『未来』
大変っす。
ビッグニュースっす。
俺、実はチートもらっちゃったんすよ。
今朝のことっす。
寝てたら、夢に神様が出てきたっす。
「お前はいいやつだ。
お前は今までたくさん人のためになることをした。
だから褒美に、特別な力をやろう。
しかしお前はとんでもない馬鹿だ。
未来を見る力を与えるてやるから、これでもう少し考えて行動しろ。
これからは、その力を使い自分のために生きることだ。
もう騙されるなよ」
その時は『変な夢見たな』と思ってたんす……
けど、外に行くと他人の未来が見えるようになっててビックリしたっす。
神様ぱねえ。
俺、バカだからいろんな人に迷惑かけたのに、こんなバカにもすごい力をくれるなんて……
俺感激したっす
こんなすごい力、俺だけで独り占めするのはもったいないっす。
この力で人の役に立つっす。
◆
というわけで占い師になったっす。
未来を見る力で、たくさんの人を幸せにするっす。
キャッチコピーは「あなたの未来、見通します」っす。
頑張るっすよ。
初日からさっそくお客さんが来たっす。
張り切るっすよ。
「大好きな彼氏に、たくさんお金が必要って言われたんだけど、楽にお金稼ぎできる方法を占ってよ」
「お金、渡さない方がいいっす。
お金もらったら、彼氏はトンずらするっす」
女の人、怒って出ていたっす。
どうしたんすかね。
気を取り直して次行くっす。
「ちょっといいなと思っている人がいるんだけど、相性教えてくれる」
「DV男だから、やめた方がいいっす」
「テストの問題教えて」
「教えても忘れるから意味ないっす」
「その水晶玉売って」
「売らないっす」
なんか誰も来なくなったっす。
なんでなんすかね?
ネットの口コミを見たら、『あそこに行くと不幸になる』って書かれていたっす。
驚いたっす。
店を出している場所が、まさか逆パワースポットだったなんて、夢にも思わなかったっす。
人を幸せするためにに占いの店を出したのに、不幸にするなんて意味がないっす。
場所を変えるべきっすかねえ。
どうするべきか数日悩んでいたら、久しぶりにお客さんが来たっす。
そんな気分じゃないけど、ちゃんと占うっす。
それがプロってもんす
今回のお客さん、は珍しい親子三人での来店っす。
中学生くらいの女の子と、そのオヤジさんとオフクロさんすね。
オヤジさんが、恐い表情で俺を見るっす。
「あんたの占いは、怖いほど当たると聞いた。
どうしても占ってほしいことがある」
こんなに真剣に聞かれたのは初めてっす
これは気が抜けないっすね
「この子の事だ。
来週手術があるんだが、成功率が低いそうなんだ。
結果は分かるか?」
「死ぬっす」
オフクロみたいな人が泣き始めたっす。
女の子も泣きそうな顔でこっちを見てるっす
女の子の泣き顔は苦手っす。
慌てて、解決策を言うっす。
「大丈夫っす。
死なない方法があるっす」
「ツボを買えとでも?」
「ツボ?
何の事っすか?
病院を変えるだけでいいっすよ」
俺の言葉にオヤジさんが目を丸くするっす。
そんなに変なこと言った覚えはないんすけどね。
「この子は難病で、特別な設備のある病院でしか治療ができないんだ。
病院を変えるということは、この子の治療ができなくなるんだぞ」
「設備関係ないっすね。
担当の医者が、手術の失敗に見せかけてその子を殺そうとしているっす。
保険金殺人すね」
「バカな。
評判のいい医者だぞ
それに担当の医者とはいえ、赤の他人だぞ。
保険金なんて受け取れない」
「保険のオバちゃんもグルっすね」
「ありえん!
でまかせじゃないか」
オヤジさんは、俺を嘘つきのような目で見るっす。
今まで何度もされた目っすけど、いつまで経っても慣れないっすね。
「うーん難しいっすね。
あ、セカンドオプ……オペ、……オポ?」
「セカンドオピニオンって言いたいのか?」
「そうっす。
帰りにこのまま違う病院に行ったらすぐ分かるっすよ」
俺は三人の顔を見てはっきりと断言するっす。
「そこの医者が断言してくれるっす。
ただの貧血だって」
◆
数日経ってまたお客さんが来始めたっす。
なんでも「よく考えたら悪いのは占い師じゃなくって相手の男よね。疑ってごめんね」て言われたっす。
誤解が解けて良かったっす。
「次の人どうぞっす」
「お久しぶりです」
「覚えてるっす。
迷子の犬を探してる人っすね」
「違います」
間違えたっす。
どうも未来が見えるようになってから、物覚えが悪くなったっす。
……前も特に物覚えは良くなかったすね。
気のせいだったっす。
「以前娘の手術のことを伺ったものです」
「ああ!
ニュース見たっすよ。
医者と保険のおばちゃん逮捕されてたっすね」
「ああ、全て君の言う通りだったよ。
娘が貧血なのも含めてね」
オヤジさんはにこりと笑うっす。
笑顔が似合わないけど、恐い顔よりはいいっす。
「娘さんは元気っすか?」
「ああ、新しい病院で治療を受けている。
前よりも元気なったよ」
「それは良かったっす」
自分が関わった人が幸せになるのは嬉しいっす。
占い師やって良かったっす。
「それ相談なんだがね。
実は私は警察官なんだ。
日本の平和を守るため、君の力を貸りたい。
もちろん謝礼は支払う」
「断るっす」
「ふむ、理由は聞いてもいいだろうか?」
「俺は、みんなの役に立ちたいんすよ。
警察に協力する余裕がないっす」
俺の返答に、オヤジさんは味のある顔をしたっす。
俺、変な事言ったすかね?
「……警察の協力するのも、社会やみんなの役に立つと思うが?」
「じゃあ協力するっす」
「軽いなあ。
なんか不安になってきた……」
オヤジさんは、今度は表情が無くなったっす。
忙しい人っすね
「早まったかなあ……
この先大丈夫なのだろうか」
「ご安心くださいっす
未来に不安があるなら聞いてくださいっす。
『あなたの未来、見通します』がキャッチコピーすからね」
1年前
一年前、我は魔族の王――魔王として勇者と対峙し、打ち破った。
これで我の世界征服を邪魔するものはいなくなった。
あの時は、勇者の事など思い出すことは二度と無いと思っていた。
しかしなぜだろうか?
だが今になって、勇者のことを思い出すようになった。
最近では勇者の事で頭がいっぱいだった。
数年前、勇者は突如現れた。
出身は謎、経歴も不明。
詳しく知るものは誰もおらず、何もかもが正体不明。
ただ一つ分かるのは、人間にしてはあり得ない魔力と戦闘力を持っていたという事。
奴は現れると同時に、魔族に支配されていた土地を次々と解放していった。
事態を重く見た我は、事件の早期の解決を図るため、信頼できる幹部を送った。
しかし悉くが返り討ちに会い、勇者は少しずつ魔王城に近づいてくる。
そして運命の日、長年に渡る因縁の相手と出会う。
目を合わせた瞬間、殺い合いが始まる。
激しい戦いだったが、最後は我が勝った。
その瞬間の事をよく覚えている。
世界が再び我の物になった、その瞬間を。
我は手始めに、報復として数個人間の村を滅ぼした。
最高の気分だった。
このまま人間を滅ぼそうと考えた。
だが村を襲っている時、ふと気づいた。
自分は、もういない勇者の到着を待ちわびていている事を……
そして勇者の到来が、これ以上なく楽しみであった事を……
それに気づいた時、世界を滅ぼすのをやめた。
我は勇者と戦いたいのであって、世界を滅ぼすことには、何の興味も無いからだ。
そして部下たちもやる気を失っていた。
邪魔な勇者がいなくなり、心配の種は消えたものの、これからどうしたらいいか分からなくなったのだ。
急に目標を失った部下たちは、精神的に不安定になった。
中には引退した者や、目標を失った事に絶望し命を絶ったりしたものもいた
戦いを忘れられないものは、辻斬りのような事をして、治安が悪化の一途をたどった。
人間もそうだ。
勇者は死んだ事で自暴自棄になり、治安が悪化。
クーデターや、反乱などで国は荒れ、今や国として残っている物は半分に満たない。
もうすぐ滅ぶだろうと言っても、否定するやつはいないだろう
あの時、人間が軍を動員すれば、何かが変わったかもしれない……
だがそうはならなかった。
人間の偉い奴は、自分の保身だけを考え、民を見捨てた。
そして民も死ぬよりましだと、盗賊に身を落とし、より弱いものに対して略奪するようにもなった
勇者は命をかけたというのに、これが奴の守りたかった人間だったのか……
やめておこう、虚しいだけだ
今になって、我は勇者の偉大さを理解した。
勇者は、本当に世界を救う存在だったのだ。
人間だけでなく魔族すら救っていたとは、1年前の我は夢にも思わなかった
だが、このままではいけない。
このままでは魔族も人間も滅んでしまうかもしれない。
その最悪の未来を回避するため、ある計画を実行に移そうとした。
計画を行動に移そうとしたまさにその時、あるものが我を訪れた。
「誰だ」
「私でございます。魔王様」
「なんだ、爺やか驚かすな」
爺やは、我が子供のころからの教育係だ。
しかしこんな時に我の元を訪れるとは、間の悪い……
「もう出立なさるのですか?」
「……気づいていたのか」
特に驚きはしなかった。
爺やなら何もかもお見通しな気がしたのだ。
「その通りだ。
我は勇者として人間に味方をし、世界を救う」
世界に勇者がいないのであれば、我が勇者になれば良い。
たとえ残酷な未来が待っていようとも……
「長年、魔王様の面倒を見ておりましたから分かります。
それにお父様も同じ事を考えていらっしゃいました」
「そうか、道理で……
あの勇者が、なぜあんなにも気になるのか分かったよ」
「魔王様のお父上は、そうすることで世界が良くなると信じられていました。
ですが――」
「そうだな、父は失敗した」
父が夢見た平和は実現することはなかった。
もしかしたら、自分が今からしようとしていることは意味の無いことかもしれない。
「だが、我は世界の統治者として、このまま世界が滅ぶのを見過ごすことは出来ない。
たとえ成功の精算が低くてもやるしかないのだ。」
「そうですな。
いってらっしゃいませ、魔王様。
ご子息の事は私にお任せください。」
「よろしく頼む。
一年前と同じことにならないように気をつけよう」
失敗するかもしれない。
だがそんな事は関係ない。
息子が安心して暮らせるよう世界を救って見せようではないか。
世界に平和もたらす事を、自分の心に誓うのであった。
『好きな本』
「好きな本を選んで、感想文を書きましょう。
読む本は、なんでも構いません」
ここはとある小学校。
子どもたちに宿題が出されました。
読書感想文です。
ですが、この年頃の子どもたちは、本を読むより外で遊ぶのが大好き。
遊ぶ時間が減ってしまう読書に、子どもたちは不満の表情を浮かべます。
その子供たちの中に、一際嫌そうな顔をした子供がいました。
『鈴木 太郎』という少年です。
ですが嫌そうな顔をしているものの、太郎は読書が大好きな読書少年です。
時間さえあれば、いつも本を読んでいます。
そして太郎は感想文を書くことも得意。
通販サイトに、レビューを書いたことは一度や二度ではありません。
ですが彼は、心底不快そうな顔をしていたのでした。
いったいなぜでしょうか?
それは、太郎が好きな本というのは、主にラノベ、ライト文芸と呼ばれるもの。
学校の感想文で、ラノベの感想を書くというのは、推奨されていないどころか、嫌がられます。
かつて太郎は、自らの経験を生かし、張り切って感想文を書いたことがあります。
ですが結果は散々でした。
正面から嫌味を言われたこともあります。
読むのも書くのも好きな太郎でしたが、学校の読書感想文だけは嫌いでした
『何でもいい』は、得てしてなんでもは良くないのです。
そんなこともあってか、太郎は感想文をでっち上げるようになりました。
正直に書いても評価されない、不条理があることを学んだのです。
彼は、他の子供より少しだけ大人なのです。
休憩時間になってから、太郎は『今回はどうやって乗り切ろうか』と考えていました。
その時です。
一方的に太郎の事を気に入っている、『佐々木 雫』という女の子が近づいてきました。
雫は太郎に親しげに声をかけます。
「ねえタロちゃん、何の感想文書くの?
いつも読んでるやつ?」
「適当にネットで落ちているやつを書く。
あ、でもAIが話題になっているから、今回それにしてみるかな……」
太郎の答えに、雫の目が見開かれます。
「タロちゃん、そういうの良くない、良くないよ!」
雫は感情を露わにして、抗議の声をあげます。
ですが太郎の表情は曇ったまま、眉一つ動かしませんでした。
「そうは言うけどさ、俺が読むのはラノベだぞ。
大人は嫌がるんだ」
「それは……」
雫は言葉に詰まってしまいました。
雫は、ラノベの事を詳しくは知りませんが、大人からどのように思われているかは知っていました。
「怒られるくらいなら、適当にでっち上げる。
その方がお互い幸せなのさ」
「タロちゃん……」
「雫こそ、何を書くんだ?
その本の感想探すから、教えてくれ」
「ダメだって言ってるでしょ!」
◆
この2人のやり取りを、聞いていた人間がいました。
読書感想文を宿題に出した張本人、担任の『香取 翔子』です。
翔子は、教室にある教員用の椅子に座り、憂鬱な気持ちで二人の様子を眺めていました。
翔子は、本は読みますがラノベを読むことはありません。
しかし、そんな彼女も、ラノベがどういう扱いなのかは知っています。
太郎の言う通り、『ラノベは本ではない』と思っている教師が多いことは事実。
なので、ちゃんと感想文を書いて欲しいという気持ちがある一方で、太郎の書きたくないという気持ちも分かってしまいました。
ですか、翔子は文字通りの意味で『好きな本』を読んで、感想文を書いて欲しかったのです。
それが翔子の偽らざる本心なのですが、口で言っても太郎の心には届くことはないでしょう。
クラスを受け持ったばかりで、まだ信頼関係が構築されていないからです。
翔子は悩みました。
どうやったら好きな本を読んで、感想文を書いてくれるのか……
授業の準備もそこそこに、打開策を考えているとチャイムが鳴りました。
次の授業が始まります。
翔子は覚悟を決め、教壇の前に立ちます。
「授業を始める前に一つ、みんなに伝えたいことがあります。
さっき言った読書感想文のことです」
子供たちは動揺します。
一体何を言われるのか、まるで分からないからです。
「感想文ですが、先生も書きます」
子供たちから「えっ」「どういうこと?」と声が上がります。
宿題というものは子供がするもの。
決して大人がするものではありません。
子供たちは、翔子は何が言いたいのか分かりませんでした。
そして翔子は、騒めく教室でも聞こえるよう、はっきりと大きな声で宣言しました。
「そして先生の読む本は、銀魂です」
子どもたちは息を呑みます。
それは漫画で、しかもギャグ漫画……
およそ読書感想文には向かないと思われる本でした。
子供たちは、今聞いたことが信じられず動揺し始めます。
もちろん翔子の作戦です。
権力の象徴である教師が、漫画で感想文を書く……
教師が率先して例を示すことで、子供たちに自由な選択肢を与えることができると踏んだのです。
「先生は銀魂が好きです。
学生時代、ずっと読んでました。
好きすぎて、自作の小説も書いたことがあります。
ですがここでは、これ以上は語りません。
感想文で書いきたいと思います」
翔子は、しっかり間を取って次の言葉を言います。
「先生は好きな本を読んで、感想文を書きます。
みんなも、好きな本を読んで感想文を書いてください。
みんなの感想文を楽しみにしています」
クラスの子供たちは驚きつつも、ホッとしたような顔をした顔もちらほらありました。
『好きな本を選べない』と悩んでいた子供は、太郎だけではなかったのです。
そして翔子の言葉を聞いた太郎は思いました。
『困ったな、選べないぞ』と……
太郎の頭の中にたくさんの好きな本が浮かんでは消えます。
太郎は、好きな本がたくさんあるのです。
「困ったなあ、本当に困った」
太郎は誰にも聞こえない声で小さく呟きます。
ですが言葉とは裏腹に、太郎の顔は輝いていました。
普段の彼からは想像ができないほど、太郎はやる気に満ち溢れていたのでした。
『あいまいな空』
「有毒ガスで境界があいまいな空。
ゴミが堆積して澱んだ海。
なんか気味の悪い形の雲。
ここは地獄の海水浴場。
存分に堪能するがいい」
目の前で、鬼がつばを飛ばしながら叫ぶ。
地獄に落ちて、最初に聞いた言葉がこれである。
現実世界もたいがい悪夢みたいなものだったが、まさか地獄でも悪夢を見る羽目になろうとは……
現実は思いどおりにいかないな。
「なんだ新入り。
しけたツラしてんな」
「悪いことしてないのに、地獄に落ちましたからね。
落ち込みますよ」
「そんな訳無いだろ。
地獄に落ちるのは悪人だけだ。
お前は、詐欺師だと聞いたが……」
「違いますよ。
悪どい商売で金を稼いだ悪代官から、貧しい人にお金を返しただけですよ」
「必要悪と言うつもりか。
だが犯罪は犯罪だ。
きっちり罪を償ってもらう……
後ろを見ろ」
鬼に言われて後ろを向く。
そこにあるには、さっき紹介されたゴミだらけの砂浜だった。
「お前の仕事は、この砂浜の掃除だ」
見渡す限りの、ゴミ、ゴミ、ゴミ。
どれほど時間がかかるのか……
「コレを一週間でキレイにしてもらう」
「ハア!?」
何を言っているんだ、コイツ。
「無理だ。
流石に一週間は短すぎる」
「口答えするな。
貴様は罪人だ
やれと言ったらやれ」
鬼は聞く耳を持たないようだ。
ならば切り口を変えよう。
「一つだけ聞かせてくれ。
なんで一週間なんだ」
「聞いてどうする?」
「どう考えても無理だ。
だから掃除をする理由を聞いて、必要な分だけ掃除する」
「手を抜くつもりか」
「それくらいでないと一週間で終わらんぞ。
それとも終わらなくてもいいのか」
俺の言葉に、鬼は腕を組んで考える。
「いいだろう、教えてやる。
実は我々の上司が急に海水浴に行きたいと言い出してな。
それで急遽掃除する事になった。
もし綺麗にできなければ、何を言われるか……
言われるだけならまだ……」
「……地獄でも、クソみたいな上司がいるんだな」
「あえてコメントしないでおこう」
鬼に少し同情してしまう。
「それで、海水浴をする予定の場所なんだが――」
「言わなくていい」
「お前が教えろと言ったのだぞ」
「それよりもいいこと考えた」
俺の言葉に、鬼が警戒を露わにする。
「俺に詐欺をかける気か?」
「いいや。
あんたは悪人ではないだろう?」
「その口ぶり……
まさか上司を?」
「その『まさか』さ。
あんたの言い分を信じるなら、その上司嫌われているだろう?」
「しかし、それは……」
「上司を嫌っている他の同僚を紹介してくれ。
何、悪いようにはしないさ」
◆
「ひー、なんで儂がこんな目に」
「いいから働け」
かつての鬼たちの上司は、今砂浜の掃除をしていた。
この掃除は、もと上司が自発にやっているわけでは勿論ない。
鬼たちは地獄の円滑な運営のために存在している。
それを私物化していたことが閻魔大王にばれ、罰として掃除が命じられたのである。
勿論俺がチクった。
上司に不満を持つ鬼から話を聞き、証拠を集め、閻魔大王に上申したのだ。
中にはなかなか口を割らない鬼や、ビビって逆に報告しようとしたヤツがいるが、そこは俺ももと詐欺師。
口で宥め透かし、情報を引き出した。
この程度朝飯前である。
俺は不正を暴いた功績が認められ、鬼たちを従えるリーダーに抜擢された。
にんげんとしては前代未聞の人事である。
そして任務が与えられた。
この砂浜を、閻魔大王が使えるように――ではなく、鬼たちが自由に使えるようにだ。
「閻魔大王がいいヤツでよかったぜ」
もし悪いヤツなら、閻魔相手に詐欺をしなければいけなかったからな。
さすがにアレを騙しきる自信はない。
閻魔大王に嘘をついたら、舌を抜かれるからな。
「おい、もっとキビキビ動け」
俺はサボって休もうとした元上司の鬼に怒号を飛ばす。
アイツすぐサボりやがる。
だが他の鬼たちは優秀だ。
砂浜の掃除はすぐ終わるだろう。
問題は……
「空、どうすっかなあ」
見上げれば、毒ガスとやらであいまいになった空。
アレを何とかするには毒ガスの出元を探らないといけないのだが、どこにあるのか見当がつかない。
俺は、頭を働かせ考えに考えて、ひとつの結論を出す。
「ま、なるようになるさ」
どうせ時間はたっぷりある。
ゆっくり考えよう。
俺はあいまいに笑って誤魔化すのだった。
『あじさい』
「愛で包んであげる、アジサーイピンク」
「冷静沈着は海のごとし、アジサーイブルー」
「神秘の輝き、アジサーイパープル」
「無垢と純潔、アジサーイホワイト」
「自然を大事に、アジサーイグリーン」
「「「「「5人合わせて」」」」」
「「「「「あじさい戦隊 ハイドランジアカラーズ」」」」」
出張から帰ってきて、リビングに入ると、そんな名乗り口上が聞こえてきた。
息子が見ている特撮のものだった。
玄関でのお出迎えが無かったので、どうしたものかと思えばコレに夢中らしい。
思わず苦笑する。
とはいえ怒るつもりはない。
自分にもそういう時期はあった。
何が言いたいかと言うと――子は親に似るって事。
「ただいま」
息子に聞こえるように言うと、正樹がこちらを見る。
「おかえり」
挨拶を返すとすぐにテレビの方に視線を戻す。
父親よりもヒーローが大事らしい。
本当に父親似である。
「なあ、正樹。
父さん分かんないことあるんだけど、教えてくれる?」
正樹の隣に座って聞く。
出張に行く前までは、ずっと正樹と一緒に見ていたのだが、。
だが帰るまでに、新しいものが始まったようで何も分からない。
「いいよー」
お、好感触。
断られるかもと思ったが、教えてくれるようだ。
さすが俺の息子、すごく優しい。
よし、正樹と話しを合わせるためにも情報収集だ。
「コレ、なんていう名前なの?」
「ハイドランジアカラーズ」
「ハイドランジアカラーズ?」
あまり耳慣れない日本語に、思わず聞き返す。
「うん、アジサイの力を借りて戦うの」
「へー」
そういえば、英語でアジサイのことをハイドランジアと言ってたな。
アジサイの力を借りるというのは全く理解できないが、ヒーローってそんなものか。
深くは考えまい。
ともあれ名前は分かった。
他に気になったことを聞いてみる。
「レッド見ないけど、どうしたの?」
「レッドはいない」
「いないの!?」
まさかの事実に驚く。
レッドがクビに!?
凄い時代になったものだ。
「じゃあリーダーは誰?」
「アジサイピンク」
「ああ、なるほど」
赤がいないから何事かと思ったが、赤っぽいピンクがリーダーをするらしい。
思ったより冒険はしてないようだ。
きっと俺みたいなやつが騒ぐから、徐々に行くつもりだろう。
制作側も大変だな。
「これはアジサイブルー」
物思いにふけっていると、正樹が次を指差す。
なるほどアジサイと言えば、ピンクと青だ。
となると次は――
「これがアジサイパープル」
「なるほどパープル」
紫は珍しい気がするけど、アジサイモチーフだから必要なのだろう。
「パープルは、ピンクとブルーの子供。
未来から来たの」
「え?」
まさかの情報をブチ込んできた息子。
それってネタバレってやつじゃ……
いや、言うまい。
不用意に質問した自分が悪いのだ。
「レッドどブルーは、普段けんかばっかりだけど、実は二人とも好きなの」
「ふーん」
息子のネタばれは留まるところを知らない。
ありがちっちゃありがちだけど、それを知らずに見たかったなあ。
「これがアジサイホワイト」
「白いのもいるのか……
珍し――待てよ、通勤途中でもソコソコ見たことあるな。
意外とメジャーな色か?」
どうやら俺はアジサイの事を何も知らないようだ。
「それでもう一色が……」
「アジサイグリーン」
「グリーン?
緑のアジサイって、病気じゃなかったか?
ニュースで見たぞ」
「最近、病気じゃない緑色のアジサイあるんだよ」
「へー」
時代の変化ってすごいな
ランドセルみたいに、アジサイの色も増えているらしい。
そのうち黄色でも出てくるのだろうか?
「それでね、みんなパワーアップする」
「そうなんだ」
「ヴィンテージってやつ」
ヴィンテージ?
うっすらとだが、聞いた覚えがる。
たしかアジサイが好きな、妻から聞いたのだったか……
うろ覚えだが、咲いてる間に色が変わるってやつのはず。
思ったより設定が凝っているらしい。
ふと見れば、正樹の手元にはいろんな色の人形がある。
5色どころか、10体……いや20体以上あるぞ。
まさか色が変わった後のやつ全部あるのか。
正樹はいい子だが、ヒーローの人形がそろってないと不機嫌になる。
ねだるのは人形だけだからまだいいけど、高価なロボットや変身グッズをねだられた日には……
そんな日が来ないことを祈ろう。
◆
その後、俺は息子の怒涛のネタバレをくらいつつも、なんとか一話を見終える。
情報量の多さに、どっと疲れが来る
正樹はというと、騒ぐだけ騒いで寝てしまった。
よほど楽しかったらしい。
さて、正樹が寝たことで、俺の手が空いた。
出張から帰って来たばかりとは言え、家事を妻ばかりに任せるわけにはいかない。
少し手伝いに行こう。
そこに丁度良く、洗濯物済みの服が入ったカゴを、妻が持っているのが見えた
俺は正樹を起こさないように立ち上がり、妻に近づく。
「洗濯物干すよ」
俺がカゴを受け取ろうと手を差し伸べると、妻が焦ったような表情をする。
そんなに変なこと言ったか?
「いいわよ、あなた疲れてるでしょ」
「でもお前もずっと一人で正樹の面倒を見ていただろ。
俺は新幹線で寝ていただけだから、元気あるんだ。
洗濯物を干すくらいならするよ」
「大丈夫よ、あなたは正樹の面倒を見てくれていれば、それでいいから……」
洗濯カゴを渡すことを、頑なに拒む妻。
ここまで強情な妻を初めて見たが、何かあるのだろうか?
例えば隠し事とか……
そこで俺はピンときた。
俺は、洗妻を尻目に、ベランダに一足先に向かう。
そこにあったのは……
「すげ、アジサイがたくさん」
ベランダには所狭しと並んだアジサイがあった。
コレ10鉢くらいない?
こんだけ買えばお金もかかったに違いない。
俺は後ろを振り返ると、妻が膝をついてうな垂れていた。
「正樹と一緒に番組見てたら、アジサイが欲しくなって……」
そういえば妻はアジサイが好きで、欲しくなると我慢できないタイプだったな。
そして正樹も、ハイドランジアカラーズの人形を集めていた。
何が言いたいかと言うと――子は親に似るって事だ
本当ならば、余計な出費に怒るべきなのだろう。
だが、俺にそんな気は無かった。
そんな気が失せた、というのが正しいか。
俺はもう一度ベランダを見る。
ベランダには、たくさんのアジサイが綺麗に咲き誇っていた。