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『花咲いて』

 ここは、とある荒野。
 草木すら生えない不毛の地。
 人どころか、虫一匹いない死の大地。

 限りある土地を巡って、人間と魔族との間に戦争が起こっても、この土地を占領しようとしなかった。
 ここは見捨てられた土地なのだ。
 訪れる者もおらず、風だけが吹く寂しい風景……

 しかし、そんな荒野に来訪者が洗われる。
 突如光の玉が出現し、辺りを明るく照らす。
 この光の玉は、勇者だけが使える転移の呪文によるもの。
 光の玉はしばらく静止した後、徐々に小さくなっていき、その中から2つの人影が現れた。

「ほら魔王、着いたぞ」
「ああ、助かる」
 勇者と魔王である。
 魔王は、勇者の肩を借りながら荒野を歩き始める。

 彼らは、一見友人同士にも見えるが、そうではない。
 彼らは、憎しみあっており、先ほどまで殺し合った仲である。
 その証拠にお互いの体は傷だらけであり、所々に血の跡が見える。
 特に魔王は血を流し過ぎたのか、顔には血の気が無く、魔王に死の影が迫っているのは誰の目にも明らかだった。

 魔族と人間、相容れない二人
 敵同士の二人が、なぜ荒野にいるのか……

「魔王よ、本当にいいのか?
 最期の場所が、こんな寂しいところで……」
「ここでいい。
 こんな寂しい場所でも、我の生まれた場所だ」

 魔王は力なくずるりとその場に崩れる。
 魔王には、もはや立っている力すら残っていない。
 このままいれば、魔王は死ぬことだろう……

「勇者よ、礼を言う。
 敵である我の我がままに付き合ってくれて……
 勝手だとは思うが、最期の場所はここだと決めていたのだ」
「他人の勝手に付き合うのが勇者の仕事だ。
 気にするな。
 死に際に呪いをまき散らされても困るしな。
 このくらい安いもんさ」
 勇者は皮肉げに笑う。
 対する魔王は、言い返す気力が無いのか空を見ているだけだった。

「勇者よ、一つ尋ねたい。
 そこに花壇があるはずだ。
 花は咲いているか?」
「自分で見ればいいだろう」
「我はもう目が見えぬ。
 見てきて欲しい」
「本当に勝手だ。
 こんなに扱き使うのは、俺を送り出した王様以来だ」

 勇者は肩をすくめ、辺りを見回す。
 花壇はすぐ近くにあったので、すぐ見つけることが出来た。
 しかし――

「おい、魔王。
 花どころか、雑草すら生えてないぞ」
「そうか。
 駄目だったか」
「どういうことだ」

 勇者は、倒れている魔王を見下ろす。
 なにも無い花壇を見て、もしや罠かとも思ったが、今の魔王にそんな気配はない。
 勇者は、魔王の時間が少ないこと悟る。

「我はこの荒野を花いっぱいにしたかったのだ」
「それは魔王に似合わずメルヘンな夢だ」
「そうだ、我の夢だ」
 魔王はゴホっと口から血を吐く。

「こんな寂しい景色でも、我の生まれ故郷なのだ。
 いつかはこの場所を華やかにしたいと思っていたのだが……
 最期までダメだったようだ……」
「ふーん。
 まあ、土に栄養なさそうだもんな」
「……勇者よ、貴様には分かるのか?」
「いや、聞いたことあるだけで全く詳しくないし、適当に言っただけ。
 素人だよ」
「勇者よ、頼む。
 どうかこの場所を花でいっぱいにしてくれ」
「だから、素人だって言ってるだろ。
 そんな頼みは受けれないぞ」
「……」
「おい、魔王聞いて――
 死んだか」
 勇者は、魔王が死んだことを確信し、何も起こらないことに安心する。
 そして、そのまましばらく立ち尽くした後、勇者は大きなため息を吐いた。

「全く、勝手な奴だ。
 特別だぞ。
 お前の最期の依頼、受けてやるよ」
 勇者は魔王の亡骸に向かって、笑いかける。

「他人の勝手に付き合うのが勇者の仕事、だからな」

 🌸 🌸 🌸 🌸

 100年後。
 この場所に、多くの人が訪れていた。
 人々の目的は、この場所に植えられた色とりどりの花。
 元々荒野だったこの場所は、今や面影はない。
 見渡す限り花ばかりだ。

 勇者は、魔王討伐の褒美に、この死の土地を希望した。
 だれも欲しがらない土地を欲しがる勇者に、誰もが不思議に思った。
 しかし数年後、この土地を緑が溢れる場所にし、世界を驚かせた。
 誰もが無理だと思ったこの偉業を、魔王の討伐を含めて、『勇者の奇跡』と呼んだ。
 勇者亡き後も、有志たちがこの花畑を管理している。

 そして花畑の中心には、花に隠れるように小さな墓があった。
 その墓には、こう刻まれている。

「魔王、ここに眠る。
 一面の花畑を夢見て」

7/24/2024, 12:59:24 PM