新学期まであと数日、私は夏休みの宿題の処理に追われていた。
親や友人から散々言われ、計画を建てて臨んだ今年の夏休み。
けれど、事は計画通りに進むことは無く、夏休み終盤にも関わらず宿題の半分も終わってなかった。
原因は分かっている。
宿題の進捗が思わしくないのに、友人の沙都子の家に毎日遊びに行ったこと。
でも後悔はしてない。
だって楽しかったから。
美味しいお菓子が出てくるんだよね。
『宿題は後でも出来る』、『今はお菓子を堪能しよう』を合言葉に、未来の自分を信じて遊びに行った。
けれど今朝、ついに宿題が終わってないことが親にばれた。
今日ばかりは家から出さないと部屋に軟禁状態だ。
過去の私よ、なんで頑張ってくれなかったのか。
私は過去の自分を恨みながら、窮地を脱するため宿題と向き合っていた。
けれど向き合うだけ……
まったく分からん。
何が分からないのかも分からん。
何も手を付けられないまま時が流れる。
こうなったら、最後の手段。
漫画でも読むか
どうせできないなら、楽しく一日を過ごそう。
それに漫画を読んでいるうちに、何か思いつくかもしれない。
そう思って近くにある漫画を取ろうとしたとき、お母さんが私を呼ぶ声がした。
「百合子、お友達よ」
誰かと遊ぶ約束してたっけ?
私は不思議に思いながらも、部屋を出る。
けれどこの地獄のような時間から逃げられるなら誰でもいい。
私は仮初の自由を感じながら玄関に向かうと、そこにはお母さんと楽しそうに談笑する沙都子の姿があった。
なんで沙都子がここに?
私が沙都子の突然の来訪に驚いていると、沙都子は悪そうな笑みを浮かべた。
「無様ね、百合子。
だから夏休みの宿題は早く終わらせさいと言ったでしょう」
私の顔を見るなり、嫌味を言う沙都子。
わざわざ嫌味を言いに来たのだろうか?
遊びに行けないことをメッセージで送った時は、『了解』の二文字しか返さなかったくせに。
「そうなのよ、百合子ったらあれだけ言ったのに宿題しなくってねえ。
ほんと、誰に似たのかしら」
沙都子の言葉に、お母さんが便乗する。
そこは『そんなことないわ』じゃないの!?
確かに宿題してないけど。
言い返せないけど!
「何しに来たの?」
私はお母さんを無視して沙都子に尋ねる。
都合の悪い事は触れないのが吉だ。
「あら、遊びに来たのだけどダメだったかしら?
いつもは百合子の方から来るけど、たまには私が来てもいいと思ったの」
沙都子は意外そうな顔で私を見る。
ちょっととぼけた顔なのに腹が立つ。
「そうじゃなくて、私連絡もらってないよ。
そしたら抜け出して――違う、遊べないから断ったのにさ。
分かったら帰って」
一瞬お母さんから殺気が飛んできたので言い直す。
沙都子と宿題、どっちの相手が楽かと言えば宿題の方だ。
今の私に余裕はないから早く帰って欲しい。
だが私の祈りは効き遂げられず、沙都子は『よく分からない』といった顔で私を見ていた。
まさか粘る気か!?
「あら、遊びに行くのに連絡が必要なのかしら?」
「そうだよ!
こっちにも事情ってものが――」
「でもあなたが遊びに来るときに、連絡を貰った事は無いわよ。
まあ、来ない日のほうが少ないから、突然のアナタの来訪でも困ったことは無いけどね」
「うぐ」
まさかのブーメラン!?
沙都子め……
やはり遊びに来たんじゃなくて、私で遊びに来たんだな。
「ああ、百合子が毎日遊びに行ってるの沙都子ちゃんの所だったのね。
迷惑かけているでしょう?」
「もう慣れました」
ウチの母が、沙都子をちゃん付けで呼ぶほど仲良くなってる……
なんか嫌だなあ……
これが嫉妬か。
ていうか!
「私が迷惑をかけてる前提で話進めないで!」
「「かけているでしょ?」」
二人のハモリが私の自尊心を傷つける。
ここには私の味方はいないようだ。
「とーにーかーくー。
私は宿題するんだからね。
遊べないから!
ほら帰って!」
「なら仕方がないわね。
遊ぶのは中止ね」
なんか思ったより、あっさり引き下がったな……
これでようやく宿題に集中出来る。
そう思っていると、沙都子は靴を脱いで家に上がって来た。
「沙都子ちゃん、申し訳ないけどお願いするわね」
「ご安心ください
必ず成し遂げますわ」
「頼もしいわ。
後でお菓子を持っていくわね」
「ありが――」
「待ったーーー!」
私は二人の間に割って入る。
「ねえ、何の話?
沙都子も帰るんだよね?」
「帰らないわよ」
「待って、意味が分からない」
「どうせ、宿題進んでないんでしょ?
私が見てあげるわ」
「え?」
シュクダイヲミテアゲル。
何を言っているんだ、沙都子は……
「あら不満なの?
嫌なのが顔に出ているわ」
「いやだよ、沙都子はスパルタだもん……」
「我がまま言っては駄目よ」
「嫌だ!
私は一人で宿題する!
誰にも邪魔はさせない!」
「待ちなさい百合子」
お母さんが私の肩を力強く掴む。
このまま有耶無耶にして部屋に戻ろうと思ったのに、肩を掴まれたら逃げられない。
「沙都子ちゃんと一緒に宿題しなさい。
でないと……」
「でないと?」
「あなたの漫画コレクション、全部捨てるわ」
「そんな……」
「嫌なら、沙都子ちゃんと宿題しなさい。
いいわね」
「…………はい」
お母さんが肩から手を離すと、代わりに腕をとる人間がいた
沙都子だった。
「さあ、バリバリ行くわよ!
宿題が待ってるわ」
「あの、お手柔らかに……」
「弱音は許さないんだから」
漫画を読むつもりだったのに、なんでこんなことに……
こうして私は沙都子の突然の来訪によって、楽しい予定がキャンセルされるのであった……
8/29/2024, 3:01:30 PM