昔々、あるところに意地悪なお殿様がいました。
このお殿様は、いつも家来に無理難題を言って困らせていました。
家来に出来もしないことを言いつけ、慌てふためいている様子を見て楽しむ、趣味の悪い事をしていました。
ある日の事。
お殿様は、満面の笑みで部下たちを集めました。
家来たちは、上機嫌なお殿様の様子を見て、嫌な予感を覚えます。
お殿様の機嫌がいいときは、決まって無理難題を言いつけられるからです。
「皆の者、良く集まってくれた。
実はな、儂はお前たちに相談したいことがあるのだ。
我の自慢の家来たちなら解決できると信じている」
『しらじらしい』
そう思いながらも家来たちは、黙ってお殿様の話を聞きます。
どんなに無茶ぶりでも、家来に拒否権はありません。
自慢のおもちゃ位にしか思ってないのだろうと、家来たちは思っていました。
「相談事というのは、この屏風の事だ。
これは、高名な絵師がホトトギスを描いたもの。
そして魂を込めて描かれた結果、この屏風に書かれたホトトギスは生きており、時折鳴くと言うのだ」
家来たちは、その屏風に注目します。
屏風には3匹のホトトギスが描かれていました。
ホトトギスは、まるで生きているかのように、生き生きと描かれています。
家来たちは『なるほど、これを書いた絵師はいい腕をしておる』と感心しました。
ですが、『まるで』生きているようにには見えても、『本当に』生きているようにはとても思えませんでした。
「相談と言うのは、このホトトギスの事である。
儂は巷の評判を聞き、この屏風を大金で払って取り寄せた。
だがこのホトトギス、全く鳴かぬ。
そこで、自慢の家来たちに、このホトトギスを鳴かせてもらいたい」
お殿様の話を聞いて、家来たちはぎょっとします。
このホトトギスは、どう見ても絵にしか見えません。
ただの絵であるホトトギスを鳴かせてみろと?
どう考えても無理でした
家来たちは、これにまでない無茶ぶりに頭を抱えます
……一部の家来を除いては。
「殿、私にお任せください」
「おお、お前か!
やってみるといい」
一人の家来が名乗りを上げました。
彼の名前は織田信長。
といっても我々の知る織田信長ではなく、平行世界の織田信長です。
平行世界の中にも色々あり、信長が女性だったりバカ殿だったりしますが、この平行世界の信長はバカ殿に仕えていました。
本当は仕えたくはないのですが、お殿様はお金と権力を持っており、逆らうことが出来ませんでした。
そんな彼ですが、元々の王者の気質は失われていません。
自信満々に屏風の前に歩み寄ります。
その堂々とした立ち振る舞いは、自分が仕えるお殿様よりも、ずっとお殿様のように見えました。
そうして信長は、屏風の前に立ったかと思うと、おもむろに腰の刀を抜きます。
「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
家来たちは驚きました。
ホトトギスを殺す……つまり、この屏風を紙くずにすると言ってのけたのです。
お殿様の私物を、独断で破壊すると言うのは、どう考えても死罪は免れませんでした。
ところがです。
「キョッキョキョキョキョキョ」
屏風の中にいたホトトギスの一匹が鳴きました。
これには、誰もが驚きます。
そうです。
このホトトギス、絵ではありますが生きていたのです。
ホトトギスは信長の言葉を聞いて、殺されてはたまらぬと、鳴いてみせたのです。
なぜ今まで鳴かなかったのか……
それは単純にお殿様の事が嫌いだったからです。
というのも、毎日毎日「君の奏でる音楽が聴きたい」だの、「お前は美しい」だの臭いセリフを言われ、そして口もとんでもなく臭い……
ホトトギスは、関わらないよう絵の振りをしていたのでした。
「さすが信長だ。
後で褒美を取らせよう」
「ありがとうございます」
信長は、恭しく礼をし、元の位置に戻りました。
「……まさか、本当に鳴くとはな」
お殿様は誰にも聞かれないよう、ポツリ独り言を言います。
お殿様もまた、ホトトギスの事をただの絵だと思っていたのです。
しかし、そのことがバレたら面目が立たないので、何もないふりをして家来たちを見回します。
「さてホトトギスは鳴いたが、一匹だけだ。
まだ二匹残っておる。
誰か、鳴かせるものはおらんか?」
「では私が」
「おお、豊臣か。
期待している」
「は!」
二人目の男は豊臣秀吉です。
もちろん平行世界の豊臣秀吉であり、我々が知っている彼ではありません。
彼もまた、堂々と屏風の前まで歩み寄ります。
「鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス」
秀吉はそういうと、屏風の前に片膝を着きます。
そして屏風のホトトギスをじっと見つめたかと思えば、おもむろに笑顔になりました。
「君の奏でる演奏が聴きたい」
なんとも甘ったるい言葉でホトトギスを誘惑します。
この言葉を聞いて、ホトトギスはコロッと落ちてしまいました。
「キョッキョキョキョキョキョ」
なんということでしょう。
二匹目のホトトギスが鳴きました。
ホトトギスは、情熱的に秀吉を見ていました。
実はこの秀吉、平行世界の秀吉ですが、我々の世界の秀吉と同じように人たらしのなのです。
そして、その才能を使い、ホトトギスを篭絡《ろうらく》して見せたのでした。
「見事だ、秀吉よ。
お前にも後で褒美を取らせよう」
「ありがとうございます」
「それで、3匹目だが……」
「私にお任せください」
「おお、任せたぞ」
そう言って名乗りを上げたのは、徳川家康です。
彼も平行世界の家康で、このお殿様に仕えているのでした。
彼もまた自信満々に、屏風の前まで歩み寄ります。
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」
そう言って家康は屏風の前に正座で座ります。
ですが、信長や秀吉の時と違い、特に何かをする素振りは見せません。
そう、彼は言葉の通り、待つことに決めたのです。
一同もまた、まだかまだかと、ホトトギスが鳴くのを待ちます。
ですが何も起こりません。
当然です、何もしてませんから。
これは駄目かと、家来たちが諦めかけた時、事態は動きました。
「キョッキョキョキョキョキョ」
最期のホトトギスが鳴いたのです。
家康は何もしていないのに、いったいなぜ鳴いたのか?
それは、3匹目のホトトギスが、静かな空気に耐えられなかったからです。
最後のホトトギスは、少しだけ周りの目を気にする臆病なホトトギスだったのでした。
「天晴だ、家康よ。
お前にも褒美を取らせよう」
「ありがとうございます」
「では、織田、豊臣、前にでろ。
徳川と共に褒美を取らす」
「「は!」」
3人は、お殿様の前で座ります。
「すまんな。
褒美をやると言ったが、アレは嘘だ
この屏風を買うのに大金を使ってな。
財布がすっからかんじゃい」
「「「は……ハア!?」」」
3人は呆然とします。
彼らは褒美があると思って頑張ったというのに、梯子を外された格好になりました。
3人は怒りに震えますが、お殿様は気づく様子もなく他の家来たちを見渡します。
「ああ、皆の衆も聞いたか?
ウチはもうお金が無い。
お前たちも、後でお金を置いて行くように。
以上だ、下がって良いぞ」
お殿様が三人に下がるよう命令します。
ですが、3人は少しも動く気配を見せませんでした。
「聞こえなかったか?
もう一度言うぞ。
下がって――」
「ふざけるなあ!」
信長の叫びに、お殿様は大きく体を震わせます。
「バカだバカだと思っていたが、ここまでバカとはな。
付き合いきれん。
皆の者、下剋上じゃ」
「おう」という
「待ってくれ、儂が悪かった。
話せばわかる」
「お前と話すことなどない。
貴様の悲鳴で奏でる音楽、とくと聞かせてもらう」
「ひいいい」
こうして、平行世界初の下剋上が行われました。
この事件の後、お殿様の後を信長が継ぎ、新しく組織が再編されます。
そして、混沌に満ちた戦国時代の日本の流れを、大きく変えていくのでした。
【教訓】
金の切れ目は縁の切れ目。
お金でしか繋がりが無い関係は特にそうです
みんなも、お金の使い方に気をつけましょう。
終わり。
8/13/2024, 3:17:57 PM