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6/23/2024, 1:46:57 PM

 私には卓也という恋人がいる。
 初めて出逢った時に運命を感じ、私から告白して、それ以来ずっと一緒にいる。
 拓哉と一緒にいるのは、私にとってもはや日常の一部。
 拓哉がいないなんて考えられない。

 でも私たちはまだ学生だから、別々の家に住んでいる…… 
 だから高校を卒業したら卒業したら、同じ大学に通って、大学近くのアパートに一緒に住むんだ……
 そして大学卒業後は結婚……
 なんて幸せな未来予想図。

 けれど私には最近悩みがある。
 もしかしたら、一緒にいれなくなるような、重大な悩みだ。
 それは『拓哉が最近冷たい』という事。

 最初は気のせいだと思ったが、何度デートに誘っても煮え切らないのだ。
 もしやと思い友人に聞いてみたけど、拓哉には他の女がいるような気配はない。
 そうなると認めたくはないけど、一つだけ可能性がある。
 ……倦怠期だ。
 私と拓哉に限ってそんな事は無いと思っていた……
 けれど、実際そうなったのだから由々しき事態だ。

 これを放置すれば、待つのは破局だろう。
 妄想にも関わらず、私は頭をガツンと殴られた衝撃を受ける
 拓哉がいない未来なんて想像できない
 いなくなったら生きていけない。
 最悪の未来を避けるため、私自ら動かねば

 ではどうするか?
 昔の人は言った。
 『押してダメなら引いてみよ』と。

 つまり、私が拓哉に素っ気ない態度を撮るという事……
 ――無理だな。
 一瞬で不可能と判断する。

 たとえ嘘でも、拓哉の事を嫌いになんてなれるはずがない。
 多分無理やりにでもやろうものなら、そのままストレスで倒れてしまう事だろう。

 そうなると出来ることは……
 『押してダメなら、もっと押してみよう』。
 それしかない。
 ちょうど授業終了のチャイムが鳴った。
 隣のクラスにいる拓哉の所に走り出す。
 この重大な問題は、一刻も早く解決しなければいけない。

 私は拓哉のいる教室に着くや否や、拓哉を呼ぶ。
「拓哉!!!」
 すると一斉にクラスにいた人間が、私の方を見て――嫌そうな顔をする。
 なんで嫌そうな顔をするのか、小一時間ほど問い詰めたくなる。
 しかし優先順位を間違えてはいけない。
 今大切なのは拓哉に会う事だ。

「咲夜、どうした?」
 教室の中から、私に気づいた拓哉が出てくる。
 その顔を見て、幸せな気分になり――そして首を振る。
 今日は拓哉の顔を見に来たわけではない。
 もっと重要な用事があるのだ。

「拓哉、これからデートしよう」
「今から?」
「今から!」
 これまでの熱い想いを思い出してもらうには、デートしかない。
 しかし、拓哉は嫌そうな顔をした。

 その時私は気づいた。
 もう、拓哉の心に、私はいないんだと……
 そう思った時、私の目から涙がこぼれる。

「ちょっと待て咲夜。
 なんで泣いているんだ」
「グス、だって拓哉、私の事が嫌いに――」
「ならないから、誤解だから!」
「じゃあ、なんで?」
「何でって……
 まだ授業が残ってるから……かな」
「あー」
 ああ、授業ね。
 そういえばまだ学校終わってなかった。

「じゃあ、学校終わったらデートしてくれる?」
「分かった。
 一緒に帰ろう」
「本当!?
 やった」
 私は嬉しさのあまり、拓哉に抱き着く。

「おい、咲夜。
 みんなが見てる」
「学校が終わるまで拓哉をチャージする」
「いや、それは……
 はあ、授業が始まるまでに帰れよ」
 そう言って拓哉は、大人しく抱き着かれてくれる。

 私は何を怖がっていたのだろうか?
 拓哉はこんなにも優しいのに。
 もし嫌いならこんな事をさせてくれるわけがない。
 倦怠期というのは私の気のせいみたいだ。
 これからもずっと一緒にいられることが何よりも嬉しい。

 私が安心して拓哉分を補充していると、クラスの話し声が聞こえる。
「またあの二人やってる」
「お熱い事で」
「ホント、飽きないのかね」
「俺たちは飽きたぞ」
「ここまで来ると逆に気にならないな」
「二人がイチャイチャするのは、もはやこのクラスの日常風景だな」

6/22/2024, 5:59:06 PM

 鏡の前に立って、髪型をチェック。
 次は、腹から声を出すことを意識して「あー」と発声。
 うん、いい調子だ。
 これなら大丈夫だろう。
 大事な場面で声が裏返ったりしたら、大変だからね。

 私は鏡の前でポーズを取る。
 自分はインテリでミステリアスな女。
 イメージを守るための努力は欠かせない。
 失敗は許されないのだ。
 大きく息を吸って、決められたセリフを言う。

「えー、好きな色ですか?
 そうですね、『色即是空』、かな」
 よどみなく言えた。
 完璧だ。
 これでみんなの心を鷲掴みに――

「私の部屋で何やってるの、百合子……
 おかしくなったの?」
 だが後ろから冷たい言葉が投げつけられる。
 そんな人の心が無い言葉を吐く奴は誰だ!

 振り向けば、友人の沙都子――この部屋の主――が、私の事を困惑して見つめていた。
 家に遊びに来たはいいが肝心の沙都子がいなかったので、勝手に上がって一人で遊んでいただけなんだけど……
 それにしても沙都子の困惑顔、面白いな。
 少しからかってやろう。

「もう一度聞くわ、百合子……
 あなた、何をしているの」
「アイドルのインタビューの練習」
「アイドル?
 あなたスカウトでもされた?」
「されてないよ」
「じゃあ、アイドルになりたのかしら」
「全然」
「……じゃあ、演劇部の練習とか?」
「私は運動部一筋だよ」
 私の言葉に、沙都子の面白い顔が、さらに面白くなっていく。

「前々からおかしいとは思っていたけど、暑さでさらにおかしくなったようね。
 でも安心して、いい医者を紹介するわ」
 「きっとよくなるわ」と優しい笑顔で私を諭す沙都子。
 あれ?
 もしかして本気で心配されてる?
 ふざけただけなのに、本当に医者を呼ばれそうだから、私ははっきりと否定する。

「待って、沙都子。
 私は正気だよ」
「正気じゃない人はみんなそう言うのよ……」
「だから大丈夫だってば!
 私の目を見て!」
 私が顔をずいっと近づけると、意を汲んだ沙都子は私の目をじっと見る

「……本当ね。
 いつものふざけた目だわ」
「誤解が解けて良かったよ」
 『それはそれで失礼じゃない?』と思いつつも、私はそれ以上言わなかった。
 冗談か本気か分からないボケをやった私が悪いのだ。
 人を笑わせるって難しい。

「それで?
 なんで突然役に立たないインタビューの練習をし始めたの?」
「最近やってる、ソシャゲのアイドルゲームが面白くってね」
「そう……」
 沙都子は呆れたような顔をした。

「ところで色即是空の意味を知っているの?」
「ククク、分からん」
「分からないのに使ったの?」
「……一応調べたんだけど、難しすぎる
 『この世界は実体が無く、全ては無である』みたいな意味想像していたのに、詳しく調べたら、因果とか煩悩とか執着とか悟りとか出てきて、私の理解の範疇を超えた……
 これ多分、仏教の極意とかそういう物だよ
 軽率に使っちゃいけないやつだ」
「そういうあなたは軽率に使ったじゃないの……」
 沙都子は大きくため息をつく。
 ゴメンね、面白いこと言えなくて。

「まあいいわ。
 それで、オチは何?」
「無いよ」
「無いの!?
 オチがあるから、この話題振ったんでしょ?」
「勢いで何か出てくるかなって思ってたけど、ダメだった」
 いやー、いつもはうまくいくんだけどね。
 ほんと、何もないところからポロっと、実体というか、何かか出てくるんだけどね……
 こういう事もあるさ。
 こうして、私と沙都子の中身の無いやり取りは終わりを告げ――
 

「ダメよ、なにか面白いこと言いなさい」
「ええー」
 告げなかった。
 沙都子が許してくれなかった。
 やっぱ難しい言葉は軽率に使うもんじゃない。

「無理だって。
 なにも出てくないもん」
「はあ、仕方ないわね。
 さっきのアイドルごっこ、もう一度やりなさい。
 つまんなかったら罰ゲームね」
「暴君だー」

 私は、『色即是空』という存在しないアイドルグループの物真似をやらされた。
 まったく中身のない物真似だったが、沙都子は大層ご満悦なのであった。



 というか沙都子の命令の根拠も無いよね。
 なんでそんなのに従ってるんだろう、私……
 もしかして私には自分というものが無い……?
 私即是空。

6/21/2024, 1:57:21 PM

『あなたがいたから』


「やっと着いた……
 ここが最深部かな?」

 私の名前は、リリィ。
 冒険者をやっている。
 誰も攻略したことが無いと言われるダンジョンの噂を聞き、ここまでやってきた。
 ダンジョンに眠る金銀財宝を独り占めしようと、このダンジョンにやって来た。

「ハイ、ココガ最深部デス」

 そして私の周りをグルグルまわる、珍妙な生き物はナヴィ。
 このダンジョンの入口にいて、それからずっと私に付きまとっている。
 自称『このダンジョンのナビゲーター』。

 正直に言うと、私は信じていない。
 ナビゲーターなんて他のダンジョンで見たことないからだ。
 けれど、ここまで力を貸してくれたのは事実。
 それでもって話してみるととても面白い。
 悪い奴ではなさそうなので、とりあえず信用することにしたのだ。

 そして『ナビゲーター』を自称するだけあって、このダンジョンには詳しく、ダンジョンに仕掛けられたトラップや仕掛けを事前に察知することが出来た。
 そしてナヴィの力を借り、今私はダンジョンの最下層まで来ることが出来た。
 感謝してしきれない恩がある

「感謝するよ、ナヴィ。
 あなたがいたから、このままで来れた」
「お安い御用デス」
「コレが終わったら、もっと話しようね」
「タノシミデス」
 ナヴィは嬉しそうに私の周りを回る。
 彼?の事はよく分からないが、感情というものはあるらしい。
 まるで子供の様にはしゃぐ様を見て、私も嬉しくなる。

 だけど、感傷に浸るのは後。
 目の前の事を終わらせてからだ。
「ジャア、りりぃ、ソノ扉ノアケテクダサイ。
 コレガ最後デス」
「分かった」
 
 ナヴィい言われた通り、ゆっくりと部屋の扉を開く。
 そこにいたのは……
「クククッ。
 封印を解いて下さり、ありがとうございます。
 強力な封印でこちらからは開けることが出来なかったのですよ……」
 部屋の中には男がいた。
 しかし、その男は禍々しい魔力を放ち、ただの人間ではないことを示していた。

「私は人間が魔王と呼ぶ存在。
 あなたのおかげで、私はここから出ることが出来る……」
 私は男の言葉に耳を疑う。
 魔王だって!?
 
「魔王が、なんでこんなところに!?」
「昔、世界を支配しようとして、失敗してしましてね。
 ここに封印されていました」
 私は背中に冷たいものを感じた。
 お金持ちになろうとして、逆に魔王の封印を解いてしまうとは……
 絶対怒られる奴だよ。

「ちょっとナヴィ、こんなのいるって聞いてないよ――
 ナヴィ?」
 『なぜ魔王がいることを黙っていたのか』
 そう問い詰めようと振り返るも、ナヴィの姿がどこにもない。
 どこに行った?

「魔王!
 ナヴィをどうした!?」
「分かりませんか?
 あなたがナヴィと呼ぶ存在は、私の使い魔……
 私とあなたはナヴィを通じて話していたのですよ、リリィ」
「そんな……」
 私はまんまと魔王の口車に乗り、封印を解いてしまったわけだ。
 何が『悪い奴ではなさそう』だ。
 くそ、自分が不甲斐ない。

「封印を破ってどうするつもりだ!」
「まずは世界を支配します。
 あなたがその気なら一緒に支配しませんか?
 不意員を解いた礼というやつです。
 相応の地位を約束しましょう」
「ふざけるな」
 私は腰に携えた剣を引き抜く。
 伝説の剣ではないが、これで戦うしかない。
 どこまで行けるか分からないが、出来る限りの事をしよう。

「私は世界征服なんて興味は無い。
 刺し違えてでも、魔王を倒す」
「これは困りましたね。 
 私はあなたの事を気に入っているのです。
 我が傘下に入っていただけませんか?」
「くどい」
「ふーむ」
 魔王は本当に困ったように腕を組む。 
 見る限り、本当に困っているように見える。
 なんか調子が狂うな。

「分かりました。
 世界を征服するのはやめにしましょう」
「は?」
 またしても耳を疑う。
 コイツの言っていることが理解できない。

「からかっているのか?}
「いえ、本心です。
 実を言うと、最初はあなたの事を道具としか思っていませんでした。
 しかし、このダンジョンの中だけとはいえ、とても楽しかった。
 そして気づいたのです。
 貴方がいたから楽しかったのだと……
 ですので、あなたが隣にいない世界征服など興味はありません」
「えっと、つまり?」
「私があなたの傘下に入ります。
 何なりとご命令を……
 私の事は……
 そうですね、以前の様にゲータとお呼びください」
 魔王――ゲータの言葉に衝撃を受け、私は剣を落としてしまう。

「待って待って。
 魔王が復活したとなったら、他の人たちが黙ってないよ。
 また封印されるだけだよ」
「確かに……
 私があなたに従うと言っても、誰も信じないでしょうね」
「そういう事ではなく……」
 ゲータはまたも腕を組んで悩み始めた。
 しばらく悩み、ぱあっと顔が明るくなる

「ではこうしましょう。
 私があなたに婿入りします」
「どういうこと!?」
「魔王が人間の家庭に入ったとなれば、すくなくとも表面上は敵対の意思が無いと分かるはずです」
「そうかなあ?」
「そして世界に知らしめるのです。
 私たちは結婚すると!」
「話聞いてねえし」
 お、おかしい。
 ダンジョンに潜ってたらいつのまにか結婚することになってしまった。
 なんでこうなった……

「結婚は大げさすぎる。
 私は世界が平和ならそれでいいんだ」
「なら別にいではないですか……
 披露宴に呼んだ各国の王や重臣たちは、こう言ってくれるはずです。
 「魔王が復活を許したが、貴方がいたから今日も世界は平和のままだ』とね」

6/20/2024, 1:16:37 PM

『相合傘』

 水たまりを踏むと、「パシャリ」と小気味いい音がする
 普段は何でもない音だが今日はやけに楽しい。
 水たまりを踏むのはこんなに楽しい事だったのか。
 童謡の「あめふり」に出てくる子供の気持ちが今ならわかる。
 確かにこれは楽しい。

 こんなに楽しいのは、きっと彼が隣にいるからだろう。
 顔を見上げると拓哉の顔が見える。
 私の大切な恋人。
 いつもぶっきらぼうだけど、本当は優しいのだ。
 今だって、傘を忘れた私を自分の傘に入れて、相合傘してくれる。
 楽しくならなきゃ嘘だ。

「咲夜……
 お前、本当に好きだな……」
 ご機嫌な私を見て、拓哉は呆れたように呟く。
 私には、それを言われたらいつも言い返す言葉がある

「うん、私は卓也の事好きだよ」
「そうじゃなくって」
「もしかして照れてる?」
「うっせ、毎度毎度言いやがって……
 お前恥ずかしくないのかよ」
「何回でも言うよ、拓哉の事好きだからね」
「……うっせ」
 拓哉の顔が真っ赤だ。
 かわいい。

「さっきの話の続きだけどさ」
 強引に話を変える拓哉。
 よっぽど恥ずかしかったみたい。
 これ以上からかって嫌われたくないので、私は話題に乗っかる。

「お前、いつまで傘忘れたふりする気?」
「えっ」
 拓哉の言葉に衝撃を受ける。
 ま、まさか拓哉と相合傘するために、もって来た傘を隠したのバレた!?

「いや、『まさかバレてた』みたいな顔すんな。
 お前傘忘れたの何回目だよ。
 いい加減気づく」
「うるさいなあ。
 言いじゃん別に」
「別に責めてはねえよ。
 ただお前相合傘が好きなんだなって思っただけ」
 む、拓哉にしては鋭いと思ったが、にも分かっってなかった 
 私が好きなのは拓哉であって、相合傘じゃない。
 なんども言っているのに、拓哉は全然分かってくれない
 こうなったら……

 私は、思いっきり拓哉の体に密着する。
「引っ付き過ぎじゃね。
 歩きにくい」
 案の定、拓哉は文句を言い始めた。
 でも計算内、論破してやる。

「離れてたら雨でぬれるでしょ?
 私が風邪をひいてもいいって言うの?」
「そうは言ってないだろ。
 とにかく少し離れろ」
「いいじゃん、雨だよ?
 あらゆるカップルがくっついても良い、大イベントだよ」
「そんな大層なイベントじゃないから!」
「この時期にカップルは相合傘をするのは義務です。
 おとなしく引っ付かれてください」
「話を聞け――あ」
「何かあった?」
「いや、雨あがってると思って」

 周りを見渡すと、すでに雨は上がり、遠くの方が明るくなっていた。
 拓哉と言い争いをしているうちに、雨がやんでしまったようだ……
 これでは拓哉とイチャイチャできない。
 いや、まだだ……まだ手はあるはず……
 だが、私が遠くの景色に気を取られている隙に、拓哉が傘を畳んでしまった。

「待ってよ、なんで傘畳むの!?
 相合傘出来ないじゃん」
「いやいや、雨降ってないなら、傘を差す必要ないだろ?」
 私の抗議を無視し、拓哉は前を歩いていく。
 拓哉は何も分かってない。
 確かに私たちは恋人同士。
 いつでもイチャイチャ出来る……
 けど今日という日に、イチャイチャするタイミングは今しかないんだよ!

 こうなったら拓哉には期待できない……
 天よ、もう一度雨を!
 私にもう一度、拓哉に引っ付いてもいい理由を!

 だが私の願いもむなしく、空の雲は徐々に姿を消していき、一気に夏晴れの空になった。
「うわ、いきなり晴れてきたな。
 俺、日焼けしやすいんだよなあ……」

 なんだって?
 『日焼けしやすい』?
 これはチャンスだ。
 天は私を見捨ててなかった。

「拓哉、これをお持って」
「なんだよ、咲夜……これ日傘か?」
「うん、日傘。
 でも一つしかないので、これで相合傘をしましょう。
 お互い日焼けしてはいけないからね」

6/19/2024, 1:44:30 PM

 小さい頃から、『穴に飛び込んで』ブラジルに行くことが夢だった。
 バカな事だと周りから散々言われたが、少なくとも私は真剣だ。
 そして今、私は夢を叶えようとしている。

 目の前にある穴はブラジルまで通じる予定の穴だ。
 嘘をつくなと怒る方もいるかもしれない……
 だが私は成し遂げた。

 もちろん人力ではない。
 普通に掘るだけでも重労働だし、り掘るだけをしては生活もできない。
 だから私は機械工学を学び、作ったのだ。
 地球の裏側まで掘り進めるモグラ型掘削機を。
 だがそれでも足りない。

 地球の内側は熱い。
 なんでも6000℃くらいで、太陽の表面温度くらいはあるそうだ。
 もし穴が通じていても、中心部を通るだけで消し炭になり、ブラジルには行けない。

 なので作った。
 太陽の炎にも耐える、耐熱服を……
 これで安心、あとは穴が開くのを待つだけ……

 感慨にふけっていると、目の前のモニターが掘削完了のシグナルを出る。
 このシグナルはモグラ型掘削機が、地球の裏側まで掘り進めたことを意味する。
 これでブラジルまで穴が繋がったわけだ
 ありがとう、モグラ123号。
 あとは落下するだけで、ブラジルに行ける。

 だが飛び込む直前で、怖気ついてしまった。
 絶叫系がダメなのだ
 何事も経験だと、一度だけ乗ったジェットコースターの事を思い出す。
 アレは地獄だった。
 ここに来て行きたくないと思い始める

 だが私は首を振って思い直す。
 ここまで来て中止なんてありえない
 こういうのは、勢いだ。
 思い切って飛び込む

 内臓が上に押し上げられるような嫌な感触とともに、私は落下する。
 とんでもない勢いでどんどん落ちていく。
 しばらくすると、落ちているのか、浮いているのか、感覚が麻痺してなにも分からない。
 だが私は何も心配してない。
 なぜなら私の計算は完璧だから。

 ブラジルに着くまで40分くらい。
 空気抵抗があるから、もう少しかかるだろうが、それは誤差の範囲――

 
 あっ空気抵抗を計算に入れるの忘れてた。
 このまでは重力の向きが変わったとき、勢いが足りずブラジルまでたどり着けなくなってしまう。
 悩んでいる間も、私はどんどん落下していく……
 このままでは、私はずっと落下したままどこにも辿り着けなくなってしまう
 だれか助け――


 ◆

 衝撃が体を伝う。
 何が起こったか分からず、体を起こす。
 すると目に入って来たのは、見慣れた寝室だった。
 夢だったらしい。

 椅子に座って寝て、椅子からずり落ちたようだ
 正直悪夢だったので助かった。

 汗をびっしょりかいて、気持ち悪い。
 シャワーを浴びよと立ったところで、庭が視界に入る。

 庭には穴があった。ブラジルまで通じている穴――
 出はもちろんなく、子供の頃、ブラジルまで掘り進めようとして、諦めた穴だ。

 頑張って掘ったのだが、ある時不注意で穴に落ちてしまい、それ以来落ちる感覚がトラウマだ。
 埋めたかったのだが、親がもったいないと言って、夏にプールとして使っている。

 この穴を通じていたら、ブラジルまで行くかって?
 無理、精神が持たない。
 落下はもうコリゴリだ。

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