ガタンガタンと体が揺れる。
私たちは妻と息子の3人で、『銀河鉄道』に乗っていた。
目的は、地球に住む親に孫の顔を見せる事。
息子が生まれてから、初めての帰省だ。
自分たちの住んでいる惑星から地球は遠いので、なかなか踏ん切りがつかなかったのだ。
理由は、惑星を移動するには、お金がかかるし時間もかかるから。
というか面倒くさい。
そんな訳で行きたくなかったのだが、『金なら出す』という親と、『銀河鉄道に乗りたい』という息子、『いいかげん諦めろ』という妻の意見により、多数決で出発が決まった。
多数決なら仕方がない。
そんなわけで乗り込んだ銀河鉄道だが、さっきも言ったように目的地に着くまで長い。
列車特有の心地よい揺れに眠りかけるも、なんとか意識を保つ。
幼い息子が危険な真似をしないように見張る必要があるからだ。
一方で妻はと言うと、すでに幸せそうに寝入っていた。
いつも暴君である息子の相手をしているのだ。
日頃の疲れが溜まっているのか、椅子に座った瞬間眠りに落ちた。
普段の苦労が偲ばれる。
今だけは平和に寝かせてやろうと心に誓う。
そしてその元凶である息子はと言うと、普段の暴君っぷりが嘘のように静かに窓の外を見ていた。
初めて乗った列車から見る景色は格別らしい。
窓越しに見えるのは、黒い空に浮かぶ星々の輝きを、息子は熱心に眺めてみる。
星に興味があるのだろうか?
将来は天文学者にあるのかもしれない。
そうなると、この列車は息子にとって天国みたいな場所だろう。
『銀河鉄道』の名の通り、この列車は星々の中を通ってるのだ。
なにせ360度、どこを見ても星、星、星。
星が好きな人間にとっては、幸せだろう。
私?
私は一瞬で飽きた。
いつまでも続く黒い空は私にとって眠くなるものでしかない。
その上、この振動……
ヤバい、眠い。
「ねえ、お父さん」
さきほどまで窓の外を見ていたはずの息子が、肩をゆすっている。
いつのまにこんな近くに……?
もしかして寝てた?
「なんかあったか?」
焦る気持ちを隠して息子に尋ねる。
すると息子は、世紀の大発見をしたような顔で窓の外を指す。
「変な星がある」
「変な星?」
息子が指を差した方向を眺める。
見つけられるか自信が無かったのだが、『変な星』というのはすぐ分かった。
なるほど確かに息子は正しい。
その星は、他の星とは違い、青く光っていた。
「あれが爺ちゃんと婆ちゃんが住んでる『地球』だよ」
「地球!?
アレが!?」
息子は、もっと見ようと窓に顔を押し当てる。
そんなに焦らなくても、すぐ見えるようになるのに……
忙しい子である。
息子と一緒に地球を見ていると、急に『帰って来たんだな』という感情が芽生える。
「ただいま」
自然と口から言葉が漏れる。
聞かれたかと息子を見るが、息子は地球に夢中で気づいていない。
まあ聞かれたところで、何があるわけでもないのだが……
私はもう一度息子の肩越しに窓の外を見る。
窓越しに見えるのは、10年ぶりの地球。
地球を出た時と変わらない、綺麗な星であった
『自分の私物に赤い糸を巻き付けると、運命の人に出逢うことが出来る』
私の学校では、そんな噂が飛び交っている。
その噂を受けて、友人たちは私物に赤い糸を巻き付けていた。
もちろん根拠は無いおまじない。
根も葉もないうわさ。
子供っぽいとも思う。
けれど楽しんでいる人間に対して、わざわざ冷めるような事をいうほど、私は偏屈な人間じゃない
それにみんな、心の底から信じているわけではないだろう。
多分、『だといいな』くらいの認識だと思う。
そんなわけで私は、友人たちと違って赤い糸を巻き付けていない。
ただ、いいアイディアだとは思った。
例えば、傘に目印として付けるとか。
雨が降ると、下駄箱に置いてある傘置きには、たくさんの傘が差しこまれる。
私も、ギュウギュウ詰めになった傘立てに差し込むのだけど、帰る際たくさんの傘の中から自分の傘を見つけるのは、いつも一苦労なのだ。
だから私は見つけやすいように、傘の取っ手に赤い糸を巻き付けた。
違うんだ。
勘違いしないで欲しい。
傘を見つけやすくするために目印につけただけで、決して他意はない。
別に噂を信じている訳じゃない。
ほら、今日も傘置きには他の生徒がもって来た傘でいっぱいだ。
朝から降っていたので、傘を忘れた人はいないだろう。
つまり、全校生徒の傘がここにはあるのだ
けれど、私の傘には赤い糸が巻き付いている。
他の傘と違うから、私の傘はすぐ見つか――らなかった。
おかしいな。
朝の記憶では、確かこの辺に差し込んだのだけど、記憶違いかな……
赤い糸が外れてしまった可能性も考慮して探しても見つからない。
念のために他の傘立てを見てみるも、やはり見当たらない。
私が傘を探している間にも、他の生徒たちはどんどん自分の傘を持って下校していく。
そうしてスカスカになった傘立ての中を見ても、自分の傘は見当たらない……
なるほどね。
私、分かっちゃった。
ここまで、ヒント出されちゃうと分からない方が難しいね。
今の状況が指し示すのは――
私の傘を誰かが間違えて持って帰ったと言う事だな。
マジか……
はあ、と私はため息をつく。
流石に傘が無いと困ってしまう。
だって外は土砂降り。
傘なしでなんて帰りたくない。
親に迎えに来てもらう?
今日は夜勤って言ってたから、無理だ。
友人の傘に入れてもらう?
全員帰宅部なのですでに帰っている。
「はああああ」
私は特大のため息を吐く。
これはもう、びしょぬれを覚悟して、傘なしで帰るしかないな。
せめてもの抵抗で、雨が弱くなるのを待っていると、隣の家に住んでいる幼なじみの安藤が走ってくるのが見えた。
なんとなく眺めていると、安藤は差していた傘を折りたたみ、そのまま傘入れに入れる。
彼の傘は特徴的で、取っ手に赤い糸が巻き付いた傘だった。
私の傘だった。
「あーー」
コイツが持っていったのか!
私が合点がいった一方で、傘どろぼうは私を不思議そうに見ていた。
「なんだよ。突然大声出して」
「それ、私の傘」
「なんだ、お前のかよ」
「『お前のか』じゃない」
私が怒りの形相で近づくと、彼は慌てて手をあげて降参のポーズ。
「待ってくれ、わざとじゃないんだ。
間違えたことに気づいて、慌てて戻ってきたんだ」
「私、もう少しで濡れて帰るところだったんだけど」
「ゴメン!」
正直、まだ怒りは収まらないが、反省しているようなのでこれくらいで許してやろう。
「じゃあ、帰るか」
傘も返ってきたことだし、ここに長居する用事はない。
そう思って帰ろうとして、私はあることに気づいた。
安藤が帰ろうとしないのだ。
「帰らないの?」
「あー」
安藤はバツが悪そうに、顔をポリポリかく。
「実は傘を忘れて……」
「朝も降ってたじゃない……
あんたどうやって来たの?」
「今日寝坊したから、親に送ってもらったんだ。
そのとき傘を車に置き忘れちゃって……」
「そういうことか」
こいつ朝弱いからなあ。
いつも起こしに行ってるのに、一度もすんなり起きたためしがない。
「ていうか、傘持ってなかったくせに、『間違えて』持って帰ったのか……」
「ご、ごめん。
靴履いた時、似ている傘を持って行ってしまった……
というわけで、スンマセセン。
傘ないんです。
傘にいれて下さい」
安藤は勢いよく頭を下げる。
それを見て私は、今日で何度目かもわからないため息をつく。
「はあ、このまま見捨てるのは気分が悪いか……」
「ありがとうございます」
「代わりにパフェ奢ってよ」
「デートって事?」
「勘違いすんな。
お前はただの財布じゃい」
◆
その後、私と安藤は付き合う事になった。
パフェを食べに行った後も、ちょくちょく一緒に出掛けるようにあり、最終的に恋人同士となった。
きっかけはもちろん、傘持ち去り事件である。
アレが無ければ、私たちはただの幼馴染で終わっていただろう。
安藤が私の傘を持っていったから、私たちはデートに行く事になったのだ。
赤い糸が巻き付いた私の傘を……
別に赤い糸が巻き付いていたから、持っていったわけじゃないだろう。
けれど運命が、あの傘を中心にして変わったのは事実……
あのおまじない、まさか本物!?
ははは、まさかね。
「綿あめ食べたい」
思わずつぶやく。
さっき空に浮かぶ入道雲を見たせいだろう。
あれは実に美味しそうだった。
だが綿あめを食べるのは難しいだろう。
この時期はまだ、綿あめの季節には早い。
スーパーに行ってもまず買えないだろう……
残された手段は自作ということになる。
機械で作ればいいのだが、そんなものどこにも……
待てよ
そういえば去年、夏に綿あめの機械を買ったな
夜店の綿あめに嵌まり、たくさん食べたくてわざわざ通販で取り寄せたのだ。
安くない買い物だったが、去年の夏は綿あめを存分に食べることが出来たので、悔いはない。
さすがに秋になるころには飽きたが……
けど機械を捨てるのももったいなくて、物置に放り込んだのだ。
となれば善は急げ。
俺はすぐに物置の綿あめ製造機を引っ張り出す。
念のため、電源を入れてみればまだ動く。
コレであとは材料を用意するだけ。
これはどうすっかなと思っていると、外で雨が降る音がした。
窓から覗いてみると、空は暗くなっており、強い雨が降っていた。
どうやらさっき見た入道雲が、こちらに来たようだ
これはチャンス。
雨が降っているのなら『アレ』が手に入るはず。
大急ぎで台所からボウルを持って来て、その中に雨水をためる。
ある程度たまって、ざるで濾《こ》せば――
ざるには、『綿あめの元』が残るって寸法だ。
入道雲は、綿あめと同じ素材で出来ているのは、周知の事実。
雨と一緒に落ちてくる綿あめの元を使えば、少しだが綿あめを食べることが出来る
効率がいいとは言えないものの、食べるだけならそれで十分。
俺は手に入れた綿あめの元を、綿あめ製造機に投入。
そして糸を引き始めたところを、割りばしで絡めっとって――
出来上がり!
握りこぶしより、少し小さいくらいの綿あめが出来た。
想像以上に小さいが文句は言えない。
天然ものだから、店売りの様に大きくは出来ないのだ。
出来上がった綿あめを口の入れた瞬間、口の中に甘さが広がる。
やはり、綿あめは良い物だ。
まさに大自然を凝縮した甘さ。
他のお菓子とは格が違う。
あまり量が食べれなかったが、満足した。
そして食べた後は後かたずけ。
綿あめ製造機に残った『残りかす』を割りばしで絡めとり、窓を開ける。
外はは既に雨が上がり青空が広がっていた。
晴れた空に割りばしに巻き付いた『残りかす』を出すと、『残りかす』はまるで意思を持っているかのように、するする割りばしを離れる。
「大きくなれよ」
『残りかす』が空へと昇っていく。
食べた後は、きちんと放流する。
綿あめはキャッチ&リリースが基本なのだ。
俺が放流した『残りかす』は、長い時間をかけ少しずつ大きくなり、巨大な入道雲になるだろう。
そしてまた雨と綿あめを降らし、俺たち人間に恵みをもたらすのだ。
しかし自然界は厳しい。
大きくなる前に天敵に食べられてしまうことも多いと聞く。
空を飛ぶ鳥の餌に食べられたり、あるいは人間の綿あめの業社に捕まったり……
研究によるとこうして綿あめから入道雲になるのは、1パーセント以下らしい。
綿あめにはたくさんの苦難が待ち受けているのだ。
だが俺は信じている。
このまま何事もなく大きくなり、そしてこの地に戻ってくるのだと……
そしてまた雨と綿あめを降らすのだ。
もちろん勝手な俺の感傷だ。
綿あめを食べた後は、いつもセンチメタルになってしまう。
歳を取ったせいだろうか、涙脆くていけない。
俺が放流した『残りかす』はもうすでに見えなくなっていた……
「元気でやれよ」
空から目線を下ろすと、先ほど頭上を通った入道雲が見える。
この入道雲も、だれかが放流した綿あめなのだろうか……
俺はそんなことを考えながら窓を閉め、綿あめの無事を祈るのだった。
夏。
それは人を解放的にさせる。
人は海に走り、ひと時のロマンスを繰り広げる……
地獄もまた例外では無い。
鬼たちも開放的になり、海へと走り、ロマンスを繰り広げる――事は無かったが、とにかく夏を謳歌していた。
目の前の鬼たちは、普段の様子から想像できないくらいはしゃぎ回り、涼を求め海へと飛びこむ。
そこにいたのは恐ろしい鬼ではなく、夏の熱さに浮かされた子供であった。
だが、無理もない事なのかもしれない……
かつて、地獄ではこういった娯楽は皆無であった。
地獄では、ただただ労働だけがあった。
鬼たちも、そのことに不満を持つことは無く、粛々と業務をこなしていた。
だがある時、地獄は変わった。
俺が変えたのだ。
鬼たちのブラック業務すら霞む、ブラックホール業務に、俺が待ったをかけた。
無報酬労働……
この世界で、唾棄すべき『悪』である。
そして俺は『悪』が心底大嫌いなのだ。
俺は生前詐欺師をやって、その因果で地獄に落ちることになった。
もちろん詐欺は『悪』だが、相手はもっぱら悪徳商人を狙った。
『悪』は嫌いだが、それを行うやつらも大嫌いだったからだ。
死んだあと、この善行に対して情状酌量は無かった。
だが特に不満は無い。
俺は悪人が嫌いだったから、悪人相手に詐欺を働いただけ……
自分勝手にやっただけで、別に褒めてもらうためではない。
だから他者から評価されなくても別にいいのだ。
それでも、と思う。
やっぱり喜んでもらえると嬉しい。
俺が詐欺を働いたことで、喜んだ人間がいたのは確か。
感謝の言葉も一度や二度ではない。
そして今は、地獄の鬼たちが、俺の行いに喜んでいる。
苦労して、閻魔大王を説得した甲斐があった。
閻魔には嘘が通じない。
嘘をつこうものなら、たちまち舌を抜かれてしまう。
だから根気強く、正直に説得するしかなかった。
休みがあれば、仕事が捗るのだと……
そうして俺は、なんとか閻魔から、短い夏休みをもぎ取ったのだ。
満足できる結果ではないが、時間が解決してくれるだろう。
仕事の進捗という、なによりも正直な事実が
しかし、この地獄にはまあ多くの『悪』があるように思えた。
地獄に落ちてまだ短い時間ではあるが、滅ぼすべき悪があるように思えた。
幸い閻魔から高い評価を受け、鬼たちを指揮する権限を譲り受けている。
これを使って目につく『悪』を滅ぼしているのだが、全く無くなる様子は無い
多分、閻魔も『悪』を滅ぼすために、権限を与えたわけではあるまい。
だが、今のところ口を出すことは無く、少なくとも『悪』を滅ぼすことには異存がないようだ。
もしかしたら、こうなることが分かってやらせたのかもしれない。
俺には閻魔の考えていることは分かない。
だが『悪』を滅ぼしていいと言うのは分かっている。
俺は、それさえ分かっていればいい。
その事実に、思わず顔がにやけてしまう
俺は夏が嫌いだった。
特に恋愛事に熱心なわけでもなく、海が好きなわけでもない。
夏はただ熱いだけの季節だった。
それに詐欺のしやすい季節でもない。
だけど今の俺は、そんなに夏が嫌じゃない。
なにせ、これからも大嫌いな『悪』を、どんん滅ぼしていいのだ。
夏とは関係ないが、それでも、心が躍るのは確かだ。
こんなに気持ちが高揚するのは、生きている間もなかった。
この夏は、きっと特別な夏になる。
俺の心が、そんな予感を告げていた。
『ここはないどこか』
「では探偵さんはこうおっしゃるのですか?
武藤が殺されたのはここではない、と」
「間違いありません。
殺害現場は、ここではないどこかです」
二人の会話を聞いて、俺は笑いをこらえるのに必死だった。
探偵と刑事は、殺された武藤の事を話し合っているのだが、二人の見解は全くの見当違いだからだ。
なんでそんなこと分かるのかって?
武藤を殺したのは俺だからだよ。
そして殺したのも、ここ。
だが俺は何も言わない。
言う訳がない
言ってしまうと、すぐ犯人とばれてしまうからだ。
今の俺は、『不幸にも殺害現場に遭遇しまい、慌てて通報した、哀れな第一発見者』。
演劇部に所属した経験を活かし、最後まで騙しきって見せる。
俺が決意を新たにしている間も、二人のやり取りは続く。
「では探偵さん、犯行時刻はどう思われますか?」
「これも偽装されていますね。
血は乾いていませんが、私の目は誤魔化せません」
「つまり?」
「今ではない、いつかでしょう」
オイオイオイオイオイ。
殺されたのは今じゃない?
これも間違い。
コイツは今さっき、俺が殺した。
我ながら大胆だ。
別に殺害時間を錯覚させるような小細工は使ってないんだけど、こいつら大丈夫なのだろうか?
警察にも当たり外れいるし、きっとこいつらは外れなのだろう。
個人的には助かるのだが、日本の治安が大いに不安だ。
「凶器は……ナイフでしょうか……」
「いいえ、ナイフではありません。
これはナイフでない、何かです」
『ナイフだよ』
ツッコミが喉まで出かかるのを飲み込む。
武藤に刺さっているものが、ナイフ以外のなんだと言うんだ。
こいつらの目は節穴かよ……
さっきから思っていたのだが、この二人本当に探偵と刑事か?
推理がかすりもしなんだけど……
ああ、コレが俗に言う『迷』探偵か……
……いやな物見たなぁ。
「殺された理由は、怨恨でしょうか?」
「違います。
恨みに見せかけた強盗ですね」
さすがの俺も、この二人はおかしいんじゃないかと思い始めてきた。
そこにお札が何枚も入った財布落ちてるじゃん。
なんで物取りだと思うんだよ。
俺、コイツに恨みがあって殺したんだよ。
めった刺しにしてるやん。
普通怨恨だって思うじゃん?
探偵とか刑事とかを抜きにしても、こいつらヤバいかもしれない。
ふと、『おかしいのは俺か?』という考えが一瞬よぎる。
ナイナイ。
おかしいのはこいつらであって、俺ではない、多分。
「一体誰が彼を……」
「その事なのですが……」
「なんでしょう」」
「この死体、本人ではない可能性があります
「ま、まさか、この死体は……」
「彼ではない、誰かです」
探偵の言葉に、俺は驚きのあまり言葉を失う。
こいつら何言ってんの?
死体の名札に、武藤って書いてるじゃん。
間違えないよ。
「つまり被害者は……」
「ここではないどこかで、生きている可能性があります」
「くそ、これはとんでもないトリックだ」
二人の言っている事がなにも分からない。
俺は確実に武藤を殺した。
殺したんだ……
本当だ……
本当に?
急に自信がなくなってきた。
いや確かに本人だ。
あの顔は忘れない。
復讐の相手を間違えたりはしない。
くそ、二人の会話を聞いていると、おかしくなりそうだ。
早く現場検証終わってくれ。
俺の祈りが通じたのか、一人の若い警察官が近づいてくる。
おお、なんと優秀そうな警察官だ。
きっとこの地獄みたいな状況を打破してくれるだろう。
「貴方が通報された方ですか?」
「はい」
「大変お待たせしました。
これから現場検証を行いますので、少々お時間を――」
「それなら、あの二人に話しましたよ」
俺は、未だに頭のおかしい会話をしている二人を指さす。
若い警察官は、俺の差した指の方を見て――だが不思議そうにこちらに向き直る。
「誰もいませんよ」
「えっ」
誰もいない?
そんな馬鹿な。
いや、確かにあの二人はまだそこにいる。
あの二人は俺だけに見えている?
もしかして、俺本当に頭がおかしくなって――
「あ、もしかして、探偵と刑事が頭の悪い会話してたりします?」
「そ、そうです。
こっちが頭がおかしくなりそうな感じの会話を――」
「じゃあ、逮捕しますね」
「はい!?」
全く話の流れが読めない。
もしかして、この若い警察官も外れか?
「ああ、スイマセン。
説明します。
その二人、殺人を犯した人間にしか見えないみたいなんですよ」
「ははは、何言ってるんですか、お巡りさん……
俺が殺人なんて」
「ああ、別に否定してもいいんですけど……」
「なんですか?」
若い警察官は、俺の問いにすぐには答えず、ためを作る。
「あの二人、付いて来るらしいんですよ」
「へ?」
ふと探偵と刑事の方を見ると、俺たちを――いや俺だけをまっすぐ見ていた。
「我々警察は『ソレ』が何なのか分からないんですけど、気づかれたら最後、ずっと付き纏われるみたいです」
「ア、アレ、何なんですか?」
「さあ?」
若い警察官は、間の抜けた返事をする。
もう一度探偵と刑事の方を見ると、俺を見ながらゆっくりと近づいてくる。
「とくに物理的には害が無いみたいですけど、ひたすら中身のない会話を聞かされて精神的に参るらしいですよ。
それで警察に助けを求めて、自首されることも多くて……」
「助け?
助けてくれるんですか?」
後ろから探偵と刑事の会話が聞こえる。
何を言っているか意味不明だが、これ以上中身のない会話を聞きたくない。
「早く助けてください。
俺、気が狂いそうで……」
「安心してください、追い払い方は分かってます。
我々警察は、助けを求める市民を見捨てたりはしません」
俺のすがりつくような言葉に、警察官は安心させるような笑顔で俺に笑いかける
「その代わり、色々話してくれますよね?」
「はい、何でも話します。
なんでも話しますから、早く」
「では警察署に行きましょうか。
現場を離れれば、しばらくは現れません」
「お願いします。
早く、どこかに……
ここではないどこかに、連れて行って下さい」