『自分の私物に赤い糸を巻き付けると、運命の人に出逢うことが出来る』
私の学校では、そんな噂が飛び交っている。
その噂を受けて、友人たちは私物に赤い糸を巻き付けていた。
もちろん根拠は無いおまじない。
根も葉もないうわさ。
子供っぽいとも思う。
けれど楽しんでいる人間に対して、わざわざ冷めるような事をいうほど、私は偏屈な人間じゃない
それにみんな、心の底から信じているわけではないだろう。
多分、『だといいな』くらいの認識だと思う。
そんなわけで私は、友人たちと違って赤い糸を巻き付けていない。
ただ、いいアイディアだとは思った。
例えば、傘に目印として付けるとか。
雨が降ると、下駄箱に置いてある傘置きには、たくさんの傘が差しこまれる。
私も、ギュウギュウ詰めになった傘立てに差し込むのだけど、帰る際たくさんの傘の中から自分の傘を見つけるのは、いつも一苦労なのだ。
だから私は見つけやすいように、傘の取っ手に赤い糸を巻き付けた。
違うんだ。
勘違いしないで欲しい。
傘を見つけやすくするために目印につけただけで、決して他意はない。
別に噂を信じている訳じゃない。
ほら、今日も傘置きには他の生徒がもって来た傘でいっぱいだ。
朝から降っていたので、傘を忘れた人はいないだろう。
つまり、全校生徒の傘がここにはあるのだ
けれど、私の傘には赤い糸が巻き付いている。
他の傘と違うから、私の傘はすぐ見つか――らなかった。
おかしいな。
朝の記憶では、確かこの辺に差し込んだのだけど、記憶違いかな……
赤い糸が外れてしまった可能性も考慮して探しても見つからない。
念のために他の傘立てを見てみるも、やはり見当たらない。
私が傘を探している間にも、他の生徒たちはどんどん自分の傘を持って下校していく。
そうしてスカスカになった傘立ての中を見ても、自分の傘は見当たらない……
なるほどね。
私、分かっちゃった。
ここまで、ヒント出されちゃうと分からない方が難しいね。
今の状況が指し示すのは――
私の傘を誰かが間違えて持って帰ったと言う事だな。
マジか……
はあ、と私はため息をつく。
流石に傘が無いと困ってしまう。
だって外は土砂降り。
傘なしでなんて帰りたくない。
親に迎えに来てもらう?
今日は夜勤って言ってたから、無理だ。
友人の傘に入れてもらう?
全員帰宅部なのですでに帰っている。
「はああああ」
私は特大のため息を吐く。
これはもう、びしょぬれを覚悟して、傘なしで帰るしかないな。
せめてもの抵抗で、雨が弱くなるのを待っていると、隣の家に住んでいる幼なじみの安藤が走ってくるのが見えた。
なんとなく眺めていると、安藤は差していた傘を折りたたみ、そのまま傘入れに入れる。
彼の傘は特徴的で、取っ手に赤い糸が巻き付いた傘だった。
私の傘だった。
「あーー」
コイツが持っていったのか!
私が合点がいった一方で、傘どろぼうは私を不思議そうに見ていた。
「なんだよ。突然大声出して」
「それ、私の傘」
「なんだ、お前のかよ」
「『お前のか』じゃない」
私が怒りの形相で近づくと、彼は慌てて手をあげて降参のポーズ。
「待ってくれ、わざとじゃないんだ。
間違えたことに気づいて、慌てて戻ってきたんだ」
「私、もう少しで濡れて帰るところだったんだけど」
「ゴメン!」
正直、まだ怒りは収まらないが、反省しているようなのでこれくらいで許してやろう。
「じゃあ、帰るか」
傘も返ってきたことだし、ここに長居する用事はない。
そう思って帰ろうとして、私はあることに気づいた。
安藤が帰ろうとしないのだ。
「帰らないの?」
「あー」
安藤はバツが悪そうに、顔をポリポリかく。
「実は傘を忘れて……」
「朝も降ってたじゃない……
あんたどうやって来たの?」
「今日寝坊したから、親に送ってもらったんだ。
そのとき傘を車に置き忘れちゃって……」
「そういうことか」
こいつ朝弱いからなあ。
いつも起こしに行ってるのに、一度もすんなり起きたためしがない。
「ていうか、傘持ってなかったくせに、『間違えて』持って帰ったのか……」
「ご、ごめん。
靴履いた時、似ている傘を持って行ってしまった……
というわけで、スンマセセン。
傘ないんです。
傘にいれて下さい」
安藤は勢いよく頭を下げる。
それを見て私は、今日で何度目かもわからないため息をつく。
「はあ、このまま見捨てるのは気分が悪いか……」
「ありがとうございます」
「代わりにパフェ奢ってよ」
「デートって事?」
「勘違いすんな。
お前はただの財布じゃい」
◆
その後、私と安藤は付き合う事になった。
パフェを食べに行った後も、ちょくちょく一緒に出掛けるようにあり、最終的に恋人同士となった。
きっかけはもちろん、傘持ち去り事件である。
アレが無ければ、私たちはただの幼馴染で終わっていただろう。
安藤が私の傘を持っていったから、私たちはデートに行く事になったのだ。
赤い糸が巻き付いた私の傘を……
別に赤い糸が巻き付いていたから、持っていったわけじゃないだろう。
けれど運命が、あの傘を中心にして変わったのは事実……
あのおまじない、まさか本物!?
ははは、まさかね。
7/1/2024, 1:25:22 PM