G14

Open App

『もしもタイムマシンがあったなら』


「姉ちゃん、姉ちゃん」
 庭で洗濯物を干していると、小学生の弟が叫びながらやって来た。
 いつも元気でうるさい弟だが、今日は一段とうるさい。
 何事だろうか?

「何よ、そんなに慌てて」
「姉ちゃん、俺タイムマシン見つけた」
「他の人が困るから、埋め直しといて」
「は?
 なんで埋め――あっ、違う違う。
 タイプカプセルじゃなくて、タイムマシン!
 未来や過去に行けるやつ!」
「えっ、凄いわ!
 じゃあ、それも埋めときなさい」
「結局埋めるの!?」
「現代に生きる我々には手の余るものよ。
 未来の人に託しましょう」
「うまい事言った顔すんな。
 さては信じてないな」
「当たり前でしょ。
 そこらへんにタイムマシンがあってたまるか」
「ホントだって、家の蔵を探検してたら、あったんだ」
「家の蔵?」

 我が家には、大きな蔵がある。
 昔、我が家はこの辺りでは名家で、蔵にはいろんなお宝があったそうだ。
 けれどいろいろあってご先祖様が売ってしまったらしく、今はガラクタしかない。
 だから弟も何かのガラクタを見間違えに違いない。

「ホントだって。
 ほら姉ちゃんも見よう?」
「はいはい」
 私は、弟に手を引かれるまま蔵の中へと入っていく。
 久しぶりに入るが、埃っぽいのは相変わらず、灯りも窓から入るものだけでとても薄暗い。
 率直に言えば『探検ごっこ』に最適なシチュエーションだ。
 弟も、探検してタイムマシンを見つけたのだろう。

「タイムマシンは、奥にあるんだ」
「奥に?
 奥は奥の方はいろいろ崩れて、危ないから入っちゃダメって言ったよね」
「あっ。
 えと、ごめんなさい」
「はあ、さっさとタイムマシンとやらを見るわよ。
 洗濯物、干さないといけなんだから……」
「うん……
 もうすぐだから……」
 それから瓦礫の山を歩くこと数分、目的の場所にたどり着いた。

「これだよ。
 タイムマシン」
「……本当にタイムマシンね」

 弟が見つけたもの。
 それは、まごうことなきタイムマシンであった。
 少しデザインは違ったが、某国民的アニメでよく出てくる奴である。
 タイムマシンは、まるで隠すように置いてあるが、埃をかぶっていることから、長い事誰も使っていないことが分かる。

「ああ、なるほどね。
 お姉ちゃん、これ知ってるわ」
「ホントに!?
 でもさっき知らないって言ったよね」
「ええ、実際には見たことは無いわ。
 けど、いまうちの高校で噂になってるの」
「どんな噂?」
 弟は興味津々で聞いてくる。
 最近、大人びてきたが、まだまだ子供のようだ。

「それよりも、これ使った?」
「使ってない。
 使えないんだ」
「そうでしょうね。
 これは条件を満たさないと、使えない物なの……」
「条件?」
「これを見なさい」

 私はタイムマシンの、とあるモニターを指さす。
 放置されてから長いこと立っているにもかかわらず、そのモニターは点灯しており、その液晶画面には『7』の数字を表示していた。

「姉ちゃん、これ何の数字?」
「他のタイムマシンの数よ」
「数?
 なんで、そんなものが?」
「少し話が変わるけど……
 過去を変えるってどういう意味を持つと思う?」
 私が問いかけると、弟は不思議そうな顔をするも一応考えるそぶりを見せる。

「えっと、タイムパラドックスみたいな話?
 過去を変えると整合性が取れなくなるとか……」
「そ、偉いわ」
 私が褒めると、弟は少しだけ嬉しそうな顔になる。

「そこでさっきの話。
 今、タイムマシンが7台ある。
 それを使って7人が、自分勝手に過去を変えて、タイムパラドックスが起こったとするわ。
 そうすると、現実や未来はどうなると思う?」
「えっと、分かんない」
「そう、分からない。
 何が起こってどうなるのか、予想がつかない。
 だから偉い人はこう考えた。
 『過去に行くのが一人だけなら、そんなに未来は変わらないんじゃないか?』ってね」
「偉い人って誰?」
「神様かな?
 噂だし、良く知らない」
「うーん、分かるような分からないような」
 弟が、頭を抱えるジェスチャーをする。
 それも仕方がない。
 偉い人も含めて、誰も分からない事なのだから。

「つまり……どういう事?」
「仕方ないわね。
 じゃあヒント。
 『他のタイムマシンを壊して、一台だけにしない限り、誰も過去には行けない』」
「まさかデスゲーム!?」
「その通り」
 私は我が意を得たりとばかりに、手を広げて勿体ぶった雰囲気を出しながら、弟に言い放つ。
 
「過去に行けるのは一人だけ。
 我こそはと思うものは挑戦せよ。
 これは1枚しかない過去への切符を巡って争う、デスゲームなのだ。
 他者を排除する手段は問わない。
 最後まで残ったものが、過去へ行く権利を手にする。
 さあ戦え、過去を変えるために」

 決まった。
 これ以上ないスピーチだ。
 弟も感極まったことだろう。
 ――と思ったのに弟は不審そうに私を見ている。
 おかしいな。

「姉ちゃん、それ漫画?」
「バレちゃった」
「からかわないでくれよ。
 で、どこまで嘘なの?」
 私は意識して満面の笑みを浮かべる。

「全部ウソよ。
 高校で流行っているというのも全部ウソ」
「ちっくしょう」
「よく考えなさいよ。
 こんなコテコテなタイムマシン、あるわけないでしょ」
「そりゃそうだけどさ。
 じゃあ、結局これ何だよ」
「私が演劇部の友達から預かった演劇用の小物。
 預かったきり、取りに来ないから忘れてたわ」
「うわあ、てことはさっきの演説も演劇部の……?」
「そうよ」
「オチがしょうもねえ」

 弟の見るからにがっかりしたような仕草に、私は大笑いする。
 弟は不満そうに私を見るが、特に何も言うことは無かった。

「用は済んだわね。
 戻って洗濯物干すわよ。
 手伝いなさい」
 うへえ、と弟が零す。
 私はそんな弟を愛おしく思いながら、手を握って蔵の出口まで一緒に歩く。

 たわいのない会話をしながら……
 私の内心には気づかれないように……

 私には気がかりなことがあった。
 それは、『モニターの数字が7を示していた事』。
 これはタイムマシンが、他に7台あると言う事だ。

 弟にはさっき嘘を言った。
 タイムマシンの話、全て本当の事である。

 実は二年前、弟は事故で死ぬはずだった。
 悲しみに打ちひしがれていた私は、偶然タイムマシンを手に入れた。
 私は、あらゆる手段を用いて他のタイムマシンを破壊した。
 その過程で、友人を裏切ったし、人を傷つけた。
 そしてモニターの数字が『0』になったことを確認し、過去に飛び事故をなかったことにしたのだ。

 それからはこの蔵に封印し、二度と使うつもりはなかった。
 でも今は『7』と点灯している。
 この事実が指し示すことは――

 また、始まると言うのだろうか?
 血を血で洗う、殺し合い。
 裏切りが裏切りを呼び、人間の本性が暴かれたデスゲームが。

 そんなものを経験するのは一回で十分だ。
 二度と関わらないためには、タイムマシンを壊しておくべきなのだろう。
 弟も巻き込むかもしれない

 けれど、また弟に何かあった時の事が怖くて、どうしても決心がつかない。
 たとえば明日、弟が事故にあったら、私はきっとまた過去を変える
 その時にタイムマシンが無かったら、私は絶望するだろう。

 なんでタイムマシンなんてものが存在するんだろう。
 こんなものが無ければ、弟の死にも心の整理がついたかもしれないのに。
 タイムマシンの存在を知ってから、私はいつも迷ってばかりだ。

 ――そうだ、壊そう。
 他のタイムマシンを壊せば、何も迷うことは無い。
 私は一度やった。
 二度目もできるはず。

 あの時とは事情が違うが問題ない。
 私には『まだ』変えたい過去はない。
 けれど、過去を私だけの物にするために、もう一度地獄に身を投じることにしよう。
 それで弟を失っても問題ない。
 タイムマシンで過去を変えればいいのだから。

7/23/2024, 1:38:14 PM