皿洗いを終えて廊下に出ると、裏返しになったパジャマが脱ぎ散らかしてあった
他にもズボン、下着が投げてあり、脱衣所へと続いている。
すべて裏返しである。
いつも器用に裏返すものだから、感心してしまう
一体誰の仕業であろう。
なんて聞かなくても決まっている。
娘の百合子である。
今年から高校生になったと言うのに、服を脱ぎ散らかす癖は未だに直らない。
何度も言っているのだが、本人はどこ吹く風。
苦労するのは本人だって言うのに、百合子は少しも分かってくれない。
『親の心子知らず』ということわざが身に染みる、今日この頃。
私達は百合子を甘やかし過ぎたのかもしれない
百合子は四人兄妹の末っ子で甘えん坊だ。
お兄ちゃんとお姉ちゃんから可愛がられ、本人も実に甘え上手。
クラスでも人気者らしい。
でもそれが通用するのは子供の間だけ。
社会に出たら、甘えても誰も助けてくれないのだ……
いや、でも百合子ならあるいは、なんとかなるかも……
我が娘ながら、本当に甘えるのだけは上手なのだ。
とはいえ、しつけは大事。
『兄ちゃんが困ってるから、せめて下着だけは片づけろ』と言い続けた結果、なんとか下着だけは片づけるようにはなった。
今日は脱ぎ散らかしているけど……
急いでいるらしい。
友達の家に遊びに行くので急いでいるらしいが、ゆっくり服を着ても、そんなに時間は変わらないだろうに……
よっぽど遊びに行くのが楽しみなのだろう。
そういえば夏休み中、毎日遊びに行っているけどだ大丈夫なのだろうか?
先方は迷惑してない――わけないよなあ……
だって百合子は元気いっぱいだもの。
勢いあまって物を壊しているかと思うと、心配で仕方がない
やっぱり今度菓子折りでも持って行かせよう。
百合子は『必要ないって言われた』って言ってるけど、大人には大人の付き合いがあるのだ。
娘の将来について考えながら服を回収していると、脱衣所の扉が勢いよく開く。
現れたのは、よそ行きの服に着替えた百合子だ。
百合子は私の存在に気が付くと、ヒマワリのように笑う
「母さん、行ってくるから」
「待ちなさい」
「しゅ、宿題ならやったよ」
「そうじゃないわよ、ほら服が裏返しになってる」
「ホントだ」
百合子はその場で脱いで、服を裏返してから着る。
高校生になったんだから、もうちょっと、こう、慎みを……
いや言うまい。
それよりも言うべきことがある
「迷惑かけちゃだめだからね。
騒ぎ過ぎないようにね」
「はーい」
「お菓子貰ったら、ちゃんとお礼を言うのよ
いいわね?」
「もー、分かってるから、母さん」
百合子は一瞬私の小言に嫌な顔をする。
私だって言いたくもないけれど、百合子の事が心配なのだ。
小言が多くなるのは、愛情の裏返し。
それを理解してくれる時はくるのだろうか?
「それから――」
「行ってきます」
これ以上小言はいらないとばかりに、百合子は玄関へと走り去っていく。
引き留めようかと思ったけど、やめておく。
これ以上言っても聞く耳をもたないだろう。
それに友達を待たせるのも悪いしね。
でもね、百合子。
人の話は最後まで聞くべきなの。
ほら、あなたが着ている服。
前後が逆になってる。
8/23/2024, 2:15:53 PM