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「ねえ沙都子、いい機会だから前から言うね?
 思い付きで行動するのは、ほどほどにしたほうがいいよ」
「奇遇ね、百合子。
 私もちょうどその事で反省していたところよ……」

 私は今、クルーザーの甲板に椅子並べて海を見ていた。
 隣に座っているのは、友人の沙都子。
 このクルーザーの持ち主兼船長である。
 沙都子はお金持ちの家の娘なのだ。

 私は、クルーザーに乗って仲のいい友人と一緒に海を眺めておしゃべりする事に、少しだけ憧れていたりする。
 だってエモいじゃん。
 昔映画かドラマで見て、そのころから夢だったんだよね。

 なのだけど、私の気持ちはどんより沈んでいた
 夢が叶ったと言うのに、全然嬉しくなかった
 本当に、夢のままだったらよかったのに。

「本当にごめんなさい、百合子。
 私のミスで……」
「いいからいいから。
 ほらジュース飲もうよ」
「……ええ」

 沙都子は心底申し訳なさそうに謝って来る。
 私はそんな沙都子を励まそうと、無理矢理テンション高めで話す。
 けれど、逆効果なのか沙都子はさらに落ち込んでしまう。

 それも仕方ないことなのかもしれない。
 私たちは今、海で遭難しているのだから

 ■

 事の発端は、私が『海へ行きたい』と言った事から始まる。
 未だに強い日差しに対するただの愚痴だったのだが、それを聞いた沙都子が自分も行きたくなったらしい。
 お金持ちの沙都子は加減を知らないらしく、お金と人員を駆使して、私が言い出した30分後には港に来ていた。
 住んでいるところは海から結構遠いんだけど、ヘリを飛ばしたり車で秘密の地下通路を通ったりしてあっという間に海に着いた。
 お金持ちって怖い。
 海に行くのはいいけれど、もう少し落ち着いて行動できないだろうか……

 ちなみに私は有無を言わされず連れてこられた。
 確かに「海行きたい」っていったけどさ。
 一度は確認を取って欲しかった
 まあいいけど。

 そして海に着いた私たちは、沙都子の案内されクルーザーに乗り込む。
 てっきり海水浴をすると思っいた私は肩透かしを食らったけど、初めてクルーザーに乗ると言うことで、私はこれ以上なくウキウキしていた。
 そして沙都子の護衛用の船の準備に時間がかかると言うことで、私たちが先に出ることになった。

 そこまでは良かった。

 陸地が小さな点になった所まで出たところで、急にクルーザーのエンジンがストップ。
 慌てて原因を調べたところ、原因はただの燃料切れ。
 沙都子が急いで海に出たがるあまり、出航前の点検を怠ったためらしい。
 予備の燃料も無いから、護衛が来るまで待っていよう。
 そう言って周囲を見渡せばさっきまで辺り一面海しかなく、私たちは遭難したことに気づいたのだった。

「ごめんなさいね。
 海に来てはしゃぎ過ぎたみたい。
 燃料の確認をしておけば良かったわ」
「ホントホント。
 本当に、海はノリだけで行動するもんじゃないね」

 私は努めて明るい調子で話す。
 本心では沙都子に言いたい事があるがぐっと抑える。
 たしかに遭難は沙都子のミスである。
 けど、文句を言っても何も解決しない。

 だから、せめて最後の時まで、仲良く楽しくいよう。
 そう思って、気分だけでも盛り上げようと、明るく振舞っているのだけど上手くいかない。
 私がやるせない気持ちでいると、なにかを思い出した沙都子が手を叩いた。

「そうだ!
 今思い出したんだけど、私スマホ持っていたわ。
 これで助けを求めればいいのよ」
「そりゃ凄い!
 ……で、電波入る?」
「……入らない」
「だろうね」
 遭難したことに気づいた私が真っ先に確認したことだ。
 というか真っ先に思いつくことだと思うけど……
 沙都子も相当混乱しているようだ。

「意味ないじゃんか!
 ああー、私の人生がこんなところで終わるなんて!
 せめて船の通信機が動けば」
「それよ!」
「え?」
 沙都子が急に大声を出して立ち上がる。

「どうしたの?」
「船の通信機で助けを呼べばいいの」
「……はい?」
 助けが呼べないから困っていると言うのに、沙都子はいったい何を言っているのか……
 追い詰められて、沙都子はおかしくなったのだろうか?

「どういうこと……?
 あ、もしかして遭難したって嘘!?」
「エンジンが止まったのは本当よ。
 遭難したのも本当。
 ただ……」
「ただ?」
「ただ普通にクルーザーの通信機で助け呼べばよかったなって……」
 私は自分の耳を疑う。
 通信機?
 それ、真っ先に使うべき機器じゃんか!

「最初に言ってよ!
 メチャクチャ焦ったじゃんか!」
「私も焦って忘れてたのよ。
 今から連絡するから」

 沙都子は急いで操縦室に入っていき、機械を操作し始めた。
 しばらくガラス越しに見ていていたが、連絡がついたのか、沙都子は私に向かって手で大きな丸を作る。

 それを見て私は、ホッとして椅子に深く腰掛ける。
 良かった。
 本当に良かった。
 助かったのはいいけれど、沙都子も慌て過ぎである。

 それにしてもと思う。
 クルーザーに乗らなければこんなトラブルに巻き込まれなかっただろう。
 文句を言ってやろうとも思ったが、遭難するまでは楽しかったのも事実。
 どうしたものかと悩んでいると、沙都子が私のそばまで寄って来る。

「私たちの船のGPSはずっと把握してて、護衛がこっちに来てるらしいわ。
 これで安心ね」
 満面の笑みで報告してくる沙都子。
 それを見て私は、考えを改める
 そうだよ、助かったんだから別にいいじゃないか。
 終わりよければすべてよし、である。
 私はやるせない思いを抱えながら、自分に言い聞かせるのだった。

8/25/2024, 1:24:25 PM