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7/26/2024, 11:02:13 PM

 今、私が住んでいるアパートは、ペット禁止だ。
 理由はアパートのオーナーが生き物をが嫌いだからと、契約時に聞かされた。
 予算と駅へのアクセスの都合によりはこの部屋に決めた。
 本当はペットを飼いたかったけれど、泣く泣く断念。
 なかなかうまい話はないものだ。

 とはいえ、それ以外に不満なことは無い。
 静かだし、部屋はきれいだし、家賃は安い。
 職場へのアクセスも良好。
 デパートにも近いと来てる。
 本当に『ペット禁止』以外は文句のつけようがない。

 だけど、この部屋に越してからペットを飼いたい衝動は増すばかり……
 されど、この居心地のよい部屋を手放すのも惜しい……
 すさまじいジレンマ。
 どうにかしてこの二つの命題を解決できないだろうか……

 そこで私は妙案を考えた。
 ペットを飼っているという設定で、生活すればいいのだ。
 エアペットというやつである。
 これならばペットを飼うことが出来て、かつこの部屋に住み続けることが出来る。
 もはや末期であるという自覚はあったが、もう止まれない。
 私はエアペットを飼うことに決めたのだ。

 思い立ってすぐ、私はホームセンターへ行く。
 とくにエアペットの種類は決めていない。
 とりあえずホームセンターで物色して、それから決めようと思ったからだ。
 犬にするか、猫にするか……
 私がペット用品の商品棚で悩んでいると、見切り品コーナーの鳥かごが目につく。

 鳥かごは、見切り品だけあって、お値打ち価格。
 デザインも、実に私好み。
 私はコレを買うことに決め、エアペットもエアインコを飼うことにした。

 私はホームセンターから戻り、鳥かごをリビングの目につくところに置く。
 殺風景だったリビングも、鳥かごを置くだけで随分と華やかになる。
 私はウキウキしながら、その日は寝た……

 それから私は変わった。
 仕事にもやる気がみなぎるようになり、私生活はうまくいくようになった。
 今までのペットを飼いたいと言う衝動も、エアインコを飼うことで解消された。
 やはりペットはいいものだ。
 人生を豊かにする。
 
 でもエアインコは、本当のインコの様に鳴きはしない。
 けど、それに何の問題があるだろうか?
 そこにいるだけで十分なのだ。
 偽物のインコだったとしても、私は幸せだった。

 しかしそれも長くは続かなかった。
 アパートのオーナーが突然やってきたのである。
 私が規約に反し、ペットを飼っていると言うのだ。
 どうしてそう思ったのかは知らないが、酷い言いがかりだ。
 なぜなら私はペットを飼っていないから。

 幾ばくかの言い争いの後、私は身の潔白を証明する手段として、オーナーを部屋の中に招き入れた。
 オーナーは鼻息荒く、部屋に入り込む。
 玄関廊下台所と、オーナーは痕跡一つ見逃すまいと探索する。
 無駄だと言うのに、熱心なことである。
 さぞペットが憎いのだろう。

 そうこうするうちに、オーナーはリビングに入り込む。
 そしてリビングに入るや否や、オーナーは勝ち誇ったような顔をする。
 コレが証拠だと言わんばかりに、鳥かごを指さす。
 どうやらこれがペットを飼っている証拠だと言うつもりらしい。

 しかし片腹痛い。
 その鳥かごの中に何もいないと言うのに、何が証拠だと言うのか!
 私は反論する。
 その鳥かごは買ったままの新品の様に綺麗だろう?と……
 生き物がいないから、汚れようが無いのだ。
 そして若干の埃が被っているのも決め手だ。
 なにせ飼っているのはエアインコなので、埃が舞わないのだ。
 
 私の言葉を聞いて、オーナーは驚愕する。。
 そしてオーナーは叫ぶ。
 『ならなぜここに鳥かごがあるのか』と……

 確かに当然と言えば当然である。
 普通、鳥も飼いもしないのに鳥かごなんて飼わないからだ。
 だから私は言ってやった。
 エアインコだと。
 ペットは禁止だろうが、エアペットまでは禁止されていないだろう、と

 その時のオーナーの顔は傑作であった。
 口をだらしなく開き、目は驚愕で見開いていた。
 それも仕方あるまい。
 なにせ自信満々で来たのに、ペットを飼っていないことが確定したのだから。

 私がいい気分で、勝ち誇ったのも束の間。
 急にオーナーが挙動不審な事に気づく。
 なにかに怯えているような、そんな様子である。
 私はあたりを見回すが、特にこれと言って何かがあるわけではない。

 不審物を探すため見回していると、玄関からバタンとドアが閉まる音が聞こえる。
 どうやらオーナーは出ていったようだ

 なんてオーナーだ。
 人として、あるまじき行為だ。
 人を疑って、それが間違いが判明したにもかかわらず、謝りもしない。
 そして帰るときにも、一言も言わず去る。
 ありえない!

 こうしてはいられない。
 こんなオーナーのアパートにはこれ以上住めない。
 引っ越さなければいけない。
 私がパソコンで、調べようとした瞬間、ドアの呼び鈴がなる。

 なにかと思って出てみれば、オーナーが菓子折りとお金を持って、ドアの前に立っていた。
 オーナーは言う、『これを黙って受けとって、すぐに引っ越してほしい』と……
 文句を言ってやろうとも思ったが、お金の入った封筒が結構厚い事に気づき、私は快く快諾する。

 これだけあれば、引っ越し代や敷金礼金を払っても、おつりがくるだろう。
 便利な場所を捨てるには惜しいが、これだけのお金を貰えば逆に得した気分だ
 まだ給料には不安が残るので、次もペット禁止のアパートになるだろうが仕方あるまい。

 新しいアパートで友人関係を構築しないといけないが、不安はない。
 私には、エアペットのエアインコがいるからだ。
 この子さえいれば、どんな場所であろうとも楽しいものになるだろう

 そうだ。
 せっかくだからエアペットを増やすのもいいかもしれない。
 そうすれば留守番の時も、寂しくないだろう
 次はエアわんこでも飼おうかな

7/25/2024, 1:25:24 PM

 2024年某日 地球上空。
 そこに不気味に漂う物体があった。
 UFOである。

 彼らの目的は何か。
 それは地球侵略である。
 彼らは枯渇した貴重な鉱物資源を求め、地球に狙いを定めたのだ。

 今日もUFOでは、地球侵略のための会議が行われていた。
 綺麗に整列された宇宙人の前に、貫禄がある宇宙人がやって来る。
 このUFOの船長――つまりボスである。
 彼はこの地球侵略が成功すれば、さらなる昇進が約束されていた。
 それゆえにこのUFO内のどの宇宙人よりも、やる気に満ちていた。
 ボスは集まった宇宙人をゆっくり見回しながら、言葉を発する。

「では諸君、時間になったので始めよう。
 我々は地球侵略のため、かねてより進めていた地球人の調査の結果が出た。
 博士、前に出てくれ」
「はい」
 博士と呼ばれた宇宙人が、列の前に歩み出る。
 彼は若いながらも分析班の班長であり、かねてよりボスの命令で地球の研究をしていた。
 
「それでは、我々分析班の報告をさせていただきます。
 調査結果を分析した結果、我々は『地球侵略は不可能』と結論しました」
「なに!?」
「何かの間違いだ!」
「そんなはずは……」
 宇宙人から同様の声が漏れ始める。
 だれも想像だにしなかった結論だったからだ。
 そしてそれはボスにとっても同様であった。

「どういうことだ。
 地球と我々の技術差は歴然。
 このまま攻め込んでも蹂躙できるはず。
 調査も念のためにしているにすぎん!」
「はい、ボス。
 それを今から説明いたします」
 ボスが怒気を含みながら、博士を問い詰める。
 しかし博士は少しも怯えず、淡々と説明する。

「先行調査で報告された、『地球人には、我々にはない友情という概念を持っている』を覚えていますか?」
「うむ、そういう報告があったのは覚えている。
 しかし、『アレは弱者のなれ合い』と言うことで結論されたのではなかったか?」
「その通りです、ボス。
 あの時点では、そう結論付けられました。
 ですが調査を進めて、驚くべき事実が判明しました」
「ほう、なんだ」
「地球人は、深い友情で結ばれたものは『合体技』なるものを使えるようになるのです」
「がったい……わざ……?」
 ボスは、理解できないとばかりに、オウム返しに言葉を返す。
 そしてボス以外も、他の宇宙人たちは聞きなれない言葉に首を傾げていた。

「その、なんだ。
 合体技というのは?」
「友情の深まった地球人が二人以上集まると使う事の出来る、不可能を可能にする現象です」
「よく分からんな」
「具体例を示しましょう。
 仮に地球人の現存兵器では、傷すらつけられない生物がいたとしましょう。
 普通なら為す術もありません。
 しかし合体技を使えるものがいれば、打ち勝つ可能性が出てくるのです。
 この合体技を我々に向けられれば、被害は少なくないでしょう……」
 UFO内でざわめきが起こる。
 今まで何の障害にもならないと思われた地球侵略に、大きな不安要素が出てきたからだ。

「なるほど。
 これは地球侵略を行うに当たって、大きな障害になるな……
 しかし不可能とまで断じるのは無理がないか?」
「ボスの言う通りです。
 合体技だけだったら、不可能とは判断しませんでした」
「まだあるのか?」
「はい」
 博士は持っていた報告書をめくる。

「友情が深まると、合体技のほかに『身体能力の向上』『限定的なテレパシー能力』『卓越した連携技能』『トレーニング効果の向上』……」
「いろいろあるのか……」
「これら一つ一つの影響は小さいですが、全てが積み重なると無視できなくなります。
 そしてこれが重要なのですが、『戦いの中で友情イベントが発生すると、その戦いに勝利する』というものです」
「友情イベント?
 なんだそれは?」
「色々なパターンがあるのですが、簡単に言えば『お互いの友情を確かめ合い、さらに友情を深める』ことです」
「よく分からんが……
 これは絶対に勝つのか?」
「絶対とまではいきませんが、我々が確認したパターンでは、ほとんどの場合が当てはまります」
「ううむ」
 ボスは腕を組んで、考え始めた。

 最初は楽な仕事だと思って進めた地球侵略……
 ここにきて新情報が出てきて、危険度が跳ね上がってしまった。
 ボスは自らの地位のため、今後の計画を考え直す必要が出てきた。

 ボスは考える。
 このまま進めて成功しても、もし被害が多ければ自分の責任を問われるだろう。
 しかし、引き下がっても臆病者呼ばわりされるだけ……
 ここまま進める……
 それとも撤退か……
 ボスは重要な決断を迫られていた。

「ボス、この件について提案があります」
「言ってみろ」
「我々分析班も、地球に派遣してください」
「なぜだ?」
「正直に言えば、我々分析班は、調査班の報告に懐疑的です。
 いくら新しく発見された生物とはいえ、意味不明過ぎます。
 それならば自分たちの目で確かめたいと思います。
 それに現地に行く事で、分かる事も多いでしょう」
「ふむ、確かにな。
 いいだろう、行ってこい」
「ありがとうございます」

 博士は、ボスに対し恭しく礼をして、その場から立ち去るのであった

 ◆

 博士は会議の後、まっすぐ分析班の研究室に戻る。
 会議の結果を報告するためである。
 博士が部屋に入ると、分析班のメンバー全員から視線を向けられた。
 彼らは沈黙し、自分たちの班長の言葉を、待ちわびていた。
 
「諸君……
 地球に派遣されることが決まった。
 早く準備をしたまえ」
「「「いやっほおぉぉぉ」」」
 部屋の中で待機した宇宙人たちは例外なく、喜びの雄たけびを上げる。
 彼らは、地球への派遣の準備をするため、我先へと自室へ戻っていった。
 分析班のメンバーは地球に赴きたかったのだ。

 事の発端は、地球に赴いた調査班から、地球人たちの
 色々な娯楽品が入っており、分析班は大いに興味をそそられた。
 その中でも特に興味を惹かれたのが、ゲーム類である。
 彼らは、自分たちの文化になかったゲームに嵌まり、いつしか地球に行きたいと思うようになったのだ。

 博士に、ボスを騙したつもりは毛頭ない。
 ただ話した内容は、地球の事ではなく、地球のゲームの話だっただけである。
 もちろん十分に分析した結果なので、嘘ではない。

 飛び出していった部下たちを見送り、博士は部屋で一人呟く。
「地球人は滅ぼすには勿体ない。
 手を組むだけの価値がある」

 もし手を組むことが出来れば、お互いに大きな恩恵を得ることが出来る。
 そうすれば、誰も見たことがないいゲームを作る事も可能だろう。

 しかし言葉で言うほど簡単ではない。
 異なる文化が手を取り合う。
 それはいばらの道だ。
 しかし――

「それでも、我々は成し遂げる。
 我々と地球人との、『合体技』でな」

7/24/2024, 12:59:24 PM

『花咲いて』

 ここは、とある荒野。
 草木すら生えない不毛の地。
 人どころか、虫一匹いない死の大地。

 限りある土地を巡って、人間と魔族との間に戦争が起こっても、この土地を占領しようとしなかった。
 ここは見捨てられた土地なのだ。
 訪れる者もおらず、風だけが吹く寂しい風景……

 しかし、そんな荒野に来訪者が洗われる。
 突如光の玉が出現し、辺りを明るく照らす。
 この光の玉は、勇者だけが使える転移の呪文によるもの。
 光の玉はしばらく静止した後、徐々に小さくなっていき、その中から2つの人影が現れた。

「ほら魔王、着いたぞ」
「ああ、助かる」
 勇者と魔王である。
 魔王は、勇者の肩を借りながら荒野を歩き始める。

 彼らは、一見友人同士にも見えるが、そうではない。
 彼らは、憎しみあっており、先ほどまで殺し合った仲である。
 その証拠にお互いの体は傷だらけであり、所々に血の跡が見える。
 特に魔王は血を流し過ぎたのか、顔には血の気が無く、魔王に死の影が迫っているのは誰の目にも明らかだった。

 魔族と人間、相容れない二人
 敵同士の二人が、なぜ荒野にいるのか……

「魔王よ、本当にいいのか?
 最期の場所が、こんな寂しいところで……」
「ここでいい。
 こんな寂しい場所でも、我の生まれた場所だ」

 魔王は力なくずるりとその場に崩れる。
 魔王には、もはや立っている力すら残っていない。
 このままいれば、魔王は死ぬことだろう……

「勇者よ、礼を言う。
 敵である我の我がままに付き合ってくれて……
 勝手だとは思うが、最期の場所はここだと決めていたのだ」
「他人の勝手に付き合うのが勇者の仕事だ。
 気にするな。
 死に際に呪いをまき散らされても困るしな。
 このくらい安いもんさ」
 勇者は皮肉げに笑う。
 対する魔王は、言い返す気力が無いのか空を見ているだけだった。

「勇者よ、一つ尋ねたい。
 そこに花壇があるはずだ。
 花は咲いているか?」
「自分で見ればいいだろう」
「我はもう目が見えぬ。
 見てきて欲しい」
「本当に勝手だ。
 こんなに扱き使うのは、俺を送り出した王様以来だ」

 勇者は肩をすくめ、辺りを見回す。
 花壇はすぐ近くにあったので、すぐ見つけることが出来た。
 しかし――

「おい、魔王。
 花どころか、雑草すら生えてないぞ」
「そうか。
 駄目だったか」
「どういうことだ」

 勇者は、倒れている魔王を見下ろす。
 なにも無い花壇を見て、もしや罠かとも思ったが、今の魔王にそんな気配はない。
 勇者は、魔王の時間が少ないこと悟る。

「我はこの荒野を花いっぱいにしたかったのだ」
「それは魔王に似合わずメルヘンな夢だ」
「そうだ、我の夢だ」
 魔王はゴホっと口から血を吐く。

「こんな寂しい景色でも、我の生まれ故郷なのだ。
 いつかはこの場所を華やかにしたいと思っていたのだが……
 最期までダメだったようだ……」
「ふーん。
 まあ、土に栄養なさそうだもんな」
「……勇者よ、貴様には分かるのか?」
「いや、聞いたことあるだけで全く詳しくないし、適当に言っただけ。
 素人だよ」
「勇者よ、頼む。
 どうかこの場所を花でいっぱいにしてくれ」
「だから、素人だって言ってるだろ。
 そんな頼みは受けれないぞ」
「……」
「おい、魔王聞いて――
 死んだか」
 勇者は、魔王が死んだことを確信し、何も起こらないことに安心する。
 そして、そのまましばらく立ち尽くした後、勇者は大きなため息を吐いた。

「全く、勝手な奴だ。
 特別だぞ。
 お前の最期の依頼、受けてやるよ」
 勇者は魔王の亡骸に向かって、笑いかける。

「他人の勝手に付き合うのが勇者の仕事、だからな」

 🌸 🌸 🌸 🌸

 100年後。
 この場所に、多くの人が訪れていた。
 人々の目的は、この場所に植えられた色とりどりの花。
 元々荒野だったこの場所は、今や面影はない。
 見渡す限り花ばかりだ。

 勇者は、魔王討伐の褒美に、この死の土地を希望した。
 だれも欲しがらない土地を欲しがる勇者に、誰もが不思議に思った。
 しかし数年後、この土地を緑が溢れる場所にし、世界を驚かせた。
 誰もが無理だと思ったこの偉業を、魔王の討伐を含めて、『勇者の奇跡』と呼んだ。
 勇者亡き後も、有志たちがこの花畑を管理している。

 そして花畑の中心には、花に隠れるように小さな墓があった。
 その墓には、こう刻まれている。

「魔王、ここに眠る。
 一面の花畑を夢見て」

7/23/2024, 1:38:14 PM

『もしもタイムマシンがあったなら』


「姉ちゃん、姉ちゃん」
 庭で洗濯物を干していると、小学生の弟が叫びながらやって来た。
 いつも元気でうるさい弟だが、今日は一段とうるさい。
 何事だろうか?

「何よ、そんなに慌てて」
「姉ちゃん、俺タイムマシン見つけた」
「他の人が困るから、埋め直しといて」
「は?
 なんで埋め――あっ、違う違う。
 タイプカプセルじゃなくて、タイムマシン!
 未来や過去に行けるやつ!」
「えっ、凄いわ!
 じゃあ、それも埋めときなさい」
「結局埋めるの!?」
「現代に生きる我々には手の余るものよ。
 未来の人に託しましょう」
「うまい事言った顔すんな。
 さては信じてないな」
「当たり前でしょ。
 そこらへんにタイムマシンがあってたまるか」
「ホントだって、家の蔵を探検してたら、あったんだ」
「家の蔵?」

 我が家には、大きな蔵がある。
 昔、我が家はこの辺りでは名家で、蔵にはいろんなお宝があったそうだ。
 けれどいろいろあってご先祖様が売ってしまったらしく、今はガラクタしかない。
 だから弟も何かのガラクタを見間違えに違いない。

「ホントだって。
 ほら姉ちゃんも見よう?」
「はいはい」
 私は、弟に手を引かれるまま蔵の中へと入っていく。
 久しぶりに入るが、埃っぽいのは相変わらず、灯りも窓から入るものだけでとても薄暗い。
 率直に言えば『探検ごっこ』に最適なシチュエーションだ。
 弟も、探検してタイムマシンを見つけたのだろう。

「タイムマシンは、奥にあるんだ」
「奥に?
 奥は奥の方はいろいろ崩れて、危ないから入っちゃダメって言ったよね」
「あっ。
 えと、ごめんなさい」
「はあ、さっさとタイムマシンとやらを見るわよ。
 洗濯物、干さないといけなんだから……」
「うん……
 もうすぐだから……」
 それから瓦礫の山を歩くこと数分、目的の場所にたどり着いた。

「これだよ。
 タイムマシン」
「……本当にタイムマシンね」

 弟が見つけたもの。
 それは、まごうことなきタイムマシンであった。
 少しデザインは違ったが、某国民的アニメでよく出てくる奴である。
 タイムマシンは、まるで隠すように置いてあるが、埃をかぶっていることから、長い事誰も使っていないことが分かる。

「ああ、なるほどね。
 お姉ちゃん、これ知ってるわ」
「ホントに!?
 でもさっき知らないって言ったよね」
「ええ、実際には見たことは無いわ。
 けど、いまうちの高校で噂になってるの」
「どんな噂?」
 弟は興味津々で聞いてくる。
 最近、大人びてきたが、まだまだ子供のようだ。

「それよりも、これ使った?」
「使ってない。
 使えないんだ」
「そうでしょうね。
 これは条件を満たさないと、使えない物なの……」
「条件?」
「これを見なさい」

 私はタイムマシンの、とあるモニターを指さす。
 放置されてから長いこと立っているにもかかわらず、そのモニターは点灯しており、その液晶画面には『7』の数字を表示していた。

「姉ちゃん、これ何の数字?」
「他のタイムマシンの数よ」
「数?
 なんで、そんなものが?」
「少し話が変わるけど……
 過去を変えるってどういう意味を持つと思う?」
 私が問いかけると、弟は不思議そうな顔をするも一応考えるそぶりを見せる。

「えっと、タイムパラドックスみたいな話?
 過去を変えると整合性が取れなくなるとか……」
「そ、偉いわ」
 私が褒めると、弟は少しだけ嬉しそうな顔になる。

「そこでさっきの話。
 今、タイムマシンが7台ある。
 それを使って7人が、自分勝手に過去を変えて、タイムパラドックスが起こったとするわ。
 そうすると、現実や未来はどうなると思う?」
「えっと、分かんない」
「そう、分からない。
 何が起こってどうなるのか、予想がつかない。
 だから偉い人はこう考えた。
 『過去に行くのが一人だけなら、そんなに未来は変わらないんじゃないか?』ってね」
「偉い人って誰?」
「神様かな?
 噂だし、良く知らない」
「うーん、分かるような分からないような」
 弟が、頭を抱えるジェスチャーをする。
 それも仕方がない。
 偉い人も含めて、誰も分からない事なのだから。

「つまり……どういう事?」
「仕方ないわね。
 じゃあヒント。
 『他のタイムマシンを壊して、一台だけにしない限り、誰も過去には行けない』」
「まさかデスゲーム!?」
「その通り」
 私は我が意を得たりとばかりに、手を広げて勿体ぶった雰囲気を出しながら、弟に言い放つ。
 
「過去に行けるのは一人だけ。
 我こそはと思うものは挑戦せよ。
 これは1枚しかない過去への切符を巡って争う、デスゲームなのだ。
 他者を排除する手段は問わない。
 最後まで残ったものが、過去へ行く権利を手にする。
 さあ戦え、過去を変えるために」

 決まった。
 これ以上ないスピーチだ。
 弟も感極まったことだろう。
 ――と思ったのに弟は不審そうに私を見ている。
 おかしいな。

「姉ちゃん、それ漫画?」
「バレちゃった」
「からかわないでくれよ。
 で、どこまで嘘なの?」
 私は意識して満面の笑みを浮かべる。

「全部ウソよ。
 高校で流行っているというのも全部ウソ」
「ちっくしょう」
「よく考えなさいよ。
 こんなコテコテなタイムマシン、あるわけないでしょ」
「そりゃそうだけどさ。
 じゃあ、結局これ何だよ」
「私が演劇部の友達から預かった演劇用の小物。
 預かったきり、取りに来ないから忘れてたわ」
「うわあ、てことはさっきの演説も演劇部の……?」
「そうよ」
「オチがしょうもねえ」

 弟の見るからにがっかりしたような仕草に、私は大笑いする。
 弟は不満そうに私を見るが、特に何も言うことは無かった。

「用は済んだわね。
 戻って洗濯物干すわよ。
 手伝いなさい」
 うへえ、と弟が零す。
 私はそんな弟を愛おしく思いながら、手を握って蔵の出口まで一緒に歩く。

 たわいのない会話をしながら……
 私の内心には気づかれないように……

 私には気がかりなことがあった。
 それは、『モニターの数字が7を示していた事』。
 これはタイムマシンが、他に7台あると言う事だ。

 弟にはさっき嘘を言った。
 タイムマシンの話、全て本当の事である。

 実は二年前、弟は事故で死ぬはずだった。
 悲しみに打ちひしがれていた私は、偶然タイムマシンを手に入れた。
 私は、あらゆる手段を用いて他のタイムマシンを破壊した。
 その過程で、友人を裏切ったし、人を傷つけた。
 そしてモニターの数字が『0』になったことを確認し、過去に飛び事故をなかったことにしたのだ。

 それからはこの蔵に封印し、二度と使うつもりはなかった。
 でも今は『7』と点灯している。
 この事実が指し示すことは――

 また、始まると言うのだろうか?
 血を血で洗う、殺し合い。
 裏切りが裏切りを呼び、人間の本性が暴かれたデスゲームが。

 そんなものを経験するのは一回で十分だ。
 二度と関わらないためには、タイムマシンを壊しておくべきなのだろう。
 弟も巻き込むかもしれない

 けれど、また弟に何かあった時の事が怖くて、どうしても決心がつかない。
 たとえば明日、弟が事故にあったら、私はきっとまた過去を変える
 その時にタイムマシンが無かったら、私は絶望するだろう。

 なんでタイムマシンなんてものが存在するんだろう。
 こんなものが無ければ、弟の死にも心の整理がついたかもしれないのに。
 タイムマシンの存在を知ってから、私はいつも迷ってばかりだ。

 ――そうだ、壊そう。
 他のタイムマシンを壊せば、何も迷うことは無い。
 私は一度やった。
 二度目もできるはず。

 あの時とは事情が違うが問題ない。
 私には『まだ』変えたい過去はない。
 けれど、過去を私だけの物にするために、もう一度地獄に身を投じることにしよう。
 それで弟を失っても問題ない。
 タイムマシンで過去を変えればいいのだから。

7/22/2024, 1:18:13 PM

 学校のチャイムが鳴り、古文の教師が補習の終わりを告げる。
 教師の言っていることが何一つ理解できなかったが、いつもの事なので気にしない。
 あの言葉がかつて日本で使われていたとは驚きである。
 昔の人は、よくあんな言葉で会話するものだ。

 私はそんな地獄の補習がひと段落付いたことに安心感を覚える。
 だが油断は出来ない。
 補習自体はまだ半分しか終わっておらず、休憩が終わればまた地獄の時間が始まるのだ。

 次の補習は宇宙人の言語、数学である。
 日本語でも難しいのに、宇宙人語は無理なんだよ。
 せめて人間の言葉にしてくれ。

 それにしても、と思う。
 今日は夏休みだと言うのに、なぜ私は学校で補習を受けているのだろうか?

 私の立てた予定では、今頃は恋人の拓哉とデートしているはず……
 そして私たちは砂浜を、手を繋いで歩く。
 そして人影のない岩陰で、拓哉は私の耳元で『咲夜、愛しているよ』と囁くのだ
 それを聞いて私は――

 そうなるはずだったのに!
 なんでこうなった?
 なんで私はこんなにもバカなんだ。

 でも言い訳はさせてもらう。
 私は努力した。
 拓哉と過ごす時間を増やすため、必死に勉強した。
 なんなら拓哉にも勉強を乞うた。
 だが、結果は赤点。
 現実は非情である。

「おい、すげえツラしてんぞ。
 彼氏に会えない禁断症状か?」
 話しかけてきたのは、私と同じ補習者の桐野。
 不名誉なことに中学からの幼馴染で、その時からずっと同じ補習を受けている。
 ロマンスが起きそうなシチュエーションだが、彼にはとくに特別な感情は無い。
 私には卓也がいるからだ。

 ちなみに、こいつはそこそこ勉強できるくせに、いつも出席日数が足りなくて補習を受ける羽目になっているアホである。
 まさに才能の無駄遣い!
 なんでこんな不真面目な奴が頭がよくて、一応授業には出ている私の方がバカなんだ!?
 なぜ、コイツは私が今一番欲しいものを持っている!?
 その頭を私に寄越せ!
 私の方がうまく使える!
 不公平だ!

「おい、なんで顔がさらに険しくなるんだ?」
「世界は不公平に満ちていると思ってね」
「よく分かんないけど、俺には関係ないよな?」
「桐野、お前を取り込んで全てを知識を得る」
「前からおかしいと思ってたけど、別の方向でさらにヤバくなってる。
 拓哉を呼ばないと収集付かないな、コレ……」
「拓哉?
 ああああ拓哉ぁぁぁぁ会いたいよー」
「情緒が不安定過ぎる……」
 私の目から、とめどなく涙が溢れる。
 今まで我慢してたのに。
 せめて補習が終わるまでは泣くまいと誓ったのに……
 桐野のせいだ。

「泣くなよ」
「桐野のせいだ」
「なんで俺!?
 いや俺のせいか……
 それはともかく泣きやめよ。
 他の奴らも驚いているだろ」
「私、頑張ったのに、頑張ったのに」
「ああ、わかるよ。
 俺も頑張ったのにダメだった」
「あんたの場合は自業自得だろうが!」
「理不尽」
「拓哉に会いたい」
 私は机に突っ伏す。
 涙が止まらない。

 その時、教室がざわめく気配を感じた。
 そして桐野が「救世主が来た」とつぶやいたのが聞こえた。
 もしや拓哉の事か?
 私が顔を上げると、そこにはまさに拓哉がいた。

「咲夜、泣いてるけど何かあったのか?」
「えっと、あくび。
 昨日寝れなくって」
「コイツ、寂し――ゴフ」
 余計なことを口走りそうになった桐野を、殴って口封じする。
 これだから桐野はバカなんだ。

「それで、拓哉はなんでここに?」
「差し入れしに来たんだ。
 ほらカフェオレ」
「ありがとう」
 拓哉は、私が好きな砂糖マシマシのカフェオレの紙パックを差し出した。
 ここにくるまでに、コンビニで買ってくれたのだろう。
 とてもありがたい。
 勉強で疲れた頭が、糖分を欲しがっていたのだ。
 これで、残りの補習を頑張れる。

「補習、頑張れよ」
 私がカフェオレを飲み始めたのを見て、拓哉は笑う。
 拓哉の笑顔を見て、私は気づいた。

 私が本当に欲しかったのは、桐野の頭なんかじゃない。
 なんでこんなものを欲しがっていたのか……
 過去の自分が恥ずかしい。

 私が今一番欲しかったもの。
 それは、拓哉の笑顔だった。
 そのためならば、この地獄の補習、乗り切れる!
 
「授業を始めるから、全員席に着け。
 楽しい楽しい数学の時間だ」
 
 ゴメン数学は無理。

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