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誰にも言えない秘密


 誰にも知られたくない、知られたら死んでしまう。
 そんな秘密、誰もが持っていることでしょう。
 全てを公開し自分には何一つ隠し事がないという人間はいません。
 いたとしても誰も信じることは無いでしょう。
 墓場まで持っていく秘密の一つや二つ持っているというのが、普通の人間というものです。

 え?
 そんな自分には秘密なんてないって?
 そんなわけありませんよ。
 例えば、あなたの14歳ごろに書いたノート……
 あ、顔が変わりましたね。
 つまりそういう事です。 

 そんなわけで、誰もが秘密を持っているのですが、それをみたいと思うのが人のサガ。
 特に知りたいわけでもないが、秘密だからという理由で命をかける人もいますね。
 隠してあるから暴く。
 これは人の罪と呼ぶべきものかもしれません。

 そんな人の習性に目をつけたカンベイというものがいました。
 カンベイは三度の飯よりお金が大好き。
 秘密を見せることで、なにか金儲けができないかと考えます。

 そうして思いついたのが、秘密を売り買いするヒミツ屋。
 ヒミツ屋では、お金を払って秘密を売ってもらい、そしてお金をもらってその秘密を見せる。
 これはいい考えだと、カンベイは今までの貯金をすべて使い、カンベイはヒミツ屋を開きました。
 ヒミツを買ってヒミツを売る。
 その思惑は大当たりし、ヒミツ屋は連日大繁盛でした。

 ◆

 そしてある日のこと、珍しく客が来ない静かな日でした。
 連日大繁盛だっただけに、妙に落ち着かない気分でしたが、「こんな日もあるさ」と気楽に本を読んでいました。。
 そしてのんびり本を読んでいると、従業員が騒ぎ始めたことに気づきます。
 騒ぐ従業員を一言注意しようと顔を上げると、店の入り口に女性が立っていることに気づきました。

「ごめんくださいまし」
「へえ、……らっしゃ……い」
 カンベイが思わず言葉を失います。
 やってきた客はこの辺りでは有名な、おツルという女性でした。
 おツルはたいそうな美人で、お金にしか興味がないカンベイでさえ見惚れるほどです。
 ですがカンベイも商売人。
 やってきた人間を区別することはありません。
 首を振って、邪念を払いおツルを案内します。

「へえ、らっしゃい。
 秘密をお売りで?
 それとも買いに?」
 おツルに見とれたことなど無かったかのように、笑顔をつくります。
 カンベイの問いにもじもじしながらも、おツルは答えます。
「えっと、その……
 秘密を売りに……」

 その答えに、カンベイははしめしめと思いました。
 おツルは誰も知る有名人。 
 そんな有名人が秘密を売ったとなれば、人々の口の端に登り、この店はさらに繁盛することでしょう。
 人間は秘密の中でも、特に有名人の秘密を有難がるのです。

「わかりました。
 ではこちらへ」
 ですがカンベイは眉一つ動かさず、おツルを先導します。
 表情をだせば、足元を見られる。
 長い商売で、それがよく分かっていたのです。
 おツルも、自分を見て騒ぎ立てないカンベイに、信頼のようなものを感じていました。

「ここです」
 そういってカンベイは、部屋のふすまを開けます。
 その部屋は、畳二畳ほどの広さで、真ん中には何かの機械が置いてありました。
「では少し説明を。
 これは海外から取り寄せた最新の蓄音機です」
「蓄音機?」
「はいこれに声を封じ込めることで、何度もこの声を聴くことが出来る凄い機械なんですよ」
「そんなものがあるのですか……」
「今からあなたには、これに秘密を話してもらいます。
 誰の秘密化は割らないようにしていますが、話していいのは自分の秘密だけです。
 他人のものではいけません。
 そして我々はお金を払う。
 それで終わりです」
「なるほど」
 おツルは興味深そうに蓄音機を眺めます。
 その目はどこか輝いているように見えましたが、カンベイはそのことには触れませんでした。

「次に、機械の操作の説明を――」
「あの……」
 カンベイが説明をしようとしたとき、おツルが言葉をかぶせるように遮りました。
「どうしましたか?」
 カンベイは表情を崩さず、おツルを見ます。

「あの、実は秘密を売りに来たわけではないのです」
「と言いますと?」
「これからいう事は秘密にしていただきたいのですが……」
「もちろんでとも。
 秘密を売り買いしていますが、私も商売人。
 客に秘密にしてほしいと言われるのであれば、誰にも話しません」
「ありがとうございます」
 おツルは安心したような声で、頭を下げました。
 
「実は秘密を覗きに来たのです」
「なるほど」
「実は以前から他人の秘密に興味がありまして……
 ですが私が、他人の秘密を覗きに来たなんて噂が広まれば、家族に怒られていまいますし、近所の人にも何と言われるか……
「わかります。
 決していい趣味ではありませんからね」
「はい、それで秘密を売りに来たことにして、秘密を覗かせてもらえないかと……
 あと、秘密を売りに来たが、やはりやめた、ということにしていただければ……
 秘密を売ったとなれば、それはそれで怒られてしまいますから」
「ふむ」
 カンベイは腕を組み少し考える素振りを見せました。
 しばらくしたあと大きく頷き、おツルを見据えます。

「分かりました。
 今回は特別に取り計らいます。
 ですがこの事は誰にも口外されないように」
「ありがとうございます」
「いえ、秘密を守るのも大事ですが、客の要求に応えるのも商売というものです。
 それでは機械の説明を――」

 ◆

「またの機会がればお越しください」
「今回は申し訳ありませんでした」
「おかまいなく」
 カンベイとおツルは、店先であいさつを交わします。

 あの後おツルは他人の秘密を覗き、大変満足しました。
 そして秘密がばれないように念入りに打ち合わせを行い、「秘密を売りに来たが、やはりやめた」という設定で部屋から出てきます。

 打合せ通り、おツルは申しわけなさそうに店を出去っていきます。
 そしておツルが見えなくなるまで見送った後、ため息を吐きました。
 これも打ち合わせにあった演技でした。

「俺は奥の部屋で休む。
 何かあったら呼べ」
 従業員に指示を出し、自分の部屋まで戻る。
 そして部屋に一人きりであることを確認し、貴重なビジネスチャンスを逃したカンベイは、残念そうに肩を落とす――

「いやあ、残念残念」
――こともなく晴れやかに笑っていました。
「おツルさんが秘密を話してくれなかったのは残念だったが、問題ない」
 カンベイにとって、おツルが秘密を話したかどうかは、そこまで関係ありません。
 おツルが『ヒミツ屋に来た』という事実が重要なのです。
 周囲には『結局乙類は秘密を売らなかった』ということにしても、噂には尾ひれがつくもの。
 いつの間にか、『実はおツルは秘密を売っていて、常連だけ秘密が覗ける』と変化することは、想像に難くありません。
 カンベイは、これからもっとヒミツ屋が繁盛するであろうことにご満悦でした。

「それにしても」
 とカンベイは誰も聞いていたい独り言をつぶやきます。
「売りに来た人間は数多くとも、誰も秘密を喋らないとは口が堅い
 誰にも言えないから秘密ってか?
 それだけは計算外だったな」
 実はこのヒミツ屋、様々な人が秘密を売りに来たのですが、誰も秘密を売ったことはありません。
 おツルの様に本当は秘密を覗きにきたり、あるいは土壇場で怖気づき売ることを辞めてそのまま帰る、そんな事ばかりです。 

 しかしそうなると秘密が一つもない事になりますが、そこは抜け目のないカンベイ。
 きちんと対策を打っています。

「まったく、ここで聞ける秘密が全部俺のでっち上げだなんて、こんな秘密、誰にも言えないな」

6/6/2024, 2:02:56 PM