G14

Open App
9/1/2024, 1:03:58 PM

 俺の名前はアレク・セイ。
 誇り高き空軍学校の、戦闘機パイロット候補生。
 空軍学校創設以来の、伝説的な成績で戦闘機乗りになった男だ。

 と言いたいところだけど、万年補習の落ちこぼれ。
 赤点回避した日には、カンニングが疑われる始末。
 俺はバカなのだ。

 あ、伝説的ていうのは嘘じゃない。
 伝説的に悪いという意味だ

 自分で言うのもなんだが、身体能力はかなり高いので、それで学科をどうにかカバーした。
 教官からも『身体能力が化け物じゃなきゃ、とっくの昔に追い出している』と言われたくらいだ。
 学科は勝てないけれど、体を動かす系の科目は俺が一番だからな。

 そんな俺だが、この度ついに戦闘機に乗るための試験に合格し、今日初めて戦闘機に乗る。
 教官たちも苦い顔をしていたが、合格は合格。
 だれにも文句は言わせない。
 ということで、俺の専用戦闘機に乗り込こむ。

「うっひゃー。
 計器がいっぱい。
 えっと、どれを触ればいいんだっけ?」
「何かお困りですか」
「うわっ」
 俺は驚きいて変な声が出た。
 ここには俺しかいないはずなのに、なんで声が……

「誰だ!?」
「僕はこの戦闘機の補助AI。
 識別名、YAMER- 10型βタイプです
 よろしくお願いします」
 ホジョエーアイ……?
 あ、補助AIか!

「思い出した。
 俺たちの代から、戦闘機にはAIが乗ってるって言ってたな。
 それがこれか」
「その通りです。
 ではあなたのお名前をどうぞ」
「俺の名前はアレク・セイ。
 よろしくな」
「こちらこそ」

 俺とAIはお互いに自己紹介をする。
 少し話しただけだが、とてもAIとは思えないほど受け答えがスムーズだ。
 『実は人間が入ってます』と言われても信じてしまいそうなくらい。
 子供の頃、そんなアニメがあったけど、俺の生きてるうちに見ることが出来るなんて……
 科学の進歩ってスゲーな。

 そうだ感傷に浸っている場合じゃない。
 俺はこのAIに対して言わないといけないことがある。

「あのさ、言いたいことがあるんだけどいい?」
「なんでしょうか?」
「名前の事なんだけど、えっとYAMY……なんだっけ?」
「YAMER- 10型βタイプですか?」
「そうそれ!
 それ、言い辛いからヤマトって呼んでいい?」
「……はい?」
「いや、悪いね。
 俺、活舌悪くてさ。
 あんまり長いとかんじゃうのよ」

 考えているのだろうか、ヤマト(暫定)がしばらく沈黙する。
 呼び方を変えるだけなのに、何をそんなに悩むのだろうか?
 それとも、俺のカミングアウトに呆れているのか……
 『呆れる』っていよいよ人間じゃねえか

「……わかりました。
 僕の名前は、今より『ヤマト』です」
「助かるよ」
「噛んでパニックになられても困りますからね」
「気をつけます」

 ヤマトが言外に『妥協してやったんだから噛むなよ』って言ってる気がする。
 もし噛んだら説教されんのかな?
 おお、怖え。

「アレク、僕からも一言良いでしょうか?」
「なんだ?」
「僕はアレクに謝らないといけないことがあります」
「え、何?
 怖いんだけど」

 まさか欠陥品とか言うんじゃないだろうな。
 とうか変なとこあった?
 全く分からないんだけど。
 俺は大和の次の句を待つ。

「僕は、補助AIとしては不完全なのです」
「どういうこと?」
「もともと我々補助AIは、操縦者の手助けをするように設計されています。
 刻一刻と変化する環境や敵の動きに対応するために、常に計算し続け、柔軟に適応し、パイロットの見えない部分をフォローする。
 それが補助AIの役目。
 ですが僕の場合、それが柔軟に対応できないと言うか。
 少しの誤差も許せないと言うか……」
「つまり……
 頭が固いってこと?」
「ありていに言えばそうですね」
「なるほどね」

 ヤマトは、申し訳なさそうに謝って来る。
 この歯切れの悪さ、本当に人間じゃないの?

 それはともかく、AIにも個性があるって聞いたことあるけど、このヤマトは特別マジメな性格のようだ。
 だけどマジメくんっていうのは俺にとってありがたい。

「じゃあ、ちょうどいいな」
「はあ!?」
「お。AIでも驚くことあんの?」
「人間を模しているので驚く『フリ』は出来ます」
「『フリ』ねえ」

 こいつと話していると、本当に人間と話している錯覚に陥る。
 科学の進歩ってすごい(二回目)
 ……人類に反旗を翻さないよね?

「話を戻します。
 『ちょうどいい』とはどういった意味でしょうか?」
 おお、ヤマトが追及してくる。
 どことなく、怒っているような気がする。
 馬鹿にされたと思ったのだろうか?

 俺、かなりマジメに言ったんだけどなあ。
 本当に反旗を翻されても困るので、ちゃんと説明しておこう

「俺さ、不完全っていうか、なんでも物事がテキトーなんだよ。
 やることなす事中途半端で、勉強も集中できないからテスト悪くってな」
「よくここまで来れましたね」
「俺もそう思う。
 でもさ、ちゃらんぽらんの俺と、あたまでっかちのヤマト。
 足して割ったら『ちょうどいい』だろ?」
「適当過ぎませんか?」
「そうかもな。
 でも俺の適当さを、ヤマトの固さで正してくれるんなら、俺としては助かる。
 俺、人に言われないとなんも出来ないんだよ」

 ヤマトが息をのむのが分かる。
 それもそうだろう。
 だって、自分の欠点だと思っていたことを長所だと言われたら、そりゃ困惑するわな。
 

「俺、相棒がお前でよかったよ」
「……そうですか」
「あれ、照れてる?」
「照れてません」
「ま、そういう事だよ。
 半人前の俺と、完全じゃないお前、二人で一人前さ」

 決まったな。
 そう思ったのだけど、ヤマトが沈黙する。
 セリフ、臭すぎたかな。

「アレクは……
 本当に僕でいいのですか?
 僕、不完全なAIですよ」
「俺バカだから、完全なAIと不完全なAIの違いが分からん。
 だから問題ない。
 文句あっか?」
「……アレクが良いなら、それでいいです」

 ヤマトの答えにニヤリと笑う。
 これでヤマトは俺の事を認めてくれただろう。
 お互い命を預けるんだ。
 ちゃんと納得しないとね

「よし、挨拶終わり。
 そういう訳で補助AIとして仕事してくれ。
 早速教えて欲しい事がある」
「なんでしょう?」
「この計器、なんの計器なの?」
「……」
「黙らないで」
「それ速度計ですよ。
 基礎の基礎ですよ。
 大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって。
 これから覚えるから」
「早まったかもしれないなあ」

 これが俺とヤマトとの出会いだった。
 正反対の俺たちだけど、不思議と上手くいく確信が俺にはあった。
 だからどんな試練が待ち受けようとも、俺たちは超えることが出来るだろう

 こうして、不完全な俺たちの物語が始まったのだった。

8/31/2024, 3:02:21 PM

 とある町の路地裏、そこを一人の男が歩いていた。
 男は先ほど意中の相手にアタックしたもののまったく相手にされず、非常に落ち込んでいた。
 以前からアタックをかけていたのだが、一向に事態が好転しない
 アプローチの方法を変えるべきか……
 男が悩みながら路地裏の曲がり角を曲がった、その時だった。

「そこのお兄さん。
 何か買っていかない?」
 突然後ろから男を呼ぶ声がした。
 男は足を止め、声のしたほうを振り向く。
 視線の先には、ローブを被った胡散臭い女が露店が広げていた。
 どう考えてもまともじゃない状況に、彼の本能は危険を告げる。
 だが小心者の彼に、そのまま通り過ぎるような図太い神経は無かった。

「俺を呼んだか?」
「はい。
 見ればお困りのご様子。
 なにか力になれないかと思い、お声を掛けさせていただきました」
「ふーん」

 男は気のない返事を返す。
 こんな人通りの少ない路地裏で店を開くなど、まともな人間のすることではない。
 関わりたくないので、適当に話をして帰ろう。
 そう思って売っている商品を見るが、あるものが目に留まった。

「『意中の相手をメロメロにする香水:男性用』?」
「フフフ、お目が高い。
 読んで字のごとし、意中の相手を自分に夢中にさせる魔法の香水です」

 『意中の相手を自分に夢中にさせる』。
 なんと甘美な響きであろう
 男は買いたくなる衝動が沸き起こるが、なんとか押し留める。
 こういったものは、効果の怪しいパチモンと相場が決まっているからだ。
 男はこういったものに手を出し、お金だけを取られたことがあるので、なおさら警戒していた。

「信じられないな。
 パチモンじゃないの?」
「お客様の不安も分かります。
 巷には偽物が溢れていますからね……
 そこで当店では、お試し期間を設けています。
 もし効果があればお代金を、無ければ返品ということで、是非お試しを!」
「……それだったら俺に損はないな
 だけど持ち逃げされることあるんじゃないの?」
「ご安心ください。
 信用できそうなお客様にしか、この事は提案しておりません」
「別に心配してないけどな。
 まあいいや、一つ貰うよ」
「ありがとうございます」

 男は香水を受け取り、ウキウキしながら来た道を戻るのだった。

 ■

 10分後。
「おい、全然効果ないぞ。
 返品だ」
「えっ」
 香水が女の前に乱暴に投げ出される。
 女は震える手で香水を拾い上げる。
 
「そんな……
 私の自信作なのに……」
「とにかく返品だ。
 えらい目に会ったぜ」
 彼は頬にあるひっかき傷を、女に見せる。
 その傷は真新しいもので、意中の相手につけられたのは明白であった。

「……ご迷惑をおかけしました。
 では『意中の相手をメロメロにする香水:男性用』は引き取らせて――」
「『男性用』?」
「そうですが、なにか……
 まさか!」

 女は真実に気づく。
 男の意中の相手は女性ではなかったのだ。
 このご時世、男と男がくっつくのは珍しいことではない。
 女は自分の思い込みを反省しつつ、男に頭を下げる。

「申し訳ありません。
 てっきりお相手が女性とばかり……
 でしたらこちらをお使いください」
「『意中の相手をメロメロにする香水:女性用』?
 何が違うんだ?」
「意中の相手が男か女かによって配分を変えております。
 性別によって惹かれる香りというのが違うのですよ。
 紛らわしいのですが、先ほどの男性用は、意中の相手が女性であることを想定していました……
 しかし、この女性用の想定は男性……
 こちらをお使いください」
「まったく紛らわしい……」
「申し訳ありません。
 これをお使いになって、もう一度意中の相手にお会いください。
 効果は保証します」
「気が進まねえけど……
 まあいいや、もう一度やってやるよ」
「ありがとうございます」

 そう言って男は香水を受け取り、来た道を戻るのであった。

 ■

 10分後。
「おい、やっぱり効果なかったぞ。
 どうしてくれる!」
「そんなはずは……」
 男は憤りながら、先ほどと反対の頬を見せる。
 そこには新しく出来たひっかき傷が出来ていた。

「くそ、効果が無いだけならまだしも、また引っ掛かれるた
 最悪だよ」
「申し訳ありません」
 女は今にも泣きそうな顔で頭を下げる。
 この香水は彼女の自信作だった。
 絶対に効果があると、信じて疑わなかった。

 しかし男に効果が無いと言われたことで、女のプライドはズタズタだった。
 これほどの屈辱を味会うのは初めてであった。
 そのまま泣きわめきたくなる衝動を抑え、彼女は男の顔をまっすぐ見る。
 聞くべきことがあったからだ。

「お客様、差し支えなければ、お相手のことを聞いてもよろしいですか?
 今後の参考にしたいと思っています」
「参考ね……」

 男は少し考える。
 このまま香水を返して帰ろうと思っていた。
 しかし、女が泣きそうな顔をしたので心に罪悪感が芽生えた。
 仕方なく、男は意中の相手のことを話す。

「そうだな……
 アイツの目は綺麗な黄色でな。
 耳の形もシャープでキリっとしてて、姿勢も上品でカッコいいんだ
 俺が甘い言葉を言っても少しもなびかないし、贈り物も受け取らない。
 すごく冷たい奴だが、いつかメロメロにして、そして美しい毛並みを触りたいもんだ」
「美しい毛並み?
 もしかして人間ではないのですか?」
「当たり前だろ!」
「何が当たり前なのですか!
 人間と動物では、根本から違います!」
「す、すまん」
 女の叫びに、男は一歩後ずさる。
 あまりの気迫に、男は思わず謝罪の言葉が出た。

「全く……
 なんの動物ですか?」
「猫だ」
「猫ですか……
 今無いですね。
 作るので少し待ってください」

 女はわきに置いてあったカバンからいくつかの小瓶を取り出し、混ぜ始める。
 新しく香水を作ろうするが、男はそれを止めに入る。
 これ以上、関わりたくなかったからだ。

「作らなくてもいい。
 また引っ掛かれるのも嫌だしな」
「これは私のプライドの問題です。
 成功してもお代金は頂かないので使ってください」
「いや、俺は――」
「使ってください」
「お、おおう。
 分かった、分かったよ……」
 男は女の気迫に押され、頷く。
 それに満足したのか、女は作業を再開した。

「参考までに聞きたいのですが、その猫はどこにいるのですか?」
「あんたも猫好きか?」
「ええ」
「いいぜ教えてやるよ
 そこの角を曲がったところに中華料理屋があるだろ。
 そこにいる看板猫だよ」
 それを聞いた女の手が止まる。

「まさかタオちゃんですか?」
「なんだ知ってんのか。
 まあ、そうだよな。
 あそこの店は近所じゃ有名で――」
「この話無かったことにしてください」
 男は、女の言葉に耳を疑う。
 彼は女の急な心変わりが全く理解できなかった

「ちょっと待て。
 作るだの作らないんだの、勝手すぎるぞ」
「タオちゃんはなびかないのが良いのです。
 そのタオちゃんが誰かにメロメロ……
 解釈違いです。
 帰って下さい」
「はあ!?
 なんだそれ。
 やたら引っ搔いてくる猫が良いってか?
 おかしいぞ、お前」
「おかしいのはあなたです。
 自分になびかないからって、メロメロにする香水を使おうとしないでください」
「その香水を売っているお前だけに言われたくねえ!」
「うるさい。
 私もお金が必要なんですよ!」

 男と女がにらみ合う。
 今にもつかみ合いに発展しそうな険悪なムード。
 そして罵詈雑言の応酬に発展していく……

 それを冷めた目で見つめる影があった。
 猫のタオである。
 彼の元に、人間の男が何度も訪れたことに疑問を感じ、こっそりとついてきたのである。

 彼は賢く、ある程度人間の言葉も理解できた。
 それゆえに、あの諍いが自分が原因であることは分かってしまった。
 そして彼は悲しみに沈む
 自分の美しさは罪なのだと……

 タオは、自分に人間が近づかないよう、普段から引っ掻いたり威嚇するのだが、少しも効果が出ない。
 さらに、それが言い始める人間も出る始末……

 なんとか自分い夢中にさせないように出来ないものか?
 匂いがどうとか言っていたので、自分が臭くなれば人間も諦めるのだろうか……?
 彼は悩みながら、騒がしい場を後にするのだった。

8/30/2024, 1:26:36 PM

 四百年ほど前、ある所に田井尊という男がいた。
 彼は子孫代々武勇に優れたサムライの家系であり、彼もまた先祖と同じように勇敢なサムライであった。
 剣、弓も天下一品ばかりでなく、兵法や政治、さらに芸術や茶の作法にも精通しており、まさに非の打ちどころのない武人であった。

 そんな人物を世間が放っておくはずもなく、とあるお殿様が三顧の礼を持って彼を迎え入れた。
 その甲斐あってか、彼の武勇に恐れをなした近隣国は戦を挑もうとせず、国はながく平穏そのものであった
 そして日本全体が平和になるまで、大きな戦に巻き込まれることは無かった。

 徳川の世になってから数年後、田井尊はお殿様に暇乞いに行った。
 お殿様は驚いた。
 彼には何不自由ない生活を送らせていたし、不満そうな様子も無かったからだ
 どういうつもりなのか、お殿様は理由を尋ねた。

「この日本が戦乱で満ちていたのは今は昔、現在の日本は平穏そのものであり、戦いの気配はどこにもない。
 このわたくしめの武勇を活かすことはありません」
「しかし、ここを去ってどうするつもりだ。
 その言い方では、他の大名に仕えるわけでもあるまい」
「僧になりたいと思っています。
 日本各地を廻り、この戦乱の世で散っていったたくさんの魂を沈めとうございます」
「なるほど。
 普通であれば不可能と一蹴するが、他でならぬ田井尊の言葉。
 他の者は不可能でも、お主は成し遂げられるだろう」
 そう言ってお殿様は、今までの奉公に対して褒美を出し、彼を快く送り出したのだった
 
 そして彼は剃髪して僧となり、名を田井尊から耐尊とした。
 褒美でもらったお金は僧になるための準備に使った以外は、返納して旅に出たのであった

 ■

 旅を始めて一か月たったところ、耐尊は一日中飲まず食わずで歩きとある村にやって来た。
 耐えようのない空腹で、この村で食べ物を分けてもらうと思った耐尊だが、その目論見はもろくも崩れ去る。

 その村は酷く荒らされており、辺り一面に死体が転がるなど、悲惨な状況であったからだ。
 この平和な時代にありながら、まるで戦のようだと耐尊は思った。

 耐尊は村の長を訪れ、魂を鎮めるためお経を読みたいと願い出る。
 だがそこで聞かされたのは驚きの事実であった。
 この村の状況は戦によってではなく、化け物の仕業によるものだと言う

 それを聞いた耐尊は、自分が化け物を退治することを申し出る。
 しかし村の長は耐尊の申し出を拒否した。
 この化け物を退治しようと、何人もの力自慢や高名な僧が挑んだが、誰も帰ってこなかったからだ。
 だが村の長は、耐尊の熱意に押され化け物退治を依頼することにした。

 村の長から場所を聞き、耐尊は化け物がいるという森にやって来た。
「いるか、ばけもの。
 退治しに来てやったぞ」
「だれだ、世迷いごとを言うのは!
 二度とそんな口が利けないよう食ってやる」
「やってみるといい」

 耐尊が叫ぶと同時に、暗がりから何かが飛び出してくる。
 村を襲った化け物だ。
 耐尊は化け物の不意打ちを難なくかわす。

「お釈迦様のありがたいお経を聞くと言い」
 耐尊は数珠を手に持ち、お経を唱え始めた。
 多くの化け物は、お経を聞けばのたうち回り、いずれ浄化される。
 耐尊は持てる霊気を数珠に込めてお経と唱えた。
 だが、目の前の化け物には全く効いている様子はなく、耐尊は動揺する。

「馬鹿め、俺をそこら辺の三下と同じにするな。
 お経など俺には効かん。
 ただの言葉など何を恐れる必要がある?」
「なんだと!?」
「万事休すだな、人間!
 絶望に包まれたまま死ぬと言い」

 化け物の激しい攻撃。
 耐尊は身をねじってかわそうとするが、目にもとまらぬ猛攻によけきることが出来ず、耐尊の体に傷が増えていく。
 だが耐尊は追い詰められているにも関わらず、毅然《きぜん》とした態度をとっていた。

「ふん、すばしっこい野郎だ。
 逃げなければ一思いに殺してやるものを!」
「思いあがるでないぞ、化け物。
 お前ごときが俺に勝てるとでも?」
「何だと?」

 耐尊は持っていた数珠を放り投げる。
 化け物にお経が効かない以上、無用の長物だからだ。
 投げられた数珠は、ズシンと鈍い音を立てて地面にのめり込む。

「な、なんだ、その数珠は!?
 鈍い音がしたぞ」
「これか?
 これは特別に作らせた、鍛練用の数珠だ。
 重さは確か、十匁(約38キkg)だ」
「十匁だと!
 なんでそんなものを!?」
「鍛練用と言っただろう。
 そして……」

 耐尊は来ていた着物を脱ぎ棄て、ふんどし一丁になる。
 その服も見かけから想像できないような鈍い音を立てて、地面にめり込んだ。

「さて、これで楽になった。
 存分に殺し合おうではないか」
「待て、待ってくれ。
 話し合おう」
「もはや話し合うことなどない」
「待ってくれ、改心したから、人間を襲わないから」
「言葉はいらない、ただ……
 殺し合うだけだ」

 ■

「物の怪は退治しました。
 もうこの村を襲うことはありません」
「ありがとうございます。
 これで安心して暮らせます」
 村の長は、耐尊に何度も何度もお辞儀をする。
 彼は嬉しさのあまり、泣きながらお辞儀していた。

「もはや村を捨てるしかないと覚悟していたところです。
 感謝の言葉もありません」
「感謝の言葉だと?」
「あの…… 耐尊様?」

 村の長は、急に態度の変わった耐尊に体を震わせる。
 なにか変な事でも言っただろうか?
 村の長が不安で震えていると、耐尊は人を安心させるような笑顔で言った。

「感謝の言葉はいらない、ただ……」
「ただ?」
「ただ、食えるものを持って来てくれ。
 昨日から何も食ってないんだ」
 

8/29/2024, 3:01:30 PM

 新学期まであと数日、私は夏休みの宿題の処理に追われていた。
 親や友人から散々言われ、計画を建てて臨んだ今年の夏休み。
 けれど、事は計画通りに進むことは無く、夏休み終盤にも関わらず宿題の半分も終わってなかった。

 原因は分かっている。
 宿題の進捗が思わしくないのに、友人の沙都子の家に毎日遊びに行ったこと。
 でも後悔はしてない。
 だって楽しかったから。
 美味しいお菓子が出てくるんだよね。
 『宿題は後でも出来る』、『今はお菓子を堪能しよう』を合言葉に、未来の自分を信じて遊びに行った。

 けれど今朝、ついに宿題が終わってないことが親にばれた。
 今日ばかりは家から出さないと部屋に軟禁状態だ。
 過去の私よ、なんで頑張ってくれなかったのか。

 私は過去の自分を恨みながら、窮地を脱するため宿題と向き合っていた。
 けれど向き合うだけ……
 まったく分からん。
 何が分からないのかも分からん。
 何も手を付けられないまま時が流れる。

 こうなったら、最後の手段。
 漫画でも読むか
 どうせできないなら、楽しく一日を過ごそう。
 それに漫画を読んでいるうちに、何か思いつくかもしれない。
 そう思って近くにある漫画を取ろうとしたとき、お母さんが私を呼ぶ声がした。

「百合子、お友達よ」
 誰かと遊ぶ約束してたっけ?
 私は不思議に思いながらも、部屋を出る。
 けれどこの地獄のような時間から逃げられるなら誰でもいい。
 私は仮初の自由を感じながら玄関に向かうと、そこにはお母さんと楽しそうに談笑する沙都子の姿があった。
 なんで沙都子がここに?
 私が沙都子の突然の来訪に驚いていると、沙都子は悪そうな笑みを浮かべた。

「無様ね、百合子。
 だから夏休みの宿題は早く終わらせさいと言ったでしょう」
 私の顔を見るなり、嫌味を言う沙都子。
 わざわざ嫌味を言いに来たのだろうか?
 遊びに行けないことをメッセージで送った時は、『了解』の二文字しか返さなかったくせに。

「そうなのよ、百合子ったらあれだけ言ったのに宿題しなくってねえ。
 ほんと、誰に似たのかしら」
 沙都子の言葉に、お母さんが便乗する。
 そこは『そんなことないわ』じゃないの!?
 確かに宿題してないけど。
 言い返せないけど!

「何しに来たの?」
 私はお母さんを無視して沙都子に尋ねる。
 都合の悪い事は触れないのが吉だ。

「あら、遊びに来たのだけどダメだったかしら?
 いつもは百合子の方から来るけど、たまには私が来てもいいと思ったの」
 沙都子は意外そうな顔で私を見る。
 ちょっととぼけた顔なのに腹が立つ。
 
「そうじゃなくて、私連絡もらってないよ。
 そしたら抜け出して――違う、遊べないから断ったのにさ。
 分かったら帰って」
 一瞬お母さんから殺気が飛んできたので言い直す。
 沙都子と宿題、どっちの相手が楽かと言えば宿題の方だ。
 今の私に余裕はないから早く帰って欲しい。

 だが私の祈りは効き遂げられず、沙都子は『よく分からない』といった顔で私を見ていた。
 まさか粘る気か!?

「あら、遊びに行くのに連絡が必要なのかしら?」
「そうだよ!
 こっちにも事情ってものが――」
「でもあなたが遊びに来るときに、連絡を貰った事は無いわよ。
 まあ、来ない日のほうが少ないから、突然のアナタの来訪でも困ったことは無いけどね」
「うぐ」
 まさかのブーメラン!?
 沙都子め……
 やはり遊びに来たんじゃなくて、私で遊びに来たんだな。

「ああ、百合子が毎日遊びに行ってるの沙都子ちゃんの所だったのね。
 迷惑かけているでしょう?」
「もう慣れました」
 ウチの母が、沙都子をちゃん付けで呼ぶほど仲良くなってる……
 なんか嫌だなあ……
 これが嫉妬か。
 ていうか!

「私が迷惑をかけてる前提で話進めないで!」
「「かけているでしょ?」」
 二人のハモリが私の自尊心を傷つける。
 ここには私の味方はいないようだ。

「とーにーかーくー。
 私は宿題するんだからね。
 遊べないから!
 ほら帰って!」
「なら仕方がないわね。
 遊ぶのは中止ね」
 なんか思ったより、あっさり引き下がったな……
 これでようやく宿題に集中出来る。
 そう思っていると、沙都子は靴を脱いで家に上がって来た。

「沙都子ちゃん、申し訳ないけどお願いするわね」
「ご安心ください
 必ず成し遂げますわ」
「頼もしいわ。
 後でお菓子を持っていくわね」
「ありが――」
「待ったーーー!」

 私は二人の間に割って入る。
「ねえ、何の話?
 沙都子も帰るんだよね?」
「帰らないわよ」
「待って、意味が分からない」
「どうせ、宿題進んでないんでしょ?
 私が見てあげるわ」
「え?」
 シュクダイヲミテアゲル。
 何を言っているんだ、沙都子は……

「あら不満なの?
 嫌なのが顔に出ているわ」
「いやだよ、沙都子はスパルタだもん……」
「我がまま言っては駄目よ」
「嫌だ!
 私は一人で宿題する!
 誰にも邪魔はさせない!」
「待ちなさい百合子」
 お母さんが私の肩を力強く掴む。
 このまま有耶無耶にして部屋に戻ろうと思ったのに、肩を掴まれたら逃げられない。

「沙都子ちゃんと一緒に宿題しなさい。
 でないと……」
「でないと?」
「あなたの漫画コレクション、全部捨てるわ」
「そんな……」
「嫌なら、沙都子ちゃんと宿題しなさい。
 いいわね」
「…………はい」
 お母さんが肩から手を離すと、代わりに腕をとる人間がいた
 沙都子だった。

「さあ、バリバリ行くわよ!
 宿題が待ってるわ」
「あの、お手柔らかに……」
「弱音は許さないんだから」

 漫画を読むつもりだったのに、なんでこんなことに……
 こうして私は沙都子の突然の来訪によって、楽しい予定がキャンセルされるのであった……

8/28/2024, 1:47:02 PM

 俺の名前は、五条英雄。
 探偵だ。
 といっても、漫画のように難事件を解決するわけじゃない。
 専ら仕事は身辺調査やペット捜索をしている、地域密着型の探偵。
 それが俺。

 今日も浮気調査で、疑惑のある男を尾行していた。
 依頼人は男の妻、『浮気の証拠』が欲しいとの依頼だ。

 俺と助手は、カップルに偽装して浮気男を尾行する。
 助手の下手くそな演技にヒヤヒヤしたが、なんとか浮気相手の密会に立ち会うことが出来た。
 俺は浮気男たちに気づかれないようカメラで証拠を残していく。
 『成功報酬でトンカツが食える』。
 俺の心は、喜びにあふれていた……

 だが予想外の事が起こる。
 浮気男と浮気女が喧嘩し始めたのだ。
 そして浮気女がバッグを投げつけたかと思うと、そのまま走り去っていった。
 そして残された浮気男はというと、呆然として雨の中で佇んでいた……
 彼の心の中を表すように、雨が強くなり土砂降りである。

 ……なんでこうなった。
 『浮気現場をカメラで撮ってたら破局した』
 探偵歴は割と長いが、こんなん初めてだ。
 どうすんのコレ。

 妻は浮気を疑い、事実として夫は浮気していた。
 そこまではいい。
 だが今この瞬間、浮気は終わった。

 だが依頼人に報告すれば、この男は慰謝料をたんまり搾り取られることになる。
 まさに泣きっ面に蜂。
 悪いのはこの男なのに、なんだか追い打ちしているよう気分が悪い。
 どうすればいいんだ。

 そうだ、一緒に来た助手に相談しよう。
 そう思い振り返ると、助手はいい笑顔でこちらを見ていた。
 親指を立てて。
 『浮気男に天罰が下りましたね』と言わんばかりである。

 ……そうだね。
 女性から見たらそうなるね。
 浮気男なんて女の敵だし……

 だが俺は助手の顔を見たことで、覚悟が決まる。
 そう、浮気男は社会の敵なのだ。
 そして俺の依頼人は、そこに立っている男ではなく、奥さんのほう。
 ありのままを報告し、どうするかは依頼人が決めるべきだ。
 俺が勝手に決めていいことではない

 一応フラれた報告するために、雨に佇む男を写真で撮ってさあ帰ろうとなった時、、浮気男に近づく女性がいた。
 まさか二人目の浮気相手?
 驚いたが二人目がいるなら話は早い。
 これで依頼人に報告しても、心は痛まない。

 俺は手に持ったカメラで写真を撮ろうとして――
 しかし、その手が止まる。

 なんてこった。
 依頼人の奥さんじゃないか!?
 なんでこんなところに……

 俺が不思議に思っていると、俺たちのいる方をチラリ見て、そして口に人差し指を当てる
 なるほど、黙って見てろということか……
 よく分からんが、見守ろう。

 そのまま依頼人は、浮気男に近づき傘を差し出す。
 その時の男の驚きようは半端ではない。
 先ほどまで浮気していた現場に、自分の妻がやってきたのだから無理もない。

 浮気男は引きつった笑みを浮かべながら、受け取った傘を差す。
 遠くから見ても動揺しているのが丸わかりだった。
 依頼人の方はと言うと、恐いくらい優しい笑顔だった。

 俺は知っている。
 あの笑顔は、敵を破滅させることを決めた時する顔だ。
 この後、二人の間で話し合いが持たれるのだろう。
 どんな凄惨な話し合いが行われるのだろうか……
 想像したくもない。

 俺が恐怖に震えている間に、二人は去っていった
 浮気男よ、達者でな。

「依頼完了ですね」
 後ろから浮かれた助手の声がする。
 この場に似つかわしくない声だ。

「お前、何か知ってるな!」
「はい、依頼人の奥さんから、浮気相手と会う時になったら連絡をくれと言われてました」
「俺、聞いてないんだけど」
 マジで初耳なんですけど。
「聞かれてませんから」
「……ホウレンソウって知ってるか?」
 同じ女性と言うことで助手に対応させたのだが、失敗だったらしい
 後で説教だな。

「でも先生……
 先生は浮気なんてしないですよね」
「何の話だ?」
 急に話が変わって俺の頭にハテナが浮かぶ。
 なんで俺が浮気する話になっているんだ?

「私、この仕事始めてたくさん人の醜い部分を見てきました……
 お互い望んで一緒になったって言うのに、なぜ人は裏切るんでしょうか……
 先生は、私の事を見捨てたしませんよね?」
 助手の目が涙で潤む。
 不安でいっぱいの顔だ。
 ならば助手の安心させるために、男としてハッキリ言わねばなるまい。

「俺とお前、恋人関係じゃないよな。
 恋人ごっこ、まだ続ける気なのか?」
 この前食事奢ったときも似たようなことやられた。
 なんなの、コイツの中で流行ってんの?
 俺の苦言を聞くと、助手は呆れたようにため息をつく。

「はあ、先生もノリが悪いでですねえ。
 遊びなんだから、もう少しロマンチックなセリフ、言ってもいいんですよ」
「やだよ。
 どうせ飯を奢らせたいだけだろ」
「ソンナコトナイデスヨ」
「嘘つくのが下手糞すぎる」
 前もやったなこんなやり取り。

「こんな美人が頼んでいるんですよ。
 奢ってもバチは当たりませんよ」
「ならもう少しいい女になってから出直してこい」
「へえ、そんなこと言うんだ……」
 助手は、依頼人とはまた違った怖い笑顔になる。
 悪だくみを思いついた顔だ。
 コイツ、何をするつもりだ?

「ならなりましょう。
 今すぐに、いい女に」
「何言って――」
「『水も滴るいい女』。
 今丁度雨が降っているようですし、雨の中佇んだらいい絵になると思うんですよね」
「やめろバカ!」

 そんなことされてみろ。
 周囲から『あの男は彼女をびしょ濡れするクズ』だと思われるじゃないか!
 探偵業は評判が命なんだぞ。
 殺す気か。

「では、私をいい女と認めていただけますね」
「それは……
 分かったから飛び出す準備するな。
 くそ、お疲れ会として何か奢ってやる」
「やった!
 じゃあ、一時間後、いつものファミレスで!」
 そう言って助手は走り去っていった。
 偽装カップルで相合傘をするために一つしかない傘を持って……

「マジか」
 俺に濡れろと?
 この土砂降りで?

 さすがにそこまで考えてないと思うが、いくらなんでもそそっかしすぎる。
 助手が気付いて戻ってくることを祈りながら、雨を前に佇むのだった。

Next