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『やりたいこと』

「あれ?」
 私は今、冷蔵庫の前で重大なことに気づいた。
「私、ここに何しに来たんだっけ?」
 私は、何かをしようとしていた手を止め、ぽかんと立ち尽くす。

 今の私は、コーヒーを持って、アホ面で立ちつくす間抜けに見える事だろう。
 鏡があれば、さぞ笑えたことに違いない

 私は何かやりたいことがあって、冷蔵庫まで来た。
 なにせ淹れ立てのコーヒーまで持って来ているんだ。
 ここにいるということは、何かやりたいことがあったはず……

 にも関わらず、何をしに来たのか全く思い出せない。
 かけらも思い出せない。
 まだ若いつもりだったが、知らないうちに脳がさび付いていたようだ。

 けれど感傷に浸るのは後にしよう。
 まずは推理だ。
 コーヒーを冷蔵庫の上に置いて、腕を組む。
 今の状況を客観的に把握すれば、自ずとやりたかったことが分かるはず。

 冷蔵庫の上に置かれたコーヒーを見る。
 湯気が立っている、入れたてホヤホヤのコーヒーだ。

 私は普段コーヒーを飲まない。
 私がコーヒーを飲む時、それは甘いものを食べる時。
 そして私は今冷蔵庫の前に立っている……
 その事実から、導き出される答えは――

「真実はいつも一つ!」
 私は勢いよく冷蔵庫の扉を開ける。
 中にあったのは、中心に鎮座するホール丸ごとのチョコケーキである。
「コレだよコレ!」
 私はコレが食べたかったんだ!

 このケーキは昨日買ったものだ。
 行きつけのスーパーで、半額が貼ってあるのを見て衝動買いした。
 ついに小さい頃からの夢、『ケーキを独り占め』ができるとワクワクしたものだ。

 そうだよ。
 私は夢を叶えようとしていた……
 なんでこんなことを忘れていたのか……
 大人になるって事は、かつての夢を忘れると聞いたことがある。
 これがそういう事か……



 違うな。
 絶対に違う。
 間違いないのは、こんなバカなことを考えているから、ケーキのことを忘れてしまうのだ。
 忘れないうちにケーキを冷蔵庫から出す。
 そして手ごろなサイズに切り取って――

 なんてことはせず、直食い!
 おお、ケーキ旨い。
 マナーもへったくれもない。
 何もかも忘れて、ケーキを貪り食う。

 甘い物を食べている時は、やはりコーヒーが飲みたくなるな……
 甘い口には、ほろ苦いコーヒーが合う。

 ……
 …………
「あれ、コーヒーどこ行った?」

6/11/2024, 10:58:55 AM