G14

Open App

 夏。
 それは人を解放的にさせる。
 人は海に走り、ひと時のロマンスを繰り広げる……

 地獄もまた例外では無い。
 鬼たちも開放的になり、海へと走り、ロマンスを繰り広げる――事は無かったが、とにかく夏を謳歌していた。
 目の前の鬼たちは、普段の様子から想像できないくらいはしゃぎ回り、涼を求め海へと飛びこむ。
 そこにいたのは恐ろしい鬼ではなく、夏の熱さに浮かされた子供であった。

 だが、無理もない事なのかもしれない……
 かつて、地獄ではこういった娯楽は皆無であった。
 地獄では、ただただ労働だけがあった。
 鬼たちも、そのことに不満を持つことは無く、粛々と業務をこなしていた。

 だがある時、地獄は変わった。
 俺が変えたのだ。
 鬼たちのブラック業務すら霞む、ブラックホール業務に、俺が待ったをかけた。
 無報酬労働……
 この世界で、唾棄すべき『悪』である。
 そして俺は『悪』が心底大嫌いなのだ。
 
 俺は生前詐欺師をやって、その因果で地獄に落ちることになった。
 もちろん詐欺は『悪』だが、相手はもっぱら悪徳商人を狙った。
 『悪』は嫌いだが、それを行うやつらも大嫌いだったからだ。

 死んだあと、この善行に対して情状酌量は無かった。
 だが特に不満は無い。
 俺は悪人が嫌いだったから、悪人相手に詐欺を働いただけ……
 自分勝手にやっただけで、別に褒めてもらうためではない。
 だから他者から評価されなくても別にいいのだ。

 それでも、と思う。
 やっぱり喜んでもらえると嬉しい。
 俺が詐欺を働いたことで、喜んだ人間がいたのは確か。
 感謝の言葉も一度や二度ではない。
 そして今は、地獄の鬼たちが、俺の行いに喜んでいる。

 苦労して、閻魔大王を説得した甲斐があった。
 閻魔には嘘が通じない。
 嘘をつこうものなら、たちまち舌を抜かれてしまう。
 だから根気強く、正直に説得するしかなかった。
 休みがあれば、仕事が捗るのだと……
 そうして俺は、なんとか閻魔から、短い夏休みをもぎ取ったのだ。
 満足できる結果ではないが、時間が解決してくれるだろう。
 仕事の進捗という、なによりも正直な事実が

 しかし、この地獄にはまあ多くの『悪』があるように思えた。
 地獄に落ちてまだ短い時間ではあるが、滅ぼすべき悪があるように思えた。
 幸い閻魔から高い評価を受け、鬼たちを指揮する権限を譲り受けている。
 これを使って目につく『悪』を滅ぼしているのだが、全く無くなる様子は無い

 多分、閻魔も『悪』を滅ぼすために、権限を与えたわけではあるまい。
 だが、今のところ口を出すことは無く、少なくとも『悪』を滅ぼすことには異存がないようだ。
 もしかしたら、こうなることが分かってやらせたのかもしれない。

 俺には閻魔の考えていることは分かない。
 だが『悪』を滅ぼしていいと言うのは分かっている。
 俺は、それさえ分かっていればいい。
 その事実に、思わず顔がにやけてしまう

 俺は夏が嫌いだった。
 特に恋愛事に熱心なわけでもなく、海が好きなわけでもない。
 夏はただ熱いだけの季節だった。
 それに詐欺のしやすい季節でもない。

 だけど今の俺は、そんなに夏が嫌じゃない。
 なにせ、これからも大嫌いな『悪』を、どんん滅ぼしていいのだ。
 夏とは関係ないが、それでも、心が躍るのは確かだ。
 こんなに気持ちが高揚するのは、生きている間もなかった。

 この夏は、きっと特別な夏になる。
 俺の心が、そんな予感を告げていた。

6/29/2024, 4:01:21 PM