学校のチャイムが鳴り、古文の教師が補習の終わりを告げる。
教師の言っていることが何一つ理解できなかったが、いつもの事なので気にしない。
あの言葉がかつて日本で使われていたとは驚きである。
昔の人は、よくあんな言葉で会話するものだ。
私はそんな地獄の補習がひと段落付いたことに安心感を覚える。
だが油断は出来ない。
補習自体はまだ半分しか終わっておらず、休憩が終わればまた地獄の時間が始まるのだ。
次の補習は宇宙人の言語、数学である。
日本語でも難しいのに、宇宙人語は無理なんだよ。
せめて人間の言葉にしてくれ。
それにしても、と思う。
今日は夏休みだと言うのに、なぜ私は学校で補習を受けているのだろうか?
私の立てた予定では、今頃は恋人の拓哉とデートしているはず……
そして私たちは砂浜を、手を繋いで歩く。
そして人影のない岩陰で、拓哉は私の耳元で『咲夜、愛しているよ』と囁くのだ
それを聞いて私は――
そうなるはずだったのに!
なんでこうなった?
なんで私はこんなにもバカなんだ。
でも言い訳はさせてもらう。
私は努力した。
拓哉と過ごす時間を増やすため、必死に勉強した。
なんなら拓哉にも勉強を乞うた。
だが、結果は赤点。
現実は非情である。
「おい、すげえツラしてんぞ。
彼氏に会えない禁断症状か?」
話しかけてきたのは、私と同じ補習者の桐野。
不名誉なことに中学からの幼馴染で、その時からずっと同じ補習を受けている。
ロマンスが起きそうなシチュエーションだが、彼にはとくに特別な感情は無い。
私には卓也がいるからだ。
ちなみに、こいつはそこそこ勉強できるくせに、いつも出席日数が足りなくて補習を受ける羽目になっているアホである。
まさに才能の無駄遣い!
なんでこんな不真面目な奴が頭がよくて、一応授業には出ている私の方がバカなんだ!?
なぜ、コイツは私が今一番欲しいものを持っている!?
その頭を私に寄越せ!
私の方がうまく使える!
不公平だ!
「おい、なんで顔がさらに険しくなるんだ?」
「世界は不公平に満ちていると思ってね」
「よく分かんないけど、俺には関係ないよな?」
「桐野、お前を取り込んで全てを知識を得る」
「前からおかしいと思ってたけど、別の方向でさらにヤバくなってる。
拓哉を呼ばないと収集付かないな、コレ……」
「拓哉?
ああああ拓哉ぁぁぁぁ会いたいよー」
「情緒が不安定過ぎる……」
私の目から、とめどなく涙が溢れる。
今まで我慢してたのに。
せめて補習が終わるまでは泣くまいと誓ったのに……
桐野のせいだ。
「泣くなよ」
「桐野のせいだ」
「なんで俺!?
いや俺のせいか……
それはともかく泣きやめよ。
他の奴らも驚いているだろ」
「私、頑張ったのに、頑張ったのに」
「ああ、わかるよ。
俺も頑張ったのにダメだった」
「あんたの場合は自業自得だろうが!」
「理不尽」
「拓哉に会いたい」
私は机に突っ伏す。
涙が止まらない。
その時、教室がざわめく気配を感じた。
そして桐野が「救世主が来た」とつぶやいたのが聞こえた。
もしや拓哉の事か?
私が顔を上げると、そこにはまさに拓哉がいた。
「咲夜、泣いてるけど何かあったのか?」
「えっと、あくび。
昨日寝れなくって」
「コイツ、寂し――ゴフ」
余計なことを口走りそうになった桐野を、殴って口封じする。
これだから桐野はバカなんだ。
「それで、拓哉はなんでここに?」
「差し入れしに来たんだ。
ほらカフェオレ」
「ありがとう」
拓哉は、私が好きな砂糖マシマシのカフェオレの紙パックを差し出した。
ここにくるまでに、コンビニで買ってくれたのだろう。
とてもありがたい。
勉強で疲れた頭が、糖分を欲しがっていたのだ。
これで、残りの補習を頑張れる。
「補習、頑張れよ」
私がカフェオレを飲み始めたのを見て、拓哉は笑う。
拓哉の笑顔を見て、私は気づいた。
私が本当に欲しかったのは、桐野の頭なんかじゃない。
なんでこんなものを欲しがっていたのか……
過去の自分が恥ずかしい。
私が今一番欲しかったもの。
それは、拓哉の笑顔だった。
そのためならば、この地獄の補習、乗り切れる!
「授業を始めるから、全員席に着け。
楽しい楽しい数学の時間だ」
ゴメン数学は無理。
7/22/2024, 1:18:13 PM