「響子、出ておいで。
迎えに来たよ」
家の外から声がするので出てきてみれば、恋人の幸太郎が家の門の前に立っていた。
彼は普段のラフな格好ではなく、黒を基調とした服装だった。
恐らくスーツのつもりなのだろうが、さすが無理がある。
けれど本人はいたって真剣な表情なので、敢えて指摘しないことにする。
「どうしたの?
そんなに気合を入れて」
「今日は響子の誕生日だからね。
エスコートしようと思って」
私は、幸太郎の言葉に絶句する。
まさか自分の誕生日すら忘れる幸太郎が、私の誕生日を覚えているなんて……
顔がニヤけてしまう。
「そうだ。
響子のために、真っ赤なポルシェを用意したんだ」
「ポルシェ?」
「うん、見てくれ」
幸太郎は、体を横に避ける。
すると彼の後ろから現れたのは『真っ赤ポルシェ』――
ではなく真っ赤なマウンテンバイクだった。
大言壮語にも程がある。
そして、幸太郎はスーツもどきの格好で、この自転車に乗って我が家までやって来たのだ。
真剣な顔で……
面白すぎる。
「ふふっ。
自転車じゃん!」
「残念ながら、中学生の身分ではこれが限界なんだ」
「ふくっ」
笑いすぎてむせてしまう。
前から面白いやつだと思ってたけど、ここまでとは!
「響子、笑いすぎ」
「ごめんなさい……
でも残念。
ポルシェ、乗ってみたかったのに」
「そこは僕の将来に期待しててくれ!」
幸太郎は自信満々で胸を叩く。
はぐらかすと思ったら、当然だと言わんばかりに肯定する幸太郎。
これは本当に期待してもいいかもしれない。
「それでどうする?
一緒に『ポルシェ』に乗るかい?」
「幸太郎、自転車の二人乗りはダメよ。
チョット待ってね」
私は、家に戻って母に出かける事を伝え、よそ行きで動きやすい服に着替える。
そして自転車用のヘルメットを被ってから、自分の自転車に乗る。
これでデートの準備はOKだ!
……これ、どう考えても誕生日デートの服装じゃないよなあ……
気にしないことにしよう。
「幸太郎、準備できたわ。
それでどこに連れて行ってくれるのかしら?」
「海の見えるレストランさ」
「あら素敵。
でも、いつもデートで行くレストランも、海が見えるわよね」
「そこは知らないふりでお願いします」
「仕方ないわねえ」
気合が入っている割には、穴だらけのガバガバなデートプランだ。
らしいと言えばらしい。
これじゃポルシェも怪しいものだ。
「じゃ、行きましょうか」
「うん、僕がエスコートするね」
「よろしくお願いします」
幸太郎が前に出て、私がその後ろを付いていく。
自転車に乗って走り出し、目指すは海の見えるレストラン。
きっと幸太郎のことだから、まだサプライズを用意しているのだろう。
幸太郎は、これからどんなおもてなしを見せてくれるのだろうか。
ポルシェは怪しいけれど、私を楽しませてくれることだけは間違いない。
私は期待に胸を膨らませながら、自転車を走らせるのだった。
8/15/2024, 12:49:47 PM