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『岐路』

 とある姉弟がいた
 この姉弟の苗字は月岡といい、姉が恵、弟が信二である。
 月岡姉弟は早くに親を亡くし、相続した遺産で姉弟ふたりだけ暮らしていた。
 二人だけの姉弟の絆は強く、「世界の終わりも一緒にいよう」と誓い合ったほど。
 近所の支えもあり、穏やかな生活を送っていた。
 

 だがその日常は、突如崩れ去る。


 世界に突如ゾンビが溢れたのだ
 国という枠組みは崩壊し、人々は逃げまどい、あるものは立ち向かい、あるものは籠城し、あるものは諦めた。
 二人の姉弟も何が起こっているかも分からず、ただ逃げることしか出来なかった。
 何度もゾンビの群れに襲われたものの、ようやく避難してきた人間で作られたコミュニティに入ることができた。

 ようやく腰を落ち着けた場所で、弟の信二はあることを思い出す。
 自分の足首の当たりに噛み傷のことを……
 この噛み傷は、逃げる際ゾンビに噛まれたものである。
 噛まれた際には何とも思わなかったがも、落ち着いてみると嫌な色に変色している。
 信二は不安になった。

(ただ単に傷口が膿んでいるだけなのかもしれない)
(でもゾンビに噛まれたことで、自分もゾンビになってしまうのでは……?)
 信二の頭の中に嫌な考えが起きる。
 不安になり、避難したコミュニティでそれとなく聞いたものの、ゾンビが感染することは無いという。

 だが――
 万が一、自分がゾンビになってしまったら?
 もしそうなれば、真っ先に犠牲になるのは大切な姉である。

 かくして信二は岐路に立たされた。
 このまま、『何もあるはずがない』と信じ、誰にも言わないでおくか……
 それとも、『ゾンビになってしまう』ことを前提に、ここを去るか……

 どちらを選ぶべきか?
 信二は悩んだ。
 すぐに答えが出ることは無く、布団に包まった後も悩みぬき結論を出す。

(姉さんに危ない目に会わせるわけにはいかない)
 信二は出ていくことを決断した。
 これならば、最悪でも死ぬのは自分だけだと考えたからだ。

 そして日も昇り切らぬ明朝、姉を起こさずに静かに起きあがる。
 そして、もう会えないかもしれない姉の寝顔を脳裏に焼き付けて、黙ってコミュニティを出る。

 コミュニティを出た後も、信二は慎重に動いた。
 ゾンビになるかどうかはまだ分からないが、その前にゾンビに食われて死ぬのは嫌だったからだ。

 そして2週間経った。
 とくにゾンビになりそうな兆候もなく、噛まれた傷もかさぶたになって治りかけていた。

(これならば、また姉の所に戻っても問題ないだろう)
 だが信二は少し憂鬱だった。
 姉は普段優しいのだが、怒ると怖いのである。
 きっと黙って出たことを怒るだろう。
 特に今回は自分が悪いと思っているので、かなり気が重い

 だが、それでも姉に会いたかった。
 信二は重たい腰を動かし、姉のいるコミュニティに行くべく、隠れ場所から出る。
 しばらく歩いていると、車のエンジン音が聞こえた。
 音の方を振り返ってみると、車がまっすぐ自分の方に向かってくることに気づく。

(犯罪組織のやつらか?)
 この状況にあっても犯罪行為をする輩が絶えない。
 信二はその犠牲者になるのは御免だと、周囲を見渡し逃げ道を探す。
 そして犯罪集団から逃げるべく、物陰に入ろうとした瞬間のことだった。

「信二!」
 自分の耳を疑う。
 それは自分の名前を呼ぶ姉の声だった。
 もう一度、車の方に振り返ると助手席から手を振る姉の姿が見えた。
(なんで姉さんが?)

 信二が呆然としている内に、車は信二の近くに停車し、それと同時に姉の恵が飛び出してきた。
「信二、無事だったのね」
 姉が力く強抱きしめる。

「姉ちゃん、なんでここに?」
「あなたを探しに来たのよ」
 姉の言葉にショックを受ける。
 たしかに自分がいなくなれば、恵が探しに出るのは自明の理。
(そんな簡単なことまで分からないくらい焦っていたのか)

「信二、帰ったら説教だからね」
「うん、ところで」
 信二は気が重くなりつつも、気になっていたことを尋ねる
「あの人、誰?」
 信二は、運転席から降りてきた男を指さす。

「お姉ちゃん、大学に通っていたでしょ。
 その時の同期の木村君よ
 助けてもらったの」
「そうなんだ」
 信二は姉の言葉にうなずきつつも、あることが疑問に浮かぶ。

「二人とも、感動の再会は後で!
 早く車に乗ってくれ。
 ゾンビに囲まれる前にな」
 木村の言葉に従い、姉と一緒に信二は車に乗り込む。

 姉の恵は助手席に、弟の信二は後部座席に座る。
 姉と合流できたという安心感から寝てしまいそうになるも、信二は気合を入れて眠気抵抗する。
 信二には気になることがあった。

 姉の恵の、木村という男に向ける目線が熱いのだ。
(まさか……)
 それはどう見ても、友人に対するものではなく、明らかに異性に対する目線である。

(男の方は分からないけど、こんなところまで来るくらいだ)
(姉ちゃんに気があるんだろう)
 信二は複雑な感情に支配される。 
 多分、近いうちに二人は結ばれるだろう。
 姉に恋人が出来るのはいい事だ。
 しかし、姉を独占できなくなるのも事実でもある。
 信二は先ほどとは別の理由で憂鬱になった。

 信二は思う。
 このままでは、姉が他の男とイチャイチャしているところを見なければいけなくなる。
 自分それに耐えられるのか?

 選択肢は二つ
 このまま、木村と恵がくっつくのを黙って見守るか。
 それとも、機を見て妨害すべきか。

 かくして信二は岐路に立たされるのだった

6/9/2024, 11:36:57 AM