俺の名前は、五条英雄。
探偵だ。
といっても、漫画のように難事件を解決するわけじゃない。
専ら仕事は身辺調査やペット捜索をしている、地域密着型の探偵。
それが俺。
今日も浮気調査で、疑惑のある男を尾行していた。
依頼人は男の妻、『浮気の証拠』が欲しいとの依頼だ。
俺と助手は、カップルに偽装して浮気男を尾行する。
助手の下手くそな演技にヒヤヒヤしたが、なんとか浮気相手の密会に立ち会うことが出来た。
俺は浮気男たちに気づかれないようカメラで証拠を残していく。
『成功報酬でトンカツが食える』。
俺の心は、喜びにあふれていた……
だが予想外の事が起こる。
浮気男と浮気女が喧嘩し始めたのだ。
そして浮気女がバッグを投げつけたかと思うと、そのまま走り去っていった。
そして残された浮気男はというと、呆然として雨の中で佇んでいた……
彼の心の中を表すように、雨が強くなり土砂降りである。
……なんでこうなった。
『浮気現場をカメラで撮ってたら破局した』
探偵歴は割と長いが、こんなん初めてだ。
どうすんのコレ。
妻は浮気を疑い、事実として夫は浮気していた。
そこまではいい。
だが今この瞬間、浮気は終わった。
だが依頼人に報告すれば、この男は慰謝料をたんまり搾り取られることになる。
まさに泣きっ面に蜂。
悪いのはこの男なのに、なんだか追い打ちしているよう気分が悪い。
どうすればいいんだ。
そうだ、一緒に来た助手に相談しよう。
そう思い振り返ると、助手はいい笑顔でこちらを見ていた。
親指を立てて。
『浮気男に天罰が下りましたね』と言わんばかりである。
……そうだね。
女性から見たらそうなるね。
浮気男なんて女の敵だし……
だが俺は助手の顔を見たことで、覚悟が決まる。
そう、浮気男は社会の敵なのだ。
そして俺の依頼人は、そこに立っている男ではなく、奥さんのほう。
ありのままを報告し、どうするかは依頼人が決めるべきだ。
俺が勝手に決めていいことではない
一応フラれた報告するために、雨に佇む男を写真で撮ってさあ帰ろうとなった時、、浮気男に近づく女性がいた。
まさか二人目の浮気相手?
驚いたが二人目がいるなら話は早い。
これで依頼人に報告しても、心は痛まない。
俺は手に持ったカメラで写真を撮ろうとして――
しかし、その手が止まる。
なんてこった。
依頼人の奥さんじゃないか!?
なんでこんなところに……
俺が不思議に思っていると、俺たちのいる方をチラリ見て、そして口に人差し指を当てる
なるほど、黙って見てろということか……
よく分からんが、見守ろう。
そのまま依頼人は、浮気男に近づき傘を差し出す。
その時の男の驚きようは半端ではない。
先ほどまで浮気していた現場に、自分の妻がやってきたのだから無理もない。
浮気男は引きつった笑みを浮かべながら、受け取った傘を差す。
遠くから見ても動揺しているのが丸わかりだった。
依頼人の方はと言うと、恐いくらい優しい笑顔だった。
俺は知っている。
あの笑顔は、敵を破滅させることを決めた時する顔だ。
この後、二人の間で話し合いが持たれるのだろう。
どんな凄惨な話し合いが行われるのだろうか……
想像したくもない。
俺が恐怖に震えている間に、二人は去っていった
浮気男よ、達者でな。
「依頼完了ですね」
後ろから浮かれた助手の声がする。
この場に似つかわしくない声だ。
「お前、何か知ってるな!」
「はい、依頼人の奥さんから、浮気相手と会う時になったら連絡をくれと言われてました」
「俺、聞いてないんだけど」
マジで初耳なんですけど。
「聞かれてませんから」
「……ホウレンソウって知ってるか?」
同じ女性と言うことで助手に対応させたのだが、失敗だったらしい
後で説教だな。
「でも先生……
先生は浮気なんてしないですよね」
「何の話だ?」
急に話が変わって俺の頭にハテナが浮かぶ。
なんで俺が浮気する話になっているんだ?
「私、この仕事始めてたくさん人の醜い部分を見てきました……
お互い望んで一緒になったって言うのに、なぜ人は裏切るんでしょうか……
先生は、私の事を見捨てたしませんよね?」
助手の目が涙で潤む。
不安でいっぱいの顔だ。
ならば助手の安心させるために、男としてハッキリ言わねばなるまい。
「俺とお前、恋人関係じゃないよな。
恋人ごっこ、まだ続ける気なのか?」
この前食事奢ったときも似たようなことやられた。
なんなの、コイツの中で流行ってんの?
俺の苦言を聞くと、助手は呆れたようにため息をつく。
「はあ、先生もノリが悪いでですねえ。
遊びなんだから、もう少しロマンチックなセリフ、言ってもいいんですよ」
「やだよ。
どうせ飯を奢らせたいだけだろ」
「ソンナコトナイデスヨ」
「嘘つくのが下手糞すぎる」
前もやったなこんなやり取り。
「こんな美人が頼んでいるんですよ。
奢ってもバチは当たりませんよ」
「ならもう少しいい女になってから出直してこい」
「へえ、そんなこと言うんだ……」
助手は、依頼人とはまた違った怖い笑顔になる。
悪だくみを思いついた顔だ。
コイツ、何をするつもりだ?
「ならなりましょう。
今すぐに、いい女に」
「何言って――」
「『水も滴るいい女』。
今丁度雨が降っているようですし、雨の中佇んだらいい絵になると思うんですよね」
「やめろバカ!」
そんなことされてみろ。
周囲から『あの男は彼女をびしょ濡れするクズ』だと思われるじゃないか!
探偵業は評判が命なんだぞ。
殺す気か。
「では、私をいい女と認めていただけますね」
「それは……
分かったから飛び出す準備するな。
くそ、お疲れ会として何か奢ってやる」
「やった!
じゃあ、一時間後、いつものファミレスで!」
そう言って助手は走り去っていった。
偽装カップルで相合傘をするために一つしかない傘を持って……
「マジか」
俺に濡れろと?
この土砂降りで?
さすがにそこまで考えてないと思うが、いくらなんでもそそっかしすぎる。
助手が気付いて戻ってくることを祈りながら、雨を前に佇むのだった。
8/28/2024, 1:47:02 PM