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8/27/2024, 1:05:04 PM

 私の日記帳は、最新のAI搭載型である
 持っているだけで私の行動を記録・分析し、勝手に日記を書いてくれるスグレモノだ。
 これで夏休みの日記はバッチリだ。

 だが所詮はAI。
 たまには変なことを書くので、そのままは出すことは出来ない。
 そもそも日記の体裁を保っていない物や、日記だが事実と全然違ったりとか、書かれたりする。

 見る分には面白いけれど、こんなものを提出すれば怒られることは間違いない。
 なので使えそうな分は写して、駄目なところは適当に書くと言うのが、この日記帳の使い方なのだ。
 そんなわけで、新学期を明日に控え、日記を写す作業に勤しんでいた。

 とりあえず、パラパラページを捲っていく。
 7月は特に出かけていないので、これと言ったイベントは無い。
 テレビ見てたとか、マンガ読んでたとか、そんなのばっかり……
 だが問題なさそうなので、そのまま書き写す。

 だが7月31日の所で手が止まる。
 さすがに見過ごせないからだ。

『7月31日
 家族みんなでラーメンを食べに行った。
 とてもおいしかった』
 何の変哲もない夏休みの一日。
 だが問題なのは、絵の方。

 その日の絵には『鼻からラーメンを食べる』様子が書かれていた。
 ラーメンは鼻から食べる物じゃない事は小学生だって知ってる
 これだからAIは信用できない。
 私はのび太くんじゃないだぞ!

 そして次に目が留まったのは、8月13日。
 友達と一緒に肝試しに行った日だ。
 これにも、一つおかしい事が書いてある。

『8月13日
 友達と一緒に肝試し。
 めちゃくちゃ暗くて怖かった。
 あと、地縛霊に憑りつかれて大変だったです』

 馬鹿馬鹿しい。
 幽霊は非科学的。
 それに何か不幸な事があったわけでもない。
 これも書き直す。

 次。
『8月14日
 風邪をひいて熱が出て、ずっと部屋で寝てました』
 風邪をひいて寝込んだことが書かれていた。
 今まで忘れていたけど、確かに寝込んでいた……
 まさか本当に祟られたの!?

 ただ、私の記憶が正しければ、寝込んだのは一日だけ。
 それ以外に呪いみたいなのはなにも無い。
 私にとりついた悪霊はどうなったのだろう?

 私はページをめくり、8月15日の日記を読む。
『8月15日
 おじいちゃんの墓参りに行きました。
 おじいちゃん、天国でも元気でね』
 書かれているのはこれだけ。
 悪霊の事は何も触れていない。
 絵も墓の絵だけ……

 意味ありげに書いておいて、まさかのオチなし!?
 これだからAIは……あっ!
 よく見たら、絵の端っこの方に小さく、幽霊が連行されてどこかに行く様子が書かれていた。
 もしかしてお盆だから?
 うろいつていた所を、幽霊の警察?に捕まったのだろうか……

 謎が謎を呼ぶけど、面白かったので良しとする。
 これだから、日記帳を読むのを止められない。
 まあ、書き直すけど。

 そしてページをめくっていくが、他の所は特に問題なかった。
 今日の分を写して、これで宿題終了。
 これで心置きなく新学期を迎えられる――

 と思ったら、日記帳にもう一ページ書いてあった。
 今日の分はもう見終わった。
 と言うことは必然的に、明日の日記ということになる。
 まさかこのAI、私の行動を収集・分析し、次の日の私の行動を予測して書いていると言うのか!
 まさに未来日記。

 正直信じがたい話だ。
 未来なんて予測できるはずがないからだ。

 けれど、もし事故に遭った事が書かれていたら?
 事故を回避できるかもしれない。

 もし宝くじの番号が書いてあったら?
 私は大金持ちだ!

 私は好奇心を抑えられず、明日分の日記を読む。
 そこには書かれていたのは――

『登校日を間違えて先生に怒られた』

 私はとっさに登校日の書いてあるプリントと、カレンダーと見比べる……

 ……
 …………
 ………………

 私は衝撃の事実に膝から崩れ落ちる。
 登校日、今日だ……

 なんてこった。
 今から行ってももう遅い。
 今日は始業式だけで終わりだからだ。

 つまり、怒られるのは確定……
 未来が分かっているのに、回避できないなんて……
 私はがっくり肩を落とし、そのまま布団に入る。

 どうにもならない未来を前にして、私は夢の世界に逃げるのであった。

8/26/2024, 1:47:47 PM

 俺の名前は、五条英雄。
 私立探偵をやっている。

 俺の所には、他の探偵では解決できない難事件が持ち込まれる。
 それを解決するのが俺の仕事。
 鮮やかに解決する様子に、街は俺の噂で持ち切りだ。
 今日も、噂を聞いた依頼人に『あなたしかいない』と懇願された、家出猫の引き渡しを終えたところだ。

 喜んだ依頼人から依頼料をたくさん弾んでもらったので、今日は贅沢に外食することにした。
 ということで、今日は思い切ってファミレスで食べることにした。
 近くにあったファミレスに入り、俺は空いていたテーブル案内される。

 今日は何を食べようか?
 チャーハン?
 それともパスタ?
 いや奮発してステーキを……
 くそ、腹が空いているからどれもおいしそうに見える……
 俺がメニュー表とにらめっこしていた時、不意にテーブルを挟んだ向かい合わせのソファーに誰がが座る気配がした

「相席いいですか?」
 聞き覚えのある声に驚き、メニュー表から顔を上げる。
 テーブルを挟んで向かい合わせの席に座っていたのは、なんと我が探偵事務所で雇っている助手であった。
 今日の助手は休みのはずなのだが、なぜここに?
 湧いた疑問をよそに、助手は俺に笑いかける

「先生、食事をご一緒します」
 見惚れてしまいそうな美しい笑顔。
 こんなのを見せられたら、どんな男もイチコロだろう。
 だから、俺の助手の提案の答えは決まっていた。

「ダメだ、どっか行け」
 俺はハッキリと断る。
 残念だが、もう俺には助手の営業スマイルは効かんよ。
 それで何度こき使われたことか……

 それにだ。
 モノを食べる時はね。
 誰にも邪魔されず、自由で なんというか救われてなきゃあダメなんだ。
 独りで静かで豊かで……

 という訳で、俺は一人レストランで食事を楽しむのであった。
 
 完

「待ってください。
 私みたいな美人が食事のお誘いですよ!?
 なんで断るんですか!?」
「美人って自分で言うのかよ……
 まあいい。
 理由だが、俺は仕事とプライベートを分ける人間だから。
 以上だ」
「それは私もです」
「だったら声をかけてくんなよ」
「スイマセン、財布忘れてご飯が食べられないんです。
 ごはん代貸してください」
 助手が両手で拝むようにお願いしてくる。
 始めからそう言えばいいのに……

「全く……
 奢ってやるから、好きな物を頼め。
 依頼料が入って、金があるからな」
「やった。
 じゃあ期間限定パスタと鉄板焼きステーキ、サラダ、ドリンクバーに、えーとえーと、あ、デザートもいいですか?」
「奢りと分かった途端、急に調子に乗り始めたな」
「奢りですから。
 それでデザートは?」
「いいよ、頼むといいさ」

 俺と助手は、互いに遠慮が無い。
 気を許していると言えば聞こえはいいが、ただ単に扱いが雑なだけである。

 なんだかんだお互いが食べたいものを注文し、ホッと一息。
 ひと段落付いて何気なく正面を見ると、助手と目が合う。
 そして俺は気づいてしまった。


 『これ、実質デートじゃね?』と……


 油断していた。
 助手を追っ払えばよかった、マジで!

 言いたくはないが、俺は女性と付き合った事は無い。
 なのでこいう時どうすればいいか、なにも分からん。
 名探偵の俺でも、これだけはお手上げだ。
 どうすればいい?
 考えろ、俺!

「こうして向かい合って、ご飯を一緒に食べるのは初めてですね」
 頭を高速回転をさせていると、助手が話を振って来た。
 これ幸いにと俺は話に乗っかる。
 意識していることがバレないよう、話を合わることにする

「そうだな。
 結構長い事一緒にいるが、こうして店で一緒に食べるのは初めてだ」
 俺と助手は昼飯のスタイルが違う。
 俺は事務所で簡単な料理を作るかコンビニ弁当。
 助手は近所の食べ物屋で食事。
 中で食べる派と外で食べる派で平行線。
 今日は珍しく交わったが、今後は無いだろうし、合わせる気もない。
 俺はそう思っていたのだが……

「あの、先生……」
 助手の歯切れが急に悪くなる。
 何事かと助手の顔を見れば、頬も赤く染まっている。
 体もモジモジしているし、まさかこれは……

「あの、また食べに来ませんか?」
 やはり次のデートのお誘い!
 まさかのモテキ到来に動揺するが、ここで答えを間違えてはいけない。
 うかつな発言は火傷するだけ……
 俺はゆっくりと自分の気持ちを伝える。
 
「俺は嫌だ。
 なんか副音声で『奢れ』って聞こえたから」
「ソンナコトナイデスヨ」
「お前、探偵舐めんな。
 そんくらい分かるわ」

 焦ったのか、いきなりぶっこんで来たから、逆に冷静になったわ。
 だが、ジワリ来られたらどうなったか分からない。
 正直助かった……
 助手が「くっそー」と悔しがっていると、店員が料理を持ってやってきた。

「お待たせしました。
 ご注文の品です」
 テーブルの上に料理が並べられる。
 なお、テーブル上の料理の8割は助手の物だ。
 ……頼み過ぎである。

「「いただきます」」
 俺たちは目の前の料理に手を付ける。
 目の前のたくさんの料理を前にして、目を輝かせる助手。
 今までの色っぽい雰囲気はどこへやら。
 女は魔物って本当だったんだな
 だがまあ……

「おいしー」
 おいしそうに食べる助手の顔を見たら、俺も嬉しくなってしまう。
 男もまた、単純と言うのは本当らしい。
 自分のバカさ加減に呆れる。

 だが、助手と食事はなかなか楽しい。
 今度食事に誘うのもいいかもしれない。
 そう思う、俺なのであった。

 ――ただし、次は奢らないがな

8/25/2024, 1:24:25 PM

「ねえ沙都子、いい機会だから前から言うね?
 思い付きで行動するのは、ほどほどにしたほうがいいよ」
「奇遇ね、百合子。
 私もちょうどその事で反省していたところよ……」

 私は今、クルーザーの甲板に椅子並べて海を見ていた。
 隣に座っているのは、友人の沙都子。
 このクルーザーの持ち主兼船長である。
 沙都子はお金持ちの家の娘なのだ。

 私は、クルーザーに乗って仲のいい友人と一緒に海を眺めておしゃべりする事に、少しだけ憧れていたりする。
 だってエモいじゃん。
 昔映画かドラマで見て、そのころから夢だったんだよね。

 なのだけど、私の気持ちはどんより沈んでいた
 夢が叶ったと言うのに、全然嬉しくなかった
 本当に、夢のままだったらよかったのに。

「本当にごめんなさい、百合子。
 私のミスで……」
「いいからいいから。
 ほらジュース飲もうよ」
「……ええ」

 沙都子は心底申し訳なさそうに謝って来る。
 私はそんな沙都子を励まそうと、無理矢理テンション高めで話す。
 けれど、逆効果なのか沙都子はさらに落ち込んでしまう。

 それも仕方ないことなのかもしれない。
 私たちは今、海で遭難しているのだから

 ■

 事の発端は、私が『海へ行きたい』と言った事から始まる。
 未だに強い日差しに対するただの愚痴だったのだが、それを聞いた沙都子が自分も行きたくなったらしい。
 お金持ちの沙都子は加減を知らないらしく、お金と人員を駆使して、私が言い出した30分後には港に来ていた。
 住んでいるところは海から結構遠いんだけど、ヘリを飛ばしたり車で秘密の地下通路を通ったりしてあっという間に海に着いた。
 お金持ちって怖い。
 海に行くのはいいけれど、もう少し落ち着いて行動できないだろうか……

 ちなみに私は有無を言わされず連れてこられた。
 確かに「海行きたい」っていったけどさ。
 一度は確認を取って欲しかった
 まあいいけど。

 そして海に着いた私たちは、沙都子の案内されクルーザーに乗り込む。
 てっきり海水浴をすると思っいた私は肩透かしを食らったけど、初めてクルーザーに乗ると言うことで、私はこれ以上なくウキウキしていた。
 そして沙都子の護衛用の船の準備に時間がかかると言うことで、私たちが先に出ることになった。

 そこまでは良かった。

 陸地が小さな点になった所まで出たところで、急にクルーザーのエンジンがストップ。
 慌てて原因を調べたところ、原因はただの燃料切れ。
 沙都子が急いで海に出たがるあまり、出航前の点検を怠ったためらしい。
 予備の燃料も無いから、護衛が来るまで待っていよう。
 そう言って周囲を見渡せばさっきまで辺り一面海しかなく、私たちは遭難したことに気づいたのだった。

「ごめんなさいね。
 海に来てはしゃぎ過ぎたみたい。
 燃料の確認をしておけば良かったわ」
「ホントホント。
 本当に、海はノリだけで行動するもんじゃないね」

 私は努めて明るい調子で話す。
 本心では沙都子に言いたい事があるがぐっと抑える。
 たしかに遭難は沙都子のミスである。
 けど、文句を言っても何も解決しない。

 だから、せめて最後の時まで、仲良く楽しくいよう。
 そう思って、気分だけでも盛り上げようと、明るく振舞っているのだけど上手くいかない。
 私がやるせない気持ちでいると、なにかを思い出した沙都子が手を叩いた。

「そうだ!
 今思い出したんだけど、私スマホ持っていたわ。
 これで助けを求めればいいのよ」
「そりゃ凄い!
 ……で、電波入る?」
「……入らない」
「だろうね」
 遭難したことに気づいた私が真っ先に確認したことだ。
 というか真っ先に思いつくことだと思うけど……
 沙都子も相当混乱しているようだ。

「意味ないじゃんか!
 ああー、私の人生がこんなところで終わるなんて!
 せめて船の通信機が動けば」
「それよ!」
「え?」
 沙都子が急に大声を出して立ち上がる。

「どうしたの?」
「船の通信機で助けを呼べばいいの」
「……はい?」
 助けが呼べないから困っていると言うのに、沙都子はいったい何を言っているのか……
 追い詰められて、沙都子はおかしくなったのだろうか?

「どういうこと……?
 あ、もしかして遭難したって嘘!?」
「エンジンが止まったのは本当よ。
 遭難したのも本当。
 ただ……」
「ただ?」
「ただ普通にクルーザーの通信機で助け呼べばよかったなって……」
 私は自分の耳を疑う。
 通信機?
 それ、真っ先に使うべき機器じゃんか!

「最初に言ってよ!
 メチャクチャ焦ったじゃんか!」
「私も焦って忘れてたのよ。
 今から連絡するから」

 沙都子は急いで操縦室に入っていき、機械を操作し始めた。
 しばらくガラス越しに見ていていたが、連絡がついたのか、沙都子は私に向かって手で大きな丸を作る。

 それを見て私は、ホッとして椅子に深く腰掛ける。
 良かった。
 本当に良かった。
 助かったのはいいけれど、沙都子も慌て過ぎである。

 それにしてもと思う。
 クルーザーに乗らなければこんなトラブルに巻き込まれなかっただろう。
 文句を言ってやろうとも思ったが、遭難するまでは楽しかったのも事実。
 どうしたものかと悩んでいると、沙都子が私のそばまで寄って来る。

「私たちの船のGPSはずっと把握してて、護衛がこっちに来てるらしいわ。
 これで安心ね」
 満面の笑みで報告してくる沙都子。
 それを見て私は、考えを改める
 そうだよ、助かったんだから別にいいじゃないか。
 終わりよければすべてよし、である。
 私はやるせない思いを抱えながら、自分に言い聞かせるのだった。

8/24/2024, 3:02:22 PM

「海へ行きたい」
 私の何気ない一言が発端だった。

 今日も今日とて暑いことに辟易し、思わず口に出してしまったその一言。
 今年はバタバタしてて、結局海に行けなかったなあという、ただの愚痴である。
 言ったところで、普通は何も起こらない。
 だから、特に意味もなく口に出した。

 けれど今なら思う。
 軽率だったと……
 
 愚痴を言った時、私は友人の沙都子の部屋に遊びに来ていた。
 億万長者の友人の家に、である。

 私の愚痴を耳ざとく聞いた沙都子は、私を見るとニヤリと笑う。
 コレまでの付き合いから、『碌でもないイタズラを思いついたのだろう』と高を括る。
 何か変なこと言い出したら逃げよう。
 そう思っていたのだが、意外にも沙都子は何も言わず、ゆっくりと腕を上げるだけだった。

 次の瞬間、沙都子は指を鳴らす。
 私は『やっぱりお金持ちって指パッチンするんだな』と呑気に考えていたのだが、それがいけなかった。

 いきなり、部屋に屋敷の執事やメイドが入って来たのである。
 突然の出来事に驚いて固まっていると、入って来たメイドの数人がこっちに一直線に向かってきて、私を取り囲む。

「失礼します」
 メイドの一人がお辞儀をしたかと思うと、急に体が浮き上がる感覚を覚える。
 数人のメイドたちが私を担ぎ上げたのだ。

「待って、何これ!?」
 抗議の声を上げるが、誰にも答えてもらえないまま、屋敷の外まで運び出される。
 抱えられて体の自由が利かないのだが、なんとか体をねじって進行方向を見る。
 すると屋敷の庭にヘリコプターがあるのが見えた。
 さすが金持ち、ヘリコプターも持っているのか!
 ……もしかしてアレに乗るの?

 そう思っていのも束の間、私はヘリコプターに押し込まれる。
 自分に何が起こったのか何も分からないが、気持ちを落ち着かせるために深呼吸していると、沙都子が優雅に乗り込んできた。
 乗り込んですぐ沙都子は、ヘリコプターのパイロットに指示を出して、ヘリコプターはそのまま離陸する。

 そして離陸して数分、ようやく気持ちが落ち着いた私は、沙都子に質問をぶつける。
「沙都子、これは何?」
「何って……
 決まってるじゃない。
 海へ行くのよ」
「海!?
 なんで海!?」
 私が叫ぶと、沙都子が不思議そうな顔をする。

「あなた、『海行きたい』って言ったでしょ。
 それを聞いて、今年は私も海に行ってないことを思い出してね。
 それで海に行く事にしたの」
「いやいやいや」

 確かに海へは行きたかった。
 だけど! こんな急に! 誘拐みたいな形で行きたいとは一言も言ってない!
 沙都子は金持ちだからなのか、ときおり突拍子の無い事をする。

「沙都子、いい機会だから言っておくけど、海に行くのは入念な準備と計画がいるの。
 こんなに急に連れてこられても、泳げないよ」
「まさか、泳げないの?」
「違うわい!
 水着を持って来てないの!」
「ああ!」
 沙都子は納得がいったのか、両手を叩く。
 さすがに分かってくれたらしい。
 ここまで来て海を見て帰るのだけは避けた――

「そこは心配いらないわ。
 途中でデパートによって買いましょう。
 今回は私が連れ出したから、買ってあげるわ」
「は?」
 沙都子の発言に間の抜けた返事をしてしまう。
 そこで、『買ってあげる』っていう発言が出る辺り、沙都子は金持ちなんだと思い知らされる。
 私の方は、新しい水着を買うかどうか迷って、結局買わなかったくらいにはお金が無いというのに……
 これが広がる貧富の差か……

 あまりの境遇の差に腹が立も立たな――
 腹が立つから、うんと高い水着を買わせよう。

「ところで……」
 沙都子が歯切れ悪く、声をかけてくる。
 やましい事を考えていることがバレたかと思って身構えるが、沙都子の顔はこちらを気遣う表情だった。

「今思い出したんだけど……
 あなた高所恐怖症だったわよね。
 大丈夫なの?」
「へ?」

 沙都子に言われて窓の外を見る。
 いや見てしまった。
 ヘリコプターから、私たちの住む町がはるか下に見えた。

「うわあああああ。
 下ろしてえぇ」
「ちょっと、暴れないで」
「ああああああ」
「悪かったわ!
 だから少し落ち着いて!
 計画変更よ、近くに降りれる場所で降りて!」
「了解!」

 私は地獄の数分を耐えたのちに、ヘリコプターから下ろされる。
 降りたすぐそばには、当たり前の様に高そうな車が停まっており、私は促されるまま車に乗り込む。
 もう突っ込む気力が無い……

 行くだけでもコレなのに、海に着いたらどんなイベントが待っているのだろうか?
 ビーチ貸し切りとかしてないよね……
 一行は、私が抱く不安と若干の吐き気を知らず、車はまっすぐ海へと向かうのだった。

8/23/2024, 2:15:53 PM

 皿洗いを終えて廊下に出ると、裏返しになったパジャマが脱ぎ散らかしてあった
 他にもズボン、下着が投げてあり、脱衣所へと続いている。
 すべて裏返しである。
 いつも器用に裏返すものだから、感心してしまう

 一体誰の仕業であろう。
 なんて聞かなくても決まっている。
 娘の百合子である。

 今年から高校生になったと言うのに、服を脱ぎ散らかす癖は未だに直らない。
 何度も言っているのだが、本人はどこ吹く風。
 苦労するのは本人だって言うのに、百合子は少しも分かってくれない。
 『親の心子知らず』ということわざが身に染みる、今日この頃。
 私達は百合子を甘やかし過ぎたのかもしれない

 百合子は四人兄妹の末っ子で甘えん坊だ。
 お兄ちゃんとお姉ちゃんから可愛がられ、本人も実に甘え上手。
 クラスでも人気者らしい。

 でもそれが通用するのは子供の間だけ。
 社会に出たら、甘えても誰も助けてくれないのだ……
 いや、でも百合子ならあるいは、なんとかなるかも……
 我が娘ながら、本当に甘えるのだけは上手なのだ。

 とはいえ、しつけは大事。
 『兄ちゃんが困ってるから、せめて下着だけは片づけろ』と言い続けた結果、なんとか下着だけは片づけるようにはなった。
 今日は脱ぎ散らかしているけど……
 急いでいるらしい。

 友達の家に遊びに行くので急いでいるらしいが、ゆっくり服を着ても、そんなに時間は変わらないだろうに……
 よっぽど遊びに行くのが楽しみなのだろう。

 そういえば夏休み中、毎日遊びに行っているけどだ大丈夫なのだろうか?
 先方は迷惑してない――わけないよなあ……
 だって百合子は元気いっぱいだもの。
 勢いあまって物を壊しているかと思うと、心配で仕方がない

 やっぱり今度菓子折りでも持って行かせよう。
 百合子は『必要ないって言われた』って言ってるけど、大人には大人の付き合いがあるのだ。

 娘の将来について考えながら服を回収していると、脱衣所の扉が勢いよく開く。
 現れたのは、よそ行きの服に着替えた百合子だ。
 百合子は私の存在に気が付くと、ヒマワリのように笑う

「母さん、行ってくるから」
「待ちなさい」
「しゅ、宿題ならやったよ」
「そうじゃないわよ、ほら服が裏返しになってる」
「ホントだ」

 百合子はその場で脱いで、服を裏返してから着る。
 高校生になったんだから、もうちょっと、こう、慎みを……
 いや言うまい。
 それよりも言うべきことがある

「迷惑かけちゃだめだからね。
 騒ぎ過ぎないようにね」
「はーい」
「お菓子貰ったら、ちゃんとお礼を言うのよ
 いいわね?」
「もー、分かってるから、母さん」

 百合子は一瞬私の小言に嫌な顔をする。
 私だって言いたくもないけれど、百合子の事が心配なのだ。
 小言が多くなるのは、愛情の裏返し。
 それを理解してくれる時はくるのだろうか?

「それから――」
「行ってきます」
 これ以上小言はいらないとばかりに、百合子は玄関へと走り去っていく。
 引き留めようかと思ったけど、やめておく。
 これ以上言っても聞く耳をもたないだろう。
 それに友達を待たせるのも悪いしね。

 でもね、百合子。
 人の話は最後まで聞くべきなの。
 ほら、あなたが着ている服。
 前後が逆になってる。

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