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「綿あめ食べたい」
 思わずつぶやく。
 さっき空に浮かぶ入道雲を見たせいだろう。
 あれは実に美味しそうだった。

 だが綿あめを食べるのは難しいだろう。
 この時期はまだ、綿あめの季節には早い。
 スーパーに行ってもまず買えないだろう……

 残された手段は自作ということになる。
 機械で作ればいいのだが、そんなものどこにも……
 待てよ

 そういえば去年、夏に綿あめの機械を買ったな
 夜店の綿あめに嵌まり、たくさん食べたくてわざわざ通販で取り寄せたのだ。
 安くない買い物だったが、去年の夏は綿あめを存分に食べることが出来たので、悔いはない。
 さすがに秋になるころには飽きたが……
 けど機械を捨てるのももったいなくて、物置に放り込んだのだ。

 となれば善は急げ。
 俺はすぐに物置の綿あめ製造機を引っ張り出す。
 念のため、電源を入れてみればまだ動く。
 コレであとは材料を用意するだけ。

 これはどうすっかなと思っていると、外で雨が降る音がした。
 窓から覗いてみると、空は暗くなっており、強い雨が降っていた。
 どうやらさっき見た入道雲が、こちらに来たようだ

 これはチャンス。
 雨が降っているのなら『アレ』が手に入るはず。

 大急ぎで台所からボウルを持って来て、その中に雨水をためる。
 ある程度たまって、ざるで濾《こ》せば――
 ざるには、『綿あめの元』が残るって寸法だ。

 入道雲は、綿あめと同じ素材で出来ているのは、周知の事実。
 雨と一緒に落ちてくる綿あめの元を使えば、少しだが綿あめを食べることが出来る
 効率がいいとは言えないものの、食べるだけならそれで十分。

 俺は手に入れた綿あめの元を、綿あめ製造機に投入。
 そして糸を引き始めたところを、割りばしで絡めっとって――
 出来上がり!
 握りこぶしより、少し小さいくらいの綿あめが出来た。
 想像以上に小さいが文句は言えない。
 天然ものだから、店売りの様に大きくは出来ないのだ。

 出来上がった綿あめを口の入れた瞬間、口の中に甘さが広がる。
 やはり、綿あめは良い物だ。
 まさに大自然を凝縮した甘さ。
 他のお菓子とは格が違う。
 

 あまり量が食べれなかったが、満足した。
 そして食べた後は後かたずけ。
 綿あめ製造機に残った『残りかす』を割りばしで絡めとり、窓を開ける。

 外はは既に雨が上がり青空が広がっていた。
 晴れた空に割りばしに巻き付いた『残りかす』を出すと、『残りかす』はまるで意思を持っているかのように、するする割りばしを離れる。

「大きくなれよ」
 『残りかす』が空へと昇っていく。
 食べた後は、きちんと放流する。
 綿あめはキャッチ&リリースが基本なのだ。

 俺が放流した『残りかす』は、長い時間をかけ少しずつ大きくなり、巨大な入道雲になるだろう。
 そしてまた雨と綿あめを降らし、俺たち人間に恵みをもたらすのだ。

 しかし自然界は厳しい。
 大きくなる前に天敵に食べられてしまうことも多いと聞く。
 空を飛ぶ鳥の餌に食べられたり、あるいは人間の綿あめの業社に捕まったり……
 研究によるとこうして綿あめから入道雲になるのは、1パーセント以下らしい。
 綿あめにはたくさんの苦難が待ち受けているのだ。

 だが俺は信じている。
 このまま何事もなく大きくなり、そしてこの地に戻ってくるのだと……
 そしてまた雨と綿あめを降らすのだ。

 もちろん勝手な俺の感傷だ。
 綿あめを食べた後は、いつもセンチメタルになってしまう。
 歳を取ったせいだろうか、涙脆くていけない。

 俺が放流した『残りかす』はもうすでに見えなくなっていた……
「元気でやれよ」
 空から目線を下ろすと、先ほど頭上を通った入道雲が見える。
 この入道雲も、だれかが放流した綿あめなのだろうか……

 俺はそんなことを考えながら窓を閉め、綿あめの無事を祈るのだった。

6/30/2024, 12:56:40 PM