『もしもタイムマシンがあったなら』
「姉ちゃん、姉ちゃん」
庭で洗濯物を干していると、小学生の弟が叫びながらやって来た。
いつも元気でうるさい弟だが、今日は一段とうるさい。
何事だろうか?
「何よ、そんなに慌てて」
「姉ちゃん、俺タイムマシン見つけた」
「他の人が困るから、埋め直しといて」
「は?
なんで埋め――あっ、違う違う。
タイプカプセルじゃなくて、タイムマシン!
未来や過去に行けるやつ!」
「えっ、凄いわ!
じゃあ、それも埋めときなさい」
「結局埋めるの!?」
「現代に生きる我々には手の余るものよ。
未来の人に託しましょう」
「うまい事言った顔すんな。
さては信じてないな」
「当たり前でしょ。
そこらへんにタイムマシンがあってたまるか」
「ホントだって、家の蔵を探検してたら、あったんだ」
「家の蔵?」
我が家には、大きな蔵がある。
昔、我が家はこの辺りでは名家で、蔵にはいろんなお宝があったそうだ。
けれどいろいろあってご先祖様が売ってしまったらしく、今はガラクタしかない。
だから弟も何かのガラクタを見間違えに違いない。
「ホントだって。
ほら姉ちゃんも見よう?」
「はいはい」
私は、弟に手を引かれるまま蔵の中へと入っていく。
久しぶりに入るが、埃っぽいのは相変わらず、灯りも窓から入るものだけでとても薄暗い。
率直に言えば『探検ごっこ』に最適なシチュエーションだ。
弟も、探検してタイムマシンを見つけたのだろう。
「タイムマシンは、奥にあるんだ」
「奥に?
奥は奥の方はいろいろ崩れて、危ないから入っちゃダメって言ったよね」
「あっ。
えと、ごめんなさい」
「はあ、さっさとタイムマシンとやらを見るわよ。
洗濯物、干さないといけなんだから……」
「うん……
もうすぐだから……」
それから瓦礫の山を歩くこと数分、目的の場所にたどり着いた。
「これだよ。
タイムマシン」
「……本当にタイムマシンね」
弟が見つけたもの。
それは、まごうことなきタイムマシンであった。
少しデザインは違ったが、某国民的アニメでよく出てくる奴である。
タイムマシンは、まるで隠すように置いてあるが、埃をかぶっていることから、長い事誰も使っていないことが分かる。
「ああ、なるほどね。
お姉ちゃん、これ知ってるわ」
「ホントに!?
でもさっき知らないって言ったよね」
「ええ、実際には見たことは無いわ。
けど、いまうちの高校で噂になってるの」
「どんな噂?」
弟は興味津々で聞いてくる。
最近、大人びてきたが、まだまだ子供のようだ。
「それよりも、これ使った?」
「使ってない。
使えないんだ」
「そうでしょうね。
これは条件を満たさないと、使えない物なの……」
「条件?」
「これを見なさい」
私はタイムマシンの、とあるモニターを指さす。
放置されてから長いこと立っているにもかかわらず、そのモニターは点灯しており、その液晶画面には『7』の数字を表示していた。
「姉ちゃん、これ何の数字?」
「他のタイムマシンの数よ」
「数?
なんで、そんなものが?」
「少し話が変わるけど……
過去を変えるってどういう意味を持つと思う?」
私が問いかけると、弟は不思議そうな顔をするも一応考えるそぶりを見せる。
「えっと、タイムパラドックスみたいな話?
過去を変えると整合性が取れなくなるとか……」
「そ、偉いわ」
私が褒めると、弟は少しだけ嬉しそうな顔になる。
「そこでさっきの話。
今、タイムマシンが7台ある。
それを使って7人が、自分勝手に過去を変えて、タイムパラドックスが起こったとするわ。
そうすると、現実や未来はどうなると思う?」
「えっと、分かんない」
「そう、分からない。
何が起こってどうなるのか、予想がつかない。
だから偉い人はこう考えた。
『過去に行くのが一人だけなら、そんなに未来は変わらないんじゃないか?』ってね」
「偉い人って誰?」
「神様かな?
噂だし、良く知らない」
「うーん、分かるような分からないような」
弟が、頭を抱えるジェスチャーをする。
それも仕方がない。
偉い人も含めて、誰も分からない事なのだから。
「つまり……どういう事?」
「仕方ないわね。
じゃあヒント。
『他のタイムマシンを壊して、一台だけにしない限り、誰も過去には行けない』」
「まさかデスゲーム!?」
「その通り」
私は我が意を得たりとばかりに、手を広げて勿体ぶった雰囲気を出しながら、弟に言い放つ。
「過去に行けるのは一人だけ。
我こそはと思うものは挑戦せよ。
これは1枚しかない過去への切符を巡って争う、デスゲームなのだ。
他者を排除する手段は問わない。
最後まで残ったものが、過去へ行く権利を手にする。
さあ戦え、過去を変えるために」
決まった。
これ以上ないスピーチだ。
弟も感極まったことだろう。
――と思ったのに弟は不審そうに私を見ている。
おかしいな。
「姉ちゃん、それ漫画?」
「バレちゃった」
「からかわないでくれよ。
で、どこまで嘘なの?」
私は意識して満面の笑みを浮かべる。
「全部ウソよ。
高校で流行っているというのも全部ウソ」
「ちっくしょう」
「よく考えなさいよ。
こんなコテコテなタイムマシン、あるわけないでしょ」
「そりゃそうだけどさ。
じゃあ、結局これ何だよ」
「私が演劇部の友達から預かった演劇用の小物。
預かったきり、取りに来ないから忘れてたわ」
「うわあ、てことはさっきの演説も演劇部の……?」
「そうよ」
「オチがしょうもねえ」
弟の見るからにがっかりしたような仕草に、私は大笑いする。
弟は不満そうに私を見るが、特に何も言うことは無かった。
「用は済んだわね。
戻って洗濯物干すわよ。
手伝いなさい」
うへえ、と弟が零す。
私はそんな弟を愛おしく思いながら、手を握って蔵の出口まで一緒に歩く。
たわいのない会話をしながら……
私の内心には気づかれないように……
私には気がかりなことがあった。
それは、『モニターの数字が7を示していた事』。
これはタイムマシンが、他に7台あると言う事だ。
弟にはさっき嘘を言った。
タイムマシンの話、全て本当の事である。
実は二年前、弟は事故で死ぬはずだった。
悲しみに打ちひしがれていた私は、偶然タイムマシンを手に入れた。
私は、あらゆる手段を用いて他のタイムマシンを破壊した。
その過程で、友人を裏切ったし、人を傷つけた。
そしてモニターの数字が『0』になったことを確認し、過去に飛び事故をなかったことにしたのだ。
それからはこの蔵に封印し、二度と使うつもりはなかった。
でも今は『7』と点灯している。
この事実が指し示すことは――
また、始まると言うのだろうか?
血を血で洗う、殺し合い。
裏切りが裏切りを呼び、人間の本性が暴かれたデスゲームが。
そんなものを経験するのは一回で十分だ。
二度と関わらないためには、タイムマシンを壊しておくべきなのだろう。
弟も巻き込むかもしれない
けれど、また弟に何かあった時の事が怖くて、どうしても決心がつかない。
たとえば明日、弟が事故にあったら、私はきっとまた過去を変える
その時にタイムマシンが無かったら、私は絶望するだろう。
なんでタイムマシンなんてものが存在するんだろう。
こんなものが無ければ、弟の死にも心の整理がついたかもしれないのに。
タイムマシンの存在を知ってから、私はいつも迷ってばかりだ。
――そうだ、壊そう。
他のタイムマシンを壊せば、何も迷うことは無い。
私は一度やった。
二度目もできるはず。
あの時とは事情が違うが問題ない。
私には『まだ』変えたい過去はない。
けれど、過去を私だけの物にするために、もう一度地獄に身を投じることにしよう。
それで弟を失っても問題ない。
タイムマシンで過去を変えればいいのだから。
7/23/2024, 1:38:14 PM