G14

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6/8/2024, 3:50:43 PM

 突如世界に、ゾンビが溢れかえった。
 まるでゲームのような、世界の終わりの光景――
 しかし周辺に溢れかえる破壊と混乱の跡が、それをゲームでないと証明している。

 そんな中、廃墟の中を走る一人少女がいた。
 少女の名前は、月岡 恵。
 月岡はかつて、ゾンビの脅威とは無縁の安全なコミュニティにいた。
 だが彼女はある目的のため、そのコミュニティを抜け出したのである。
 だが現実は甘くなかった。
 たちどころにゾンビたちに見つかり、追いかけられてしまう。

 だが幸いにしてゾンビの足は遅く、軽く走る程度で簡単に撒くことが出来る。
 しかし不幸なことにゾンビは数が多く、撒けども撒けどもどんどん周囲のゾンビが加わり、休むことなどできなかった。
 少女の体力はもはや限界であった。

 そして月岡は運動が得意ではない。
 少女の足が少しずつ重くなっていく。
 始めは楽観視していた彼女も、途切れないゾンビに危険に感じ始める。
 だが時すでに遅く、月岡にゾンビから逃げ切る体力も作戦もなかった。
 予定調和の様に、月岡とゾンビの距離が縮まっていく。

 月岡はすぐ後ろにゾンビの気配を感じる。
 (もうだめか……)
 月岡が覚悟した瞬間、後ろで何かが衝突する音がする。

 月岡が驚いて後ろを振り向けば、ゾンビを撥ね飛ばした一台の黒い軽自動車があった。
 その車はこの悪夢のような状況とは不釣り合いなほどきれいに磨き上げている。
 唯一へこんでいる場所は真新しく、ゾンビを撥ね飛ばした跡なのは明白だった。
 月岡は何が起こっているか分からずに呆然とする。

 月岡が唖然としていると、車の助手席の扉が勢いよく開かれ、運転席に座っていた男が叫ぶ
「早く乗って!」
「あなたは……」
「早く!」
 月岡の頭に『誘拐』の二文字が浮かぶ。
 こんな世界の終わりのような世界で、何の見返りもない人助けなどあり得ない
 だがこのままいてもゾンビに追いつかれるのは目に見えている……
 ならば、一縷の望みをかけて、出たとこ勝負しかない。
 月岡は意を決し車に乗り込む。

「飛ばすぞ、捕まってろ」
 車は急発進し、ゾンビの群れからどんどん離れていく。
 ミラー越しに遠ざかるゾンビを見た月岡は、座席に深く沈み安堵のため息を吐く。
 正体の分からない運転手には、警戒を緩めることはなかった

「ありがとうございます」
 月岡は運転手の男に礼を言う。
 助けた理由がどうであれ、命を救われたのは事実だからだ。
 しかし確かに危機は脱したが、完全に危険は去ったわけではない。
 自分を助けた男が何を要求して来るか……
 月岡は、場合によっては走行中の車から飛び降りる事を決意する。
 しかし帰ってきた言葉は、予想外の物であった。

「間に合って良かったよ。
 それで悪いんだけどシートベルト締めてくれる?」
「え?」
「シートベルトをしていないと、事故をした時が大変だからね」
 月岡は耳を疑う。
 そんな呑気な事を言っている場合なのだろうかと月岡は疑問に思いつつも、しかし正論ではあるのでおとなしくシートベルトをする。

「水あるけど飲む?
 まだ開けてないから、安心してね」
「はあ」
 まるで平穏な世界のようなやり取りに、月岡は調子が狂いそうになる。 
 緊張感のない男に警戒を強めつつも、水の入ったペットボトルを受け取る。
 未開封であることを確認し、水を一気に飲み干すと乾いた月岡の体に水が染みわたる
 走り通しで体が水分を求めていたからだ。

「落ち着いた?」
「ええ」
「まさか世界の終わりに君と会えるなんてね」
「え?」
「あれ、覚えてない?
 大学の同期の木村だよ」
 驚いて男の顔を見れば、たしかに元同期の木村だった。
 さっきからやけに親しげだと思っていたが、まさか知り合いだったとは……

「えっと、ごめんなさい」
「気にしてないよ、それどころじゃなかっただろうし」
 運転席の男――木村は全く意に介さないかのように笑う。
 月岡も知り合いに会え、本当の意味で安堵する。

「無事だったんですね」
「うん、自動車講習で学んだ『かもしれない運転』のおかげさ」
「なんですか、それ?」
「『ゾンビが大量発生するかもしれない』と備えていたおかげで、余裕を持って対処出来た。
 ちゃんと講習を受けていて良かったよ」
「そう……なんですか……」
 月岡は、木村の言っていることが少しも理解できなかったが、ひとまず頷く。

「とりあえず俺がいるコミュニティに案内するよ。
 他の人間をかくまう余裕もある」
「ありがとうございます」
「それで、なんであんな所にいたんだ?
 俺が調査のために出ていたから良かったものの……
 はぐれたのか?」
「いえ、目的があって出てきたの」
「目的?」
 月岡は自分の目的を言うべきか迷ったが、助けられた手前、話すべきだと判断する。

「大切な人を探して――きゃ」
 車が急にブレーキをかける。
 その急制動に体が前に投げ出されそうになるが、シートベルトのおかげで難を逃れる。
 月岡は何事かと木村を見ると、彼は凄い汗をかいていた。

「大丈夫?」
「ゴメンね、犬が出てきたのかと思って……
 でも気のせいだったよ」
「はあ」
 木村は、何事もなかったように車を再発進させる。
 だがその顔は何か思いつめたような表情だった。
「あの本当に大丈夫なの?
 顔色が悪いよ」
「大丈夫大丈夫」
 明らかにやせ我慢であったが、月岡はそれ以上聞かないことにした。
 言いたくないのなら言うべきではないのだ

「それで大切な人というは?」
「はい、大切な――弟を探しているの」
「弟?」
 木村は不思議そうな声を上げる
「恋人じゃなくて?」
「えっ」
 木村の言葉に、月岡は考えるも、腑に落ちたといった表情を浮かべる。

「ああ、一緒にいるところを見たことがあるのね。 
 あれ弟なの。
 中学生なのに甘えん坊でね。
 体ばっかり大きくなって、全然姉ばなれしないの」
「そうなんだ」
 木村はどこか安心したような声で相槌を打つ。
 月岡は知る由もなかったが、木村は彼女の事を異性として意識していたのだ。

「親も早くに亡くしてね……
 『世界の終わりでも一緒にいよう』って言い合ったのに、はぐれちゃうなんて……
 早く見つけないと」
「なるほど……
 なら、とりあえず俺のいるコミュニティに来なよ。
 たくさん人がいるし、誰か知ってるかも」
「そうね……
 そこに行ってから考えることにするわ」
「じゃあそこに向かうとしよう」
 そうして二人は木村のいるコミュニティに車で行くことになった。

 月岡は弟のために、木村は彼女にアピールするために。
 それぞれの思惑が交錯する中、世界の終わりを走り抜けるのだった。

6/7/2024, 4:35:22 PM

 俺は自動車免許をとるため、自動車学校に通っていた。
 勉強嫌いの自分は筆記試験になんとか合格。
 そしていくつかの講義を受け、ようやく実際に車を運転することになった。
 緊張するけど、それ以上に楽しみだ。

 そして免許を取った後は、気になるあの子とドライブデート。
 少しずつ距離を縮め、ゆくゆくは恋人に……
 よーし、がんばるぞ

 未来に希望を膨らませながら指定された場所に行くと、担当の人が待っていた。
「こんにちは、担当の加藤です。
 木村さん、よろしくお願いします」
「お願いします」
「では早速ですが、実際に運転してみましょう。 
 では運転席にどうぞ」
 俺は加藤さんに勧められるまま、車の運転席に乗り込む。

「今回は初めての運転ということで、最初に大切なことを教えたいと思います。
 木村さん、自動車運転で何が大切か分かりますか?」
「えっと、安全運転、ですか?」
「はい、正解です。
 具体的には『かもしれない運転』を心がけましょう。
 講義で聞いていると思いますが、車を運転する上で思い込みは大変危険です」
 飛び出すかもしれない、止まらないかもしれない……
 道路には危険がいっぱいだ。

「こういう事は経験してみるのが一番良い。
 車を発進させてください。
 ゆっくりでいいですよ」
「分かりました」
 加藤さんの言葉に従い、車をゆっくりと走らせる。
 軌道に乗ったことを確認した加藤さんは、助手席から話しかけてきた。

「それでは前を見て運転しながら聞いてください。
 これから『かもしれない運転』の練習をして言いましょう。
 あそこに脇道があるのが分かりますか?」
 運転に集中しながら、先の方をみると脇道らしきものが見えた。

「この練習場はとても見晴らしがいいのですが、今回に限ってあそこは家の塀で見通しの悪い脇道であるとします」
「はい」
「木村さん、想定される危険は何か分かりますか?」
「そうですね……
 『あの塀の影から子供が飛び出してくるかもしれない』ですか?」
「素晴らしい」
 加藤さんは嬉しそうに手を叩く。
 少し大げさだと思うが、不思議と悪い気はしない。

「その通りです。
 子供に限らず、バイクや車も一時停止せずに出てくることもあります」
「止まらない車がいるんですか?」
「はい、『どうせ車はいない』という思い込みによって一時停止を無視し、出てくる時があるんです。
 ですので『かもしれない運転』は大事なのです」
「なるほど、そういう事もあるんですね」
 なんか車を運転するのが怖くなってきたな……

「歩行者も運転者も、事故をしてしまっては不幸なだけですからね。
 常に最悪を想定していきましょう」
「『最悪』ですか?」
「最悪を想定しておけば、いざそれが起こっても冷静に対処ができますからね。
 滅多に起こる事ではありませんが、しかし無いわけではありません。
 備えは大事ですよ」
「なるほど」
 滅多に起こらないが、だからこそ準備が大事なのか。
 心に刻んでおこう。

「では悪い方向に、最悪を考えていきましょう」
「悪い方向?」
「はい、これは練習です。
 いろいろ想定していきましょう」
「と言っても他に出てくるものありますか?」
「ありますよ」
「例えば……」
「例えば?」
「例えば、の道路の影から元カノが出てくるかもしれない」
 思わずブレーキを踏む。
 今なんて言った?

「ダメですよ木村さん、元カノに反応してしまっては……
 まだ未練があると思われますよ」
「そういう事じゃなくって、え、元カノですか?」
「はい、世間は狭いのです。
 元カノが脇道が出てくることもあります」
「確かにそうですけど……」
 確かにありえなくもないけどさ。

「もし急ブレーキをかければ、元カノがこちらに気づき警察を呼ばれます。
 別れた男が付き纏っていると……」
「やけに解像度高いですね……」
「経験しましたから」
「えっ」
「私が若い頃、そんな経験をしましてね……
 私は想定不足で警察を呼ばれてしまいましたが、木村さんには悲劇を経験して欲しくないんですよ。
 では次行きましょう」
 加藤さんの指示で、再び車を走らせる。

「次は……
 対向車線から車が来ます。
 何が起こると思いますか?」
「車がはみ出してくる?」
「いえ、対向車線の車に、今カノと知らない男が仲良さそうにドライブしています」
「えっ」
 思わず、木村さんを見る
「ダメですよ、よそ見をしては……」
「すいません」
 前に視線をもどす。
 一瞬であったが、自分の車が車線からはみ出していた。
 わき見は危ないと知っていたが、その意味を身を持って体験した。

「木村さんは一瞬でしたが、私はがっつり見てしまいました。
 その結果、道路のガードレールにぶつかり、警察にお世話になりました」
「はあ」
 この人、異性トラブル多いな。

「ガードレールがあったので、人を轢かずに済みましたが、どこにでもあるわけではありません。
 気を付けてくださいね」
「わ、分かりました」
 怖い。
 車の運転じゃなくて、加藤さんが怖い。
 よく教習員なれたな。
 あ、反面教師的に雇われたのかな?
 俺がいろいろ推察しているのも知らず、加藤さんは次の言葉を続ける。

「次行きますね。
 そこの交差点、信号が赤になったことにして停止してください」
「はい」
 俺は停止線の手前で止まれるようにブレーキをかける。
 だが停止線のかなり手前で止まってしまった。
 意外と難しいな。

「初めての時はこんなものです。
 さて、そこに商業ビルがあるとしましょう。
 想像してください」
「はい」
「その商業ビルには大きな液晶モニターがついてます。
 あなたは信号待ちの間、そのモニターを見ています。
 さて想定される『かもしれない』は何でしょうか?」
「うーん。
 見過ぎて信号が変わったことに気づかないとかですか?」
「いいえ、『モニターに自分が推しているアイドルの結婚記者会見が流れる』です」
「それは……きついっすね」
「私はそれを見て激しい動機に襲われ、最終的に救急車で運ばれることになりました……」
 本当にトラブル多いな、この人。
 不安になって来たぞ。

「そんな時どうすればいいか、分かりますか?」
「ええと、分かんないです」
「ハザードランプを出し異変を知らせ、ハンドブレーキをかけて、車が動かいないようにします」
「あ、見た後の対処なんですね」
「こればっかりは避けられませんからね」
「そりゃそうですけど」
 さすがにこれは違うような気もするが……
 しかし、急に心臓発作が起こり、運転できなくなるという話は聞いたことがあるので、この事は覚えていていいのかもしれない

「それで次なのですが――」
 その後も講習は続き、加藤さんから『かもしれない運転』を教え込まれたのだった。

 ◆

 数か月後、無事実技試験に合格し、免許を取ることが出来た。
 意外であったが、加藤さん直伝の『最悪が起こるかもしれない運転』はなかなか役にたった。
 こうして初心者マークでありながら、どんな危険にも対応できるよう運転できるのは加藤さんのおかげだろう。
 感謝してもしきれない。

 あとは経験だけだと、自宅周辺の道路を練習がてら走っていると、物陰から出てくる人影が!
「あれは!」
 物陰から出てきたのはだれであろう、気になるあの子。
 しかも、仲良さそうに男と腕を組んでいる。
 とんでもない物を見てしまった。

 俺は二人を目線で追いかけそうになるも、すぐに気を取り直し前を見る。
 最悪を想定してよかった。
 もし、最悪の想定訓練をしていなければ、動揺し事故をおこしていたことだろう。
 危ない危ない。

 事故は回避した。
 だが自分の心にはくすぶった感情があった。
 この状態のまま運転するのは危ないと判断し、休むことにした。
 こういうとき、どうすべきかも加藤さんから教わっている。

 俺は他の車の邪魔にならないよう、道路のわきに車を寄せる。
 安全な場所に、ハザードランプを点けてハンドブレーキをかけて停止。
 安全を確保した後、車内で一人呟く。

「いや、最悪の気分だわ」
 車の中でちょっとだけ泣いたのだった。

6/6/2024, 2:02:56 PM

誰にも言えない秘密


 誰にも知られたくない、知られたら死んでしまう。
 そんな秘密、誰もが持っていることでしょう。
 全てを公開し自分には何一つ隠し事がないという人間はいません。
 いたとしても誰も信じることは無いでしょう。
 墓場まで持っていく秘密の一つや二つ持っているというのが、普通の人間というものです。

 え?
 そんな自分には秘密なんてないって?
 そんなわけありませんよ。
 例えば、あなたの14歳ごろに書いたノート……
 あ、顔が変わりましたね。
 つまりそういう事です。 

 そんなわけで、誰もが秘密を持っているのですが、それをみたいと思うのが人のサガ。
 特に知りたいわけでもないが、秘密だからという理由で命をかける人もいますね。
 隠してあるから暴く。
 これは人の罪と呼ぶべきものかもしれません。

 そんな人の習性に目をつけたカンベイというものがいました。
 カンベイは三度の飯よりお金が大好き。
 秘密を見せることで、なにか金儲けができないかと考えます。

 そうして思いついたのが、秘密を売り買いするヒミツ屋。
 ヒミツ屋では、お金を払って秘密を売ってもらい、そしてお金をもらってその秘密を見せる。
 これはいい考えだと、カンベイは今までの貯金をすべて使い、カンベイはヒミツ屋を開きました。
 ヒミツを買ってヒミツを売る。
 その思惑は大当たりし、ヒミツ屋は連日大繁盛でした。

 ◆

 そしてある日のこと、珍しく客が来ない静かな日でした。
 連日大繁盛だっただけに、妙に落ち着かない気分でしたが、「こんな日もあるさ」と気楽に本を読んでいました。。
 そしてのんびり本を読んでいると、従業員が騒ぎ始めたことに気づきます。
 騒ぐ従業員を一言注意しようと顔を上げると、店の入り口に女性が立っていることに気づきました。

「ごめんくださいまし」
「へえ、……らっしゃ……い」
 カンベイが思わず言葉を失います。
 やってきた客はこの辺りでは有名な、おツルという女性でした。
 おツルはたいそうな美人で、お金にしか興味がないカンベイでさえ見惚れるほどです。
 ですがカンベイも商売人。
 やってきた人間を区別することはありません。
 首を振って、邪念を払いおツルを案内します。

「へえ、らっしゃい。
 秘密をお売りで?
 それとも買いに?」
 おツルに見とれたことなど無かったかのように、笑顔をつくります。
 カンベイの問いにもじもじしながらも、おツルは答えます。
「えっと、その……
 秘密を売りに……」

 その答えに、カンベイははしめしめと思いました。
 おツルは誰も知る有名人。 
 そんな有名人が秘密を売ったとなれば、人々の口の端に登り、この店はさらに繁盛することでしょう。
 人間は秘密の中でも、特に有名人の秘密を有難がるのです。

「わかりました。
 ではこちらへ」
 ですがカンベイは眉一つ動かさず、おツルを先導します。
 表情をだせば、足元を見られる。
 長い商売で、それがよく分かっていたのです。
 おツルも、自分を見て騒ぎ立てないカンベイに、信頼のようなものを感じていました。

「ここです」
 そういってカンベイは、部屋のふすまを開けます。
 その部屋は、畳二畳ほどの広さで、真ん中には何かの機械が置いてありました。
「では少し説明を。
 これは海外から取り寄せた最新の蓄音機です」
「蓄音機?」
「はいこれに声を封じ込めることで、何度もこの声を聴くことが出来る凄い機械なんですよ」
「そんなものがあるのですか……」
「今からあなたには、これに秘密を話してもらいます。
 誰の秘密化は割らないようにしていますが、話していいのは自分の秘密だけです。
 他人のものではいけません。
 そして我々はお金を払う。
 それで終わりです」
「なるほど」
 おツルは興味深そうに蓄音機を眺めます。
 その目はどこか輝いているように見えましたが、カンベイはそのことには触れませんでした。

「次に、機械の操作の説明を――」
「あの……」
 カンベイが説明をしようとしたとき、おツルが言葉をかぶせるように遮りました。
「どうしましたか?」
 カンベイは表情を崩さず、おツルを見ます。

「あの、実は秘密を売りに来たわけではないのです」
「と言いますと?」
「これからいう事は秘密にしていただきたいのですが……」
「もちろんでとも。
 秘密を売り買いしていますが、私も商売人。
 客に秘密にしてほしいと言われるのであれば、誰にも話しません」
「ありがとうございます」
 おツルは安心したような声で、頭を下げました。
 
「実は秘密を覗きに来たのです」
「なるほど」
「実は以前から他人の秘密に興味がありまして……
 ですが私が、他人の秘密を覗きに来たなんて噂が広まれば、家族に怒られていまいますし、近所の人にも何と言われるか……
「わかります。
 決していい趣味ではありませんからね」
「はい、それで秘密を売りに来たことにして、秘密を覗かせてもらえないかと……
 あと、秘密を売りに来たが、やはりやめた、ということにしていただければ……
 秘密を売ったとなれば、それはそれで怒られてしまいますから」
「ふむ」
 カンベイは腕を組み少し考える素振りを見せました。
 しばらくしたあと大きく頷き、おツルを見据えます。

「分かりました。
 今回は特別に取り計らいます。
 ですがこの事は誰にも口外されないように」
「ありがとうございます」
「いえ、秘密を守るのも大事ですが、客の要求に応えるのも商売というものです。
 それでは機械の説明を――」

 ◆

「またの機会がればお越しください」
「今回は申し訳ありませんでした」
「おかまいなく」
 カンベイとおツルは、店先であいさつを交わします。

 あの後おツルは他人の秘密を覗き、大変満足しました。
 そして秘密がばれないように念入りに打ち合わせを行い、「秘密を売りに来たが、やはりやめた」という設定で部屋から出てきます。

 打合せ通り、おツルは申しわけなさそうに店を出去っていきます。
 そしておツルが見えなくなるまで見送った後、ため息を吐きました。
 これも打ち合わせにあった演技でした。

「俺は奥の部屋で休む。
 何かあったら呼べ」
 従業員に指示を出し、自分の部屋まで戻る。
 そして部屋に一人きりであることを確認し、貴重なビジネスチャンスを逃したカンベイは、残念そうに肩を落とす――

「いやあ、残念残念」
――こともなく晴れやかに笑っていました。
「おツルさんが秘密を話してくれなかったのは残念だったが、問題ない」
 カンベイにとって、おツルが秘密を話したかどうかは、そこまで関係ありません。
 おツルが『ヒミツ屋に来た』という事実が重要なのです。
 周囲には『結局乙類は秘密を売らなかった』ということにしても、噂には尾ひれがつくもの。
 いつの間にか、『実はおツルは秘密を売っていて、常連だけ秘密が覗ける』と変化することは、想像に難くありません。
 カンベイは、これからもっとヒミツ屋が繁盛するであろうことにご満悦でした。

「それにしても」
 とカンベイは誰も聞いていたい独り言をつぶやきます。
「売りに来た人間は数多くとも、誰も秘密を喋らないとは口が堅い
 誰にも言えないから秘密ってか?
 それだけは計算外だったな」
 実はこのヒミツ屋、様々な人が秘密を売りに来たのですが、誰も秘密を売ったことはありません。
 おツルの様に本当は秘密を覗きにきたり、あるいは土壇場で怖気づき売ることを辞めてそのまま帰る、そんな事ばかりです。 

 しかしそうなると秘密が一つもない事になりますが、そこは抜け目のないカンベイ。
 きちんと対策を打っています。

「まったく、ここで聞ける秘密が全部俺のでっち上げだなんて、こんな秘密、誰にも言えないな」

6/5/2024, 12:41:45 PM

『狭い部屋』

 私は一人、灯りはろうそく一本の狭い部屋で、静かに目を閉じていた。
 私はこれから竜神様の生贄になる。
 私を食べていただくことを条件に、雨を降らせてもらうのだ。

 最近村では雨が降らない
 日照り続きで、作物が育たないのだ。
 生きるための水すら無くなりかけたころ、竜神様のお告げがあった。
 『若い娘を生贄に差し出せ、そうすれば雨を降らせてみせる』と……
 もう後がない村人たちは会議をし、そして私が生贄に選ばれた。

 理由は知らないが察しはつく。
 どうせ私の化粧がどうとか、服を着崩しているとかだろう。
 ていのいい厄介払いだ。

 とはいえ今の状況に不満は無い。
 私が犠牲になることで、みんなが救われるのだから……
 怖くないといえば嘘になる。
 家族を残すのも心残りだ。
 だがそれ以上に、村のみんなのためになれる事が誇らしかった。

 そんなことを考えていると、ふと何かの気配を感じた。
 (龍神様でしょうか?)
 ゆっくりと目を開けると、そこにいたのは体中に飾りをジャラジャラ付けた、なんというか軽薄そうな青年がいた。
 状況から言って、この青年が竜神様だろう。
 ……だが信じられない。
 聞いていた姿と違うのもあるが、目の前の青年はとても軽薄そうで、竜神様とはとても思えなかった。
 どうするべきか悩んでいると、青年がこちらに気づき、私の目をじっと見る
「えっと、あんたが村の生贄って事でいいすかね?」
「そうです……」
 見た目も軽薄だが、言葉も軽薄だった。

「えっと竜神様ですよね」
 すると前の前の彼は、バツの悪そうに顔をしかめる。
 何やら言い辛そうな雰囲気だったが、青年は口を開く。
「すいませんっす。
 実はその、自分、竜神様?の代理できてまして」
「代理!?」
 代理?
 なんで代理?

「あの、竜神様はどうなされたのですか?」
 聞くと、やはり苦虫を噛み潰したような顔。
 軽そうな人?が軽々しく口を開けないような事とはいったい……
「大変言いにくいんすけど、その……詐欺で捕まりました」
「詐欺?」
「簡単に言えば、出来もしないことを出来るように吹聴し、不当に利益を得ようとしたのです」
「まさかそれって……」
 嫌な考えがよぎります。
 嘘であって欲しい。
 だが現実は残酷だった。

「おそらく考えられている通りっす。
 竜神と名乗った者は雨を降らせれる事なんて出来ないのに、生贄を要求したんす」
「そんな」
 嫌な予感が的中してしまった。
 最悪の展開だった。

「なんてこと……
 雨が降らない。
 みんなが飢えてしまう」
 私が床にがっくりと崩れ落ちると、青年はポンと私の肩に手を置く。
「降るんで大丈夫っす」
「……はい?」
 ん? この人なんて言った。

「それはあなたが降らせてくれるって言うこと?」
「違うっす。 
 明日普通に雨が降るっす」
 考えが追い付かない。
「何もしなくても降るんすよ、雨。
 多分すけど、ただの自然現象を自分の手柄にして、さらに信仰を集めるつもりだったんすね。
 偶然を自分の手柄にする。
 詐欺の手口っすね」
 何を言っているかさっぱりわからない……
 とりあえず、どうしても聞きたい事だけ聞くことにする。
「つまり……雨が降るんですよね」
「そうっす。
 これは本当は言っちゃいけないんすけど、100年は困らないだけの雨が毎年降るっす。
 これ不祥事のお詫びって事で」
「はあ、とにかく雨が降るのならこちらは問題ありません」
 雨が降るなら何でもいい。
 何でもいいんだ。

「それで、これからどうしますか?」
「うっす。ここから出て村の皆さんに説明するっす。
 それが仕事っす」
 どうやら青年が

 私は青年の頭から足の先まで眺める。
 全身奇妙な飾りをつけ、見たことないほどカラフルである。
 正直、この人?が神様だと言っても誰も信じないだろう。
 私も半信半疑なので、多分間違いあるまい。
 それっぽさなら、竜神様のほうが信用できたのだけど……
 それも詐欺師の手口か?

「申し上げにくいのですが、そのお姿ではみんな信じないと思います」
「う、仲間のみんなにもそう言われるっす」
 言われるんだら、ちゃんとした服装をしなさい。
 そう言いたくなるのを堪え、私は一つの提案をする。

「私に言い考えがあります。
 私にお任せいただければ、万事うまくやってみせます」


 ◆


 私が部屋を出ると、それに気づいたみんなが駆け寄ってくる。
「おい、何してる。
 龍神様がお怒りになるぞ」
「大丈夫です。
 龍神様が先程来られ、私にお告げをされていきました」
 ざわめく村人たち。
 私はそれを意図的に無視し、言葉を続ける。

「龍神様はおっしゃいました。
 村のために身を捧げる私の献身に、心を打たれたと……
 よって生贄の要求は撤回、雨は明日にでも降らすと言われました。 
 そして百年は豊富な雨を約束していただきました」
 「おお」と歓声が上がる。
 これで村のみんなは安心するだろう。
 疑っている人もいるだろうが、明日になればすべてわかる。

 本当は竜神様は言ってないのだが、あの軽薄そうな青年が言うよりはずっと信憑性があるだろう。
 私は本当の事を言ってないが、問題ない。
 雨は降るのだから……多分。

「それともう一つ」
 嘘ついでに、もう一つ嘘をつく。
「化粧や服の着崩しは、積極的にすべきとも言っていました。
 他にも、無くすべき風習があると、仰せつかってます。
 そして私を巫女にして、改革を主導せよと。
 竜神様は自由な精神をお望みです」

 完全な嘘だが、絶対にばれない自信がある。
 嘘だと疑う人もいるかもしれないが、何もできまい。
 なぜなら、狭い部屋で神と何を話したかなど、私以外に誰も知らないのだから。

6/4/2024, 1:03:57 PM

『失恋』

「え、お前結婚するの?」
 探偵事務所を訪れた俺の古い友人、鐘餅の言葉に驚く。
「まだだよ、今度プロポーズするつもりだ」
「あんだよ、驚かせやがって」
「いや、お前が早とちりなんだよ」
「いや結婚するって言っただろうが」
 学生時代に戻ったように、ばかな話をする。
 久しぶりに直接会ったが、なかなか楽しいものだ。
 

「それで、何の用だ?」
「つれないな、バカ話しに来ただけとは思わないのか?」
「それだったら電話やSNSで事足りるんだよ。 
 直接頼みたいことがあるんだろ?」
「……相変わらず、勘がいいな」
 鐘餅はだらけた顔を引きしめる。

「単刀直入に言う。
 俺がプロポーズするのを見守って欲しい」
「は?」
 なに言ってんだこいつ。

「やだよ、一人でやれ」
「勇気がでないんだ。
 ついて来てくれよ」
「ボランティアじゃないんだよ、こっちは!」
 今月カツカツなんだ。
 鐘餅のヘタレなんぞに付き合っている余裕はない。

「いいじゃないですか、友達なんでしょう」
 助手が、淹れたての紅茶を持ってきてやって来た。
 奥にいろって言ったのに、なんで出てくるんだよ……
 おそらく『プロポーズ』という言葉が聞こえたので、出てきたのだろう。
 このコイバナ大好き人間め。

「先生の大事なご友人ですからね。
 お茶くらいは出しませんとね」
 俺が睨んでいることに気づいて、助手は素敵な営業スマイルを作る。
 今日の助手は、猫かぶりモードらしい。
 そんなにコイバナが聞きたいのかよ。
 男のコイバナなど楽しくなかろうに……

「来なくていいって言っただろ」
 助手に『奥にいろ』といったのは、話に邪魔だったからじゃない。
 俺は、嫌な汗をかきながら鐘餅を見る。

「おい、なんだあの可愛い子」
「助手だよ」
「助手……
 確か、ここの事務所二人でやっているって」
「そうだ」
「くそ、お前ずるいぞ、あんなかわいい子!」
「お前結婚するんだろ
 他の女に現を抜かすな」
「それとこれとは別だ」
 鐘餅が激高する。
 鐘餅は大の女の子好きだ。
 しかも……

「お茶をどうぞ」
「ありがとう、それにしてもいいお尻――ぐぎゃ」
 助手の尻に伸びようとした鐘餅の手は、助手本人の手によってひねり上げられる。

「助手よ、奥に引っ込んでろと言った意味が分かっただろ」
「すいません先生。
 私、軽率でした」
「分かればよろしい。
 次は気を付けるように」
「待って待って、痛いから、謝るから、その手を離して」
「……助手、離してやれ」
 俺は目で合図すると、助手は不承不承手を離す。

 鐘餅は痛みから解放され、息も絶え絶えになる。
 だが、理解したくはないが、興奮しているようにも見える。
 まさか、そういう性癖か?

「結婚するって聞いたから、少しはまともになったと思ったのだが……
 さらにキモくなってないか?」
「言いたくありませんが、きっと結婚詐欺ですよ。
 こんな男性を受け入れる女性はいません」
「君ら、酷いこと言うね」
「「自業自得」」
「ぐふ」
 鐘餅は精神にダメージをおって、床に倒れ込む。
 二度と起き上がらないで欲しい。

「先生、私どうしてもこの人が結婚できるような方には見えません」
「まあ、そうなんだが金はもっていてな
 だが金は持ってるが、それ以外褒めるべきところがない
 本当に……金だけはあるんだが……」
「気前もいいだろ!」
 あ、復活しやがった。

「学生時代、さんざん奢ってやったろ。 
 忘れたのか?」
「その節はお世話になりました」
「そんでもって、今日も気前の良さを見せてやる。
 ほら、依頼料だ」

 机の上に札束が置かれる。
 この厚み、100万は下るまい。

「では依頼を受けさせていただきます」
「サービスで、助手ちゃんの胸を――」

 まあ、鐘餅はくそ野郎だが、当分友達を辞める気はない。
 金払いの良さもあるが、友達やるのは刺激的なのだ。
 今日だって、キン肉バスターを生で見られるとは思わなかったからな。
 
 ◆


「来たぞ」
 バーの入口から鐘餅が入ってくる。
 数日前に喰らったキン肉バスターの影響はなさそうだ。
 ……タフだなアイツ。

 そして一緒にいる女性は、彼女が例のプロポーズ相手だろう。
 聞いてた容姿と一致するので間違いあるまい。
「隣の女性が、噂の彼女さんですね」
 助手が、呑気につまみをぼりぼり食っている。
 こいつ、一応仕事だって分かってるのか?

「そうだろうな……だが」
「はい、その隣で親し気にしている男性、いったい誰なんでしょうか?」
 女性と腕を組んで、歩いてくる男性は一体だれなのか?
 遠目であるが、鐘餅も動揺しているように見える。
 芽生えた不安を誤魔化すため、つまみを食べる。
 食わんとやってられん。

「彼氏ですかね?」
「ベタに弟、とか。
 というか弟であってくれ」
 幸せを祈るほどアイツの事は好きではないが、さすがに不幸を願うほど嫌いなわけではない。
 マジで頼むぞ。

「あ、さっき少し聞こえたんですけど、夫らしいですよ
「アー、キコエナイキコエナイ」
「先生も人の心が残っていたんですね」
「どういう意味だ」
 ほんと、助手は口が悪い。

「まあ、あの金餅さんを受け入れる女性ですからね。
 男性の方がほっときませんよ」
「だよなあ」
 まあ、そんな気がしてたけども。
 だって鐘餅だぜ。
 よほど器か、包容力のある相手じゃないと務まらない。

「うん?
 あの夫婦出ていったな」
「なんか旦那さんがいろいろ察して、何か言ってましたよ」
「普通は察するよなあ……
 うわ、背中に哀愁漂ってる」
 人が失恋する瞬間を初めて見るが、なかなか心に来るものがあるな。

「それでどうします?」
 助手は、自分の方を見て尋ねる。
 『励ますか?』と聞いているのだろう
「はあ、仕方ない。
 男同士で飲むから、帰っていいぞ」
「安心してください。
 黙ってお酒飲むだけですから」
「セクハラされるぞ」
「その時は慰謝料ふんだくってやりますよ」
「やっぱお前帰れ!」

 助手を無理矢理帰らせ、俺は静かに鐘餅の隣に座る。
 お互い何も言わず、酒を飲み交わす。
 言葉などなくても心は通じるのだ。
 俺たちは一言も会話することなく、朝まで飲むのであった

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