G14

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 とある町の路地裏、そこを一人の男が歩いていた。
 男は先ほど意中の相手にアタックしたもののまったく相手にされず、非常に落ち込んでいた。
 以前からアタックをかけていたのだが、一向に事態が好転しない
 アプローチの方法を変えるべきか……
 男が悩みながら路地裏の曲がり角を曲がった、その時だった。

「そこのお兄さん。
 何か買っていかない?」
 突然後ろから男を呼ぶ声がした。
 男は足を止め、声のしたほうを振り向く。
 視線の先には、ローブを被った胡散臭い女が露店が広げていた。
 どう考えてもまともじゃない状況に、彼の本能は危険を告げる。
 だが小心者の彼に、そのまま通り過ぎるような図太い神経は無かった。

「俺を呼んだか?」
「はい。
 見ればお困りのご様子。
 なにか力になれないかと思い、お声を掛けさせていただきました」
「ふーん」

 男は気のない返事を返す。
 こんな人通りの少ない路地裏で店を開くなど、まともな人間のすることではない。
 関わりたくないので、適当に話をして帰ろう。
 そう思って売っている商品を見るが、あるものが目に留まった。

「『意中の相手をメロメロにする香水:男性用』?」
「フフフ、お目が高い。
 読んで字のごとし、意中の相手を自分に夢中にさせる魔法の香水です」

 『意中の相手を自分に夢中にさせる』。
 なんと甘美な響きであろう
 男は買いたくなる衝動が沸き起こるが、なんとか押し留める。
 こういったものは、効果の怪しいパチモンと相場が決まっているからだ。
 男はこういったものに手を出し、お金だけを取られたことがあるので、なおさら警戒していた。

「信じられないな。
 パチモンじゃないの?」
「お客様の不安も分かります。
 巷には偽物が溢れていますからね……
 そこで当店では、お試し期間を設けています。
 もし効果があればお代金を、無ければ返品ということで、是非お試しを!」
「……それだったら俺に損はないな
 だけど持ち逃げされることあるんじゃないの?」
「ご安心ください。
 信用できそうなお客様にしか、この事は提案しておりません」
「別に心配してないけどな。
 まあいいや、一つ貰うよ」
「ありがとうございます」

 男は香水を受け取り、ウキウキしながら来た道を戻るのだった。

 ■

 10分後。
「おい、全然効果ないぞ。
 返品だ」
「えっ」
 香水が女の前に乱暴に投げ出される。
 女は震える手で香水を拾い上げる。
 
「そんな……
 私の自信作なのに……」
「とにかく返品だ。
 えらい目に会ったぜ」
 彼は頬にあるひっかき傷を、女に見せる。
 その傷は真新しいもので、意中の相手につけられたのは明白であった。

「……ご迷惑をおかけしました。
 では『意中の相手をメロメロにする香水:男性用』は引き取らせて――」
「『男性用』?」
「そうですが、なにか……
 まさか!」

 女は真実に気づく。
 男の意中の相手は女性ではなかったのだ。
 このご時世、男と男がくっつくのは珍しいことではない。
 女は自分の思い込みを反省しつつ、男に頭を下げる。

「申し訳ありません。
 てっきりお相手が女性とばかり……
 でしたらこちらをお使いください」
「『意中の相手をメロメロにする香水:女性用』?
 何が違うんだ?」
「意中の相手が男か女かによって配分を変えております。
 性別によって惹かれる香りというのが違うのですよ。
 紛らわしいのですが、先ほどの男性用は、意中の相手が女性であることを想定していました……
 しかし、この女性用の想定は男性……
 こちらをお使いください」
「まったく紛らわしい……」
「申し訳ありません。
 これをお使いになって、もう一度意中の相手にお会いください。
 効果は保証します」
「気が進まねえけど……
 まあいいや、もう一度やってやるよ」
「ありがとうございます」

 そう言って男は香水を受け取り、来た道を戻るのであった。

 ■

 10分後。
「おい、やっぱり効果なかったぞ。
 どうしてくれる!」
「そんなはずは……」
 男は憤りながら、先ほどと反対の頬を見せる。
 そこには新しく出来たひっかき傷が出来ていた。

「くそ、効果が無いだけならまだしも、また引っ掛かれるた
 最悪だよ」
「申し訳ありません」
 女は今にも泣きそうな顔で頭を下げる。
 この香水は彼女の自信作だった。
 絶対に効果があると、信じて疑わなかった。

 しかし男に効果が無いと言われたことで、女のプライドはズタズタだった。
 これほどの屈辱を味会うのは初めてであった。
 そのまま泣きわめきたくなる衝動を抑え、彼女は男の顔をまっすぐ見る。
 聞くべきことがあったからだ。

「お客様、差し支えなければ、お相手のことを聞いてもよろしいですか?
 今後の参考にしたいと思っています」
「参考ね……」

 男は少し考える。
 このまま香水を返して帰ろうと思っていた。
 しかし、女が泣きそうな顔をしたので心に罪悪感が芽生えた。
 仕方なく、男は意中の相手のことを話す。

「そうだな……
 アイツの目は綺麗な黄色でな。
 耳の形もシャープでキリっとしてて、姿勢も上品でカッコいいんだ
 俺が甘い言葉を言っても少しもなびかないし、贈り物も受け取らない。
 すごく冷たい奴だが、いつかメロメロにして、そして美しい毛並みを触りたいもんだ」
「美しい毛並み?
 もしかして人間ではないのですか?」
「当たり前だろ!」
「何が当たり前なのですか!
 人間と動物では、根本から違います!」
「す、すまん」
 女の叫びに、男は一歩後ずさる。
 あまりの気迫に、男は思わず謝罪の言葉が出た。

「全く……
 なんの動物ですか?」
「猫だ」
「猫ですか……
 今無いですね。
 作るので少し待ってください」

 女はわきに置いてあったカバンからいくつかの小瓶を取り出し、混ぜ始める。
 新しく香水を作ろうするが、男はそれを止めに入る。
 これ以上、関わりたくなかったからだ。

「作らなくてもいい。
 また引っ掛かれるのも嫌だしな」
「これは私のプライドの問題です。
 成功してもお代金は頂かないので使ってください」
「いや、俺は――」
「使ってください」
「お、おおう。
 分かった、分かったよ……」
 男は女の気迫に押され、頷く。
 それに満足したのか、女は作業を再開した。

「参考までに聞きたいのですが、その猫はどこにいるのですか?」
「あんたも猫好きか?」
「ええ」
「いいぜ教えてやるよ
 そこの角を曲がったところに中華料理屋があるだろ。
 そこにいる看板猫だよ」
 それを聞いた女の手が止まる。

「まさかタオちゃんですか?」
「なんだ知ってんのか。
 まあ、そうだよな。
 あそこの店は近所じゃ有名で――」
「この話無かったことにしてください」
 男は、女の言葉に耳を疑う。
 彼は女の急な心変わりが全く理解できなかった

「ちょっと待て。
 作るだの作らないんだの、勝手すぎるぞ」
「タオちゃんはなびかないのが良いのです。
 そのタオちゃんが誰かにメロメロ……
 解釈違いです。
 帰って下さい」
「はあ!?
 なんだそれ。
 やたら引っ搔いてくる猫が良いってか?
 おかしいぞ、お前」
「おかしいのはあなたです。
 自分になびかないからって、メロメロにする香水を使おうとしないでください」
「その香水を売っているお前だけに言われたくねえ!」
「うるさい。
 私もお金が必要なんですよ!」

 男と女がにらみ合う。
 今にもつかみ合いに発展しそうな険悪なムード。
 そして罵詈雑言の応酬に発展していく……

 それを冷めた目で見つめる影があった。
 猫のタオである。
 彼の元に、人間の男が何度も訪れたことに疑問を感じ、こっそりとついてきたのである。

 彼は賢く、ある程度人間の言葉も理解できた。
 それゆえに、あの諍いが自分が原因であることは分かってしまった。
 そして彼は悲しみに沈む
 自分の美しさは罪なのだと……

 タオは、自分に人間が近づかないよう、普段から引っ掻いたり威嚇するのだが、少しも効果が出ない。
 さらに、それが言い始める人間も出る始末……

 なんとか自分い夢中にさせないように出来ないものか?
 匂いがどうとか言っていたので、自分が臭くなれば人間も諦めるのだろうか……?
 彼は悩みながら、騒がしい場を後にするのだった。

8/31/2024, 3:02:21 PM