『ここはないどこか』
「では探偵さんはこうおっしゃるのですか?
武藤が殺されたのはここではない、と」
「間違いありません。
殺害現場は、ここではないどこかです」
二人の会話を聞いて、俺は笑いをこらえるのに必死だった。
探偵と刑事は、殺された武藤の事を話し合っているのだが、二人の見解は全くの見当違いだからだ。
なんでそんなこと分かるのかって?
武藤を殺したのは俺だからだよ。
そして殺したのも、ここ。
だが俺は何も言わない。
言う訳がない
言ってしまうと、すぐ犯人とばれてしまうからだ。
今の俺は、『不幸にも殺害現場に遭遇しまい、慌てて通報した、哀れな第一発見者』。
演劇部に所属した経験を活かし、最後まで騙しきって見せる。
俺が決意を新たにしている間も、二人のやり取りは続く。
「では探偵さん、犯行時刻はどう思われますか?」
「これも偽装されていますね。
血は乾いていませんが、私の目は誤魔化せません」
「つまり?」
「今ではない、いつかでしょう」
オイオイオイオイオイ。
殺されたのは今じゃない?
これも間違い。
コイツは今さっき、俺が殺した。
我ながら大胆だ。
別に殺害時間を錯覚させるような小細工は使ってないんだけど、こいつら大丈夫なのだろうか?
警察にも当たり外れいるし、きっとこいつらは外れなのだろう。
個人的には助かるのだが、日本の治安が大いに不安だ。
「凶器は……ナイフでしょうか……」
「いいえ、ナイフではありません。
これはナイフでない、何かです」
『ナイフだよ』
ツッコミが喉まで出かかるのを飲み込む。
武藤に刺さっているものが、ナイフ以外のなんだと言うんだ。
こいつらの目は節穴かよ……
さっきから思っていたのだが、この二人本当に探偵と刑事か?
推理がかすりもしなんだけど……
ああ、コレが俗に言う『迷』探偵か……
……いやな物見たなぁ。
「殺された理由は、怨恨でしょうか?」
「違います。
恨みに見せかけた強盗ですね」
さすがの俺も、この二人はおかしいんじゃないかと思い始めてきた。
そこにお札が何枚も入った財布落ちてるじゃん。
なんで物取りだと思うんだよ。
俺、コイツに恨みがあって殺したんだよ。
めった刺しにしてるやん。
普通怨恨だって思うじゃん?
探偵とか刑事とかを抜きにしても、こいつらヤバいかもしれない。
ふと、『おかしいのは俺か?』という考えが一瞬よぎる。
ナイナイ。
おかしいのはこいつらであって、俺ではない、多分。
「一体誰が彼を……」
「その事なのですが……」
「なんでしょう」」
「この死体、本人ではない可能性があります
「ま、まさか、この死体は……」
「彼ではない、誰かです」
探偵の言葉に、俺は驚きのあまり言葉を失う。
こいつら何言ってんの?
死体の名札に、武藤って書いてるじゃん。
間違えないよ。
「つまり被害者は……」
「ここではないどこかで、生きている可能性があります」
「くそ、これはとんでもないトリックだ」
二人の言っている事がなにも分からない。
俺は確実に武藤を殺した。
殺したんだ……
本当だ……
本当に?
急に自信がなくなってきた。
いや確かに本人だ。
あの顔は忘れない。
復讐の相手を間違えたりはしない。
くそ、二人の会話を聞いていると、おかしくなりそうだ。
早く現場検証終わってくれ。
俺の祈りが通じたのか、一人の若い警察官が近づいてくる。
おお、なんと優秀そうな警察官だ。
きっとこの地獄みたいな状況を打破してくれるだろう。
「貴方が通報された方ですか?」
「はい」
「大変お待たせしました。
これから現場検証を行いますので、少々お時間を――」
「それなら、あの二人に話しましたよ」
俺は、未だに頭のおかしい会話をしている二人を指さす。
若い警察官は、俺の差した指の方を見て――だが不思議そうにこちらに向き直る。
「誰もいませんよ」
「えっ」
誰もいない?
そんな馬鹿な。
いや、確かにあの二人はまだそこにいる。
あの二人は俺だけに見えている?
もしかして、俺本当に頭がおかしくなって――
「あ、もしかして、探偵と刑事が頭の悪い会話してたりします?」
「そ、そうです。
こっちが頭がおかしくなりそうな感じの会話を――」
「じゃあ、逮捕しますね」
「はい!?」
全く話の流れが読めない。
もしかして、この若い警察官も外れか?
「ああ、スイマセン。
説明します。
その二人、殺人を犯した人間にしか見えないみたいなんですよ」
「ははは、何言ってるんですか、お巡りさん……
俺が殺人なんて」
「ああ、別に否定してもいいんですけど……」
「なんですか?」
若い警察官は、俺の問いにすぐには答えず、ためを作る。
「あの二人、付いて来るらしいんですよ」
「へ?」
ふと探偵と刑事の方を見ると、俺たちを――いや俺だけをまっすぐ見ていた。
「我々警察は『ソレ』が何なのか分からないんですけど、気づかれたら最後、ずっと付き纏われるみたいです」
「ア、アレ、何なんですか?」
「さあ?」
若い警察官は、間の抜けた返事をする。
もう一度探偵と刑事の方を見ると、俺を見ながらゆっくりと近づいてくる。
「とくに物理的には害が無いみたいですけど、ひたすら中身のない会話を聞かされて精神的に参るらしいですよ。
それで警察に助けを求めて、自首されることも多くて……」
「助け?
助けてくれるんですか?」
後ろから探偵と刑事の会話が聞こえる。
何を言っているか意味不明だが、これ以上中身のない会話を聞きたくない。
「早く助けてください。
俺、気が狂いそうで……」
「安心してください、追い払い方は分かってます。
我々警察は、助けを求める市民を見捨てたりはしません」
俺のすがりつくような言葉に、警察官は安心させるような笑顔で俺に笑いかける
「その代わり、色々話してくれますよね?」
「はい、何でも話します。
なんでも話しますから、早く」
「では警察署に行きましょうか。
現場を離れれば、しばらくは現れません」
「お願いします。
早く、どこかに……
ここではないどこかに、連れて行って下さい」
6/28/2024, 1:00:37 PM