに行ったこと。
でも後悔はしてない。
だって楽しかったから。
美味しいお菓子が出てくるんだよね。
『宿題は後でも出来る』、『今はお菓子を堪能しよう』を合言葉に、未来の自分を信じて遊びに行った。
けれど今朝、ついに宿題が終わってないことが親にばれた。
今日ばかりは家から出さないと部屋に軟禁状態だ。
過去の私よ、なんで頑張ってくれなかったのか。
私は過去の自分を恨みながら、窮地を脱するため宿題と向き合っていた。
けれど向き合うだけ……
まったく分からん。
何が分からないのかも分からん。
何も手を付けられないまま時が流れる。
こうなったら、最後の手段。
漫画でも読むか
どうせできないなら、楽しく一日を過ごそう。
それに漫画を読んでいるうちに、何か思いつくかもしれない。
そう思って近くにある漫画を取ろうとしたとき、お母さんが私を呼ぶ声がした。
「百合子、お友達よ」
誰かと遊ぶ約束してたっけ?
私は不思議に思いながらも、部屋を出る。
けれどこの地獄のような時間から逃げられるなら誰でもいい。
私は仮初の自由を感じながら玄関に向かうと、そこにはお母さんと楽しそうに談笑する沙都子の姿があった。
なんで沙都子がここに?
私が沙都子の突然の来訪に驚いていると、沙都子は悪そうな笑みを浮かべた。
「無様ね、百合子。
だから夏休みの宿題は早く終わらせさいと言ったでしょう」
私の顔を見るなり、嫌味を言う沙都子。
わざわざ嫌味を言いに来たのだろうか?
遊びに行けないことをメッセージで送った時は、『了解』の二文字しか返さなかったくせに。
「そうなのよ、百合子ったらあれだけ言ったのに宿題しなくってねえ。
ほんと、誰に似たのかしら」
沙都子の言葉に、お母さんが便乗する。
そこは『そんなことないわ』じゃないの!?
確かに宿題してないけど。
言い返せないけど!
「何しに来たの?」
私はお母さんを無視して沙都子に尋ねる。
都合の悪い事は触れないのが吉だ。
「あら、遊びに来たのだけどダメだったかしら?
いつもは百合子の方から来るけど、たまには私が来てもいいと思ったの」
沙都子は意外そうな顔で私を見る。
ちょっととぼけた顔なのに腹が立つ。
「そうじゃなくて、私連絡もらってないよ。
そしたら抜け出して――違う、遊べないから断ったのにさ。
分かったら帰って」
一瞬お母さんから殺気が飛んできたので言い直す。
沙都子と宿題、どっちの相手が楽かと言えば宿題の方だ。
今の私に余裕はないから早く帰って欲しい。
だが私の祈りは効き遂げられず、沙都子は『よく分からない』といった顔で私を見ていた。
まさか粘る気か!?
「あら、遊びに行くのに連絡が必要なのかしら?」
「そうだよ!
こっちにも事情ってものが――」
「でもあなたが遊びに来るときに、連絡を貰った事は無いわよ。
まあ、来ない日のほうが少ないから、突然のアナタの来訪でも困ったことは無いけどね」
「うぐ」
まさかのブーメラン!?
沙都子め……
やはり遊びに来たんじゃなくて、私で遊びに来たんだな。
「ああ、百合子が毎日遊びに行ってるの沙都子ちゃんの所だったのね。
迷惑かけているでしょう?」
「もう慣れました」
ウチの母が、沙都子をちゃん付けで呼ぶほど仲良くなってる……
なんか嫌だなあ……
これが嫉妬か。
ていうか!
「私が迷惑をかけてる前提で話進めないで!」
「「かけているでしょ?」」
二人のハモリが私の自尊心を傷つける。
ここには私の味方はいないようだ。
「とーにーかーくー。
私は宿題するんだからね。
遊べないから!
ほら帰って!」
「なら仕方がないわね。
遊ぶのは中止ね」
なんか思ったより、あっさり引き下がったな……
これでようやく宿題に集中出来る。
そう思っていると、沙都子は靴を脱いで家に上がって来た。
「沙都子ちゃん、申し訳ないけどお願いするわね」
「ご安心ください
必ず成し遂げますわ」
「頼もしいわ。
後でお菓子を持っていくわね」
「ありが――」
「待ったーーー!」
私は二人の間に割って入る。
「ねえ、何の話?
沙都子も帰るんだよね?」
「帰らないわよ」
「待って、意味が分からない」
「どうせ、宿題進んでないんでしょ?
私が見てあげるわ」
「え?」
シュクダイヲミテアゲル。
何を言っているんだ、沙都子は……
「あら不満なの?
嫌なのが顔に出ているわ」
「いやだよ、沙都子はスパルタだもん……」
「我がまま言っては駄目よ」
「嫌だ!
私は一人で宿題する!
誰にも邪魔はさせない!」
「待ちなさい百合子」
お母さんが私の肩を力強く掴む。
このまま有耶無耶にして部屋に戻ろうと思ったのに、肩を掴まれたら逃げられない。
「沙都子ちゃんと一緒に宿題しなさい。
でないと……」
「でないと?」
「あなたの漫画コレクション、全部捨てるわ」
「そんな……」
「嫌なら、沙都子ちゃんと宿題しなさい。
いいわね」
「…………はい」
お母さんが肩から手を離すと、代わりに腕をとる人間がいた
沙都子だった。
「さあ、バリバリ行くわよ!
宿題が待ってるわ」
「あの、お手柔らかに……」
「弱音は許さないんだから」
漫画を読むつもりだったのに、なんでこんなことに……
こうして私は沙都子の突然の来訪によって、楽しい予定がキャンセルされるのであった……
俺の名前は、五条英雄。
探偵だ。
といっても、漫画のように難事件を解決するわけじゃない。
専ら仕事は身辺調査やペット捜索をしている、地域密着型の探偵。
それが俺。
今日も浮気調査で、疑惑のある男を尾行していた。
依頼人は男の妻、『浮気の証拠』が欲しいとの依頼だ。
俺と助手は、カップルに偽装して浮気男を尾行する。
助手の下手くそな演技にヒヤヒヤしたが、なんとか浮気相手の密会に立ち会うことが出来た。
俺は浮気男たちに気づかれないようカメラで証拠を残していく。
『成功報酬でトンカツが食える』。
俺の心は、喜びにあふれていた……
だが予想外の事が起こる。
浮気男と浮気女が喧嘩し始めたのだ。
そして浮気女がバッグを投げつけたかと思うと、そのまま走り去っていった。
そして残された浮気男はというと、呆然として雨の中で佇んでいた……
彼の心の中を表すように、雨が強くなり土砂降りである。
……なんでこうなった。
『浮気現場をカメラで撮ってたら破局した』
探偵歴は割と長いが、こんなん初めてだ。
どうすんのコレ。
妻は浮気を疑い、事実として夫は浮気していた。
そこまではいい。
だが今この瞬間、浮気は終わった。
だが依頼人に報告すれば、この男は慰謝料をたんまり搾り取られることになる。
まさに泣きっ面に蜂。
悪いのはこの男なのに、なんだか追い打ちしているよう気分が悪い。
どうすればいいんだ。
そうだ、一緒に来た助手に相談しよう。
そう思い振り返ると、助手はいい笑顔でこちらを見ていた。
親指を立てて。
『浮気男に天罰が下りましたね』と言わんばかりである。
……そうだね。
女性から見たらそうなるね。
浮気男なんて女の敵だし……
だが俺は助手の顔を見たことで、覚悟が決まる。
そう、浮気男は社会の敵なのだ。
そして俺の依頼人は、そこに立っている男ではなく、奥さんのほう。
ありのままを報告し、どうするかは依頼人が決めるべきだ。
俺が勝手に決めていいことではない
一応フラれた報告するために、雨に佇む男を写真で撮ってさあ帰ろうとなった時、、浮気男に近づく女性がいた。
まさか二人目の浮気相手?
驚いたが二人目がいるなら話は早い。
これで依頼人に報告しても、心は痛まない。
俺は手に持ったカメラで写真を撮ろうとして――
しかし、その手が止まる。
なんてこった。
依頼人の奥さんじゃないか!?
なんでこんなところに……
俺が不思議に思っていると、俺たちのいる方をチラリ見て、そして口に人差し指を当てる
なるほど、黙って見てろということか……
よく分からんが、見守ろう。
そのまま依頼人は、浮気男に近づき傘を差し出す。
その時の男の驚きようは半端ではない。
先ほどまで浮気していた現場に、自分の妻がやってきたのだから無理もない。
浮気男は引きつった笑みを浮かべながら、受け取った傘を差す。
遠くから見ても動揺しているのが丸わかりだった。
依頼人の方はと言うと、恐いくらい優しい笑顔だった。
俺は知っている。
あの笑顔は、敵を破滅させることを決めた時する顔だ。
この後、二人の間で話し合いが持たれるのだろう。
どんな凄惨な話し合いが行われるのだろうか……
想像したくもない。
俺が恐怖に震えている間に、二人は去っていった
浮気男よ、達者でな。
「依頼完了ですね」
後ろから浮かれた助手の声がする。
この場に似つかわしくない声だ。
「お前、何か知ってるな!」
「はい、依頼人の奥さんから、浮気相手と会う時になったら連絡をくれと言われてました」
「俺、聞いてないんだけど」
マジで初耳なんですけど。
「聞かれてませんから」
「……ホウレンソウって知ってるか?」
同じ女性と言うことで助手に対応させたのだが、失敗だったらしい
後で説教だな。
「でも先生……
先生は浮気なんてしないですよね」
「何の話だ?」
急に話が変わって俺の頭にハテナが浮かぶ。
なんで俺が浮気する話になっているんだ?
「私、この仕事始めてたくさん人の醜い部分を見てきました……
お互い望んで一緒になったって言うのに、なぜ人は裏切るんでしょうか……
先生は、私の事を見捨てたしませんよね?」
助手の目が涙で潤む。
不安でいっぱいの顔だ。
ならば助手の安心させるために、男としてハッキリ言わねばなるまい。
「俺とお前、恋人関係じゃないよな。
恋人ごっこ、まだ続ける気なのか?」
この前食事奢ったときも似たようなことやられた。
なんなの、コイツの中で流行ってんの?
俺の苦言を聞くと、助手は呆れたようにため息をつく。
「はあ、先生もノリが悪いでですねえ。
遊びなんだから、もう少しロマンチックなセリフ、言ってもいいんですよ」
「やだよ。
どうせ飯を奢らせたいだけだろ」
「ソンナコトナイデスヨ」
「嘘つくのが下手糞すぎる」
前もやったなこんなやり取り。
「こんな美人が頼んでいるんですよ。
奢ってもバチは当たりませんよ」
「ならもう少しいい女になってから出直してこい」
「へえ、そんなこと言うんだ……」
助手は、依頼人とはまた違った怖い笑顔になる。
悪だくみを思いついた顔だ。
コイツ、何をするつもりだ?
「ならなりましょう。
今すぐに、いい女に」
「何言って――」
「『水も滴るいい女』。
今丁度雨が降っているようですし、雨の中佇んだらいい絵になると思うんですよね」
「やめろバカ!」
そんなことされてみろ。
周囲から『あの男は彼女をびしょ濡れするクズ』だと思われるじゃないか!
探偵業は評判が命なんだぞ。
殺す気か。
「では、私をいい女と認めていただけますね」
「それは……
分かったから飛び出す準備するな。
くそ、お疲れ会として何か奢ってやる」
「やった!
じゃあ、一時間後、いつものファミレスで!」
そう言って助手は走り去っていった。
偽装カップルで相合傘をするために一つしかない傘を持って……
「マジか」
俺に濡れろと?
この土砂降りで?
さすがにそこまで考えてないと思うが、いくらなんでもそそっかしすぎる。
助手が気付いて戻ってくることを祈りながら、雨を前に佇むのだった。
私の日記帳は、最新のAI搭載型である
持っているだけで私の行動を記録・分析し、勝手に日記を書いてくれるスグレモノだ。
これで夏休みの日記はバッチリだ。
だが所詮はAI。
たまには変なことを書くので、そのままは出すことは出来ない。
そもそも日記の体裁を保っていない物や、日記だが事実と全然違ったりとか、書かれたりする。
見る分には面白いけれど、こんなものを提出すれば怒られることは間違いない。
なので使えそうな分は写して、駄目なところは適当に書くと言うのが、この日記帳の使い方なのだ。
そんなわけで、新学期を明日に控え、日記を写す作業に勤しんでいた。
とりあえず、パラパラページを捲っていく。
7月は特に出かけていないので、これと言ったイベントは無い。
テレビ見てたとか、マンガ読んでたとか、そんなのばっかり……
だが問題なさそうなので、そのまま書き写す。
だが7月31日の所で手が止まる。
さすがに見過ごせないからだ。
『7月31日
家族みんなでラーメンを食べに行った。
とてもおいしかった』
何の変哲もない夏休みの一日。
だが問題なのは、絵の方。
その日の絵には『鼻からラーメンを食べる』様子が書かれていた。
ラーメンは鼻から食べる物じゃない事は小学生だって知ってる
これだからAIは信用できない。
私はのび太くんじゃないだぞ!
そして次に目が留まったのは、8月13日。
友達と一緒に肝試しに行った日だ。
これにも、一つおかしい事が書いてある。
『8月13日
友達と一緒に肝試し。
めちゃくちゃ暗くて怖かった。
あと、地縛霊に憑りつかれて大変だったです』
馬鹿馬鹿しい。
幽霊は非科学的。
それに何か不幸な事があったわけでもない。
これも書き直す。
次。
『8月14日
風邪をひいて熱が出て、ずっと部屋で寝てました』
風邪をひいて寝込んだことが書かれていた。
今まで忘れていたけど、確かに寝込んでいた……
まさか本当に祟られたの!?
ただ、私の記憶が正しければ、寝込んだのは一日だけ。
それ以外に呪いみたいなのはなにも無い。
私にとりついた悪霊はどうなったのだろう?
私はページをめくり、8月15日の日記を読む。
『8月15日
おじいちゃんの墓参りに行きました。
おじいちゃん、天国でも元気でね』
書かれているのはこれだけ。
悪霊の事は何も触れていない。
絵も墓の絵だけ……
意味ありげに書いておいて、まさかのオチなし!?
これだからAIは……あっ!
よく見たら、絵の端っこの方に小さく、幽霊が連行されてどこかに行く様子が書かれていた。
もしかしてお盆だから?
うろいつていた所を、幽霊の警察?に捕まったのだろうか……
謎が謎を呼ぶけど、面白かったので良しとする。
これだから、日記帳を読むのを止められない。
まあ、書き直すけど。
そしてページをめくっていくが、他の所は特に問題なかった。
今日の分を写して、これで宿題終了。
これで心置きなく新学期を迎えられる――
と思ったら、日記帳にもう一ページ書いてあった。
今日の分はもう見終わった。
と言うことは必然的に、明日の日記ということになる。
まさかこのAI、私の行動を収集・分析し、次の日の私の行動を予測して書いていると言うのか!
まさに未来日記。
正直信じがたい話だ。
未来なんて予測できるはずがないからだ。
けれど、もし事故に遭った事が書かれていたら?
事故を回避できるかもしれない。
もし宝くじの番号が書いてあったら?
私は大金持ちだ!
私は好奇心を抑えられず、明日分の日記を読む。
そこには書かれていたのは――
『登校日を間違えて先生に怒られた』
私はとっさに登校日の書いてあるプリントと、カレンダーと見比べる……
……
…………
………………
私は衝撃の事実に膝から崩れ落ちる。
登校日、今日だ……
なんてこった。
今から行ってももう遅い。
今日は始業式だけで終わりだからだ。
つまり、怒られるのは確定……
未来が分かっているのに、回避できないなんて……
私はがっくり肩を落とし、そのまま布団に入る。
どうにもならない未来を前にして、私は夢の世界に逃げるのであった。
俺の名前は、五条英雄。
私立探偵をやっている。
俺の所には、他の探偵では解決できない難事件が持ち込まれる。
それを解決するのが俺の仕事。
鮮やかに解決する様子に、街は俺の噂で持ち切りだ。
今日も、噂を聞いた依頼人に『あなたしかいない』と懇願された、家出猫の引き渡しを終えたところだ。
喜んだ依頼人から依頼料をたくさん弾んでもらったので、今日は贅沢に外食することにした。
ということで、今日は思い切ってファミレスで食べることにした。
近くにあったファミレスに入り、俺は空いていたテーブル案内される。
今日は何を食べようか?
チャーハン?
それともパスタ?
いや奮発してステーキを……
くそ、腹が空いているからどれもおいしそうに見える……
俺がメニュー表とにらめっこしていた時、不意にテーブルを挟んだ向かい合わせのソファーに誰がが座る気配がした
「相席いいですか?」
聞き覚えのある声に驚き、メニュー表から顔を上げる。
テーブルを挟んで向かい合わせの席に座っていたのは、なんと我が探偵事務所で雇っている助手であった。
今日の助手は休みのはずなのだが、なぜここに?
湧いた疑問をよそに、助手は俺に笑いかける
「先生、食事をご一緒します」
見惚れてしまいそうな美しい笑顔。
こんなのを見せられたら、どんな男もイチコロだろう。
だから、俺の助手の提案の答えは決まっていた。
「ダメだ、どっか行け」
俺はハッキリと断る。
残念だが、もう俺には助手の営業スマイルは効かんよ。
それで何度こき使われたことか……
それにだ。
モノを食べる時はね。
誰にも邪魔されず、自由で なんというか救われてなきゃあダメなんだ。
独りで静かで豊かで……
という訳で、俺は一人レストランで食事を楽しむのであった。
完
「待ってください。
私みたいな美人が食事のお誘いですよ!?
なんで断るんですか!?」
「美人って自分で言うのかよ……
まあいい。
理由だが、俺は仕事とプライベートを分ける人間だから。
以上だ」
「それは私もです」
「だったら声をかけてくんなよ」
「スイマセン、財布忘れてご飯が食べられないんです。
ごはん代貸してください」
助手が両手で拝むようにお願いしてくる。
始めからそう言えばいいのに……
「全く……
奢ってやるから、好きな物を頼め。
依頼料が入って、金があるからな」
「やった。
じゃあ期間限定パスタと鉄板焼きステーキ、サラダ、ドリンクバーに、えーとえーと、あ、デザートもいいですか?」
「奢りと分かった途端、急に調子に乗り始めたな」
「奢りですから。
それでデザートは?」
「いいよ、頼むといいさ」
俺と助手は、互いに遠慮が無い。
気を許していると言えば聞こえはいいが、ただ単に扱いが雑なだけである。
なんだかんだお互いが食べたいものを注文し、ホッと一息。
ひと段落付いて何気なく正面を見ると、助手と目が合う。
そして俺は気づいてしまった。
『これ、実質デートじゃね?』と……
油断していた。
助手を追っ払えばよかった、マジで!
言いたくはないが、俺は女性と付き合った事は無い。
なのでこいう時どうすればいいか、なにも分からん。
名探偵の俺でも、これだけはお手上げだ。
どうすればいい?
考えろ、俺!
「こうして向かい合って、ご飯を一緒に食べるのは初めてですね」
頭を高速回転をさせていると、助手が話を振って来た。
これ幸いにと俺は話に乗っかる。
意識していることがバレないよう、話を合わることにする
「そうだな。
結構長い事一緒にいるが、こうして店で一緒に食べるのは初めてだ」
俺と助手は昼飯のスタイルが違う。
俺は事務所で簡単な料理を作るかコンビニ弁当。
助手は近所の食べ物屋で食事。
中で食べる派と外で食べる派で平行線。
今日は珍しく交わったが、今後は無いだろうし、合わせる気もない。
俺はそう思っていたのだが……
「あの、先生……」
助手の歯切れが急に悪くなる。
何事かと助手の顔を見れば、頬も赤く染まっている。
体もモジモジしているし、まさかこれは……
「あの、また食べに来ませんか?」
やはり次のデートのお誘い!
まさかのモテキ到来に動揺するが、ここで答えを間違えてはいけない。
うかつな発言は火傷するだけ……
俺はゆっくりと自分の気持ちを伝える。
「俺は嫌だ。
なんか副音声で『奢れ』って聞こえたから」
「ソンナコトナイデスヨ」
「お前、探偵舐めんな。
そんくらい分かるわ」
焦ったのか、いきなりぶっこんで来たから、逆に冷静になったわ。
だが、ジワリ来られたらどうなったか分からない。
正直助かった……
助手が「くっそー」と悔しがっていると、店員が料理を持ってやってきた。
「お待たせしました。
ご注文の品です」
テーブルの上に料理が並べられる。
なお、テーブル上の料理の8割は助手の物だ。
……頼み過ぎである。
「「いただきます」」
俺たちは目の前の料理に手を付ける。
目の前のたくさんの料理を前にして、目を輝かせる助手。
今までの色っぽい雰囲気はどこへやら。
女は魔物って本当だったんだな
だがまあ……
「おいしー」
おいしそうに食べる助手の顔を見たら、俺も嬉しくなってしまう。
男もまた、単純と言うのは本当らしい。
自分のバカさ加減に呆れる。
だが、助手と食事はなかなか楽しい。
今度食事に誘うのもいいかもしれない。
そう思う、俺なのであった。
――ただし、次は奢らないがな