あるのどかな村に、デカ太郎という少年がいました。
愛する両親に、『心はデッカく、器もデッカく』と願いを込めてつけられました。
しかしこのデカ太郎という少年、心は大きかったものの、体はとても小さかったため、近所の子供たちに苛められていました。
毎日泣いて帰ってくるデカ太郎を心配し、母はこんなことを言いました。
「好き嫌いしているから大きくなれないの。
これからは何でも食べるのよ」
デカ太郎は母の言葉を信じ、せっせと好き嫌いせずいろんなものを食べていました。
デカ太郎は、好き嫌いせずどんどん食べていきます。
すると、体もどんどん大きくなりまた
ついには、太郎は自分をいじめていた子供たちよりも大きくなりました。
これで、いじめられることは無くなりました。
そしてデカ太郎はそれからも好き嫌いせず食べ、それからも大きくなり、村一番の大男よりも大きくなってしまいました。
しかしこのころから村人は、デカ太郎の事を怖がりました。
デカ太郎は、大きくなり過ぎたのです。
母親も、自分の息子が怖がられていることに胸を痛め、引っ越しを考えるくらいでした。
その時です。
そこに怪物が現れたのは……
村の人々は怪物を追い出そうと立ち向かいましたが、全員コテンパンにやられてしまいました。
その事を知ったデカ太郎は、みんなの事を守ろうと、怪物に果敢に立ち向かいます。
怖がられているとはいえ、ここは自分が生まれた村。
デカ太郎は、この村の事が大好きだったのです。
デカ太郎は、怪物に戦いを挑みます。
怪物はとても強く、デカ太郎は苦戦しましたが、なんとか怪物を追い出すことが出来ました。
村に平和が訪れたのです。
そして村の人々は、デカ太郎の勇敢な姿を見て、自分の愚かさを反省し、デカ太郎に謝罪をしました
こうしてデカ太郎は、本当の意味で村に打ち解け、村でずっと幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
◆
とある小学校の昼休憩の教室。
待望の昼休憩を喜ぶ他の生徒の騒ぎの中、大人しめな太郎と、見た目がギャルの雫が、向かい合って椅子に座ってました。
一方の太郎は、手に追っているノートを嫌そうに読み、それを雫が真剣な表情でみています。
しばらくしたのち、ようやく読み終わったのか、太郎はノートから顔を上げます。
それから太郎は天井を仰いだ後、目線を下ろし雫の方を見ます。
「読んだけど…… これ何?」
太郎は疑問を口にします。
それは当然の疑問でした。
なぜなら雫は、給食の後昼休憩が始まるや否や、太郎にノートを渡し、有無を言わせず読ませたのです。
本当は嫌でしたが、雫の真剣な表情に気圧され、太郎は頷いてしまいました。
「私ね、保育士になりたいの。
だからこうして絵本を書いてるの……」
雫は非常に真剣な表情で言いました。
雫は見た目こそギャルであるものの、夢に向かって努力をする頑張り屋さんなのです。
「そうじゃくて――」
ですが、太郎は反論します
そのことは、太郎も知っています。
知りたくも無いのに聞かされました。
でも、太郎には関係のない話なのです。
太郎は雫の夢を応援すると言った、殊勝な感性も持ち合わせていません。
ただただ迷惑でした。
「なんでこれを、俺に読ませたの?」
太郎は、雫の目をまっすぐ見ながら言い放ちます。
『保育士になりたい』という夢を太郎は否定するつもりはありません。
しかし、それがなぜ自分に読ませる事に繋がるのか、全く理解できないのです。
太郎の質問に、雫は大きく頷き答えます。
「こんどボランティアに行こうと思うんだけど、その時この絵本を基にして劇をしようと思ってるの」
「はあ!?」
太郎は思わず、声を荒げます。
これから言われることが容易に想像できたからです。
「だからタロちゃん、手伝ってネ」
「なんで俺が」
「ちゃんと読んでよ。
この絵本の主人公は『デカ太郎』、そして君の名前は『太郎』。
タロちゃんが演じる以外にないと思わない?」
「思わない」
「悪いヤツやっつけに行くの好きでしょ」
そこで太郎は言葉を失いました。
図星だったからです。
太郎はラノベやアニメといったサブカルが大好きです。
主人公が悪い奴を倒すのは大好物です。
ですが――
「でも俺には関係ない」
「実はタロちゃんをモデルにしたの。
関係者よ」
「勝手に巻き込むな!」
「ダメだよ、そんな事じゃ。
仕事を好き嫌いしていると、BIGにはなれないわよ」
「別にいい」
「そうでもないわ。
タロちゃん、小説家になりたいんでしょ?」
太郎は首を傾げます。
たしかに太郎は『小説家になれたらいいなあ』ということを、雫に言わされたことがあります。
ですが、なぜその事が繋がるのか、全く分かりませんでした。
「どういう事?」
太郎は、雫に尋ねます。
すると雫はにんまりと笑いました。
まるで獲物が罠にかかったのを見たかのような、獰猛な笑みです。
「私ね、タロちゃんが小説家になるの、いいと思うの。
応援してる。
でもね、本をたくさん読んで小説を書くのもいいけど、実際に体験することも大事だと思うの……
今回はお芝居だけど実際に体験するのは、小説を書くことにとてもいいことでしょ?
悪い奴を倒す正義の味方、なかなか体験することはできないわ」
『男の子ってこういうのが好きでしょ?』
そう言わんばかりの笑顔です。
それを聞いた太郎は、少し悩みます。
たしかに雫の言う通り、こういった体験が小説を書くことにプラスになるかもしれません。
けれども、劇に出るのは恥ずかしい。
太郎は目立つことが嫌いなのです。
小説家になるための勉強と割り切るか、それとも恥ずかしいから断るか……
太郎の心は揺れていました
雫は、太郎の心の動きを雫見抜き、確実に仕留めるため、次の行動に移ります。
「それとも――」
雫は、太郎の目を見ながら、心に沁み込むように、ゆっくり言葉を紡ぎます。
「――劇に出るのが怖い?」
それを聞いた太郎は目を大きく見開きました。
「なら別に出なくても――」
「やってやらあ」
「じゃあ決まりね」
太郎は勢いで了承しました。
男の子は、なによりもバカにされるのが嫌いなのです。
太郎は『しまった』と後悔しますが、後の祭り……
ですが、今更無かったことにもできず、太郎はがっくりと肩を落とします。
太郎は、まんまと雫の罠にはまってしまったのでした。
そして雫は協力者を得られたことに喜びます。
その一方で太郎は、雫の事を少しだけ怖いと感じました。
男の子の『好き』と『嫌い』を熟知し、自分の目的のために男を手玉に取る……
『雫は魔性の女になる』と確信する太郎なのでした。
お、見ない顔だな。
新入りか?
ようこそ、この街へ。
この街には何でもある。
存分に堪能するといい!
え?
ここはどこかって?
自分はトラックにはねられたはず?
そうだな。
あんたの思っている通り、ここはあの世だ……
おいおい、まるでこの世の終わりみたいなツラしてんな。
ま、無理もないか。
俺たち死んでいるんだもんな。
でも落ち込むことはないぜ。
ここはいい場所だ。
さっきも言ったが、この街には何でもある。
食べ物、娯楽、住居……
暇つぶしには事欠かない。
何もせず怠惰にいてもいい。
天国ってやつだ。
ここで遊んでいれば、お前の知っている奴らもここに来るさ。
ああ、そういえば……
あんた、怪談話は好きか?
そっちも、よりどりみどりだぜ
もっとも、実在が不明な都市伝説だがな。
でも本当である必要はない。
怪談って言うのはな、恐ければそれでいいんだ。
そうだろ?
けれどな、一つだけ本物の都市伝説があるんだ。
それはいわゆる『開かずの扉』と呼ばれるもの。
聞きたいか?
そんなに嫌そうな顔するなよ。
そんな顔されたら教えたくなっちまう。
ほら、お前さんの後ろにあるやつ。
それが『開かずの扉』だよ。
くあっはっは。
お前、バッタみたいに飛びのいたな。
いいもん見させてもらったわ。
怒んなって、いい事教えてやっから。
その扉なんだが――
待て待て、怖い方の話じゃない。
お前にも関係のある話だ。
その扉を通るとな、現実世界に行ける――つまり生まれ変わるんだ。
すげえだろ。
不思議そうな顔してんな。
なんで『開かず』なのかって顔だ。
うん、当然の疑問だ。
だって誰も開けたことないんだよ、ソレ。
ここが楽しすぎるからな。
辛い現実世界に戻りたいとは、誰も思わないんだよ。
開けたことないのに、何で行き先が分かるのかって。
そうだな……
ここにしばらくいると、その扉から現実世界の気配がするんだ。
そしてこう思う。
『ここを通れば生まれ変わるんだな』と……
だから、なんて言うかな、生まれ変わりたいなら開けてもいい。
誰も止めはしないさ。
ああ、今開けても無駄だ。
こっちに来てすぐに開けた奴はいるんだが、そん時は何もなかった。
多分、準備が出来てないんだろう。
それで準備が出来たら、現実世界の気配がする――と、俺は考えている。
本当かは知らないぜ。
そんな気がするってだけだから。
それまでは、ここで大人しく遊ぶんだな。
遊んでりゃあっという間さ。
そのうち現実世界の気配がするよ。
開けるのはそれからだ
……その時に生まれ変わる気があるならな。
俺の知る限り、この扉を開けて向こうに行ったやつはいない。
知り合いにも、見た奴はいない。
これからも誰かが開けるとも思わない。
俺も開けるつもりはないし、お前が開けると思ってない。
つまり、何が言いたいかって言うと……
だから『開かずの扉』なんだ
『やりたいこと』
「あれ?」
私は今、冷蔵庫の前で重大なことに気づいた。
「私、ここに何しに来たんだっけ?」
私は、何かをしようとしていた手を止め、ぽかんと立ち尽くす。
今の私は、コーヒーを持って、アホ面で立ちつくす間抜けに見える事だろう。
鏡があれば、さぞ笑えたことに違いない
私は何かやりたいことがあって、冷蔵庫まで来た。
なにせ淹れ立てのコーヒーまで持って来ているんだ。
ここにいるということは、何かやりたいことがあったはず……
にも関わらず、何をしに来たのか全く思い出せない。
かけらも思い出せない。
まだ若いつもりだったが、知らないうちに脳がさび付いていたようだ。
けれど感傷に浸るのは後にしよう。
まずは推理だ。
コーヒーを冷蔵庫の上に置いて、腕を組む。
今の状況を客観的に把握すれば、自ずとやりたかったことが分かるはず。
冷蔵庫の上に置かれたコーヒーを見る。
湯気が立っている、入れたてホヤホヤのコーヒーだ。
私は普段コーヒーを飲まない。
私がコーヒーを飲む時、それは甘いものを食べる時。
そして私は今冷蔵庫の前に立っている……
その事実から、導き出される答えは――
「真実はいつも一つ!」
私は勢いよく冷蔵庫の扉を開ける。
中にあったのは、中心に鎮座するホール丸ごとのチョコケーキである。
「コレだよコレ!」
私はコレが食べたかったんだ!
このケーキは昨日買ったものだ。
行きつけのスーパーで、半額が貼ってあるのを見て衝動買いした。
ついに小さい頃からの夢、『ケーキを独り占め』ができるとワクワクしたものだ。
そうだよ。
私は夢を叶えようとしていた……
なんでこんなことを忘れていたのか……
大人になるって事は、かつての夢を忘れると聞いたことがある。
これがそういう事か……
違うな。
絶対に違う。
間違いないのは、こんなバカなことを考えているから、ケーキのことを忘れてしまうのだ。
忘れないうちにケーキを冷蔵庫から出す。
そして手ごろなサイズに切り取って――
なんてことはせず、直食い!
おお、ケーキ旨い。
マナーもへったくれもない。
何もかも忘れて、ケーキを貪り食う。
甘い物を食べている時は、やはりコーヒーが飲みたくなるな……
甘い口には、ほろ苦いコーヒーが合う。
……
…………
「あれ、コーヒーどこ行った?」
『朝日のぬくもり』
突如世界中に現れたゾンビ……
その侵略者は、数の多さで人間社会を崩壊させました。
いまでこそ、ある程度平和な暮らしが出来るようになりましたが、いまだ大きな脅威です。
ゾンビは、最初の内は取るに足らない存在と思われていました。
ですが短期間の間に、爆発的にその数を増やし、人類にとって大きな脅威となり、ました。
一体だけでは無力なゾンビも、数がいると非常に危険です。
国は総力を挙げてゾンビの数を減らそうと試みていますが、あまり効果は上がっていないのが現状です。
これを見ている皆さんも、ゾンビはただの害獣としか思っていることでしょう。
『ゾンビは人間を襲うもの』。
それは間違いではありません。
ですがそれ以外の時は何をやっているのか、誰も知りません。
我々はゾンビの生態を調査することにしました。
ゾンビの生態を知ることで、効率的な駆除方法が見つかる可能性があるからです。
皆さんも一緒に、ゾンビの謎を解き明かしていきましょう。
◆
ここは、とあるゾンビだまり。
暗くなって活動を辞めたゾンビたちが集まる場所です。
集まる理由は不明ですが、ここにゾンビを惹きつける何かがあると言われています。
我々は調査のために、このうちの一体を『ゾン太』と名付け、追跡することにしました。
このゾン太を通して、ゾンビの生態に迫っていきます。
◆
日が昇る早朝、ゾンビたちが動き始めました。
ゾン太もまた、他のゾンビと同じように起き上がります。
一日の始まりは『朝の温もりと共に』という事でしょうか?
そんな雅な趣味があるとは思えませんが、ともかく調査開始です。
しかし活動を始めたものの、ゾン太は他のゾンビたちから離れ、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
当てもなく彷徨い歩きます。
ゾン太はまるで、特に予定の無い休暇を過ごす暇人――いえ、これ以上言うのはやめましょう。
とにかく、うろついているのは、恐らく餌である人間を探しているからだと言われていますが、あまり積極的に探しているようには見えません
これはまだ仮説なのですが、ゾンビは『自分たちの活動のために、人間を食べる必要な無いのでは?』と言われています。
なんで食べる必要ないのに食べるのでしょうか?
もしかして何も考えてない……?
しかし何も考えてなさそうなゾンビも、最近では知能がある事が分かりました。
ゾンビの「あー」とか「うー」という呻き声。
これは鳥の鳴き声と同じように、コミュニケーションをしているのです
まだ研究途中ですが、餌場の情報交換などをしているのではと言われています。
あ、別のゾンビが近づいてきました。
何かを話し合っているように見えます。
情報交換をしているのでしょう……
あ、動き出しましたね。
今までとは違い、彷徨っている様子はありません。
どこかにある目的地に向かって、迷いなく進んでいます。
ゾン太だけではなく、二体とも同じ方向に向かっているので間違いないでしょう。
我々は調査のため、もう一体を『ゾン子』と名付けます。
ゾン太とゾン子、どこに行くのか……
付いて行きましょう
◆
しばらく歩いていると、ある建物に着きました。
ここは……酒屋です。
どうやら放棄された酒屋のようです。
入り口には『営業中』と書かれた看板があります。
慌てて避難して、そのままなのでしょう。
しかし、なぜゾン太とゾン子はここに来たのでしょうか?
彼らは迷いなく、酒屋に入っていきます。
中を伺いたいところですが、危険なのでこれ以上は近づけません。
なんとなく察しが付くのですが、我々はここで出てくるのを待つことにします。
◆
ゾン太とゾン子が出てきました
手に持っているのは――缶飲料でしょうか。
銀色の缶で、私なんだか見覚えがあります。
ちょっと双眼鏡で覗いてみましょう。
書いてあるラベルは――
『アサヒ スーパー ドライ』?
なんということでしょう。
ゾンビも酒を飲むのでしょうか?
我々が驚いていると、ゾン太とゾン子は看板の角で、缶に穴を開け飲み始めました。
ゾンビが酒を飲んでいます。
朝っぱらから……
先ほど抱いた感情は正しかったようです。
ゾン太とゾン子、働きもせず朝から酒ばかりを飲んでいる、ダメ人間――いえダメゾンビです。
しかも飲んでいい気分になったのか、ゾン太とゾン子はその場で寝てしまいました
ダメゾンビのお手本のような存在です。
ゾンビにもだめなやつはいるんですね……
いえ、待ってください。
周辺からぞろぞろゾンビが集まってきました。
どうしたのでしょうか……
悪い予感が――ああ、やっぱり酒屋に入っていきました。
きっと酒を飲むつもりなのでしょう。
ダメゾンビは意外と多いようです。
◆
さきほど入って来たゾンビのグループが出てきました。
すでに酒を飲んでいるようです。
入り口で宴会を始めてしまいました。
もはやただの酔っ払いです。
あ、騒ぎに気づいたのか、ゾン太が起きました。
起き上がって、周りを見て――また酒屋に入っていきます。
まだ飲むつもりなのでしょうか?
ただただダメなゾンビです。
我々人類はこんな奴らに滅亡しかけたのでしょうか?
私、涙を禁じえません。
……おや?
さきほどのゾンビのグループが、なにやらもめ始めましたね。
理由は分かりませんが、酔っ払いのゾンビですからね。
特に理由なんて無いんでしょう。
ゾンビが掴み合いの喧嘩をし始めました。
始めは二体だけだった喧嘩は、最終的にグループ全員を巻き込む喧嘩に発展します。
これは……グロイですね。
ゾンビたちがお互いを共食い――共食いなんでしょうか?
ともかく、噛みつきあってとんでもないことになっております
と、そこへゾン太が出てきてきました。
今回も銀色の缶を持っていますが……
遠目からでも分かります。
あれ、コンロ用のガス缶ですね。
酔っぱらって間違えたのでしょう。
そしてゾン太は、周りで喧嘩していることに気づかず、看板の角で穴を開けようとしてます。
これ、オチ分かってしまいましたね。
なかなか開かないのか、ゾン太は何度も缶を叩きつけ――
あ、爆発しました。
ものすごい音です。
爆発でゾンビがバラバラになりましたね。
ゾンビも、ガス爆発の前には無力のようです。
えー、この番組を見ている皆さん、コレで分かっていただけたかと思います。
ゾンビには、酒を飲ませれば自滅する。
さっそく報告書を書きたいと思います。
書いている間に、ゾンビが絶滅するかもしれませんが……
最後に、視聴者の皆さんに一言。
『酒は飲んでも飲まれるな』
ではまた来週。
『岐路』
とある姉弟がいた
この姉弟の苗字は月岡といい、姉が恵、弟が信二である。
月岡姉弟は早くに親を亡くし、相続した遺産で姉弟ふたりだけ暮らしていた。
二人だけの姉弟の絆は強く、「世界の終わりも一緒にいよう」と誓い合ったほど。
近所の支えもあり、穏やかな生活を送っていた。
だがその日常は、突如崩れ去る。
世界に突如ゾンビが溢れたのだ
国という枠組みは崩壊し、人々は逃げまどい、あるものは立ち向かい、あるものは籠城し、あるものは諦めた。
二人の姉弟も何が起こっているかも分からず、ただ逃げることしか出来なかった。
何度もゾンビの群れに襲われたものの、ようやく避難してきた人間で作られたコミュニティに入ることができた。
ようやく腰を落ち着けた場所で、弟の信二はあることを思い出す。
自分の足首の当たりに噛み傷のことを……
この噛み傷は、逃げる際ゾンビに噛まれたものである。
噛まれた際には何とも思わなかったがも、落ち着いてみると嫌な色に変色している。
信二は不安になった。
(ただ単に傷口が膿んでいるだけなのかもしれない)
(でもゾンビに噛まれたことで、自分もゾンビになってしまうのでは……?)
信二の頭の中に嫌な考えが起きる。
不安になり、避難したコミュニティでそれとなく聞いたものの、ゾンビが感染することは無いという。
だが――
万が一、自分がゾンビになってしまったら?
もしそうなれば、真っ先に犠牲になるのは大切な姉である。
かくして信二は岐路に立たされた。
このまま、『何もあるはずがない』と信じ、誰にも言わないでおくか……
それとも、『ゾンビになってしまう』ことを前提に、ここを去るか……
どちらを選ぶべきか?
信二は悩んだ。
すぐに答えが出ることは無く、布団に包まった後も悩みぬき結論を出す。
(姉さんに危ない目に会わせるわけにはいかない)
信二は出ていくことを決断した。
これならば、最悪でも死ぬのは自分だけだと考えたからだ。
そして日も昇り切らぬ明朝、姉を起こさずに静かに起きあがる。
そして、もう会えないかもしれない姉の寝顔を脳裏に焼き付けて、黙ってコミュニティを出る。
コミュニティを出た後も、信二は慎重に動いた。
ゾンビになるかどうかはまだ分からないが、その前にゾンビに食われて死ぬのは嫌だったからだ。
そして2週間経った。
とくにゾンビになりそうな兆候もなく、噛まれた傷もかさぶたになって治りかけていた。
(これならば、また姉の所に戻っても問題ないだろう)
だが信二は少し憂鬱だった。
姉は普段優しいのだが、怒ると怖いのである。
きっと黙って出たことを怒るだろう。
特に今回は自分が悪いと思っているので、かなり気が重い
だが、それでも姉に会いたかった。
信二は重たい腰を動かし、姉のいるコミュニティに行くべく、隠れ場所から出る。
しばらく歩いていると、車のエンジン音が聞こえた。
音の方を振り返ってみると、車がまっすぐ自分の方に向かってくることに気づく。
(犯罪組織のやつらか?)
この状況にあっても犯罪行為をする輩が絶えない。
信二はその犠牲者になるのは御免だと、周囲を見渡し逃げ道を探す。
そして犯罪集団から逃げるべく、物陰に入ろうとした瞬間のことだった。
「信二!」
自分の耳を疑う。
それは自分の名前を呼ぶ姉の声だった。
もう一度、車の方に振り返ると助手席から手を振る姉の姿が見えた。
(なんで姉さんが?)
信二が呆然としている内に、車は信二の近くに停車し、それと同時に姉の恵が飛び出してきた。
「信二、無事だったのね」
姉が力く強抱きしめる。
「姉ちゃん、なんでここに?」
「あなたを探しに来たのよ」
姉の言葉にショックを受ける。
たしかに自分がいなくなれば、恵が探しに出るのは自明の理。
(そんな簡単なことまで分からないくらい焦っていたのか)
「信二、帰ったら説教だからね」
「うん、ところで」
信二は気が重くなりつつも、気になっていたことを尋ねる
「あの人、誰?」
信二は、運転席から降りてきた男を指さす。
「お姉ちゃん、大学に通っていたでしょ。
その時の同期の木村君よ
助けてもらったの」
「そうなんだ」
信二は姉の言葉にうなずきつつも、あることが疑問に浮かぶ。
「二人とも、感動の再会は後で!
早く車に乗ってくれ。
ゾンビに囲まれる前にな」
木村の言葉に従い、姉と一緒に信二は車に乗り込む。
姉の恵は助手席に、弟の信二は後部座席に座る。
姉と合流できたという安心感から寝てしまいそうになるも、信二は気合を入れて眠気抵抗する。
信二には気になることがあった。
姉の恵の、木村という男に向ける目線が熱いのだ。
(まさか……)
それはどう見ても、友人に対するものではなく、明らかに異性に対する目線である。
(男の方は分からないけど、こんなところまで来るくらいだ)
(姉ちゃんに気があるんだろう)
信二は複雑な感情に支配される。
多分、近いうちに二人は結ばれるだろう。
姉に恋人が出来るのはいい事だ。
しかし、姉を独占できなくなるのも事実でもある。
信二は先ほどとは別の理由で憂鬱になった。
信二は思う。
このままでは、姉が他の男とイチャイチャしているところを見なければいけなくなる。
自分それに耐えられるのか?
選択肢は二つ
このまま、木村と恵がくっつくのを黙って見守るか。
それとも、機を見て妨害すべきか。
かくして信二は岐路に立たされるのだった