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8/17/2024, 2:55:08 PM

 ここはドコカ王国。
 世界のどこかにある国である。

 この王国に、一人の青年がいた。
 彼の名前は、レオン=ギルバード。
 彼は、夢と誇らしさを胸に秘める若者である。

 彼は国立アカデミーを首席で卒業後、彼は軍への入隊を決める。
 彼の希望の配属は第三タスマリン小隊。
 王国の中でも選りすぐりのエリートが集まり、国家を支ええる精鋭部隊である。
 彼は自分の才能を生かし、自分も王国を支えていきたいと言う使命感から、この部隊の配属を希望したのだ。

 そしてレオンは、兵舎の扉を開け、敬礼の姿勢を取り大声であいさつする
「レオン=ギルバード、今日から配属になりました。
 よろしくお願いします」

 だがそこでレオンは、信じられないものを見た。
 兵舎はの中は、ゴミだらけ。
 兵士も昼間から酒を飲んでいて、中には酔いつぶれて寝ている者もいた。

 レオンは場所を間違えたかもしれないと扉を閉めようとする。
 だが、それは奥にいた一人の男によって遮られた。

「おお、来たか新入り!
 俺が隊長のハヤト=アオムラだ。
 こっち来て座れ」
 レオンは、信じられない思いをしつつ、ハヤトの方へと向かう。
 これが何かの間違いであればと思いながら、レオンは椅子に座る。

「新入り、我が第三タスマリン小隊にようこそ。
 歓迎するよ」
「ありがとうございます」
「聞いたんだが、お前はアカデミーを首席で卒業したそうだな。
 しかも飛び級だそうじゃないか。
 なのにウチの部隊を希望したって本当か?」
「はい。
 この部隊は国中の精鋭が集まって、国を支えていると聞いたんですけど――
 支えている……んですよね……?」
「おいおい、どこでそんなの聞いたんだよ……
 軍の中でも落ちこぼれが集まる部隊。
 任務内容は、誰でも出来る街の美化活動さ」
「この兵舎は汚ねえがな」と隊長は付け加える。

 レオンは、衝撃の事実に開いた口が塞がらなかった。
 胸に抱いていた夢と誇らしさがガラガラと崩れ落ちていく。
 抜け殻と言っていいほどレオンは落ち込んでいたが、ハヤトは気にせずにそのまま話を続けた。

「大方噂に尾ひれがついたんだな。
 確かに美化活動は国を支える大事な仕事だ。
 けど、ウチはお前の思っているような仕事はしないぞ」
「そんな……」
「しかしだ、優秀なアンタをここで腐らせるのは惜しい。
 どうしても言うなら、他の部隊に行けるよう口利きしてもいい。
 落ちこぼれでも、そのくらいのコネはある」
 ハヤトはポンと、レオンの肩を叩く。

「さっきも言ったように、美化活動も大事な仕事だ。
 ここでしばらく働いて、どうするかゆっくり決めるといい。
 だが顔色が悪いから、今日の所は帰れ。
 家でゆっくり考えるんだな」


 ■

「お疲れさまでした」
「ああ、気を付けて帰れよ。
 無理そうなら明日も休んでいいから」
「はい」

 ハヤトは、フラフラと歩くレオンを見送る。
 結局のところ、レオンは早退することになった。
 始めは使命感から残ると言っていたが、ハヤトが隊長命令で無理矢理返すことにしたのだ。
 今の彼には誇り高き仕事ではなく、ただ時間だけが必要だと、ハヤトは信じていた。

 そんな二人を見ながら、兵舎にいた面々はハヤトに聞かれないよう、小さな声で話し始めた。
「あの新入りは大丈夫なのか?
 ここにきて体調崩す奴はごまんといたが、その中でも一番だぞ」
「あの様子じゃ、明日どころか、明後日も出てこないかもしれないな」
「仕方ない。
 カッコいい仕事を夢見ていたら、こんな汚い場所だもんな」
「気の毒に。
 せめて優しくしてやろう」
「お喋りはそこまでだ」

 雑談している部下たちをハヤトが一喝する。
 彼らは一瞬のうちに雑談を辞め、姿勢を正してハヤトに注目した。
 その洗練された動きは、落ちこぼれの物ではなく精鋭たちの動きであった。
 寝ていた兵士も、いつの間にか起きて姿勢を正している。
 先ほどまで酒盛りをしていた浮ついた空気はどこにもなかった。

 ハヤトは、部下たちの準備が出来たことを確認して、机の上に紙束を置く。
 その紙束には、子供の似顔絵と簡単な情報が書かれていた。

「これが今回のターゲットだ」
「うへえ、今回もターゲットがいっぱい」
「王国中の子供がターゲットだからな。
 大変だろうが、王国を支えるための大事な仕事だ」
 ハヤトは部下たちを見渡して、はっきりゆっくりと話し始める。

「いいか。
 この任務はターゲットの情報を調べ上げる事。
 もちろん、誰にも悟られず、痕跡も残さないように。
 それと――」
「それと、良い子かどうか調べろって言うんでしょ」
「子供に何をプレゼントしたらいいかもな……
 何回も言うから覚えちまったよ」
「なら問題ない」

 おわかりだろうか?
 第三タスマリン小隊の、美化活動が任務の落ちこぼれ部隊は仮の姿。
 彼らの本当の姿は、国の良い子たちの元に、プレゼントを届ける伝説のサンタクロース部隊なのである。

「質問はあるか?」
「あの新人を仲間外れにするのはなぜだ?」
「今年のターゲットの中に、新入りの名前があるからだ。
 アイツ、飛び級したから若いんだよ……
 奴には悪いが、クリスマスまで悟らせるなよ」
「それまでに悪い子になったり、辞めたりしなきゃいいけれど……」
「うまく口車に乗せるさ。
 他に質問は?」
 ハヤトは目線で質問を募るが、誰も声を上げる者はいなかった。

「よろしい。
 では第『三タ』スマリン小隊改め、サンタ小隊、作戦名『赤服大作戦』。
 行動を開始しろ」
「「「了解」」」

 こうして、小隊の面々は町に散っていく。
 彼らの任務は、子供たちに笑顔を届ける事
 各々が胸に誇らしさを抱きながら、彼らは任務に励むのだった。

8/16/2024, 3:01:25 PM


 夏の夜。
 暗い海に小船で漕ぎ出すと、どこからともなく声が聞こえることがある。

「柄杓《ひしゃく》をくれ」

 この声の正体は船幽霊。
 海で沈んだ者たちが悪霊になったものだ。

 この時驚いて、柄杓を船幽霊に渡してはいけない。
 もし柄杓を海に投げ入れようものなら、柄杓を持った無数の手が海から出てくることになる。
 そして、自分が乗っている船に水を入れ始め、船を沈没させようとしてくるのだ

 もし船幽霊に遭遇したときは、柄杓の底を抜いてから投げ入れろ。
 船幽霊が、思うように水を汲めないことに戸惑っているうちに、逃げるのだ。
 でなければ、お前も船幽霊の一部になるだろう……


 ■__


「はい、この辺りに伝わる船幽霊の話でした。
 というわけで、ヒナタさん。
 船幽霊に会いに行きましょう」
「なんでじゃあ!
 私はアイドルぞ!」

 目の前の男を睨みつけながら、私は叫ぶ。
 この男は私のマネージャー。
 私の仕事を取ってくるのがコイツの役目。
 今日も仕事だと言われて、海辺に出てきてみれば、恐い話からの『幽霊に会いに行きましょう』発言。
 何考えてんだ?

「何でって……
 アイドルの仕事ですよ」
「どこがだ!」

 そんなことも分からないのかと、マネージャーは首を振る。
 コイツはマネージャーのくせに、仕事よりも私をイライラさせるのが得意な野郎だ。
 担当変えて欲しい。
 切実に。

「ヒナタさんの握手会を開くために必要です」
「意味が分からない!
 それともオカルト系アイドルとして売り出す気――
 待て、それも良さそうみたいな顔すんな!」

 マネージャーは、私の叫びを意に介さず、ため息を吐く。
 まるで私が悪いかのような態度が、余計に私をいらだたせる。
 前から生意気だと思っていたが、コイツ本当にムカつく。

「ちゃんと理由があります」
「遺言があるなら聞きましょう」
「理由は、あなたが売れないアイドルだからです」
「どこがよ!」
「まずその口の悪さ、歌では音程を外す、ダンスは下手くそ、愛想も悪い、ネットではしょっちゅう炎上する……
 おかげでヒナタさんのファンクラブの会員は0です」
「でも、超かわいいでしょ!」
「はい。
 そしてそれだけで採用した事を、我々事務所は非常に悔いております」
「何て言い草だ」

 アイドルなんて顔がよければだれでも出来るだろうに。
 口の悪いアイドルや、音痴なアイドルも知っているし、踊れないやつも不愛想ななつも知っている。
 なぜ私だけだが、こうも責められるのか?

「彼女たちは、それでも頑張るんですよ。
 そこが評価されています。
 そしてヒナタさんはサボります」
「心読むな」
「顔に出ているんですよ」
 そう言うマネージャーは、心底不快そうだ。
 決して担当のアイドルに向けていい感情ではない。

「ですが、そんな屑アイドルでも握手会せねばいけません」
「そこまで嫌ならしなければいいのに」
「そうもいきません。
 ウチの事務所は、ウチからデビューしたアイドルは半年で握手会を開くと公言しています」
「あー、そういや言ってわね」
 オーディションの説明の時、そんな事を言っていた気がする。
 飽きたから寝て、ほとんど聞いてなかったけども。

「思い出しましたか?
 だからウチのオーディションに人が集まるのです。
 アイドルとしての大イベントが約束されていますから。
 ですから、いかなる理由であろうと握手会を中止することはできません
 信用に関わります。
 たとえ、あなたがアイドル以下だったとしても、です」
「てめえ、ボロクソに言いやがって」
「そう思うのなら、頑張って人気を出してほしかったものですね」
「くっ」
 私は正論を言われてぐうの音も出ない。
 正論をためらいなく言うコイツ、本当に嫌いだ。
 
「いいですか。
 我々は以上の理由から握手会を開催せねばなりません。
 しかし、このまま握手会を行っても、閑古鳥が鳴くのは必然。
 これでは開催しないも一緒……
 でも船幽霊なら解決してくれます」
「繋がりが見えないけど?」
「まず、海に小船で漕ぎ出します。
 船幽霊が出たら、柄杓の代わりにアナタの手を出します。
 するとどうでしょう?
 柄杓と勘違いしたおばけがアナタの手を掴み、握手することになります!
 握手会の出来上がりです」

 私は絶句した。
 マネージャーの頭の悪い発案に、開いた口が塞がらない。
 幽霊と握手なんて何考えてるんだ!
 だが黙ったままでは、このまま押し切られてしまう。
 私はなんとか心を落ち着かせて、マネージャーを睨む。

「却下!
 気持ち悪いもの!」
「ワガママな……」
「じゃああんたがやってみなさいよ!」
「嫌ですよ。
 気持ち悪い」
 コイツ、自分が出来ないことを、他人にやらそうと言うのかよ
 人間の風上にも置けん。

「もう一つ選択肢があります」
「あるじゃないの、選択肢……
 なにかしら?」
「もう一つの案、それはあなたが自分からアイドルを辞めることです。
 そうすれば我々としても、ギリギリ言い訳できます」
「は?
 辞めるわけねーだろ」
「では、船幽霊と握手会してくださいね」
「嫌」
「ですが、どちらかしか選べません。
 我々としてはアイドルを辞めて頂いた方が嬉しいのですが……」
「てめえ、嘘でもやめて欲しくないと言えよ!」
「つく嘘も程度というものがありまして」
「ふざけやがって。
 行ってやるよ、船幽霊の所に!」
 舐められっぱなしじゃ女がすたる。
 やってやろうじゃないか!
 握手会!

「はあ、行くのかあ。
 やだななあ、お化け怖いなあ」
 発案者のマネージャーは嫌そうに船に乗る。
 言い出しっぺはコイツなのに、なんで嫌そうなのか?
 コイツを夜の海に突き出したい衝動を抑えながら、私たちは船幽霊の所と船をこぎ出すのだった

 ■__

 次の日。
 私が船幽霊と握手している様子が、ネット上で公開された。
 同行したマネージャーが、をとるため持っていたカメラで一部始終を撮っていたのだ。
 淡々と船幽霊と握手しているだけの動画だったが、『握手会が行われた証拠』として必要だったらしい。

 握手会は、とくにこれと言ったトラブルなく、淡々と行われた。
 しいて言えば、船幽霊の手がぞっとするほど冷たかったくらいである。
 見ごたえもなく、見せ場もなく、ただの記録用の動画。
 だからこの動画は物好きな数人が見るだけで、ネットに埋もれるのだと思っていたのだが……

「ヒナタさん、喜んでください!
 握手会の動画、大盛況ですよ」
 私が事務所の休憩室で、頭にお清めの塩を乗せて、セルフ除霊のやり方を調べていると、ノックもせずマネージャーが部屋に入ってくる。
 いつになく、興奮している様子だ。
 アレが大盛況?
 どういうことだ?

「ほらコメントを見てください。
 『幽霊と握手だと!?』『アイドル失格だと思ってたけど、度胸だけはあるのな』『まじかよ、見直したぜ』『ミジンコからゾウリムシにレベルアップだ』。
 こんなに熱い声援を送られるなんて、アイドル冥利につきますね」
「ただ単に面白がっているだけじゃないの!」

 どう見ても、ネットのおもちゃになっているようにしか見えない。
 ってか、ミジンコからゾウリムシって何?
 私、人間とすら見られてないの!?

「それに、あなたのファンクラブの会員数がどんどん増えています。
 0だったのに、一日で1000人ですよ。
 歴史的事件です」
「事件とか言うな!
 そいつら絶対面白半分で登録しただけだろ!」
「次はサイン会ですね。
 ウチでデビューしたアイドルは、一年以内にサイン会しないといけませんから」
「無視すんな」
 私の抗議も聞こえてないのか、マネージャーは考えこみ始めた。
 こういう時、たいてい碌でもないことを言い出す
 
「次は『赤紙青紙』で行きましょう。
 向こうで紙を用意してくれますし、一石二鳥です」
「赤紙青紙はそう言う妖怪じゃねえから!
 というか、人が集まらない前提で話を進めるな!」
「集まるとでも?」
「集まるわい!
 というか、私にはすでにファンがいるだろうが!
 1000人も!」
「そいつら面白がって登録しただけですよ」
「くそが!」
「嫌ならちゃんとファンを集めてくださいね。
 無理だと思いますけど」

 言わなくてもいい事を言うコイツは、本当に心の底から大嫌いだ。
 こういう時は励ますのが普通だろうに、その役目すら放棄している。
 しかも「オカルト路線、受けると思うんだけどなあ」だと。
 やっぱりマネージャーを変えるしかない。

 持っていた塩をマネージャーに投げつけて、私は宣言する
「今に見てろ。
 ファンを集めてみせるからな!」
 もう二度と、コイツに馬鹿にはさせん!
 絶対に、ぜえーったいに見返してやるからな!

8/15/2024, 12:49:47 PM

「響子、出ておいで。
 迎えに来たよ」

 家の外から声がするので出てきてみれば、恋人の幸太郎が家の門の前に立っていた。
 彼は普段のラフな格好ではなく、黒を基調とした服装だった。
 恐らくスーツのつもりなのだろうが、さすが無理がある。
 けれど本人はいたって真剣な表情なので、敢えて指摘しないことにする。

「どうしたの?
 そんなに気合を入れて」
「今日は響子の誕生日だからね。
 エスコートしようと思って」
 
 私は、幸太郎の言葉に絶句する。
 まさか自分の誕生日すら忘れる幸太郎が、私の誕生日を覚えているなんて……
 顔がニヤけてしまう。

「そうだ。
 響子のために、真っ赤なポルシェを用意したんだ」
「ポルシェ?」
「うん、見てくれ」
 幸太郎は、体を横に避ける。
 すると彼の後ろから現れたのは『真っ赤ポルシェ』――

 ではなく真っ赤なマウンテンバイクだった。
 大言壮語にも程がある。
 そして、幸太郎はスーツもどきの格好で、この自転車に乗って我が家までやって来たのだ。
 真剣な顔で……

 面白すぎる。

「ふふっ。
 自転車じゃん!」
「残念ながら、中学生の身分ではこれが限界なんだ」
「ふくっ」
 笑いすぎてむせてしまう。
 前から面白いやつだと思ってたけど、ここまでとは!

「響子、笑いすぎ」
「ごめんなさい……
 でも残念。
 ポルシェ、乗ってみたかったのに」
「そこは僕の将来に期待しててくれ!」

 幸太郎は自信満々で胸を叩く。
 はぐらかすと思ったら、当然だと言わんばかりに肯定する幸太郎。
 これは本当に期待してもいいかもしれない。

「それでどうする?
 一緒に『ポルシェ』に乗るかい?」
「幸太郎、自転車の二人乗りはダメよ。
 チョット待ってね」

 私は、家に戻って母に出かける事を伝え、よそ行きで動きやすい服に着替える。
 そして自転車用のヘルメットを被ってから、自分の自転車に乗る。
 これでデートの準備はOKだ!


 ……これ、どう考えても誕生日デートの服装じゃないよなあ……
 気にしないことにしよう。

「幸太郎、準備できたわ。
 それでどこに連れて行ってくれるのかしら?」
「海の見えるレストランさ」
「あら素敵。
 でも、いつもデートで行くレストランも、海が見えるわよね」
「そこは知らないふりでお願いします」
「仕方ないわねえ」

 気合が入っている割には、穴だらけのガバガバなデートプランだ。
 らしいと言えばらしい。
 これじゃポルシェも怪しいものだ。

「じゃ、行きましょうか」
「うん、僕がエスコートするね」
「よろしくお願いします」

 幸太郎が前に出て、私がその後ろを付いていく。
 自転車に乗って走り出し、目指すは海の見えるレストラン。
 きっと幸太郎のことだから、まだサプライズを用意しているのだろう。

 幸太郎は、これからどんなおもてなしを見せてくれるのだろうか。
 ポルシェは怪しいけれど、私を楽しませてくれることだけは間違いない。

 私は期待に胸を膨らませながら、自転車を走らせるのだった。

8/14/2024, 2:56:10 PM

 ここはとある病院の診察室。
 鬱の治療をしている患者の太田と、その担当の医者が話していた

「太田さん、前回の診察から一週間経ちました。
 鬱の新薬を処方しましたが、気分はどうですか?」
「バッチリだよ。
 今まで気分が落ち込んでいたのが嘘のようだ」
「それは素晴らしい」
 太田は、これ以上ない笑顔で、医者に笑いかける。
 今の彼からは、始めて来院した時の暗い表情はどこにもなかった。

「最初あの薬を出された時は、からかわれているのかと思ったよ。
 でもマジで効くとは思わなかったなあ」
「新薬ですからね」
「そう言う意味じゃないんだが……」
「なにか気になる事でも?」
「うーん」

 太田は腕を組んで悩み始めた。
 言いたいことがあるのだが、うまく言葉に出来ない様子である。
 多くの場合、患者は専門知識がないため言語化が難しい
 医者は咎める様子もなく、じっくりと太田の言葉を待つ。

「先生」
「何でしょうか?」
「これ、本当にクスリなんだよな」

 太田は医者に疑惑の視線を向ける。
 全てのものが信じられないという顔だ。
 まるで鬱が再発したかのようだった。
 しかし医者は気にする様子もなくにこりと笑う。

「正真正銘のクスリですよ。
 何か気になるこことが?」
「あー、先生がそう言うなら別にいいんだ。
 素人がとやかく言っても仕方ないしな」

 何も疚しいことはないと、医者は堂々と答える。
 それを見て太田は、逆にシドロモドロになった

「いや、あれだ。
 俺はクスリ嫌いでな。
 そんな俺が、ちゃんと服用できたことが信じられなくてなあ。
 疑って悪かったよ」
「いえいえ、なんでもかんでも信じるのも、それはそれで問題ですからね。
 でもご安心下さい。
 効果のほどは、私の体で検証済です」
「なんだよ、先生も使ってんのか」
「ええ、医者が病気しては大変ですから。
 予防のため、少しだけ。
 でも気をつけて下さいね。
 効能が強いクスリなので、取りすぎは毒です」
「分ってるって」
 太田は困ったように笑う。
 言葉では否定するものの、過剰摂取しているのは丸分かりだった。
 だが医者はそれを咎めるような真似はせず、にっこりと微笑む。

「今日の診察はこれまでにしましょうか。
 経過は順調なので、このままいきましょう」
「分かりました」
「クスリが合っているようなので、同じものを出します
 ああ、違う味で出すのでご心配なさらずに」
「助かります。
 正直飽き始めてましたから」
「ではお大事に」
「ありがとうございました」

 太田は満足した顔で、診察室を出ていく。
 それを見送ったあと、医者は誰にも聞かれないくらいの声で独り言を言う。

「今日は少し危なかったな」
 医者はそう言いつつ、背伸びをしてリラックスし始めた。
 医者はこれから少しだけ休憩時間を取る。
 多忙な業務をこなすためには、こまめな休憩は必要だからである

「『クスリですか』って疑われるとはねえ。
 でも……」
 医者は机の引き出しを開け、お菓子を取り出す。
 このお菓子は、太田にクスリとして出したものだ。
 もちろん薬効効果はない。

「イワシの頭も信心から。
 お菓子も信じればクスリだよ。
 それに……」
 医者はぱくり一口お菓子を食べる。

「美味しいお菓子は、心の健康にいいのさ」

8/13/2024, 3:17:57 PM

 昔々、あるところに意地悪なお殿様がいました。
 このお殿様は、いつも家来に無理難題を言って困らせていました。
 家来に出来もしないことを言いつけ、慌てふためいている様子を見て楽しむ、趣味の悪い事をしていました。

 ある日の事。
 お殿様は、満面の笑みで部下たちを集めました。
 家来たちは、上機嫌なお殿様の様子を見て、嫌な予感を覚えます。
 お殿様の機嫌がいいときは、決まって無理難題を言いつけられるからです。

「皆の者、良く集まってくれた。
 実はな、儂はお前たちに相談したいことがあるのだ。
 我の自慢の家来たちなら解決できると信じている」

 『しらじらしい』
 そう思いながらも家来たちは、黙ってお殿様の話を聞きます。
 どんなに無茶ぶりでも、家来に拒否権はありません。
 自慢のおもちゃ位にしか思ってないのだろうと、家来たちは思っていました。

「相談事というのは、この屏風の事だ。
 これは、高名な絵師がホトトギスを描いたもの。
 そして魂を込めて描かれた結果、この屏風に書かれたホトトギスは生きており、時折鳴くと言うのだ」

 家来たちは、その屏風に注目します。
 屏風には3匹のホトトギスが描かれていました。
 ホトトギスは、まるで生きているかのように、生き生きと描かれています。
 家来たちは『なるほど、これを書いた絵師はいい腕をしておる』と感心しました。
 ですが、『まるで』生きているようにには見えても、『本当に』生きているようにはとても思えませんでした。

「相談と言うのは、このホトトギスの事である。
 儂は巷の評判を聞き、この屏風を大金で払って取り寄せた。
 だがこのホトトギス、全く鳴かぬ。
 そこで、自慢の家来たちに、このホトトギスを鳴かせてもらいたい」

 お殿様の話を聞いて、家来たちはぎょっとします。
 このホトトギスは、どう見ても絵にしか見えません。
 ただの絵であるホトトギスを鳴かせてみろと?
 どう考えても無理でした
 家来たちは、これにまでない無茶ぶりに頭を抱えます


 ……一部の家来を除いては。
「殿、私にお任せください」
「おお、お前か!
 やってみるといい」

 一人の家来が名乗りを上げました。
 彼の名前は織田信長。
 といっても我々の知る織田信長ではなく、平行世界の織田信長です。
 平行世界の中にも色々あり、信長が女性だったりバカ殿だったりしますが、この平行世界の信長はバカ殿に仕えていました。
 本当は仕えたくはないのですが、お殿様はお金と権力を持っており、逆らうことが出来ませんでした。

 そんな彼ですが、元々の王者の気質は失われていません。
 自信満々に屏風の前に歩み寄ります。
 その堂々とした立ち振る舞いは、自分が仕えるお殿様よりも、ずっとお殿様のように見えました。
 そうして信長は、屏風の前に立ったかと思うと、おもむろに腰の刀を抜きます。

「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
 家来たちは驚きました。
 ホトトギスを殺す……つまり、この屏風を紙くずにすると言ってのけたのです。
 お殿様の私物を、独断で破壊すると言うのは、どう考えても死罪は免れませんでした。

 ところがです。
「キョッキョキョキョキョキョ」
 屏風の中にいたホトトギスの一匹が鳴きました。
 これには、誰もが驚きます。

 そうです。
 このホトトギス、絵ではありますが生きていたのです。
 ホトトギスは信長の言葉を聞いて、殺されてはたまらぬと、鳴いてみせたのです。

 なぜ今まで鳴かなかったのか……
 それは単純にお殿様の事が嫌いだったからです。
 というのも、毎日毎日「君の奏でる音楽が聴きたい」だの、「お前は美しい」だの臭いセリフを言われ、そして口もとんでもなく臭い……
 ホトトギスは、関わらないよう絵の振りをしていたのでした。

「さすが信長だ。
 後で褒美を取らせよう」
「ありがとうございます」
 信長は、恭しく礼をし、元の位置に戻りました。

「……まさか、本当に鳴くとはな」
 お殿様は誰にも聞かれないよう、ポツリ独り言を言います。
 お殿様もまた、ホトトギスの事をただの絵だと思っていたのです。
 しかし、そのことがバレたら面目が立たないので、何もないふりをして家来たちを見回します。

「さてホトトギスは鳴いたが、一匹だけだ。
 まだ二匹残っておる。
 誰か、鳴かせるものはおらんか?」
「では私が」
「おお、豊臣か。
 期待している」
「は!」

 二人目の男は豊臣秀吉です。
 もちろん平行世界の豊臣秀吉であり、我々が知っている彼ではありません。

 彼もまた、堂々と屏風の前まで歩み寄ります。
「鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス」
 秀吉はそういうと、屏風の前に片膝を着きます。
 そして屏風のホトトギスをじっと見つめたかと思えば、おもむろに笑顔になりました。

「君の奏でる演奏が聴きたい」
 なんとも甘ったるい言葉でホトトギスを誘惑します。
 この言葉を聞いて、ホトトギスはコロッと落ちてしまいました。

「キョッキョキョキョキョキョ」
 なんということでしょう。
 二匹目のホトトギスが鳴きました。
 ホトトギスは、情熱的に秀吉を見ていました。

 実はこの秀吉、平行世界の秀吉ですが、我々の世界の秀吉と同じように人たらしのなのです。
 そして、その才能を使い、ホトトギスを篭絡《ろうらく》して見せたのでした。

「見事だ、秀吉よ。
 お前にも後で褒美を取らせよう」
「ありがとうございます」
「それで、3匹目だが……」
「私にお任せください」
「おお、任せたぞ」

 そう言って名乗りを上げたのは、徳川家康です。
 彼も平行世界の家康で、このお殿様に仕えているのでした。

 彼もまた自信満々に、屏風の前まで歩み寄ります。
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」
 そう言って家康は屏風の前に正座で座ります。
 ですが、信長や秀吉の時と違い、特に何かをする素振りは見せません。
 そう、彼は言葉の通り、待つことに決めたのです。
 一同もまた、まだかまだかと、ホトトギスが鳴くのを待ちます。

 ですが何も起こりません。
 当然です、何もしてませんから。
 これは駄目かと、家来たちが諦めかけた時、事態は動きました。

「キョッキョキョキョキョキョ」
 最期のホトトギスが鳴いたのです。
 家康は何もしていないのに、いったいなぜ鳴いたのか?

 それは、3匹目のホトトギスが、静かな空気に耐えられなかったからです。
 最後のホトトギスは、少しだけ周りの目を気にする臆病なホトトギスだったのでした。

「天晴だ、家康よ。
 お前にも褒美を取らせよう」
「ありがとうございます」
「では、織田、豊臣、前にでろ。
 徳川と共に褒美を取らす」
「「は!」」

 3人は、お殿様の前で座ります。

「すまんな。
 褒美をやると言ったが、アレは嘘だ
 この屏風を買うのに大金を使ってな。
 財布がすっからかんじゃい」
「「「は……ハア!?」」」
 3人は呆然とします。
 彼らは褒美があると思って頑張ったというのに、梯子を外された格好になりました。
 3人は怒りに震えますが、お殿様は気づく様子もなく他の家来たちを見渡します。

「ああ、皆の衆も聞いたか?
 ウチはもうお金が無い。
 お前たちも、後でお金を置いて行くように。
 以上だ、下がって良いぞ」
 お殿様が三人に下がるよう命令します。
 ですが、3人は少しも動く気配を見せませんでした。

「聞こえなかったか?
 もう一度言うぞ。
 下がって――」
「ふざけるなあ!」
 信長の叫びに、お殿様は大きく体を震わせます。

「バカだバカだと思っていたが、ここまでバカとはな。
 付き合いきれん。
 皆の者、下剋上じゃ」
「おう」という

「待ってくれ、儂が悪かった。
 話せばわかる」
「お前と話すことなどない。
 貴様の悲鳴で奏でる音楽、とくと聞かせてもらう」
「ひいいい」

 こうして、平行世界初の下剋上が行われました。
 この事件の後、お殿様の後を信長が継ぎ、新しく組織が再編されます。
 そして、混沌に満ちた戦国時代の日本の流れを、大きく変えていくのでした。


【教訓】
 金の切れ目は縁の切れ目。
 お金でしか繋がりが無い関係は特にそうです
 みんなも、お金の使い方に気をつけましょう。

 終わり。

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